お知らせ

 
 
 
 
天野清貴の本 
 
「アジズとの対話」「恩寵の扉が開くまでⅠ〜Ⅲ」「覚者を求めて」 
を販売しています。 
購入ご希望の方はリーラスペースまでご連絡ください。

瞑想会のお知らせ

2018年7月19日(木) by キヨタカ

Beloved フレンズ
 
毎日暑い日が続きますが、みなさんお元気ですか?
 
かつてインドに都合6年以上滞在していたので、暑さには慣れている筈ですが、
今年はキヨタカもインド人もびっくり!の暑さです(^_^;)
 
 
『心頭滅却すれば火もまた涼し』と言います。
 
どんなに暑くても、どんなに寒くても、それを超えた所に安住する。
 
それが瞑想の醍醐味です。
 
 
来たる7月29日(日)に新宿文化センターでナイトイベントが開催されます。 
(詳細は下記をクリック↓)
 
是非とも参加して下さい。
 
外側のどんな状況にも振り回されることのないスペースが、
ごく自然に目覚めて行くでしょう!!

金魚の糞

2018年7月13日(金) by キヨタカ

 目の手術が終わってから、2晩続けて奇妙な夢を見た。
 
初日は、真夜中にふと目を覚ますと見知らぬ女性が枕元に立っていた。
 
よく見ると片足が消えている。
 
足がないんだから幽霊だと思い、
 
「あなた、足がないですよ!」
 
と幽霊に向かって叫んでいた。
 
 
自分の叫び声で目を覚ましたのだが・・・
 
幽霊なんだから、足がなくて当たり前か┐(´д`)┌ヤレヤレ
 
もしかしたら最近亡くなったいとこが、お別れの挨拶に来たのかも( ̄Д ̄;;
 
何はともあれ、幽霊を見ても怖がらなかった自分を褒めてあげたい。
 
 
今朝は、高校の期末テストを控え図書館に籠っている夢を見た。
 
ところが勉強しようとしても全く頭が働かずに焦っている。
 
「このままでは落第するshock
 
これは高校時代に目の手術でしばらく学校を休んだ時に、実際に体験した焦り。
 
昔はよくこの夢に苛まれた。
 
最近は全く見なくなったのだが・・・
 
先日の手術の影響で、まだ潜在意識に残っていた「焦り」の感覚が浮上したのだろう。
 
 
会社を辞めてサニヤシンになって以来、ずっとドロップアウトの人生を送っている。
 
にもかかわらず、今だに落第の夢を見るのだから我ながら呆れる。
 
以前は、こうした理不尽な焦りや恐怖の夢を見る事自体が許せなかったけれども、
 
今では、夢は夢として笑えるようになった。
 
 
焦りも不安も恐怖も、本当の自分ではない。
 
しかし睡眠中となると、夢として意識の表面に浮上する。
 
しかしそれは、断じて本当の私ではない。

Kingyonofun

 
本当の私が金魚だとしたら、せいぜい金魚の糞に過ぎない。
 
金魚は生きている限り、糞も出る。
 
私だって生きている。
 
だったら、糞も含めて金魚を愛でたいものである。

開眼!

2018年7月11日(水) by キヨタカ

 昨日、左目の手術を敢行!
 
手術とは言っても日帰りで、高校時代に摘出した水晶体の代わりを入れる『二次挿入手術』
 
若年性白内障で左目を手術したのは高校1年生の時の時。
 
水晶体の中心のみが濁る特殊な症状で手術が非常に難しく、手術後3日間は絶対安静で10日程入院した。
 
今回は、実際の手術時間はわずか10分程度。
 
手術の進歩は、当時とは雲泥の差で驚いた。
 
 
手術室から出て控え室で休んだ後、看護師さんが左目のガーゼを外して
 
「はい目を開けて下さい」と微笑んだ。
 
「あっ!見えます、見えます!」
 
と感動のシーンの筈だが・・・
 
予想に反して、全く開かない。
 
「軟膏がくっついているせいか開きません!」
 
「そんな筈ないです、変ですね?」
 
と言いながら、手術した先生の所へ問い合わせに・・・
 
どうやら、麻酔が効き過ぎたらしい。
 
「 2〜3時間経てば、必ず開く」との言葉を信じて帰宅。
 
 
ところが夕食後かなり時間が経ったのに、一向に開かず(ノ_-。)
 
「このまま失明してしまうのか・・・それとも再手術・・・」など、あらぬ不安を抱えて眠りに就いた。
 
 
翌朝になってようやく少し目が開き始めた。Nebulosaojodediosespaciouniversoest
 
朝一で病院で術後検査を受けた結果、経過は良好との事。
 
まだ少し霞んでいる感じがあるが、時間の経過とともによくなるだろう。
 
さっそく、ブログも書けるようになった。
 
 
今までは特殊なコンタクトレンズを装着する必要があり、目にかなり負担がかかった。
 
左目が開眼した事で、なんだか心の目もさらに開眼した感じがあり嬉しい♫
 
今日からは、縁ある人々の『心の目を開く事』を天命としよう(* ̄0 ̄)ノ

実家にて

2018年7月6日(金) by キヨタカ

 私の家は親戚の数が多く、従兄弟も入れると100人を優に超える。
 
形式ばった付き合いは苦手なのだが、実家に帰るとそうも行かない。
 
親戚やら母の知り合いが我が家を訪問する度に、どうでも良い会話に付き合う事になる。
 
 
先日帰った時も、母が懇意にしていた着付けの先生が来訪。
 
母が関係していた世界ではかなり成功しているそうだが、やたら元気で外交的なこの手のタイプは特に苦手・・・(ρ_;)
 
 
ところが久しぶりに会話をしてみると、とても深く繫る感覚があり驚いた。
 
聞けば昨年の始めに突然夫を亡くし、精神的危機をようやく乗り越えたところだそう。
 
以前のように賑々しい一方的なお喋りは影を潜め、相手に対して心を開きじっくり耳を傾けるスペースが生まれている。
 
だから、話題が日常会話を超えてお互いの生死感やら瞑想にまで及び、とても有意義な時間を過ごす事ができた。
 
突然の夫の死が、彼女にとても大きな変容をもたらしたようだ。
 
 
身近な愛する人を失った悲しみは、察するに余りある。
 
通常は敢えて用事を作って忙しくしたり、酒やテレビや趣味等々で穴を埋めようとする。
 
しかしいくら誤魔化しても、もがけばもがくほど虚無感に苛まれる事になる。
 
むしろこの穴を埋める事なくあるがままにそっくり受け入れることで、他人をそのまま受容する新たなスペースが生まれる。
 
その意味では、愛する人を失う体験は精神的に成長する大いなるチャンスとも言えるだろう。

誕生日

2018年6月26日(火) by キヨタカ

 昨日は私の64回目の誕生日🎂
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お友達から花をプレゼントされて、記念写真をパチリ。
 
 
最近はあちこちで地震や噴火が頻発、訳の解らない事件も多発してどうも落ち着かない世の中。
 
パートナーのヨガビによると・・・
 
「地球は今、熱したフライパンの上でポップコーンがポンポン跳ねている状態」
 
なんだとか。
 
地球の波動が上がり人類が次のステップへ移行するど真ん中では、これも仕方あるまい。
 
 
 
「地上天国の雛形をこの修善寺の地に創る」
 
と言う夢を掲げてスタートしたリーラスペースだが・・・
 
最近ではその夢も淡くなり・・・
 
 
白隠禅師の坐禅和讃にある通り・・・
 
衆生本来仏なり 
・・・
当所即ち蓮華国 
この身即ち仏なり 
 
と言う事なんだろう。
 
 
つまり、今自分のいるところが地上天国なのだ。
 
だから私が何処に行こうとも、そこが地上天国となる(*^-^)

鹿児島ワンデーイベント終了

2018年6月25日(月)by キヨタカ

鹿児島ワンデーイベントが無事終了。
 
年2回のペースで4度目となる今回は、梅雨にも関わらず良い天気に恵まれてとても手応えを感じられる瞑想会となった。
 
説明は可能な限り省いて、瞑想体験の方を重視するようにしたので、初めて参加される方はかなり戸惑ったかも(^-^;
 
でも場のエネルギーに助けられて、言葉を超えた体験的な理解が起ったように思う。
 
例によって、早速参加者から感想のメールを頂いたのでアップします。
 
 
* * Fさんの感想 * *
 
おはようございます。
 
昨日瞑想会に参加したFです😃
 
初めての瞑想会に参加出来て本当に良かったです。
 
ありがとうございます‼️
 
かなり、緊張してキヨタカさんに質問したい事があったのですがすべて忘れてしまいましたが、ますます瞑想に対する気持ちが強くなりました😃✨
 
また、ハートの瞑想の時自分のハートの色と匂いだと思うのですが、そこに吸い込まれ体の感覚が消える感じでちょっとびっくりしました。
 
ですが、それからこんなに穏やかで包まれる感覚が強くなり安らぎの空間に居る感じが続いてます。
 
もっと瞑想を追及して今に居るのを常に感じれるように頑張ります😃
 
また、是非ともスカイプセッションなどしていきたいです。
 
その際ゎよろしくお願いします🙇⤵️
 
ありがとうございました。
 
 
* * Oさん(スタッフ)の感想 * *
 
昨日の瞑想会は本当にのっけから,深いところに入れました。
 
回数を重ねることで,参加された皆さんが進歩されたのが感じられました。
 
今回は,初参加の方がいろいろと質問されたことも,とても良かったと思っています。
 
気づきとは何かという質問がありました。
 
それを鐘を叩いて,気づき(意識)の中に音が現われ,消えていく様で説明をされていたところで,何人かがハッと気づいたことが印象的でした。
 
キヨタカさんは話すより,直接体験しなければ始まらないというお考えなのはわかるのですが,やはり,頭での理解も必要だなと思いました。
 
もう少し体系的な話があってもいいかもしれないと思いました。
 
今朝起きると,エネルギーが全体に高まっており,いつも一人でする短い瞑想もプレゼンスの強い状態が続いています。
 
 
鹿児島ワンデー瞑想会は、回を重ねる度に深くなっているのが良くわかり、このイベントを企画してくれてた方々にもとても喜んでもらった。
 
そこで、ちょっと気が早いけれども、11月25日(日)にまた鹿児島でワンデーイベントを開催します!
 
次回もまた宜しく(* ̄0 ̄)ノ

医は仁術なり

2018年6月21日(木) by キヨタカ

(昨日の日誌の続き・・・)
 
母が体調を崩し点滴を受けた。
 
3日間連続で点滴を受けたにも関わらず、水も食事も全く喉を通らない。
 
「原因がわからないので、次のステップとして胃カメラを飲ませまる」
 
と主治医の老先生は言う。
 
「そんな必要はない。点滴をやめてしばらくすれば回復するはず」
 
と私の直感が言うのだが、プロの医者の意見を無碍に断るわけにもいかない。
 
困ったもんだ。
 
 
そこで母を説得して、なんとか水分を取らせようしたのだが・・・
 
キヨタカ:「頑張って、水くらい飲んで!」
 
母:「飲めない(-ε-)」
 
キ:「そんな事言わずに、少しだけ飲んで!!」
 
母:「飲めないものは飲めない。病人に対する配慮がない\(*`∧´)/」
 
と頑なに拒否。
 
お互いに不穏なムードが漂う雰囲気となってしまった(;д;)
 
 
4日目にやって来られた訪問医療の先生は、若手だがとても穏やかな人だった。
 
「点滴や胃カメラをさせたくない」
 
旨を伝えると・・・
 
「実は私もそう思います」
 
と私の直感に同意してくれた。
 
若先生が言うには、
 
「自分は病気で、飲み食いが出来ない」
 
と頑なに思い込んでいる母親の精神状態がネックになっているとの事。
 
 
問題は、どうやって母親の思い込みを解除して水を飲ませるかと言う事だが・・・
 
この若先生の、母への対応は実に見事だった。
 
先生:「4日も食事が喉を通らないなんて、大変ですね〜?」
 
母:「ハイ」
 
先生:「早く良くなりたいですか〜?」
 
母:「ハイ」
 
先生:「どうしたら、良くなると思いますか〜?」
 
母:「せめて、飲み物くらいでも喉を通れたら・・・」
 
先生:「じゃあ頑張って、試しに水でも少しだけ飲んでみますか〜?」
 
母:「ハイ」
 
・・・と若先生の誘導に見事にのせられて水を2口もゴックンしたのである。
 
嚥下(えんげ)障害も無いことも分かり、これで一安心。
 
それからは、みるみる快方に向かい始めた。
 
 
この若先生の問診の様子を見ていて、カウンセリング等のコミュニケーションの基本である、
 
『相手の世界を尊重し、相手の目線にまで降りて、相手の気持ちを察する』
 
と言う基本原理の大切さを改めて思い知らされた。
 
 
正しいことを「正しい」とストレートに主張しても、正しい事は相手には伝わらない。
 
上から目線で正しさを主張されると、腹が立ってノー!と言いたくなる。
 
相手の世界を尊重する事ではじめて、コミュニケーションが可能となる。
 
 
相手と心が通じ合うことを、フランス語で「ラポール/橋をかける」と言う。
 
ラポールについては、カウンセリングやNLP(神経言語プログラム)等でそのテクニックは色々と勉強したハズだったが・・・
 
頑固な母親を前にして、すっかり忘れていた。
 
 
この若先生の見事な対応を見て、ラポールの大切さを思い起こした。
 
ラポールのテクニックとして、ミラーリングやペーシング等々様々なものがある。
 
この若先生も、色々と勉強しただろうが・・・
 
結局は、テクニックを超えた患者への愛情がその根本にあると感じた。
 
『医は仁術なり。仁愛の心を本とし、人を救うを以て志とすべし』(貝原益軒)
 
と言う江戸時代の教えが、この先生の中に活きているのを知り嬉しかった。

友達を"捨てられる人"ほど・・・

2018年6月20日(水)by キヨタカ

 漫画家の弘兼憲史によると、友達を"捨てられる人"ほど人生が充実する そうだが・・・
 
なかなか人間関係をバッサリ切り捨てるのは難しい。
 
ましてや相手が、肉親しかも親となると・・・( ̄Д ̄;;
 
 
先日のワンデーイベント2日前から、母親の胃の調子が悪くなった。
 
歳の割に大食いなので、しばらく食べなければ治るに決まっている。
 
しかし母から何度も電話があり、
 
「これが最期かも知れない゚゚(´O`)°゚」
 
と、今にも死にそうな声で見舞いに来るように切々と訴える。
 
そこで止むを得ず、数日を一緒に過ごす羽目になった。
 
 
母によると、「数日間、水も食事も一切喉を通らない!」
 
ので点滴を毎日しているとのこと。
 
そこで、
 
「点滴なんか毎日するから、水も食事も体が欲しないんだよ!」
 
と点滴を打つのを止めるよう説得。
 
ところが、
 
「点滴を打つ病人なのに、私の気持ちを全く理解してくれない\(*`∧´)/」
 
と激怒されてしまった。
 
 
「あんたこそ、息子の気持ちを全く理解してくれない!」
 
「親を"捨てられる人"ほど人生が充実する !!」
 
と逆ギレして暴言を吐きたくなったが、そこはじっと我慢して・・・
 
翌日のワンデーイベントでは、ジベリッシュをリードしながら、自分でも口にしてはいけない暴言を沢山吐き出した。
 
さらに、ハートの瞑想によって開かれた参加者のハートのエネルギーが、私のハートを極限まで広げてくれた。
 
お陰でワンデーイベントの翌日からは、とても優しく母親の世話をする事ができた。
 
 
私の態度が変化した事で、母親の状態もガラリと変化。
 
ようやく味噌汁を少し飲めるようになり、
 
「優しい息子がいて、私は幸せ(o^-^o)」とのたまわく。
 
「俺の方こそ、長生きしてくれて有難う」
 
と率直に言えた。
 
定期的に行う瞑想会の効果を、今更ながら実感している。
 
参加者も喜び、主催する私はさらに喜ぶ。
 
こんな素敵なイベントは、他になかなかないだろう。
 
・・・との自画自賛はさておき、母が回復するにあたりとても強力なヘルプがあった。
 
実は・・・(続く)

新宿ワンデーイベントの感想〜魂が喜んでいる

2018年6月18日(月) by キヨタカ

 6月のワンデーイベント(土曜日)が無事終了。
 
今回もとても素敵な瞑想会となった。
 
参加して下さった皆様有難う!
 
すぐに日誌を書くつもりだったけど、母の世話に追われてタイミングを失ってしまった(;д;)
 
幸い参加者のFさんから感想を頂いたので、瞑想会の報告とさせて頂きます。
 
(今週末鹿児島のイベントもあります)
 
 
* * Fさんの感想 * * 

昨日はありがとうございました。
 
Fです。

イベントの最後に実施していただいた恩寵の光瞑想は圧巻でした!
 
キヨタカさんの誘導瞑想によりエネルギー(光)のバイブレーションを感じているハートに体の気になる個所をそのまま持っていきましたら、なぜそういう状態になっているのか背景が出てきました。
 
また、40代、30代、20代、10代、子供時代と遡る誘導の時は、小学校の時にしたいたずらで大変な迷惑をかけてしまったお方や猫のことが出てきて、ご迷惑をかけてしまったことに対してハートの中でお詫びをすると共にハートで変容のエネルギーを感じていました。
 
恩寵の光瞑想ハイライトはキヨタカさんの誘導により、今いる部屋全体にハートのエネルギーを拡張、そして、会館全体、日本全体、地球全体、宇宙全体へとハートが拡張していくのを感じていました。

 (・・・略・・・)

キヨタカさんが体験したことを書籍にしていただいたことは、瞑想に取り組んでいる方々で適切なタイミングにご縁のある人々に対して多大な影響を与え続けていくと感じます。 
 
I AMの3つの次元(気づき、ビーイング、ハート)と
フーマンのいう「これ」について、今年の春に書籍で知りそれを感じることができたことに魂が喜んでいるようです。

歪んだメガネでも・・・

2018年6月14日(木)by キヨタカ

 目の検査の為、一週間をコンタクトレンズ無しで過ごした。
 
高校生の時に白内障の手術をしたので、コンタクトレンズ無しではまともな日常生活が送れない。
 
一応特別仕様のメガネもあるのだが、強度が強すぎて周囲が歪む。
 
だから 、5分くらいしかかけていられない(。>0<。)
 
 
 
最初は本もメールもパソコンもほとんど見ないで 、やむを得ない時のみメガネを短時間つけて過ごした。
 
ところが、数日もすると合わないはずのメガネがいつの間にか目に馴染んでき来たではないか!
 
一昨日辺りからは車も運転出来るようになり、肉体の適応能力の高さに我ながら驚いた。
 
 
アメリカの某大学の心理学部で行われた、「歪んだメガネ」の実験を思い出した。
 
上下左右が逆さまに映る「歪んだメガネ」を被験者にかけさせて何が起こるのかを観察する実験だ。
 
このメガネをかけると世界がひっくり返って見えるので、もちろん被験者はまともに歩くことすら出来ない。
 
しかし数日もするとだんだんと慣れてきて、やがて普通に日常生活が送れるようになったという。
 
実験が終わりメガネを外して正常な状態にしたら「被験者がひっくり返った」というオチなのだが・・・
 
この一週間を過ごして、あの実験は本当だったのだと納得。
 
 
我々がこの世に生まれた時は、誰だって真っさらな白紙状態にある。
 
そこに両親や教師や社会から、非常に歪んだ様々な条件付けが植え付けられる。
 
それはちょうど歪んだメガネをかけさせられるようなもの。
 
まだ幼い無我の状態でかけさせられたメガネは、すっかり身体の一部となり、歪んでいる事すら気づかなくなってしまう。
 
歪んだメガネでもそれにすっかり馴染んでしまうと、それを取り除くのは非常に困難となる。
 
メガネを外すには、相当の痛みや苦痛が伴うのも仕方がないだろう。

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