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リトリートの感想〜その先には無限のエネルギーが・・・

2017年7月22日(土) by キヨタカ

リトリートに初めて参加されたAさんから、感想のメールを頂いた。
 
率直な感想を有難う。
 
 
リトリートでは、「ブレゼンス→ビーイング→ハート」と、順を追って体験的に瞑想を理解できるようリードしている。
 
リトリートは3日なので、最終日にはハートの次元へと導かれる。
 
そして、愛による一瞥を得る人もかなりいる。
 
 
しかし実際の日常生活の中でこのプロセスが起こるのは、通常は長い年月が必要。
 
リトリートが終了したからといって、即座に「愛による転換」が起こるわけではない。
 
ぜひともリトリートの体験を、日常生活に落とし込んでいって欲しい。
 
 
例えどんなにネガティブであっても、「あるがままの自分をそっくり受け入れる」こと。
 
それが、「愛による転換」が必ず起こる秘訣だ。
 
それは、誰もが知識としては知っている。
 
しかし、体験して初めて「そうだったのかヽ(´▽`)/」と実感できるもの。
 
だから、オープンシークレット㊙️!
 
 
* * Aさんの感想 * *
 
この度は修善寺リトリートで大変お世話になり、どうもありがとうございました。
 
3日経ち、ようやく落ち着いてきたので、感想を送らせて頂きたいと思います。
 
参加する前は怒りの感情や心身疲労を感じていたので、
一人のスペースが確保出来た事が何よりも助かりました。
 
一人のスペースに安心して居ることが出来たおかげで、
自分の内側に深く入るポイントを見つける事が出来ました。
 
入口で安心感があったからこそ、深く入っていく途中の不安や恐怖も、乗り越えて、より深い部分に到達する事が出来たように思います。
 
自分の中心をやっと感じる事が出来て、最後にハート瞑想で愛に転換するところが難しかったです。
 
あらゆるネガティブなものを、一旦中心に入れて、それを愛に転換する作業は、本当に辛くて死にそうでした。
 
実際は死んでないけれど、一旦消滅させて、再生する作業は、
死から生という行程を踏んだ訳で、
大きな傷みを感じましたが、
その先には無限のエネルギーがある事が、少しわかりました。
 
その湧き出ているエネルギーが愛なのかな、、と体感出来ました。
 
この体験を何度も身体に染み込ませて、日常生活に落とし込んでいけたら、きっといろいろな変化が起こるのだろうなと思いました。
 
これからも続けたいと思っております。

リトリート終了〜Yさんの感想

2017年7月19日(水) by キヨタカ

 7月のリトリートが無事終了。
 
今回は、通常よりもシェアリングの時間を多く取ることになった。
 
そのせいもあり、とても親密な雰囲気の中、参加者それぞれの気づきがお互いの成長を自然に促し合う事が出来た。
 
別に私が意図して、グループを特定の方向へ導くことはしていない。
 
しかし自然に物事が起こる感じで、参加者それぞれが今回必要なものを受け取ってくれたように思う。
 
以前、某占い師から、
 
「あなたの役割は、カタリスト(触媒)です 。
あなたがそこにいる事で、必要な物事が自ずと起こるのです。」
 
と言われた事があるのだが、今回のリトリートを通して、その意味が分かり始めた。
 
 
参加者のYさんから、感想のメールを頂いた。
 
Yさんは初めてリトリートに参加された方ですが、彼の率直で誠実な在り方が、他の参加者やスタッフにとても良い影響を与えてくれました。
 
とても嬉しいです。


* * Yさんの感想 * *
 
今回
 
キヨタカさんのリトリートで受け取った内容が
 
自分を深く愛するように、
 神の子として創造したこの世界を、
 人を物を現象をマインドを愛せばいい」
 
そして、
 
Holly Spirit ( HS ) からも
「何一つ思い通りになることはないんですよ」
とのメッセージを受け取り、
 
だから、
「神に祈ろう」ということを経験として頂きました。
 
特にHSからの
「何一つ思い通りになることはないんですよ」は、
僕のエゴの自力感を、
徹底的にあきらめさえてくれる経験を頂きました。
 
そして、
今朝、会社に出勤する電車で
祈りをささげていたら、
ハートがいい感じで開き、
会社近くの道路をあるいていた時、
いつも音からプレゼンスに入ってたのですが、
 
キヨタカさんの瞑想で
「すべては無から生じる」ということを聞いたので、
 
そうだそうだ 
いつも音の「あること」に意識を合わせていたけど、
その裏にある「 無 」に意識を合わせようと思ってやってみました。
 
そうしたら、
あれ? 
これ じゃない?
と思いました。
 
あぁ、
まさしく これ 。

本当にずっと一緒に、
つねにあり続けていた 存在 にふれました。
 
あぁ、
本当に一緒にいて頂いたんですね と、
なんか書いてて今感謝と愛にあふれて、半泣きでいます。
 
今は仕事中なので(笑)
離れていますが、
またきっと戻れるかなと思います。
 
そして、
また離れたとしても、
ずっと共にあり続けて頂いていること、
信じられるし確信できると思っています。
 
本当にありがとうございました。
 
今日も
素晴らしい一日をお過ごしください。

by Y

庭仕事

2017年7月9日(日) by キヨタカ

皆さん、お久しぶり。

先週末に実家から戻ってから、庭仕事に精を出している。

予定では、草刈りはとっくに終了する筈だったけれど・・・

今は、イノシシ対策に追われている。

 

実は実家に帰っている間にイノシシが防護ネットを破って庭のあちこちを破壊。

Img_0625

まるで戦争で爆撃された跡みたいにヒドイ。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

4月にせっかく植え直した芝も、再びほじくり返されてしまった。

さっそく施設の周囲を調べてみたら、防護ネットが見事に破壊された侵入経路を発見。

そこで、イノシシ用に開発された防護柵(商品名:イノシシくん)で塞ぐ事にした。

これで安心と思いきや・・・さにあらず。

翌日も、その翌日も、庭のあちこちが荒らされている。

 

そこで念入りに施設の周りを調べたら、以前「イノシシくん」を使って厳重に防御したはずの場所に大きな穴が開けられている事を発見。

「イノシシくん」すら破壊するのだから、相当に巨大なイノシシに違いない。

思案の末、建築用の足場に使う鉄板を使って、穴を塞いだ。

今週末に行われるリトリートまでに、なんとか庭が綺麗になるように頑張っている。

 

新宿ナイトイベントの感想〜心臓から白い羽が舞いました

2017年7月1日(日) by kiyotaka

昨日(土曜日)、新宿ナイトイベントが無事終了。
 
 
瞑想とは、ハートの奥に初めから存在している魂に目覚める事。
 
それは既に今、初めから存在しているのだから・・・ 
 
真摯に求めれば、目覚めはいつでも誰にでも起こり得る。
 
瞑想歴が長かろうと、初心者であろうと、目覚めることに本質的な違いはない。
 
 
初めて参加されたNさんから、感想のメールを頂いた。
 
目覚めの一瞥が起こったようで、とても嬉しい。
 
ぜひ瞑想を続けて下さい。
 
* * Nさんの感想 * *
 
今日の瞑想会は行けて本当に良かったです。
 
懐かしい人にも再会出来て、嬉しい事がたくさんでした。
 
びっくりしたのは、自分の本質が、妖精か天使の類いだった事です。
 
心臓から白い羽が舞いました。
 
・・・(略)・・・
 
またよろしくお願いします!
 
もっと深く自分を知れたらいいです。
 
お疲れ様でした。
 
身体がすっきりです!
 
by N

誕生日

2017年6月27日(火)by キヨタカ

昨日は、私の誕生日。
 
63歳になったはずだから、そろそろ高齢者のカテゴリーに属するのだが・・・
 
全く実感がない。
 
鏡を覗いてみると、確かに年齢相応に経年劣化した姿がそこにある。
 
しかし鏡を覗く私をダイレクトに振り返る時、意識そのものは時空を超えている。
 
つまり、意識は歳をとらない。
 
いつでも今にあり、永遠に自由だ。
 
しかしその一方において、意識は肉体に宿り時間の中で進化する。
 
それが、なんとも不可思議で面白い。
 
 
OSHOによれば、7年毎に人生は大きく変化すると言う。
 
8年とか9年と言う説もあり、人によりけりと思うが、私の場合は、過去を振り返ると確かに7年毎に大きな節目を迎えた。
 
21歳(7×3)で、最初の一瞥を体験してから瞑想(禅)の道を志す。
 
28歳(7×4)で、会社を辞めて OSHOの弟子となる。
 
35歳(7×5)で、OSHOが肉体を去った事に伴い、日本で瞑想活動に従事。
 
42歳(7×6)で、ヨガビジャと出逢い、リーラスペースを始める。
 
49歳(7×7)で、フーマンの影響で恩寵の道へ誘われる。
 
56歳(7×8)で、肉体改造に取り組み体重を12キロ落とす。
 
 
だから63歳(7×8)の今年もまた、何か大きなことが起こるに違いない。
 
しかしどの節目の誕生日においても、まさかそんな事が起こるとは夢にも思わなかった。
 
それが何なのか、起こってからのお楽しみ(*^-^)
 
毎日をワクワク過ごせる年になりそうだ。

鹿児島イベントの感想〜川のせせらぎのように〜

2017年6月26日(月) by キヨタカ

仏陀やOSHOやフーマンが悟りを伝えるのは、もちろん貴重で有難い事なのは言うまでもない。
 
しかし聞いている私たちの方は、頭の上を素通りしてしまいがち。
 
「さすが仏陀、OSHO、フーマンヽ(´▽`)/」
 
と覚者を絶賛しつつも・・・
 
「偉大な覚者は、生まれながらに違う!」
 
「それに引きかえ私が目覚めないのは仕方ない」と、
 
思い込んでしまう(ノ_-。)
 
だから私たちの目覚めは、相変わらず先延ばしとなる。
 
 
しかし、もしも聞いている私たちの方の誰かが、目覚めを語り始めたら・・・
 
状況は一変する!!
 
「私となんら違わないあの人にそれが起こったなら、私にだって起こるはず!」
 
お互いがお互いの目覚めをサポートし合うので、目覚めへのプロセスが一気に加速するのだ。
 
 
リーラスペースの瞑想会は、仏陀やOSHOやフーマンとは違い、キヨタカが覚者かどうかに主眼を置いていない。
 
「例え小さくとも、それぞれが自らの光を携えて集うことによって引き起こされる目覚めのネルギーフィールド」を創ろうとしている。
 
参加者こそが潜在的な覚者であり、リーラスペースは過去、現在、未来の仏陀が集う場だ。
 
このユニークな覚醒フィールドは、覚者を中心とした伝統的な瞑想会を凌駕する。
 
 
それが今回、鹿児島のイベントで起こった。
 
イベントのシェアリングの時に、参加者のMさんが数週間前に起こった一瞥を話してくれた。
 
すると、彼女の体験に伴うバイブレーションがグループ全体に伝わって、場のエネルギーが数段アップ・・・
 
とても素晴らしい瞑想会になった。
 
Mさん、素敵なシェアリングを有難うございます。
 

* * Mさんの感想 * *
 
ワンデーイベントでは大変お世話になりました。
 
終わってみると、イベント開始から10分ほどしか経っていないように思われるほど
あっと言う間で、時間と空間、そして自我を超えた体験でした。
 
私自身イベントの少し前に大きな変容があり、
それ以来、どのような場面においても、穏やかで繊細な「寛ぎ」が
常に自分の内側の根底にあるのを感じていました。
 
(正確に言えば、寛ぎだけではなく、気づきや慈愛、受容、
みずみずしさ、柔軟性なども入り混じったような感覚なのですが・・・)
 
そして、今回のイベントでもやはりその内側の「寛ぎ」はまるで川のせせらぎのように
絶えず流れ続けていましが、ハートの扉を内側に開く瞑想の時に
その「寛ぎ」のボリュームがMAXになり、まるでダムが決壊するかのような勢いで
全てがそれに飲み込まれていきました。
 
それは、内側も外側も無く、自分さえも無く、ただ透明な扉だけが
そこにあって全てが一つに溶け合って、全宇宙が祝福に満ちているような感覚でした。
 
今振り返ってみると、私の「それ」が更に大きな「それ」に合流したくて
イベントに参加したのかもしれません。
 
本当に至福の体験でした。
 
そして、今も「それ」は私の内側でせせらぎのように流れ続けています。
 
これからも、「それ」こそが自分自身である事に気づき続ける事が
できるように、常に透明な意識で在りたいと思います。
 
 
そうそう!それから、もう一つ印象に残る出来事がありました。
 
私が近況をお話しした後に、数名の方に
「すごいですね~!」というお言葉を頂きました。
 
以前であれば、そんな言葉を頂いた時点で、
「自分が」言われたものとして有頂天になったり
得意気になったり、はたまた傲慢になってはいけない・・
などと色々な思考でいっぱいになっていただろうと思います。
 
しかし、昨日は、「すごいですね~!」と言われても
そんなレッテルを貼り付ける事ができる「自我」そのものがどこにもなく、
ただ、その言葉だけがまるで落ち葉のようにヒラヒラと舞って
次の瞬間には跡形もなく真空に消滅してしまいました。
 
それがなんとも軽やかで自由で言葉にできないほど真新しい感覚でした。
 
なんだか、とりとめもない感想になってしまいましたが
とにかく素晴らしいイベントでした!
 
清貴さんはじめ、あの場に存在して下さった皆様に
心より感謝申し上げます。
 
 
そしてまたお会いできる日を楽しみにしておりま~す♪
 
by M
 
 

鹿児島イベント終了

2017年6月25日(日) by キヨタカ

鹿児島のワンデーイベントが無事終了。
 
昨年の11月に続き、今回で2回目。
 
全員が再参加者だったため、瞑想も深く入りとても手応えを感じられるイベントだった。
 
継続は力なり。
 
是非とも、鹿児島での瞑想会を続けて行きたいと思う。
 
今回のイベントをサポートしてくれたOさんから、早速感想のメールが届きましたので、一部を転載させて頂きます。
 
* * Oさんの感想 * *
 
今回は,多かった前回より少し少人数となり、静かな雰囲気で進められたのがよかったと思いました。

・・・

午前中のクンダリーニ瞑想(1stステージ),ジベリッシュ,レット・ゴー,そして,そのくつろいだ状態での座禅。

これは,くつろぎの中にプレゼンス,ビーイング,ハートが一体とない,とてもいい感じでした。

参加者も最初は緊張気味ですから,いい感じを得られるのだと思いました。

緊張感は大事ですね。

なかなかくつろげない私ですが,簡単にこの3つの統合でくつろぎの状態になるのは,流石にキヨタカさんの適切な指導ならではだと思います。


なんと参加者の中に,3週間ほど前に自分が消えるといういわゆる一瞥体験をされた方もあり,それをシェアしていただけたことはとても貴重なものになりますし,励みになりました。

変容が特別なものではないということが伝わって来ました。


午後は緊張感が薄れたところで,笑いと泣きの瞑想から,デヴァヴァニ瞑想で幼児期に戻り,アティシャのハートの瞑想などを自分に戻る瞑想を自由自在に駆使し,すっかりノーマインドに持っていく。

とてもいい瞑想会だったと思います。
 

家に帰って,未だに,くつろぎの中にプレゼンス,ビーイング,ハートが一体になっています。

これは,やはり体験しないとわからないですね。

また,是非,瞑想会を続けていただ行きたいと思いました。

 
今朝は,頭部にいい感じのエネルギーが止まっていて,そこにチューニングするといい感じになります。

しかし,ちょっとチューニング外すとマインドが活発に動いています。

キヨタカさんが感じられたように,私はこのうるさいマインドを静かにすることが先かもしれません。

進歩しないことも含めて自分の内側の導きを信じて,やっていこうと思います。

 
今回,参加した皆さんが瞑想会の開催をとっても期待されているのが,わかりました。

おそらく進歩が楽しくなってきている方が多いのですね。

・・・
今後ともよろしくご指導お願いします。

羽田にて

2017年6月23日(金) by キヨタカ

 明日行われる、鹿児島ワンデーイベントのため、現在羽田空港で出発待機中。
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手荷物のチェックインカウンターが完全自動化されていて、驚きヾ(*゚A`)ノ
 
1分以内で、アッと言うまもなく手続きが完了。
 
時代の流れの早さが、身にしみる。
 
 
保安検査場を通過すると、搭乗口に設置してあるテレビが、歌舞伎俳優の海老蔵さんの記者会見の様子を放映していた。
 
愛する家族を失うのは、言葉では語れない程の痛みを伴う。
 
明日は私の姉の命日という事もあり、とても他人事とは思えず涙がこぼれた。
 
あの状況で会見を行えるとは、凄い人だと感動。
 
 
どんなに優秀で、有名で、お金持ちで、絶世の美女を妻にして、素晴らしい子供達に恵まれたとしても・・・
 
それが外側に依拠している限り、幸せが永遠に続く事はありえない。
 
来ては去って行かないもの、唯一絶対の拠り所に目覚める事こそが、我々生きている人間に与えらえた唯一の緊急課題である事を改めて強く感じた。

あるがまま

2017年6月17日(土) by キヨタカ

『あるがままを受け入れる』ことは、瞑想の大原則。
 
だが 実際にあるがままを受け入れる事は、なかなか難しい。
 
しかし、よくよく考察して見ると、
 
「あるがまま」とは「今・ここで起こっていること」そのもののこと。
 
だから、それを受け入れようが受け入れまいが、「あるがまま」の事実そのものに何の違いもない。
 
受け入れるかどうかは、こちら側つまりエゴの勝手な都合に過ぎない。
 
一方、「あるがまま」とは事実そのもの。  
 
事実唯真
 
事実とは常に動かすことのできないもので、この事実こそが真実である。
 
だから本当は、受け入れるか受け入れないかの選択の余地はない。
 
 
 
あるがままを受け入れないとは、
 
それはちょうど、沈みかかった夕日に向かって、
 
「ダメよ、ダメ、ダメ\(*`∧´)/」
 
と叫ぶようなもの。
 
どんなに受け入れを拒否しても、夕日は西の果てへと消えて行く。
 
 
マインドにいると、あれかこれか選択の余地があるような錯覚に陥る。
 
ハートにいれば、あれかこれかの選択が無い。
 
あれはあれ、これはこれ。
 
夕日は沈み、朝日は昇る。
 
何とシンプルで、楽な事だろう(o^-^o)

自分に戻る

2017年6月15日(木) by キヨタカ

スピリチュアルの世界は、それこそピンからキリまで。
 
様々な道があり、どの道を選ぶかによりその人の運命は大きく左右される。
 
私なんかはとても運が良い。
 
禅から始まり、OSHOやアジズ、フーマン等が示す王道を歩み続ける事が出来た。
 
 
本来の道の目的地は、『今・ここ』
 
だから、そこに到達したら道は要らないはず。
 
・・・にも関わらず(;д;)
 
昨年の前半は、ヨガの道にハマった。
 
ある時、OSHOのタントラの講話の録音を聞いたら、
 
すごく面白くて・・・
 
「やはりヨガよりタントラの道だ!」
 
と納得。
 
それからと言うもの、タントラの講話をほぼ毎日のように聞いていた。
 
 
この間、久しぶりに『信心銘』を読んだら、冒頭の句が深く魂に響いた!
 
至道無難(しいどうぶなん)、唯だ揀択(けんじゃく)を嫌う、
 (最高の真理に至るのは難しいことではない。
 ただ取捨、憎愛の念を起こして、選り好みをするのを嫌うだけである)
 
 
とても感激したので、さっそくヨガビにシェア。
 
「やっぱり禅は素晴らしい!禅に戻ろうかな?」
 
すると、間髪を入れずにヨガビ答えて曰く。
 
「自分に戻れば!?」
Epson044_4
 
 
・・・ ・・・
 
その一言が、脳天に落雷の一撃を食らったような衝撃となったthunder
 
 
それ以来、スピリチュアル関係の本を読んだり講話テープを聞くのを一切止めて・・・
 
只管(ひたすら)自分に戻り、
 
『自分の道を行く』ことに専念している。
 
 
・・・といっても、まだ数日前の話だけれど(ρ_;)
 
願わくば、二度と自分の道から外れませんように。

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