お知らせ

 
 
 
 
天野清貴の本 
 
「アジズとの対話」「恩寵の扉が開くまでⅠ〜Ⅲ」「覚者を求めて」 
を販売しています。 
購入ご希望の方はリーラスペースまでご連絡ください。

人を教える才能

2018年9月16日(日)  by キヨタカ

 『生きている喜び』とか『存在する喜び』
 
覚者方が口を揃えて語る事だが、それはさておき・・・
 
 
『一体何が人生にとって大きな喜びか?』
 
は人により千差万別。
 
私の知り合いの一人曰く、「酒を飲んでいるときが一番幸せ・・・」だそう(^_^;)
 
それはそれで、 多様性ある人間の素晴らしいところだ。
 
 
私の場合、「自分の潜在的な可能性が現実化した時」が一番幸せだし、今後ともそうだろう。
 
過去を振り返ると・・・
 
『英語が話せる様になった時』『柔道で初めて一本背負いを決めた時』『エリーゼの為にがピアノで弾けた時』『初めてガールフレンドが出来た時』などなど、
枚挙にいとまがない。
 
 
 
勉強でもスポーツでも、はじめから天賦の才能を発揮して、直ぐに才能を開花出来る天才肌の人が世の中には大勢居る。
 
しかし私の様な凡才は、他の人の何倍も投資してようやく出来るようになる。
 
そんな私は、子供の頃から才能溢れる人がずっと羨ましかった。
 
子供の頃は音楽家になりたいと思ったが、「モーツアルトが5歳で作曲した」と言う話を聞いて大ショック! 音楽家を志すのを諦めた事もある。
 (もう10歳なのに、とても敵わない・・・(>_<) )
 
 
ところが最近は、才能溢れる人をあまり羨ましいとは思わなくなった。
 
人より才能がないのに努力して結果が出る様になった人は、才能がない分だけ人に教える能力が培われるのではあるまいか?
 
そう考えると、瞑想の天才であるOSHOやフーマンが瞑想を教えるのはもちろん素晴らしい事だが・・・
 
「煩悩具足の凡夫」の私の瞑想指導を通して、彼らが救えなかった「普通の人々」に瞑想を伝えられる可能性をヒシヒシと感じるのだ。
 
最近、下記のTEDのビデオを見て、その思いがさらに強まっている。
 
 

鹿児島ワンデーイベントのお知らせ

2018年9月6日(木) by キヨタカ

 猛烈台風が過ぎ去った途端に、今度は大地震shock
 
地球的規模で起こる天変地異に備える唯一の根本的対策・・・
 
それが瞑想だ。
 
 
挨拶文の一部です。
 
<ごあいさつ>
 
猛暑に台風、地震、噴火、異常気象、等々・・・

人類の滅亡を危惧させるような地球的規模での未曾有の天変地異は、決してネガティブな側面だけではありません。

新しい人類の意識を目覚めさせる為の、宇宙のサポートと捉える事も可能です!

ちょっとキツ過ぎるサポートですが・・・新しい意識が目覚める代償として形骸化した既存の形は壊れて行く運命にあるのです。
 

そのプロセスの途上で起こる様々な痛み、混乱、絶望感等を上手に乗り越え、

新しい意識を目覚めさせる唯一の方法、

それこそが、瞑想です。

 

今までは瞑想の"準備"としての側面が主でしたが、今年からはいよいよ瞑想へ"飛翔"する時期を迎えました!

瞑想に関心のある方は、ぜひともこの機会に一緒に瞑想して"生きている喜び"を味わいましょう!
 
・・・

感謝についてのシェア〜瞑想会の感想

2018年8月31日(金) by キヨタカ

 8月も今日が最終日。

相変わらず暑いけれども、どことなく秋の気配が漂い始めた。

夏から秋へと季節は巡り、瞑想会で満月だった月も、今は半分くらいに・・・

 

壮年時代を満喫している人間もまた、やがて老年期となり消え去る運命にある。

まだ三日月くらいの青年時代は、夢や希望を抱いて満願成就を願うのも成長にとって大切なプロセスだ。

しかしやがて迎える満月のピークを過ぎ去れば、否応無しにエネルギーは下降線を辿る。

好むと好まざるとに関わらず・・・

不可逆的に起こる時間の流れ、それこそが宇宙の摂理だ。

 

『新月の時は願い事をすると良く、満月の時は感謝するのが良い』

とニューエージではよく言われるが、なかなか理に叶っている。

新月の時に足りないものはどんどん満たされるが、満月を過ぎれば失うばかり。

足りないものを追い求める代わりに、既にあるものに感謝する事で、人生は最後まで満ち足りたものとなる。

 

そこで、先日の瞑想会のシェアリングでは、『感謝している事』について語ってもらった。

『ただ生かされている事に感謝している』人から、『感謝出来る事なんか一つもない』と正直に告白してくれた人まで様々な反応があり、とても感慨深い。

別に感謝出来るのが良いとは思わない。

感謝出来る事が例え一つもなくても、それに気づけるかどうかがポイント。

それに気づけなかった人も、気づきのない事に気づいたところが素晴らしい!

 

最近とても熱心に瞑想会に参加して頂いているAさんから、瞑想会の感想メールを頂いたのでシェアします。

 

「* * * Aさんの感想 * *

キヨタカさん、こんにちは。
 
先日は新宿ナイトイベントでお世話になり、どうもありがとうございました。
 
 
満月の日で、感謝についてのシェアをしてからの瞑想で、またたくさんの気づきがありました。
 
私はシェアの時に、普段、感謝をしていないと言ってしまいましたが、
本当はいつも周りの人達に感謝しており、無力な自分は生かされているなぁ、と思いながら生活していました。
 
なぜ感謝していない、と言ってしまったのか、ずっと気になっていましたが、ようやく見えてきました。
 
いつも不安を感じたり、自信のない時に、他人の言う事ばかりに耳を傾け、
本当は自分の内側でたくさん何か言っている子がいるのに、何も聴こえない振りをしていた事。
 
その子はちょっとユニークでクレイジーな子だから、社会の中ではあまりにも規格外だから、世に出してはいけないと思っていた事。
 
でも実は本来の自分はその子で、今まで自分だと思っていたのは、社会の中で一生懸命がんばって無理していた自分だという事。
 
いない事にしていた、強烈な子をリアルに生きる事が本来の私の生きたい事だと気づきました。
 
新宿ナイトイベントに参加して、気づきが起こった事に感謝です。
 
先日帰宅後にアマラのFBアカウントにも、少しシェアを投稿しました。
 
また瞑想会に参加する時は、どうぞよろしくお願いします。
 
By A

ナイトイベント(8月)

2018年8月27日(月) by キヨタカ

 8月のナイトイベントat新宿が昨晩無事終了。2017120303

魚座の満月という事で楽しみにしていたが、予想に違わぬ素敵な瞑想会になった。

参加者のほぼ全員が瞑想に慣れ親しんでいる方々だったので、とても深い本質に触れたように感じる。

 

占星術の好きな方はご存知だろうが、12星座は人間の成長段階に例えられる。

魚座は牡羊座から始まる成長の最終段階。

全て形あるものを手放し、広大無辺の宇宙へ広がり溶け去って行く・・・

つまり、悟りそのもの。

それが成就するのをサポートするエネルギーが、満月のこの日にピークを迎えた。

 

10数年ぶりにリーラスペースのイベントに参加してくれた方もいて、とても嬉しかった。

実は以前はリーラスペースのイベントに頻繁に参加していたけど、アジズ&フーマンのイベントを境にピタリと来なくなった方々が多数いる。

彼女もその中の一人。
 
「今頃どうしてるのかな〜?」と気になってはいたが、
 
「去る者は追わず」が、リーラスペースの基本方針。
 
それが、先日たまたまリーラのホームページを開いたところ、フーマンの記述を読んで涙が流れたとの事。
 
早速参加して頂き、帰りにフーマンシリーズ3冊をお買い上げ(*^-^)
 
 
人にはそれぞれ正しいタイミングがある。
 
「来るものは拒まず」もまた、基本方針だから、ピンと来た方はぜひリーラスペースにコンタクトして下さい。
 
次回は、9月24日(月・祝)を予定しています。

新宿瞑想会

2018年8月1日(水) by キヨタカ

 先日の新宿瞑想会に参加された方々、夜になってもまだ暑い中を熱心に参加してくれて有難う!
 
最近は、瞑想のabcを論理的に説明する事から始める事を止めてしまった。
 
もう少し詳しい解説をした方が良いのかとも思っていたけれど・・・
 
初めて参加された方が、
 
「ハートの奥底から、悲しみとは別のとても懐かしい感覚の涙が流れて来た・・・」
 
という感想を伺い、この流れに沿って行こうと改めて思った。
 
 
そもそも瞑想とは論理を超えた、体験の世界。
 
ダイレクトに「これ」と繋がる瞑想を次回も行いたい。
 
 
次回は8月26日(日)を予定。
 
満月の夜でもあるから、より一層パワフルになるだろう。
 
臨機応援な瞑想会なので何が起こるかわからないけれども、
 
今から楽しみ♫

ミニマリズム

2018年7月25日(水) by キヨタカ

 目の手術から2週間経過。
 
手術直後は眼圧が上がってしまい、2日連続で点滴を受けた。
 
「もしかしたらこのまま緑内障で失明か・・・shock
 
という恐怖に襲われたが、最近は症状も安定。
 
 
明日になれば手術後2週間プラス1日だから、半月が経過することになる。
 
わずか1日の差だけれど、「半月経過」と考えるととても気が楽。
 
明日の検査で問題がなければ、そろそろ海に行けるかも知れない。
 
 
目の手術を契機として、余計な物を処分する事にエネルギーを注いでいる。
 
贅沢はしていないつもりだったが、いざ整理を始めると、よくもまあこんなにガラクタを集めたものだと我ながら呆れる┐(´д`)┌ヤレヤレ
 
以前『断捨離』の影響でかなり徹底的に所有物を絞り込んだが、いつの間にか元の木阿弥になってしまった。
 
 
アメリカでは、最低限度の所有物で生活しようという「ミニマリズム」が流行っているらしい。
 
拡大再生産を煽る資本主義は、情報化社会とあいまって、世界は物と情報で溢れかえってしまった。
 
今や生命体としての地球の存続さえ危ぶまれ、 人間としての本当の幸せを見失ってしまったようだ。
 
こうした『ミニマリズム』が唱えられるのも、当然だろう。
 
 
『断捨離』も『ミニマリズム』も『瞑想』も、人間の本質に立ち返るという点で同じライン上にある。
 
物や情報を一つ一つ捨てる度に・・・
 
「本当の喜びは内側にあるんだな〜」
 
と、何やら新しい発見をしている感じがあって楽しい♫

瞑想会のお知らせ

2018年7月19日(木) by キヨタカ

Beloved フレンズ
 
毎日暑い日が続きますが、みなさんお元気ですか?
 
かつてインドに都合6年以上滞在していたので、暑さには慣れている筈ですが、
今年はキヨタカもインド人もびっくり!の暑さです(^_^;)
 
 
『心頭滅却すれば火もまた涼し』と言います。
 
どんなに暑くても、どんなに寒くても、それを超えた所に安住する。
 
それが瞑想の醍醐味です。
 
 
来たる7月29日(日)に新宿文化センターでナイトイベントが開催されます。 
(詳細は下記をクリック↓)
 
是非とも参加して下さい。
 
外側のどんな状況にも振り回されることのないスペースが、
ごく自然に目覚めて行くでしょう!!

金魚の糞

2018年7月13日(金) by キヨタカ

 目の手術が終わってから、2晩続けて奇妙な夢を見た。
 
初日は、真夜中にふと目を覚ますと見知らぬ女性が枕元に立っていた。
 
よく見ると片足が消えている。
 
足がないんだから幽霊だと思い、
 
「あなた、足がないですよ!」
 
と幽霊に向かって叫んでいた。
 
 
自分の叫び声で目を覚ましたのだが・・・
 
幽霊なんだから、足がなくて当たり前か┐(´д`)┌ヤレヤレ
 
もしかしたら最近亡くなったいとこが、お別れの挨拶に来たのかも( ̄Д ̄;;
 
何はともあれ、幽霊を見ても怖がらなかった自分を褒めてあげたい。
 
 
今朝は、高校の期末テストを控え図書館に籠っている夢を見た。
 
ところが勉強しようとしても全く頭が働かずに焦っている。
 
「このままでは落第するshock
 
これは高校時代に目の手術でしばらく学校を休んだ時に、実際に体験した焦り。
 
昔はよくこの夢に苛まれた。
 
最近は全く見なくなったのだが・・・
 
先日の手術の影響で、まだ潜在意識に残っていた「焦り」の感覚が浮上したのだろう。
 
 
会社を辞めてサニヤシンになって以来、ずっとドロップアウトの人生を送っている。
 
にもかかわらず、今だに落第の夢を見るのだから我ながら呆れる。
 
以前は、こうした理不尽な焦りや恐怖の夢を見る事自体が許せなかったけれども、
 
今では、夢は夢として笑えるようになった。
 
 
焦りも不安も恐怖も、本当の自分ではない。
 
しかし睡眠中となると、夢として意識の表面に浮上する。
 
しかしそれは、断じて本当の私ではない。

Kingyonofun

 
本当の私が金魚だとしたら、せいぜい金魚の糞に過ぎない。
 
金魚は生きている限り、糞も出る。
 
私だって生きている。
 
だったら、糞も含めて金魚を愛でたいものである。

開眼!

2018年7月11日(水) by キヨタカ

 昨日、左目の手術を敢行!
 
手術とは言っても日帰りで、高校時代に摘出した水晶体の代わりを入れる『二次挿入手術』
 
若年性白内障で左目を手術したのは高校1年生の時の時。
 
水晶体の中心のみが濁る特殊な症状で手術が非常に難しく、手術後3日間は絶対安静で10日程入院した。
 
今回は、実際の手術時間はわずか10分程度。
 
手術の進歩は、当時とは雲泥の差で驚いた。
 
 
手術室から出て控え室で休んだ後、看護師さんが左目のガーゼを外して
 
「はい目を開けて下さい」と微笑んだ。
 
「あっ!見えます、見えます!」
 
と感動のシーンの筈だが・・・
 
予想に反して、全く開かない。
 
「軟膏がくっついているせいか開きません!」
 
「そんな筈ないです、変ですね?」
 
と言いながら、手術した先生の所へ問い合わせに・・・
 
どうやら、麻酔が効き過ぎたらしい。
 
「 2〜3時間経てば、必ず開く」との言葉を信じて帰宅。
 
 
ところが夕食後かなり時間が経ったのに、一向に開かず(ノ_-。)
 
「このまま失明してしまうのか・・・それとも再手術・・・」など、あらぬ不安を抱えて眠りに就いた。
 
 
翌朝になってようやく少し目が開き始めた。Nebulosaojodediosespaciouniversoest
 
朝一で病院で術後検査を受けた結果、経過は良好との事。
 
まだ少し霞んでいる感じがあるが、時間の経過とともによくなるだろう。
 
さっそく、ブログも書けるようになった。
 
 
今までは特殊なコンタクトレンズを装着する必要があり、目にかなり負担がかかった。
 
左目が開眼した事で、なんだか心の目もさらに開眼した感じがあり嬉しい♫
 
今日からは、縁ある人々の『心の目を開く事』を天命としよう(* ̄0 ̄)ノ

実家にて

2018年7月6日(金) by キヨタカ

 私の家は親戚の数が多く、従兄弟も入れると100人を優に超える。
 
形式ばった付き合いは苦手なのだが、実家に帰るとそうも行かない。
 
親戚やら母の知り合いが我が家を訪問する度に、どうでも良い会話に付き合う事になる。
 
 
先日帰った時も、母が懇意にしていた着付けの先生が来訪。
 
母が関係していた世界ではかなり成功しているそうだが、やたら元気で外交的なこの手のタイプは特に苦手・・・(ρ_;)
 
 
ところが久しぶりに会話をしてみると、とても深く繫る感覚があり驚いた。
 
聞けば昨年の始めに突然夫を亡くし、精神的危機をようやく乗り越えたところだそう。
 
以前のように賑々しい一方的なお喋りは影を潜め、相手に対して心を開きじっくり耳を傾けるスペースが生まれている。
 
だから、話題が日常会話を超えてお互いの生死感やら瞑想にまで及び、とても有意義な時間を過ごす事ができた。
 
突然の夫の死が、彼女にとても大きな変容をもたらしたようだ。
 
 
身近な愛する人を失った悲しみは、察するに余りある。
 
通常は敢えて用事を作って忙しくしたり、酒やテレビや趣味等々で穴を埋めようとする。
 
しかしいくら誤魔化しても、もがけばもがくほど虚無感に苛まれる事になる。
 
むしろこの穴を埋める事なくあるがままにそっくり受け入れることで、他人をそのまま受容する新たなスペースが生まれる。
 
その意味では、愛する人を失う体験は精神的に成長する大いなるチャンスとも言えるだろう。

«誕生日

メインホームページ

リンク

無料ブログはココログ