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2007年11月

追伸

11月30日(金)曇り by ヨガビジャ

 
さっき今日の分の日誌はアップしたのだけど追伸です。

今日の夕方からKIRAKUの会が始まるので、日誌はしばしお休みです。        
 
実はこの文章を今アピタの駐車場で書いています。

9時オープンの大仁まごころ市場で安くて新鮮な野菜を買い込み、アピタの開店を待っているんです。
 
今、修善寺は紅葉が見頃で連日観光バスが訪れています。
本当はうちの裏のもみじ林を見に行きたいのだけど、なかなか時間がとれなくてまだ行っていません。
 
でもさっき市場に行く途中、運転をしながら目にした紅葉はすばらしかったですよ。
錦織なす、とはこんな時のための表現かな?って想いました。
 
車を停めてゆっくり見たかったです。。

さて、そろそろアピタが開店します。
 
みなさんもよい週末をお過ごしください。(^O^)/

おまわりさん

11月30日(金) 曇り by ヨガビジャ
 
 
きのうの日誌に書いたように、私は道が分からなくなると「おまわりさん」に道を尋ねます。

じつは私、子供のころからよく迷子になって、おまわりさんにはずいぶんお世話になっているんです。
社会人になってからもお手洗いを借りたりして、、。(^o^;
 
 
私の最初のおまわりさんとの出会いは、小学校低学年の頃。
道で50円を拾ったことを母に話したら交番に連れて行かれたのでした。

この時のおまわりさん、私を子供だからと軽く受け流すのではなく、ちゃんと50円を拾った場所、時間、私の名前などをとても丁寧に聞いて書類に記入し、終わって交番を後にしようとしたら「ちゃんと届けてくれてありがとうね。」と一言。
私は恥ずかしくてうつむきながらも、とても嬉しかったのを覚えています。

この時からおまわりさんが好きって思っていたのですが、決定的な出来事がもうひとつあるんです。
 
 
たしか、22、3才の頃だったと思います。
私はまだ名古屋にいて、自動車の免許をとったばかりで練習がてら知多半島へひとりドライブに行きました。

知らない土地で方向音痴な上まだ慣れない車の運転、、。
とても緊張してハンドルを握っていました。

その帰り道、見通しの良い信号交差点でした。

信号が黄色になり、止まろうかそのまま行こうか迷っていたら信号が赤になってしまって、今止まると急ブレーキになると思い「行っちゃえっ!」と信号を渡ったら、道の左側でおまわりさんが旗を振って私を呼んでいるみたい。

(ああ〜、やっちゃった〜・・。)

と思い、車を路肩へと寄せました。

すると、おまわりさんがやってきて、
 
おまわりさん「はい、免許証を見せてください。信号、赤でしたね。」
 
私「ごめんなさ〜い。。」と免許書を手渡しました。
 
するとおまわりさん、免許証を確認した後、車内を見渡し助手席の上に開かれた地図に気づき、すぐに私の状況が飲み込めたようす・・。
(=初心者、悪気なし)
 
おまわりさん「今回はいいですが、これからは気をつけてくださいね」
 
私「(え〜、許してくれるの!?) あ、ありがとうございますっ!」
 
おまわりさん「安全運転で帰ってくださいね」

ありがたいお言葉に感動しつつ出発しようとしたら、、

おまわりさんの目の前でエンスト。。
(オートマティック車ではなかったんです)

すごーく恥ずかしくて、早くおまわりさんの視界から消えてしまいたい。(>_<) 

逃げるように発進し、心配そうに見守るおまわりさんがバックミラーの中、だんだん小さくなっていきました。
 
こんなことがたびたびあって、私、おまわりさんって好きかも?(照
 
 
ところで話は変わって、キヨタカと車に乗っている時の会話。
(運転手/キヨタカ)
  
 
よがび「あっ、おまわりさんがいるよ♪」
 
キヨタカ「や、やばいっ!」
 
よがび(なにしたのよっ!?)
 
 
キヨタカはおまわりさんが苦手らしいです。(・・?) 
 
なにか前科があるわけではないし、嫌な経験があるわけじゃないのに不思議です。過去生でなにかあったのかな。

迷った

11月29日(木) 曇り by ヨガビジャ
 
 
先週末、用事で東京に行ったのですが、また道に迷いました。
 
キヨタカは数日先に出掛けていて、後から一人で行くよがびのために、宿泊先の地図を何枚もプリントアウトして置いていってくれたのですが、、。
 
地図を確認して駅から出て、こっちと思われる方向に3分ほど歩き始めて「いつも道を間違えるからもう一度確認しよう!」と、道で地図を広げて景色を見れば、あるはずのない銀行があり「あー!また間違えてる!早く気づいてよかった〜。」と地図をしまい、また駅へと戻り反対方向へと歩き始めたのでした、が・・・。

歩いても歩いても、地図にある目印の建物が出て来ない・・。
でも「さっき中目黒1丁目で今中目黒2丁目だから、、このまま行けば目的の中目黒3丁目に着くはず♪」と疑いを払いつつも歩き続けていると、目の前に警察。
その駐車場にはおまわりさんがひとり。

地図には10分とあるところをすでに30分歩いているのですから、おまわりさんに聞くのが賢明かと。。。

その結果(やっぱり)反対方向に歩いていたことが判明。
またやっちゃった。(T_T) 
 
 
おまわりさん曰く、
「そこまで行くならここから700メートルはあるし、バスに乗った方がいいですよ」
 
 
私はコロコロと引く旅行カバンと慣れないヒールをはいていましたから、
おまわりさんの云われることはもっともです。

・・でも、ここまで歩いたらなんだか意地になっちゃって、、オマケにバス停は反対車線だし。

歩きましたよ、そこからさらに30分。

そうして駅から10分の道のりを1時間かけて目的地に辿り着いたのでした。
 
 
そしてお風呂に入って一息ついたところで、どこで間違えたのか考えてみたら、、。

1、地図がひっくり返ってました。

2、中目黒3丁目(誤)→青葉台3丁目(正)の勘違いでした。
 
 
・・だって、4、5枚の地図があったけど、駅が入ってなかったり、目的地が地図からはみ出してたんだもん・・。(_ _。)
 
 
200711241837001←中目黒の満月。
 暗くなる前に目的地についてよかったです。。
 ちなみに私、東京に行く時は迷う時間も考慮に入れて
 出掛けるので、約束の時間に遅れることはないんですよ。
でも最初から迷うことを考慮にしている辺りがダメなのかも。(^o^;

帰りました

11月28日(水) 曇り by ヨガビジャ
 
 
さっき伊豆に戻ってきました〜。(^O^)/
 
帰ってパソコンで修善寺日誌を確認したら、きのう(27日)分がアップされていなくて、たった今慌ててアップしました。。
 
 
さて、最近外出続きだったので自分の家のことがほとんど手付かずで、灯油がありません。
早く外出中の荷物を片付け洗濯をしたいのですが、冷蔵庫に食料はほとんどないし、、、これから灯油を買いがてら夕食を外で済ませてきてま〜す。
 
 
あさってから第5回KIRAKUの会が始まるので、明日は朝から買い出し、お掃除、布団干し…etc.
 
今回参加者は女性ばかり。
にぎやかになりそうで、、楽しみです♪
 
 
そうそう話は飛びますが、こうして家を留守にすることが多い最近ですが、
うちの植物たち、ちゃ〜んと元気に育ってますよ。
たくましい子たちで助かります。(^^ゞ 
 
 
Img_1978←忍野八海からの富士山。(本文とは全く関係ないけど)

 母、双眼鏡で富士山を探すもなかなか視界に入らず。
 やっと見つけると富士山が目の前に見える!と大喜び。

家族旅行・その4

11月27日(火) 晴れ? by ヨガビジャ
 
 
いつかのリトリートのシェアリングの時だったと思います。
(相変わらず記憶がとんでますが…)
 
「どうしたら「許す」ことができるでしょう?」という問いがありました。
 
でもその時は自分の考えをまとめられず、他の人たちの話に耳を傾けていました。(その話の内容も忘れてしまいましたが…)
 
 
「許す」ということについて、以前フーマンがこんなことを言っていました。

「あなたはその人たちを自分の子供のように感じるでしょう」と。
 
 
この言葉を聞いたのは今から6年前で、まだ表面的な文章の意味としてしか理解できませんでした。

でも最近、人に対するものの見方が多少柔軟になってきたら、相手の人がより立体的に見え(全体として見えるって感じかな?)、その人がそのようであることが理解でき、共感を覚えるようになってきました。
そして表面的に私の目にどんな風に映ったとしても、その人がその人生を選び生きていることを賞賛したくなってきました。

これは「許す」というより「受け入れる」という感覚の方が近いかもしれませんが。


子供にとって親は頼もしい存在ですが、ある時点で自分が親の身長を追い越し、親が少しづつ歳をとり小さくなっていくと、立場は逆転し自分が親を守る立場になります。

そして親というよりは親を一人の個人として見始めると、親の人生全体が見えてきて自分の親に対する関わりが変わってきました。
(これはあくまでも私の経験ですが)

そうなると、私が考えることは「なにをしてあげられるだろうか?」「自分はどう在れるだろうか?」ということに変化していきました。

過去を思い起こせば、頭にくることや許せないことはたくさんあったし(これも忘れてしまいましたが…)、今でも欠点や嫌だなって思うことが全くないとはいえないけど、人は人を完全に嫌いにはなれないんじゃないかな、と思います。
 
 
今回、無邪気に「富士山が出とる!」と喜んだり、富士山に雲ができるメカニズムを一生懸命に説明したり、双眼鏡を覗いて富士山のド・アップに驚いたり、、ふたりの親たちはまるで子供のようでした。
ついさっきの旅館でのいざこざなど忘れてしまっています。
 
 
今回の旅行との関連がうまく伝えられてないかもしれませんが…
 
自分の見ている世界は、自分次第なんだな…と思います。

相手に、世界に、なにを見るか?
相手がそうなんじゃない、世界がそうなんじゃない、
自分がそう見ているんですね。

親と見るか、欠点だらけの人間と見るか、愛すべき一個人と見るか?

許せないとしたら、
許せない相手がいるんじゃない、
許したくない私がいるんだ、
きっと。

家族旅行・その3

11月26日(月) 晴れ? by ヨガビジャ
 
 

それにしても、、

母の愚痴はとどまるところを知りません。

ま、久しぶりに愚痴を聞いてくれる人(私)がまるまる三日間も側いる訳ですから、父の耳が遠いことも相まって、出るわ出るわ・・。
何十年も前のことからついさっきのことまで。

あきれて止める気も起きません。。(◎-◎;)  
 

少しここでお裾分けしますと・・・
(えっ、いらない??まあ、そうおっしゃらず)


父は敬老パス(名古屋市は70才以上は交通費無料)を使って、毎日午前中運動を兼ねて出かけています。
母が月々の食費を父に渡しているので、野菜やいろんな食料品を買ってきます。
(バーゲンで安いと豆腐3丁とか、、母の神経を逆なでするのがほんとに上手です)
 
 
ある日、父は母に「お前の煮る大根は固くていかん・・云々」言ったそうです。

母曰く(少し早口で読んでみてください↓):

「いつも得だからって一番大きい大根を買ってきて、、大きいのは固いに決まっとる(←名古屋弁)じゃないね!大きいからいつまでも残って最後は乾燥してスが入って固くなるのに、なんでもお母さんのせいにしてっ!!」

(さらに勢いがついてきて・・)

母「昨日の朝食だって、バイキングのキュウリが昔の味で美味しいって、そりゃ〜この辺なら近くの農家から仕入れてるだろうから、美味しいに決まっとるが!(←名古屋弁)名古屋だってお金を出せば美味しいのはあるわっ!!」

私「ええっと〜、、お父さんは単純に朝のキュウリが美味しかったって言っただけで、うちのキュウリのことは一言も触れてなかったよ・・。(;-_-+ 」

 
場面変わって別の日の朝食時、父は隣のテーブルを見て母に耳打ちしました。

父「温泉卵があったのは気づかんかったね・・?」
 
母「え〜!もう食べれんわっ!!」←(?_?)
 
父「だれもお前に食えと言っとらんにっ!」(怒)
 
私 (こらこら・・(;-_-) =3
 
 
どうでしょう?
端から見てるとなかなか笑える内容ですが、本人たちは大真面目です。
 
 
残り少ない人生、できたらふたり仲良く、楽しく長生きして欲しいのですが、、。
 
 
母はもともと本を読むことが大好きで私もいろんな本をプレゼントしています。
「マンガ禅の思想」や「シッタカブッタ」シリーズなどは気に入って何度も読んでいるようですが、なかなか自分の人生に応用はできない様子。
(もちろん私もそうなんですけどね。(^o^;)

でもこんな本を読んでいるくらいですから、母の方が理解し、変えていける可能性があるのではないかと思って、私は愚痴を聞きつつもトウーマッチになってくると、つい母に厳しいことを言ってしまったりして、後になって傷つけちゃったかな〜?と気にしたりしてます。。

家族との関係性って、ある意味リトリートをする以上に強烈なワークかも知れませんね。

家族旅行・その2

11月25日(日) 晴れ? by ヨガビジャ
 
 

家族で旅行に行くと、両親のやり取りを興味深く見てしまいます。

そのことを書くにはうちの家族のことに少し触れた方が伝えやすいので、かなり内輪の話になりますが少し書きますね。
 
 
私の両親はふたりとも熊本出身です。
土地柄(時代柄?)けっこう男尊女卑の傾向が強いです。

父は仕事から帰るとまったく何もしません。
子育ても、家事も母がして当たり前と思っています。
でも食事の味付けから(グルメというわけではない)近所付き合いまで、自分ではしないあらゆることに文句をいい、母をけなします。
ワンマンで人のいうことは聞きません。

母はこんな父を嫌っていますが、家を出ても学歴がなく小さな子供を抱えてはとても生きていけないので、なにをされてもじっと耐えています。
唯一、子供に愚痴をこぼすことが息抜きになっていました。
人生を諦めていて「ことなかれ主義」です。
ですから私が初めてインドに行く(飛行機に乗る)と言った時は大騒ぎでした。私になにかあれば父は母に怒るのですから。
 
 
さてこのふたり、今では母は目が悪く、父もかなりの難聴です。

ふたりに会ってよく目にする場面ですが、、
父は耳が遠いので話す人が父の聴こえる耳の側を意識して、大きな声で話しかけないと聴こえません。
ですから、旅行でこちらが今後の行動について理解しているだろうと思っていると父には伝わっていなかったりして、たまにイライラしています。
また父はもともと職人気質の大工で、人と接することが苦手で話もあまり得意ではありません。(吃ってなかなか言葉がでないのです)
そんな父がぎこちなくも私たちになにか話している時、母はそれとは全く関係のない話をしてきます。
母に悪気はないのですが、父の話を聞こうという姿勢がないようです。 
 

私は子供の頃から母の愚痴はずっと聞かされてきましたから、母にとってなにが不満かはよく分かります。
でも父とはある時期からまったく話さなくなっていたので、具体的に父がどういう不満をもっているかはずっと伺い知ることはできませんでしたが、旅行に行くとそれがとてもよく見えてきます。
 
 
私には自分とキヨタカとの関係性に起きていることが、客観的には見えません。

でも父と母の関係に起きていることはとてもよく見えます。


この旅行に限らず、最近、人はこれまでの人生で自分が人から受けたことしか人にしてあげられないのではないか?ということを感じています。
 
 
例えば、私は人を褒めるのがヘタです。
子供の頃からあまり褒められていないので、褒めるということが身に付いていません。
ですからたまにキヨタカから「よがびは人を褒めないよね」と言われます。
キヨタカは子供の頃からたくさん褒められて育ってきたので、褒めたり褒められたりが当たり前です。 
 

そう考えると私の父は、小さい頃、父のお父さんが亡くなって間もなく丁稚奉公に出されたそうなので、本来自然に身に付く親との繋がりや会話、人間関係の中に身を置くことなど、そういったことを学ばないでこの歳まで生きてきたのだとしたら、相手の話を聞かない、思いやりがない、自分の正当性を主張するために相手(母)を攻撃するという父の行動の理由は、幾分理解できる気がします。

そして母は熊本の祖父の「女は食わせ損だ」の価値観で育ってきたので、もともと気は強いのですが父に完全に押さえられ、全く自分に価値を見いだせず、人生を楽しむことを諦めています。ですから話すことのほとんどはネガティブです。
 
 
さて長くなりましたが、、
このような母がこのような父に、一見正しく見える「もっと人を想いやること」や「人の話しに聞く耳を持つこと」を求めても、それは不可能なことではないでしょうか?
 
なぜなら父は自分自身が「人から話を聞いてもらったり」「思いやってもらう」という経験がないのでしょうから、それがどういうことか分からないのです。(私の推測ですが)

そういう意味においては母は無い物ねだりをして欲求不満に陥っているようです。
そして自分のその不満を聞いて欲しくて私と姉に話すんですね。

これは父の側からしたら、母が自分の悪口を子供に吹き込んで、子供を自分から離そうとしているということになります。

こんな風に何十年もの間、同じ不愉快なパターンを繰り返してきているのです。
 
 
「人は自分が与えられたものしか人に与えることはできない」
(人生で経験していないことは理解しようがない、だから人にしてあげらない、ともいえるかな?)
 
この理解は私にとって新鮮でした。 
 
父という一人の人間を見たとき、平面的に今目の前にいる父としてだけみれば、欠点だらけかもしれません。でも今そうであるには、過去にその理由があるはずです。
そしてその理由を知ると、今の父を責める気にはなれせません。

なんとく漠然とした確信(←矛盾してます)があるのですが、父は今からでも誰かに優しくされたり、気を遣ってもらうことで、少しづつそれを他の人に対してできるようになってくるんじゃないかと思うのです。(今はちょっと想像し難いけど…。)

父は4人家族の中で一人だけの男でしたから、疎外感はかなり大きかったと思います。

もちろん父が家族のなかで孤立していったことの原因は父自身にも由来しているのですが、今そのことを指摘してもなにも理解が得られないどころか、怒り出すでしょう。
 
 
父に対し、正論で「人を思いやるべきだ」と説得するのではなく、父が持ってくれたらいいなと思う「思いやり」を「私が持って」父に接することでなにかが伝わり、もしかしたら変化があらわれるのかもしれない・・・。
そんなふうに感じました。
 
 
これって、もしかしたらフーマンが話していた「許し」のワークに繋がらないでしょうか?

過去の出来事は手放し、今在りうる最高の自分として相手と接する…。

目の前の相手が今どんなに困難な状況にいるように見えても、それはその人の魂が成長のために選んだ勇気ある選択。それを尊重したいなと思いはじめました。

またお出かけ

11月24日(土) 晴れ by ヨガビジャ
 
 
今日は朝から雲ひとつないいいお天気です。
 
富士山もよく見えます。
 
こんな日は布団を干して、しばらく閉め切っていた富士見荘の窓を開け、新鮮な空気をいっぱい入れたいところですが、、。
 

また、お出かけです。(^o^;
 
で、いつもなら日誌はしばらくお休みです…と書く所ですが、今回は旅行から帰ったばかりの勢いで、昨日のうちに3日分書いてしまいました。
なので一応毎日更新されるはずです。
 
 
といっても、巷は3連休のまっただ中。
みなさんもお出かけで、日誌を覗く人もそんなにいないかな〜?
 
 
それでは、いってきま〜す。(^_^)/~

家族旅行・その1

11月23日(金) 晴れ by ヨガビジャ
 
 
親戚の法事を済ませ、昨日伊豆へ戻ってきました。

法事の後、せっかく名古屋まで行ったので両親に富士山を見せようとふたりを旅行に連れ出しました。

伊豆を発つ前に確認した週間予報では、旅行を予定していた3日間は曇りがちで一時雨の予報だったので、「富士山は1日でも見えればよしとしよう」と思っていました。

ところが見事にその予報がはずれ、3日間毎日違った場所から違った趣きの富士山を目にすることができました。

この日誌にはその旅行の様子を書こうと思ったのですが、今回のこの両親との旅行でいろいろと感じたことや気づいたことがあったので、まずはそのことを書こうと思います。

 
 
じつは私の母は数年前から緑内障の症状が進み、かなり視野が狭く見えにくい状態になっています。

その母は何年か前に一度伊豆で富士山を見て以来、富士山が大好きになりました。

ですから、私として少しでも目が見えるうちに本物の大きな富士山を見せたいと思っていました。
でも富士山は名古屋からは遠く、目が見えにくいことで出不精になっている母は、自分は富士山をカレンダーやハガキで見られたら満足だから、旅行には行かなくてもいいと言い続けてきました。

 
 
今年に入って、ある晩私は夢を見ました。

私は夢を見ても目が覚めると忘れてしまうことが多いです。
でも稀にはっきりと覚えていたり、その夢の感覚があまりにリアルで目を覚ましてしまったり、、。
そして目が覚めた後もその感覚がそのまま残っていることがあります。

ある日見た夢。

その情景や登場人物は思い出せません。

ただ夢の最後の思考、というより感覚は「なぜもっと愛さなかった?」というものでした。
または「なぜもっと愛を顕わさなかった?」という後悔の想いでした。

その感覚があまりにリアルだったので目が覚めてしまいました。

でもまだ真夜中だったので、その感覚とともに再び眠ってしまいましたが、朝起きてからもず〜っとその感覚が気になり、上のふたつの言葉がなにかメッセージのように感じてメモに書留めました。

そして考えました。

「だれに対してか?」

夢ではだれか登場人物がいて、その人になにかが起きて別れを体験したようだったので。

そう思った時にすぐに思い浮かんだのは両親でした。
 
 

私は24才の時に家を出て以来、家族とはほとんど音信不通の状態が12年以上続いていました。

結婚もせず、瞑想などに関心を持ち、将来の計画もなく会社を辞めてしまった私に対する母や姉の心配や不満。
そして私には自分の興味や生き方を否定されることからくる彼らへの憤りがあり、それがどうしようもない溝となり、もう関係を変える事は不可能だと感じ諦めていました。


こんな状況も時間とともに少しづつ変化していきました。

 
そんな中で、私にとってずっと続いてきたこの家族との関係性を打破するのに一番効果的だったのは、フーマンの「自分の中に愛を満たしなさい」「もっと祈りなさい」という言葉でした。
 
なぜなら、ある時点で家族に対してのこのわだかまりが解消されない限り、フーマンのこの言葉を実現することは不可能だと気づいたからです。

 
このことに気づいてから、「なにが(どちらが)正しいか、間違っているか?」ということにとらわれないで、自分が望む状況を実現するにはどうしたらよいか?を考えるようになりました。

私の望む状況とは、お互いの考えの相違を超えて「ただ仲良くしたい」ということだけでした。

そのためには、私は自分を守る為に相手を批判しないことがひとつ。
そして(私にとって苦手なことでしたが)「ただ仲良くしたい」という想いを正直に表現することから始めました。

そうしたことが功を奏したのか、母や姉はだんだん電話で私を非難することがなくなりました。

こんな経緯があって、今では年に2回ほど旅行に行ったり、普通に電話をしたりできる関係になりました。

このことは私にとって、長年の肩の荷が降りたような人生の大きな出来事です。

 
さて前置きが長くなりましたが、今回の旅行でひとつ気づいたのは、すべての状況はメッセージなのではないか?ということです。

「すべてのことはメッセージ」という言葉は、なにかのニューエイジの本に出ていたような気がするのですが(ユーミンの歌にもありましたっけ?)、これは自分の今の状況の中で体験的に受け取ったことなので、ちょっと特別な感覚があります。

 
じつは私は仕事や生き方、そして自分自身の精神的な成長に関しても「これでいいのか?(このままいっていいのか?)」という想いがやってくることがあります。
 

最近は、両親が高齢になり家族との関係が正常化したこともあって、家族や親戚付合いに裂く時間やエネルギーがだんだんと大きくなってきていました。
 
 
ただ先に書いたように、自分自身の「愛すること、祈ること」のワークとして障害になっていた家族関係を乗り越えられたのは素直に嬉しいことなのですが、いつの頃からか家族や親戚付合いというのが「ねばならない」ことに自分の中で変化していました。

なぜなら月に一度のソロリトリートをする時間がなかなかとれなくて自分自身のワークができない、という焦りの感覚をどこかで感じていたからです。
 
 
今回、両親に富士山を見せられるかどうか、宿はどうか、経済的・体力的に負担になっていないかなど、あらゆることに気にもんでいた私でしたが、富士山の姿に一喜一憂する両親の様子を見ていて、「なにが本質的なことか?」ということをふと想い起こしました。
 
 
この旅行は、あきらかに私自身にとってのワークであったようです。

出発の前から考えても仕方のない天候や、泊まってみないと分からない宿のことでずいぶん悩み、エネルギーを使いました。(この間ほかのことができなく焦ったりして)
でも現実は天気予報に反して3日間ともほとんど晴れで、毎日富士山を観られたのでした。

 
旅行の途中、これは私の「信頼」が試されているのだと思いました。


うまく説明ができないのですが、、
やはり私たちひとりひとりは目に見えない存在に守られ、導かれ、たとえ自分には望ましいと思えない状況でも、そこには必ず存在から用意された学びのエッセンスがあるようです。

どうも私は自分の成長に必要なことや状況に対して、とても限定したイメージをもっていたようです。
そしてそれに該当しないものは、どこか「ねばならない」ことのようにプレッシャーを感じていたのです。

最近あるブログで読んだ文章。
「あなたはひとりぼっちでははい。天使たちはあなたを無償の愛からサポートしようと、あなたが彼らに助けを求める事を待っている(助け=依存することではなく)。なぜなら彼らはあなたからの要請がなくサポートすることはできないから…。」

この言葉を少しづつ実感してきました。

私たちは決してひとりぼっちではなく、そっと寄り添い常に必要なもの、必要なことを用意し、導いてくれている存在に守られているようです。

問題は、私たちが彼らからのギフトである「経験と理解の機会」を受け取れるかどうか。
その鍵はどうも「信頼」にかかっているようです。

日誌お休み

11月16日(金) 曇り by ヨガビジャ
 
 
明日から法事のため名古屋に行きます。
 
久しぶりに親戚に会うことになるので、伸び放題だったの髪を今日美容院で切ってきました。

予定では肩くらいの長さになる予定でしたが、できあがってみたら肩上5センチ。

首がすーすーして寒いです。(T_T) 

きっと次に美容院に行くのは1年後でしょう。。


PS.そういうわけで日誌の更新はまたしばしお休みです。

大瀬崎

11月15日(木) 晴れ by ヨガビジャ


リトリートが終わり、富士見荘にいつもの日常が戻ってきました。
 
日誌になにを書こうか?と考えたとき、リトリートの片付けの後、
スタッフの人たちと行った大瀬神社で写真を撮った事を思い出しました。
 
この大瀬神社は、駿河湾の大瀬崎という日本でも有名なダイビングスポットにあります。

お社自体はそれほど大きくはないのですが、お天気に恵まれれば海に浮かぶ富士山を一望する事ができます。

ある風水関係の方のHPによると、

『この神社のパワーは群を抜いている。岬からは富士山を向かいに見ることができ、天からのエネルギーと地からのパワーの合流する場所になっている。岬の突端に「霊池」と呼ばれる、鏡のように静かな池がある。』
…だそうです。
 
 
(・・鏡のような静かな池には、異様に食欲旺盛な鯉がたくさんいて、人の気配を察知するとエサを貰おうとにぎやかな水音をたてて寄ってくるんですけどね。(^o^; )
 

この大瀬神社は、全国的にも珍しいビャクシンの群生林に囲まれています。
 
ビャクシンという木は、太く曲がりくねった幹や枝振りを持ち、その姿はとても生命力に溢れユニークです。
海からの風をじっと耐えてきたせいかもしれません。
強く大地に根ざし、時に大きな石を抱え込んだままに成長を続けています。
 
この場所に来て、潮風に受け、岬をぐる〜っと一周し帰路につく頃には、自分がすっかり浄められ新たな生命に満たされたような、、そんな感覚を何度か体験しています。
 
 
Dscf0786←大瀬崎の海。
突堤から海を見下ろすと水色から濃いコバルトブルーの魚の群れ、エンゼルフィッシュのような魚が泳いでいるのが見えました。
それらの魚に見とれていたら目の前に大きなウツボ(!)が現れてびっくり。(◎-◎;) すばらしい透明度の海です。
 
200711131412001←ビャクシン。
全体を写そうと思ったのですが、
光があまりに美しかったので…。

瞑想リトリート準備

11月8日(木)   曇り後晴れ    by キヨタカ

 今日は昨日に続いて、朝からリトリートの準備に追われた。
瞑想ホールは特に念入りに、掃除機がけ、祭壇や座布や音響等のアレンジなどetc、、。
私が花を飾るとあまりよいフィードバックを得られないので、今回はキッチンスタッフのAさんに頼んだ。
最後にセイジを炊いて、準備完了。
後は参加者の到着を待つばかり。
今夜から、フィールド オブ ライト リトリートのため、しばらく日誌をお休みします。

Photo

ねむい。。

11月7日(水) 曇りのち晴れ by ヨガビジャ
 
 
明日から第6回フィールド オブ ライト リトリートが始まります。

・・・で、朝から準備をしていたら、すでにもう夜。。
 
ネタはたくさんあるのですが、日誌が書けそうにありません。

すみません&おやすみなさい。 <(_ _ )>

手巻き寿司

11月6日(火) 曇り by ヨガビジャ
 
 
前回のKIRAKUの会から、日曜日の昼食は「手巻き寿司」を出しています。
 

最近のリーラスペースのリトリートでは、酵素玄米を出している関係で手巻き寿司はメニューから消えていました。(酵素玄米は冷えると固くなるのです)
 
手巻き寿司のいい所は、
1)いろんなネタ(アボガド、卵焼き、きゅうり、納豆、たくあん…etc)を、自分の好みで選んで巻いて食べるのがけっこう楽しくて、ちょっとしたパーティ気分になること。

2)ご飯は炊飯器で炊けるし、火をほとんど使わなくて済むので作るのが簡単。

3)ネタが残ってもきゅうりはサラダに、納豆・たくあんはそのまま朝食のお粥になどと、それぞれにリサイクルが容易なこと。
 
 
そして手巻き寿司の残り物の、
イチ押しリサイクルメニューが「酢めしチャーハン」です。

ずーっと昔、キッチンの人が作っているのを初めて見た時は、
正直「酢めしを炒めるなんて、、どんな風になっちゃうんだろ?」思ったのですが、それがとてもさっぱりとして美味しかったのです。

だからうちで手巻き寿司をした時は、その翌日は必ず「酢めしチャーハン」が登場します。
 

作り方…
フライパンにゴマ油(私流)を熱し酢めしを炒め、パラパラになったら細かく切った卵焼き、カニカマ、オニオンスライス、などを加えます。ある程度炒まったら味を見ながら少量の塩で味付けし、最後に刻んだ大葉と練り梅を入れ、かるく混ぜ合わせたら出来上がり。
(大葉が少なかったら刻みネギなどを入れても美味しいです。)
お皿に盛って刻み海苔をのせていただきます。

きゅうりやツナが残っていれば、キャベツやレタスと合わせてサラダが一品できますね。
 
 
さて、先日ダイエット宣言をしたキヨタカですが、いつも夕食は健康を考慮して酵素玄米を食べています。(キヨタカは白米は太ると思っているので、私が白米をすすめると嫌がることが多いんです。)

ですが、私としては昨日の酢めしが時間とともにパサパサになってしまう前に、チャーハンにして片付けてしまいたいのです。。。
 
 
・・・で、ヨガビは賭けにでました・・・。(−_−メ)  
 
 
月曜日の夕食のメニューは、
「酵素玄米/お味噌汁/KIRAKUの会の残りのおかず」+「酢めしチャーハン」


ヨガビ:「玄米を食べたいと思うけど〜、玄米は半分だけにして、
           酢めしチャーハンも<少しだけ>食べてね〜♪」

キヨ:「しょうがないな〜、、。」

   (とか言いつつ、私が少なめによそおったチャーハンを食べ終え・・)

キヨ:「これ、おいしいね! まだある?」

ヨガビ(内心):(…勝った! (^^)v )
 

酢めしチャーハンはお茶碗に半分くらい残っただけで(←私の翌日の昼ご飯)、ヨガビは目的を達成したのでした♪


PS.キヨタカの名誉のために補足しておきますが、食事の量、ちゃんとセーブしてましたよ。チャーハンが残ったのがその証拠です。

想定外♪

11月5日(月)晴れのち曇り by ヨガビジャ
 
 

小さな双葉の頃から何度かこの日誌で紹介している、
うちのベゴニアなんですけどね・・・
 
 
最初、花の色は白だと思っていたら
つぼみが日増しにピンクになっていったんですよ。

で、、ピンクの花が咲くのを楽しみにしてたら、、、
 
   ↓
 

200711021242000
←なんと、白とピンクのツートンカラーでした。( ̄□ ̄;)!!

 めちゃくちゃカワイイからいいんですけどね♪

 毎日夜になると閉じて、朝がくると開いて。。
 真珠貝みたいです。(^-^)


 

体力年齢

11月4日(日) 晴れ by ヨガビジャ
 
 
今日はKIRAKUの会の最終日。

またまたお天気がよかったので、朝食後、金冠山(816m)に登って富士山を観よう!ということになりました。

金冠山に行くには、まず車で15分程のだるま山レストハウスへ向かいます。
このレストハウスからも見事な駿河湾越しの富士山が観られますが、金冠山まで行くとより高い所から360°のパノラマが楽しめます。

たしかこのレストハウスから金冠山までは、歩いて45分くらいだったと思います。
頂上までは緩やかなアップダウンのある道で、草がきれいに刈り込まれ手入れが行き届いているので、とても快適に歩けます。
道の両脇にはクマザサが生い茂り、今回は背の低いリンドウのような青い花や、小さなピンクの花が目を楽しませてくれました。
木々の切れ間から時々富士山が見えますので、そんな場所では立ったままちょっと小休憩をとり、また歩き始めます。

ず〜っと、青空が目にしみるようです。。

山の頂上が視界に入ってから15分ほど歩くと、最後の急な登り坂となります。
ここは少しきついですが、もう限界かな〜?って思う頃、頂上に到着します。

金冠山に登ったのはこれで4回目くらいですが、今回はカラっとした晴天に恵まれ、強すぎない風が少し汗ばんだ体にはとても気持ちよかったです。


実は最近、運動不足を感じていたので、内心途中でギブアップするかな〜?と思っていたのですが、途中からリズムにのってきてスムーズにハイキングを楽しめました。
ちょっと自分の体力年齢に自信が持てて、嬉しかったかな〜。o(^-^)o

逆にキヨタカは、ショックを受けてました。
精神年齢に体力年齢がついて行けてないようです・・。

で、例によって「明日から毎日運動しようっ!」と言ってます。。

まっ、期待はしてないけど、覚えとこうっと。φ(.. )
 


200711041129000←金冠山頂上からの富士山と駿河湾。
 私、高い所、大好きです♪
 時間とともに汗をかいた体が冷えてきたけど、
 とても去りがたかったです。
 日曜日だったから家族連れが何組か来ていましたが、
 そのうちの一組がケトルでお湯を沸かしていました。
 こんなところで入れたてのコーヒーやお茶を飲んだら美味しいでしょうね〜。お弁当を食べていたからお味噌汁かな?

金冠山ハイキング

11月4日(日)   快晴   by キヨタカ

今回のKIRAKUの会は天候に恵まれ、今日もハイキング。
昨日は滝へ行ったので、今日は富士山と海を一望出来る、金冠山へ。
まず車で15分の達磨山レストハウスへ到着。
ここからの富士山の眺めは「日本一!」と折り紙がついている。
他にも「日本一!」を主張する場所が沢山あるが、地元のせいもあり、やはりここがベストだと信じている。
   ↓証拠の写真もある!
Photo

しばし最高の眺めを堪能した後で、いよいよ金冠山へチャレンジ。
子供でも楽に登れるハイキングコースで、たった2キロ歩けば頂上である。
ところが、なんと富士登山をしている錯覚に陥り(←多少誇張している)、最近の運動不足を痛感した。

頂上で瞑想しつつ、「体重を落とせないあなたに、マインドを落とせる訳がない!」というメッセージを受け取る。
そこで再びダイエットにチャレンジする事を堅く決意したのである。
ちょうどホームページに「瞑想とダイエット」をアップした所なので、今回のダイエットがどうなるか楽しみである。

写真は、参加者のF氏(本人の許可を得てアップ)
最近は、部屋で瞑想するよりも自然の中にいる方が、ビーイングにくつろげるそうで、今回のイベントに大満足の様子でした。
ちなみに、ガールフレンド募集中だそうです。
Photo_3

萬城の滝にて

11月3日(土) 曇りのち晴れ by ヨガビジャ
 
 
ただいまKIRAKUの会のまっ最中。


今日はお昼頃からお天気がよくなってきたので、萬城の滝へ行きました。
萬城の滝はリーラスペースから車で30分くらい。

近くにキャンプ場や小さなお土産屋さんがありますが、ふだんはほとんど観光客がいなくてとても静かな穴場スポットです。
(ここのお土産屋さんのわさびソフトクリームがとても美味しいんです。
 カップに入ったソフトクリームにおろしたての生わさびがのっています♪
 この辺りはわさび田がたくさんありますから、新鮮なワケですね。)


さて今日の萬城の滝、紅葉にはまだ早かったのですが、陽の光に透かされた木々の緑がとてもきれいでした。

そして今回初めて滝の上流にある散策路を歩きました。
川沿いをせせらぎと滝の音を聴きながら、木々の香りに包まれ、清浄な空気を肌で感じて、、。
目にも、耳にも、肌にも、、、
なんて五感にとって贅沢なひと時なんでしょう。。
まるでエネルギーのシャワーを浴びて浄化されているようです。

 
 
ここに来ると毎回キヨタカが言うお決まりの一言、

「近くにこんなにいい所があるのになんでもっと来なかったんだろう?」
 

・・・・( ̄◇ ̄;) エッ? 
 

そ、それは・・
「暇さえあればボクがウィンドサーフィンに行っちゃうからでしょ!?」

という、私の返事もお決まりでした・・・。(^^ゞ
 
 
 
200711032148000←陽の光に透かされた木立の美しさに感動したのですが、
 思ったように撮れませんね。
 キヨタカが「今日の富士山」の撮影でジレンマを感じてる
 のがわかります。
 感動、伝えたいですもんね。

KIRAKUの会 第4回

11月2日(金)     曇り     BY キヨタカ


 第4回、KIRAKUの会の準備が完了した。
会場は、我が家である富士見荘の2F。
普通の部屋だが、簡素な祭壇を作りお花を飾ると、瞑想ホールと同じエネルギーが降りてくるから不思議だ。
セイジも炊いて、準備オーケー。

瞑想リトリート中は日誌は書かないが、KIRAKUの会中は、どうなるか未定である。
Photo

手抜き

11月1日(木) 曇りのち時々雨 by ヨガビジャ
 
 
18世紀、イギリスのサンドイッチ伯爵はトランプ遊びが好きで、食事の時間も忘れてカードに熱中していました。
でも時間が経てばお腹は空いてくるのですが、食事のためにカードを中止したくなかったので、メイドに薄くスライスしたパンに肉を挟んだものを持って来るように命じました。
これがサンドイッチの始まりだそうです。

 
2007年伊豆、ヨガビジャは洗い物をしたくないので、おにぎり用の細長いのりに酵素玄米をのせて薄く伸ばし、真ん中に種を除いた梅干しを置き、くるくると巻きました。
これが玄米のり巻きの始まりです。
この別バージョンとして「黒ごまみみロール」が生まれました。
(10/18「みみっちい話」参照)

 
 200711011403000←色が目立たないけど、真ん中に梅干しが入っています。
 パソコンをしながら食べられます。
 写真は撮影用にお皿に載っていますが、
 ふだんは出来上がると同時にお腹に直行です。
 だから洗い物はゼロ。(^^)v

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