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2008年1月

kirakuの会特別編につき

1月30日(水) 晴れ時々曇り   by キヨタカ

 ヨガビの日誌に、「明日の来客に備え」とあるが、実は明日から「KIRAKUの会特別編」を行う。
参加者の要望に応じて日程が合えば、この様なイベントを平日でも臨機応変に行っている。
従って、日誌はお休みして、2月2日(土)に再開します。

いつもイベントが始まる前は、なんとなく根拠のない不安が頭をよぎったものだが、最近はイベントが始まるのが凄く楽しみ♪
ずいぶん変わったな〜と自分でも思う。

キヨタカ
PS ヨガビを怒らせるのは、相変わらずだが、、(^_^;)

怒りの三段活用

1月30日(水) 晴れ時々曇り by ヨガビジャ

一段/けさ買い物に行く前に「きのう買ったチーズパン、少しでいいから残しておいてね♪」と伝えて出掛けたら、カラっぽのビニール袋が買い物から戻った私を迎えてくれた。

二段/明日の来客に備え、富士見荘を掃除し始めていたキヨタカのために2階の私物を片付けてキッチンに戻ったら、開口一番「ヨガビの部屋、散らかっていてひどいから掃除は明日にするよっ!」とのお言葉。

三段/自分と私の布団を干してくれて「偉いな…。」と思っていたら、朝私が干しておいた洗濯物の上に布団が乗っていた。

以上、買い物から戻って立て続けの出来事・・。


...( ̄- ̄;)...


ムカつくのを押さえながら、今買ってきたばかりのキャベツを千切りにしてマヨネーズを塗った食パンにのせて、塩・こしょう。
そこにツナととろけるチーズをのせてオーブンでチン。(一人前)

200801301108000ネットで見つけたレシピだけど、
かなりおいしかったのでムカつき終了。
ごちそうさまでした。<(_ _ )>

フーマンの夢

1月29日(火) 曇り  by キヨタカ


 先日ネットサーフィンしていたら、cosmic graceさんのブログで「フーマンの夢」という記事を発見した。
内容は、リーラHPの「恩寵の扉が開くまで」がすごく面白く、ついにフーマンの夢をみた、というもの。
私はこの方と全く面識がないのだが、あのコンテンツが夢にまで影響を及ぼすとは!思ってもみなかった反響で、すごく嬉しい!

実は私もすごくリアルなフーマンの夢を見た事が何度かある。
フーマンが他界したのは2年半前。
もちろん非常にがっかりしたのだが、ヨガビが意外と平気なのには腹が立った。
彼女曰く、「ボディから自由になったので、フーマンもワークがし易くなったわ。」と平然としている。

12使徒の一人トマスは、「疑り深いトマス」も言われている。
イエスが復活しても、「例えイエスを見ても、実際に磔されたイエスの手首の釘の穴に、この指を突っ込んで確かめるまでは信じない!」と言ったそうだ。

目に見えないものをなかなか信じない事に関しては、トマスにも負けない自信がある。幽霊やUFOを見たことがないのも、当然か!?
だからヨガビの言葉が虚しく心に響くばかりだった。

ところが、それからしばらくして、非常にリアルなフーマンの夢を見たのである。
白い服を着たフーマンからイニシエーションをして貰っている夢なのだが、細部に至るまで大変にリアルでフーマンの顔も凄くハッキリしている。
オイルを塗ってくれたのだが、バラの香りが漂っていた。
エネルギーを伝達され、その甘美な衝撃で目を覚ましたのだが、そのバイブレーションはそのままありありと残っていてた。
実に不思議でリアルな体験だった。

その後何度か同様の体験をして、もしかしたらヨガビの話も荒唐無稽な話ではないと思えるようになってきた。
そしてようやく重い腰を上げて、「恩寵の扉が開くまで」をアップし始めたのである。

ところでフーマンは「この私はフーマンではない。Thisとして関わりなさい。」と語っている。
だからあまりこうした話はしないようにしている。

しかし「恩寵の扉が開くまで」が単なる情報の伝達ではなく、情報を通して「This」がエネルギー的に伝わっているらしく、しばしばその旨のメールを頂く。

しかしまったく面識のない方がこのような体験をされているのを知ったのは初めてだったので、思わず日誌に書いてしまった。
もしかしたら、思わぬ場所で思わぬ人々にフーマンのメッセージが伝わっているのかも知れない。

やっぱり富士山

1月27日(日)晴れ by ヨガビジャ

今、栃木県の小山から湘南新宿ラインの電車で渋谷に向かっています。

かねてから、天気が良ければ小山からも富士山が見える、と聞いていましたが、今まさに電車の中からはるか前方にはっきりとした富士山が見えました。
思っていたより大きかったです。

なんだかとても懐かしくて伊豆が恋しくなりました。
富士山ってどこから観ても本当にステキですね♪

次の次のステップ

1月26日(土) 晴れ  by キヨタカ


「瞑想」とは、「する」ことから「ある」ことへと、存在のゲシュタルトを変換させる、具体的メソッドだ。
「此岸」から「彼岸」への川を渡る、「船」とも言える。

それではいったん「彼岸」へ到達したら、その先はどうなんだろうか?
このポイントで、アジズとフーマンのアドヴァイスは正反対だった。
いずれ「恩寵の扉が開くまで」の中で明確にしたいが、かなり先の話になってしまう。
ちょっとだけ、先の内容を暴露しよう。

詳細は省くが、数年前に私が「彼岸」である「This」に到達した事が明白になった時の話だ。

フーマンは私に語った。
「彼岸に到達したのだから、もう瞑想は止めなさい!続けると此岸に戻ってしまうよ!!」

アジズは私に語った。
「あなたは広大な真理の海を渡り始めたばかりだ!今止めるのは残念至極!!」

あまりにも正反対のアドヴァイスで驚いたが、結果的に私はフーマンのアドヴァイスに従った。
そしてフーマンのアドヴァイスによる次のステップは、こうだった。

「しばらくの間、なにもしないでいなさい!」

そして数年が経過した。

今、私は「次の次のステップ」を歩んでいる。

それは、「彼岸」を「此岸」に持ち帰るという事だ。
「ある」ことを「する」ことで表現するとも言える。

先日お伝えした出口 王仁三郎は、「ある」ことの世界を「霊」と呼び、「する」事の世界を「体」と呼んでいる。
そしてこの新たなステップを、「霊」を「体」に現わす「体現」するという言葉で表現している。

そして「体現」する力を「体現力」と呼ぶ。

「体現力」の大切さとその方法については、残念ながら私の瞑想の友人達にはまだ殆ど理解されていない。
しかし友人達から妙な誤解を受けてもつまらないので、今までは黙っていた。
しかし、もう黙っている必要も感じなくなった。
だからこれからは、少しづつ「次の次のステップ」についても、日誌で語っていきたい。

「此岸」から「彼岸」に渡るには瞑想という船が必要だった。
しかし「彼岸」から「此岸」へ戻るのに、同じ船は使えない。
にも関わらず、同じ船を使っている瞑想家があまりにも多い!
その代表格が、なにを隠そうこの私だったのだが、お陰で30年以上も瞑想の世界に遊んでしまったのである!

これもまた天命を全うするために避けられない悲喜劇だったのだろうが、同じワナに落ちないよう、瞑想家達は充分に心して欲しい要点である。

行動の変化の秘密(2)

1月24日(木) 晴れ by キヨタカ


 昨年のちょうど今頃、ゴア氏の映画「不都合な真実」を見て衝撃を受けた。
環境問題に関しては、既に様々な情報を得ていたので驚かなかった。
しかし驚いたのは、彼の情熱だった。
OSHOの影響もあり「政治家」は嫌いだったが、彼の行動は政治を越えている事は明白だった。
行動の源泉が、「天命」としか言いようのないものに突き動かされているのが、痛いように伝わって来たのだ。

実は自分に天命があるのは、21才の神秘体験の時から既に知っていた。
しかし悟りを開いて初めて天命は生きられると思っていた。
実際に、アリゾナのリー・ロゾウィックというマスターから、「悟って始めて人は本物の生を生きる」と教わり、その思いはさらに強まった。
以来「まだ悟らない、まだ悟らない」と嘆き続けて、30年以上が経過した。
生まれてこのかた沢山の占いの類に接してきたが、「大器晩成型」という点では完全一致していた。
しかし50過ぎても悟らないとは!
きっと来世で生まれ変わって悟る、「大器来世型」なのだろうと思い始めていたのである。

ところがゴア氏はどうか?
どう見ても悟っている様には見えないが、天命を生きているのは明白だった。
「人は悟らなくても天命を生きられるのではないか?」
あの映画を見た後で、ヨガビと「天命」について夜遅くまで熱く語り合った。

数日後、ヨガビが「天命練習帳」なる怪しげな本を買ってきた。
装丁が怪しい占い本みたいで「なんだこんなもの!」と思ったが、著者が出口 王仁三郎のひ孫と書いてある。
王仁三郎は、私が最も魅力を感じる神秘家の一人である。

そこでグーグルでそのひ孫のサイトを検索し、「天命の暗号」なる本に出逢ったのである。

「これは凄い!」
「ゴア氏と同じ様に天命を生きているどころか、天命の掴み方まで書いてある!」
本だけでは満足できなくなり、この本の著者に会いたいと思った私は、さっそく彼の主催する「個の花道場」なるものに参加した。

彼の名前は出口 光と言う。
ゴア氏同様、どう見ても悟っている様には思えない。
しかし天命に捧げている人物特有の魅力が眩しいくらいに輝いていたのである。
巷で悟ったと自称している人物より、迫力があった。
柔道3段だそうだが、そうした外側の力ではないものに根付いている強さがある。
「先生」としてではなく「同志」として、同じ目線から語る姿勢にも好感が持てた。


以来月1回わずか1日の研修道場に通っている。

ワークショップに関しては一千万以上費やした私にとって、彼の道場は一見非常に基本的な事を行なっているように見える。
だから最初は、「いいけど、ま〜こんなもんでしょ。」という感じだった。
しかし表面上の内容とは別のところで変化があり、ちょうどリーラスペースのリトリートを終了した後の感覚(参加した人しか解らないでしょうが、、)があり、不思議だった。
「別に瞑想をしたわけでもないのに、何だろうこれは〜?」

最初は偶然だと思ったが、しかし毎回道場に参加するたびに、その同じ感覚が強まって行った。

そして今年に入り、遂に行動のレベルで決定的な変化が現れ始めたのである。

何がどう違ったかと言うと、魂からの行動がマインドの意見に左右されにくくなったのである。

あいかわらずマインドの声はうるさい。
私のマインドの強固な事は、フーマンのお墨付きである。
しかしごく最近の事だが、そちらにあまり引きずられなくなったのである。
テレビの前で仕事をすると能率が悪いが、隣の部屋へ移ると、相変わらずテレビの声は聞こえるが、あまり邪魔されなくなり、仕事の能率がグーンとアップする感じである。
いわゆる、ステートオブプレゼンスの確立なるものとは違い、行動のレベルの事だ。


これが一時的な現象なのか、継続するものなのか、結果は日誌で時々報告しよう。

行動の変化の秘密(1)

1月23日(水) みぞれ  by キヨタカ

最近、自分の行動に大きな変化が現れつつある。

昔のキヨタカは、思っている事と行動する事の間に時間的ギャップと疑いがあった。
だからタイミングが遅く、行動もトータルではなかった。

ところが、ごく最近になって「思いを即行動に移す」事が出来る様になってきた。
疑いがないからすごくシンプルでトータル。
だから仕事の能率もかなり上がっている。

疑いがないと言っても、思考停止状態になって狂信的行動に走る某テロ集団のそれとは、質が違う。
ただ単に「こうしたい」という意図が内奥から涌き起こり、それを妨げる疑いがないので、それが素直に行動に表れるのだ。

フーマンやOSHOの言う、ノーマインド(無心)がようやく行動のレベルで現れ始めたのである。

どんなに瞑想してもなかなか行動のレベルで変化が起こらなかったのだが、この一年で驚くべき成果が現れ始めた。

その秘密は、次回に、、。

雪もいいけど…

1月22日(火)曇り by ヨガビジャ

きのう降りしきる粉雪の中、キヨタカの「大丈夫!」の声を(半分)信じて、行きつけの温泉「ほたる」に行きました。

なにもこんな雪の日に、、と思ったのですが、キヨタカはかねてから最近できた「こたつ付き個室/3時間¥1,500-」を利用して、「恩寵の扉が開くまで」を執筆したがっていましたら、これは行くしかないな、ということで。。

我が家はすでに8センチほど積雪していましたが、駐車場を出てすぐの急な坂道には轍ができていて、危なげなく車で降りる事ができて、無事「ほたる」に到着。

広い駐車場には車が1台。
「今までで一番空いてるね!」と喜び勇んで入り口に行ったら立て札が。


『源泉供給停止のため本日は3時で終了します』


えっ? 聞いてないよ。(・・?)  


せっかく玄米おにぎりとおかず作ってきたのに。。。


仕方ないからそのまま久しぶりに湯ヶ島温泉の「テルメいづみ園」に向かいました。ここも源泉掛け流しのお風呂で露天風呂もあります。

ほとんど貸し切り状態で内湯と雪の露天風呂を楽しむ事ができました。
ここのお湯はいつも熱めですが、さすがに今日は温度が低めでゆっくりお湯に浸かることができました。

お風呂から上がり休憩室でおにぎりを食べ、3時間の制限時間になったので「そろそろ帰る?」ということになり、来る時より激しくなった雪の中を家路へとつきました。

修善寺温泉街から坂を上り、T字路の信号を右折、次を左折して更なる坂道を上ろうとしたら、、、


タイヤが空回りして上りません。(T_T)


ここは一昨年の雪でも何台もの車が上れず、路上に数珠つなぎになっていた場所です。

その時私たちはヘルプする側だったのですが・・・。

今年は我身。(;-_-) =3

何度試しても車はズルズルと下がってしまうのでそのまま諦め、180度反対側のかんぽの宿に向かう比較的緩やかな坂道の左端に寄せて車を止め、停止表示機材ととも放置して、歩いて家に帰りました。

私たちの予想では、この坂は上り切り、最後のもっと急な坂は上れないだろうから、その時はゴミ集積所横の空き地に止めておこうと思っていたのですが、、読みが甘かったです。。


・・やっぱりキヨタカの「大丈夫!」は大丈夫じゃない・・・ ( ̄⊥ ̄)


200801220733001←富士見荘キッチンからの眺め。
 白い空に白い富士山が浮かんでいるのですが、
 写真には写りません。幻想的です・・。
 そして富士見荘の玄関前には雪のバリケードができてます。
何年か前のイベントで雪が降ったとき、東北地方出身の参加者の方がせっせと雪かきをしてくれて、人が通る通路を確保してくれたことを思い出しました。
名古屋出身の私には思いもよらないことです。
(今回誰も雪かきをしないから、私はキヨタカの大きな足跡を通っています)

防御をやめたら

1月21日(月) 曇り by ヨガビジャ

今日は夕べからの雪が降り積もり、窓の外は真っ白です。
さぞかし富士山の白さも裾野の方まで下りてきていることと思いますが、今日はあいにくの曇り空で富士山を目にする事ができません。

最近私たちは月に1回のペースで東京へ行き、ある研修(道場)を受けています。実はきのうも夜遅くに伊豆に戻ってきました。

その道場の感想として書いた文章をここに転載します。


*****


『自分を守らなくてもよくなったら、人が見えて来た』


私は子供の頃、積極的・社交的な姉に対して消極的・無口なことから、学校では「消極的でおとなしすぎる、もっと明るく」と評価されていました。

自分でも他の子供たちのように明るく・積極的になろうと思い、何度も学期やクラスが変わるたびに新しい自分に生まれ変わろうと努力しました。
でも、結局それはいつもうまくいきませんでした。

そしていつしか、自分を変えようという努力はやめてしまいましたが、消極的で無口な自分、人と同じように振る舞えない自分を、自分で許せなくなり、常に居心地の悪さを感じていました。

それが次第に、こんな私はまわりの人からは受け入れられていない、非難されている、という感覚にエスカレートしていきました。

そうなると私は自分を守る為に、まわりの人たちを批判しなければならなくなり、孤立無援の中、一人取り残された感覚の中で長い間過ごしてきました。


・・でも、結局このことは、
「自分が自分自身を受け入れていない」ことを周りの人に投影していたのだと気づきました。


昨年初めて道場に参加して以来、すべての道場で共通している私にとってのチャレンジは、「ありのままの自分として在る」ということでした。

だから毎回道場では、全体の中の自分として、「この自分は受けいれられているか?」 ということに敏感でいました。
そして回を重ねる度に「大丈夫」なんだ、という感覚が自分の中に広がっていきました。

このようにリラックスして「場に在れる」ようになり、相手への批判という防御が必要なくなったことで、ひとりひとりの人の美しさが見えるようになってきました。


自分が開いていないと相手の美しさは見て取れないのだと思います。
そして「自分が開く」には、「いわれなき恐怖(という幻想)」(私の場合は受け入れられていない)を手放なさなければならなかったようです。


今世界では、この「いわれなき恐怖」のため、自分を守る為には戦わなければならないという「幻想」の中で人々は生きているように思われます。

誰も自分を責める人はいないし、人を責める必要もないんだ、という事にすべての人が気づいたら、この世はただちに地上天国となるのではないのしょうか?


今回の道場を終え、こんなことに想いを馳せました。

*****

京都3

1月20日(日)曇り? by ヨガビジャ

(きのうのつづき)

いつもより30分早く法話が終わったので朝食までの30分間、お部屋で姉と「今日これからどうしようね〜?」とお茶を飲んで過ごしていたら、7時半、夕べ迎えてくれた女性が部屋にきて、朝食の準備が整ったことを伝えてくれました。

1階の食事の部屋に行くと、私たちの他に7名の方がすでに食事をされていました。

私のとなりの男性は大阪の方で、7年間ここに通っているとか。
「一度にたくさん炊いたご飯はおいしいから、おかわりしなさいよ」と何度もすすめてくれます。(久しぶりの白米だしおかわりしましたよ。おいしかった♪)

あとの4人はご家族で、なんと姉と同じ岡崎から来られたとかで、大変ローカルな話題で盛り上がっておりました。
彼らはここに3泊されて、毎日車で京都観光をされていたそうです。

賑やかな食事も終わり、部屋に戻ってこたつに入ると暖かくて動きたくありません。
窓の外は雪が舞っていてとても風情があるのですが、、。
最初のうちは寒いから、電車の窓から見た「天然温泉」に行こうか?って話していましたが、ふと「新幹線や高速バスちゃんと動いているかなっ!?」ということに思い至ったら、これは早く名古屋に戻った方がいいかも?っていう流れになりました。

よく関ヶ原のあたりは積雪で新幹線が不通になるんですよね。

今回は妙心寺を出たらぶらぶらと歩いて観光をすればいいと思っていたのですが、まさか雪が降るなんて思っていなかったので、困りました。傘も、おまけにガイドブックも用意してなかったし。

とりあえず、京都駅に行けばいろんなパンフレットがあるからそれを見て考えようということになりました。

そして京都駅で目的のパンフレットはゲットしましたが、落ち着いて座って見るためのベンチがありません。

まず伊勢丹の中のベンチは買い物客でいっぱい。
オープンカフェの喫茶店はコーヒー代がかかるのに寒いからイヤ、ホテルのラウンジは値段が高いからイヤ、、。主婦はなかなか厳しいです。
最初は窓からの景色にこだわっていましたが、喫茶店探しに時間を費やしても仕方ないので、結局地下街でコーヒーのお替わりが自由な喫茶店に入りました。
そして持ち寄ったパンフレットを見ながら、「この舞妓さん体験やっとことあるよ」とか「今度来たら京懐石と利き酒ツアーなんていいね」とか、、これからの行動になんら関係のない話題で盛り上がります。

・・どうもこの雰囲気は、、もう動きたくないないモードだよね・・お互い。


   (; ̄∇ ̄) ( ̄∇ ̄; )


「雪の中歩きたくないし、、帰る??」

「う〜ん、せっかく京都まで来たから、せめて京都のものでも食べてく??」

そういえば伊勢丹の10Fに全国のラーメンが食べられるところがあるから、ここで「京都のラーメンを食べよう!」ということになり、ラーメン街に直行。
(以前、姉が旦那と来た時は日曜日だったので混んでいて入れなかったとか)

もうすぐお昼ということで、そろそろお目当てのお店の前には行列ができ始めています。
私たちが選んだのは、京都というより上方を謳ったラーメン店。
ここの塩ラーメンは内モンゴルの岩塩を使っているとかで、興味をそそります。
でもふたりとも塩ラーメンではつまらないので、私は醤油味にしてお互いに比べっこすることにしました。
そして、順番待ちした甲斐があり、すごーくおいしいラーメンでした。
薄味だけどちゃんとうまみが出ていて。
そうそう、この店を選んだ理由のもうひとつは、シナチク、キムチのおかわり自由!
すでに十分にトッピングされていたので私はいただきませんでしたが、姉はラーメンが来る前から、小皿にとりせっせと食べていました。
さすが名古屋出身の主婦。オマケが大好きです。

ふたりとも大満足でラーメン店を出ました。
そして13時発の高速バスに姉を見送り、私はこだまで三島へと向かいました。。


京都…。
お好み焼き屋さんの宴会に始まり、お寺に泊まって、雪の中を少々歩き、京都駅で喫茶店を探し歩き、ラーメンを食べて帰宅する。
う〜ん、なかなかユニークな京都の過ごし方だなあ〜。。

楽しかったですよ。

姉もいろんな情報を仕入れたようだし、なにより「期間限定/宝物公開」のパンフを見て「こういうのを見ないとね〜」とか言ってましたから、これで少しは引きこもりの傾向もやわらぎ、出歩くようになるといいな、と思います。

月に一度は旦那さんと京都に来る事をすすめたのですが、あの反応ならきっとまたあのお好み焼き屋さんに行きそうな感じです。

あんなお店が近くにあったら、私だってたまには飲みにいきたい、、な♪

(おしまい)

京都2

1月19日(土)曇り? by ヨガビジャ

(きのうのつづき)

なぜか早足の姉とともに、宿泊先の妙心寺に到着しました。

暗くてお寺の全容を目にすることはでませんが、とても立派な山門です。
広い敷地の中を通り抜け、宿坊へと辿り着くと普通の服装をした若い女性がお部屋に案内してくれました。

お部屋までの廊下は薄暗く、柔らかい年季の入った木の感触。
手入れの行き届いた入り組んだ建物と禅のお庭、それを見下ろす瓦屋根の曲線…。
人の手によって作られたもののはずなのに、山や川や岩、木々、草など、、、普段目にする自然の景色と変わらない、そんな感覚。すべてが調和し融合しているような、、。

瑞岳院を思い出しました。
あちらは電気もない山の中で、まわりの自然はもっともっとワイルドでしたが、、。

お部屋は2階の10畳。清潔でこたつがあり居心地のいい部屋です。

お部屋に入ったのは8時45分。
お風呂は夜の9時30分で終了ですので、こたつでお茶を飲み終えると姉はそのままお風呂へ行きました。
私はまだ動きたくなかったので、お風呂はパスして10時の消灯に備え寝る準備を始めました。

明日の朝は6時から読経と法話があるので5時には起きたいし、今日はかなり早い時間からコンタクトレンズを装着していたので、目を休める為に早く寝ようと思いました。

夜中の3時頃に目が覚めて、そのまま布団の中でウトウトして5時に起きました。
姉も起きていました。

200801170936000カーテンを開け、窓を開けたら、、なんと雪!
雪の京都、しかもお寺でって、、すてきなんですけどけど、、、。
これからお堂で過ごす読経と法話の1時間半を考えると、ちょっと、覚悟しないと。。(;^_^A

幸い姉はここの滞在は経験済みで、脚の裏に貼るホカロンを用意してくれていたので、あとはコートを着れば大丈夫でしょうということで、6時に本堂へと向かいました。

・・すると予想外の展開が。。

まだ暗い本堂に私と姉のふたりしかいなくて、住職さんが準備をしている時、

「げほっ、ごほっ! ハークッション!!。。チーン(鼻をかむ)、ずるずる(でも垂れる)・・。」

姉&私:(うっわ〜! 住職さん、大丈夫かな〜。。)

と、内心心配しつつ坐っていたら、あと4人の滞在者が訪れ、読経が始まりました。

始まってしまえばさすがプロ、たまに息継ぎが変な他は完璧です。
読経が終わり、法話に入ると話の合間になにやら「ごそごそ、かさかさ」。
案の定、法衣の袂からポケットティッシュを出したりしまったり。
お話の途中で「じつはこの背中の方からすきま風がくるんですよ、、。」と、そろそろ限界なようす。

法話の区切りがついた所で「本日は体調不調で早いですが、ここで終わらせていただきます」ということで終了しました。

・・・なかなか、よかったですよ。
久しぶりに禅寺のピーンと張りつめた空気を感じられて、お経も聞けたし、思ったより寒くなかったし。
なにより年季の入ったお坊さまもカゼをひくという人間らしさが、気の毒だけど微笑ましかった♪
お釈迦様も中道を説いておられることだし、これからはもう少し人にやさしい禅寺があってもいいのではないかと。。。

(まだつづく)

京都1

1月18日(金)曇り by ヨガビジャ

え〜、一昨日の日誌では「岡崎の姉に会いにいきます〜♪」といって、新幹線から富士山のことを書きましたが、じつはそのまま姉とふたりで京都に行き一泊してきました。。

じつはここのところ姉にはいろいろと大変なことがあり、そんな姉を心配する母から数日前に電話があって「旅行にでも連れ出してくれないか?」とのことでした。

私自身も姉のことは気になっていたので、前々から「旅行に行かない?」と声をかけていたのですが、「子供がいるから…」とか「犬と猫がいるから…」とやんわりと断り続けられていました。
(どうも犬、猫、高校生の娘は、彼女の中で同じカテゴリーらしい。
 娘は家に閉じ込める訳にはいかないし、夜遊びの危険性もあり一番タチが悪いらしい…)

それで今回は「来週私、浜松に行く用事があるからそっちに遊びに行ってもいい?日帰り温泉でも行く?」と聞いたら予想以上にノリが良く、せっかく修善寺から来るならどこかに泊まる?という事になりました。
これまでの経緯もあるし、私が気を遣ってあまり家から遠くなく、なおかつお手頃な宿を提案したら「せっかくお金を払って泊まるならそんな近所ではもったいないっ!」ということになり、いきなり「京都!」になりました。
京都じゃ泊まるとこ高いなあ〜。。と考えていたら、自分ちの宗派のお寺の宿坊をさっさと予約してくれました。

(姉、、元気じゃん・・・( ̄- ̄;)

1泊朝食・読経・法話付き¥4,700-と確かにお値打ち。

お寺に泊まるのは、アジズのリトリートが行われた山梨の瑞岳院という禅寺以来です。
楽しみ〜。。

朝8時前に家を出て、姉の家に着いたのは11時過ぎ。
その後叔母を家まで迎えに行き3人でランチを食べました。
3人ともあまりたくさんは食べられないので、「コメダ珈琲」(名古屋の喫茶チェーン店。OL時代によく通っていたので懐かしい)で、ピザとコロッケのプレート(コロッケ3個、キャベツいっぱいのサラダと暖かいパン2個付き)を注文し3人で分けました。
ランチの後叔母を家まで送り、車を姉の家に置き、電車で名古屋駅に向かい京都行きの高速バスに乗りました。
夕方4時発のバスで京都駅についたのは6時40分頃。
そこからJR嵯峨野線で目的地の妙心寺に向かいました。

宿泊に夕食はついていませんから、駅の近くのお好み焼き屋さんで「お好み焼きのミックスとじゃがいもバター、枝豆、焼酎のお湯割り」を注文。姉と久しぶりにお酒を飲みました。おいしかったし、姉とたくさん話しました。しばらくしてテーブルの上が空っぽになり、お寺の門限まであと1時間となりました。
ここで「どうする?」ということになり、「焼きそばとビール1本」をオーダー。これもおいしかった〜♪
なぜだか途中から遅れてやってきたお店の奥さんらしい人が、「お出しするのが遅れてしまったから」とほうれん草のおひたしまでオマケで付けてくれました。
これだけ食べて飲んで¥3,200-。姉は今度また京都に来たらまたここに寄ろうと、定休日を確認していました。。

お腹もいっぱい、体も温まり、ふらふらと歩きながら5分程の所にあるお寺に向かうと思ったら、、、。

あ、姉・・・なぜ、そんなに早足、、、(・・?) 

さっきは信号が変わりそうだったから分かるけど、、、

私:「寒いの?」
姉:「ううん(首を横に振る)」
私:「トイレ?」
姉:「ううん(首を横に振る)」


よくあれだけ食べて、酔っぱらってそんなに歩けるなあ〜。。

・・・・・・( ̄⊥ ̄lll)・・・・・ 


けっきょく、、元気じゃんっ!!


(つづく)

富士山

1月16日(水)by ヨガビシャ

今、新幹線に乗って朝ご飯の玄米おにぎりを食べていたら、私の真横に真っ白な大きな富士山が突然現れてびっくりしました。

富士山のなだらかな稜線に沿って白い雪けむりが舞い上がっているようで、、。あんな富士山は初めてみました。
本当に神々しいとしかいいようがありません。

私は車両の一番後ろの席に座っていますから、前の方のお客さんの様子がよく見えますが、半数以上の人が富士山をみています。

富士山とおにぎりの国に生まれてよかった。。そんな気分です。\(^O^)/


PS.先日のKIRAKUの会ではずっと曇り空で富士山が見えなかったのが残念です。こんな富士山をみてほしいから、またリーラに来てくれるといいな。

温泉街にて

1月15日(火) 晴れ時々曇り by ヨガビジャ

明日急遽、愛知県岡崎市に住む姉と会うことになり、今日またトコトコと坂道を降り、温泉街へとお土産を買いに行きました。

お目当ては「鮎の干物」。
実は数年前に姉が修善寺にきた時、温泉街のあるホテルに一泊しました。
その時の朝食に鮎の干物が出たのですが、それがとても美味しくて、姉も絶賛していたのでいつか送ってあげたいと思っていました。
だから今回迷わずお土産に鮎の干物を選びました。

干物屋さんは温泉街の中心の公園の向かいにあります。
平日ということもあり温泉街に人はまばらで、干物屋さんが営業しているか心配でしたが、ちゃんと営業してました。

ショーウィンドウにあったのは太刀魚の干物、鮎の丸干しと丸干しの子持ち、鮎の開きの4種類でした。
かなりいいお値段だったのですが、やはり本人が好きなものを贈りたいので奮発して、一緒に昼食をとる約束した叔母の分も含め、鮎の干物(開き)8枚を買いました。

お店の人に1万円札を差し出すと、
「あっ!おつりが、、、ない!!」と慌てた様子。

私はもう一度お財布を確認しましたが、千円札が一枚しかありません。

少し考えて、
「私はこの後おまんじゅうを買う予定ですから、今行ってくずしてきます」と告げ、公園の反対側のお土産物屋さんに行きました。

ここのお土産物屋さんは経営者が変わったのか、お店の半分がおまんじゅう専門店になっていました。私がどれにしようかな?と商品を見ていたら、店員さんから「お味見どうぞ、黒胡麻饅頭です。」と真っ黒なおまんじゅうが差し出されました。「ありがとうございます」と戴こうとしたら、小さくカットされた試食ではなく丸ごと1個だったのには驚きました。

「あちらにほうじ茶もありますから、腰掛けてどうぞ」と言われ、
「喫茶店代が浮いた〜!ラッキー♪」と内心ほくそ笑んでいただきました。。

この黒胡麻饅頭は美味しかったのですが、賞味期限は3日とのことで、一人暮らしの叔母には10個入り多すぎると思い、結局上品なカステラのような和菓子を購入しました。
それからお隣で伊豆名産の「ぐり茶」を購入。
ここでもぐり茶を試飲させていただき、もうお腹がいっぱいです。

お金もくずせたし、また公園を横切りさっきの干物屋さんへ戻り支払いを済ませ、まだバスの時間まで間があったので公園のベンチで腰掛けていました。
日差しが暖かくてとても気持ちよかったです。

さて、そろそろバスの時間、と思いバス停に行きバスを待っていましたが、時間を過ぎてもバスがきません。

「あれ〜・・?」

よ〜く、考えてみたら、昨日まで3連休だったから「もしかして虹の郷、休園日?」と思ったら、、そうでした。(私、虹の郷の休園日は「運休」のバスを待ってました)

このまま待っていても次のバスまで40分近くあります。

覚悟を決めて歩く事にしました。
大した事ないんですよ、上り坂だけど何度も歩いた事があるし。
ただちょっと厚着をしてきちゃったから汗をかきたくなかっただけ。。
お土産も背負ってるし。

だから今日は汗をかかないように、ゆっくり歩いて帰りました。


車は便利だけど、自分の脚で歩くといろんなものが見えてきますね。

温泉街におまんじゅうの専門店ができていた事も知らなかったし、公園に飲泉(飲める温泉)があったこと忘れていたし、姉と泊まったホテルがタイカレーやナシゴレンのランチと温泉入浴のセットを2,000円でしていたなんて〜。。

「今度ゆっくり修善寺で遊んでみよっと♪」って思いました。

KIRAKUの会が終わって

1月14日(月・祝)曇り by キヨタカ

 つい先程、KIRAKUの会が終了した。
前回同様、とても充実した内容だった。
主催者と参加者が少人数でこれ程親密に3日間を過ごすイベントって、他にあまりないかも知れない。
これは、けっこうウケるかも?
これからも継続していきたい。

当初の発案段階では、リーラの名前にふさわしく遊びをメインのお気軽な内容を予想していたのだが、参加者が瞑想に真摯に取り組んでくれるので、毎回感動する。

降りてくるエネルギーも、通常のリトリートとなんら変わりはない。

自分達がやっているというよりも、恩寵によって起こっていく事柄をサポートしているという感覚が毎回強まっている。

もともとサービス精神が旺盛なので、ついつい余計な事までシェアしてしまう傾向があり、参加者が消化不良に陥ってしまうのではと、ちょっぴり反省している。

今回の岩盤浴はとても良かったので、次回もまた行きたいのだが、どうなるか楽しみである。


初イベント

1月12日(土) 雨 by ヨガビジャ

今日から今年初めてのイベント「第6回KIRAKUの会」が始まります。

今回はどんな方が来られるか、とっても楽しみです。

この会では参加者の要望に応えて、瞑想したり、散策をしたり、シェアリングをしたり、ビデオを観たり、、するのですが、当初の私たちの予想を大きく上回り、真面目に瞑想したい方たちが多いです。
(正直、もっと遊びに行くのかな〜?とか、私的には思っていたのですが…
 (^o^; )

いえ、もちろん、それもO.Kなんですけどね。。

いやはや、、たのしみ♪

特に修善寺駅でキヨタカを見て「ほっ」っとする参加者の表情が・・。


富士見荘、きれいに掃除してお待ちしてま〜す。(^O^)/
  (  ↑ いつもきれいにしておくように、のツッコミは却下♡)

大人の味

1月11日(金) 晴れ時々曇り by ヨガビジャ

年明けそうそう、立て続けに食べ物の話題でなんですが、、。

小山からリーラスペースに戻り、いつもキッチンをヘルプしてくれる2人のスタッフと2日間ほど一緒に過ごしました。

そのうちの夕食で、一度「お鍋」を作りました。

私たちは年末年始をキヨタカの実家で過ごしたのですが、料理のレパートリーが少ない私としては、1週間以上の滞在で同じ献立を出さないというのは至難の業で、それで思いついたのは「お鍋の素(?)」を持参することでした。

最近は「キムチ鍋」とか「豆乳鍋」とか様々な種類がお店に並んでいますが、私が選んだのは「ちゃんこ味噌味」と「和風ごま風味」。(たぶんお母さんが好きかと思って)

でもこの持参した「お鍋の素」は結局使用する事なく、伊豆に帰ってきました。

そして富士見荘のキッチンで「夕食はなににしようかな〜?」ってスタッフのひとりと話していたら、彼女の家ではごぼうのささがきや春雨、野菜、豆腐などを入れてお鍋をするとのことだったので、それでは例の「お鍋の素」を使って作ってみようということになりました。

「和風ごま風味」1袋では足りないので「ちゃんこ味噌味」を半分あわせたミックス味にしました。

・・おいしかったですよ〜。。ごぼうの風味がいっぱいで。

実はもうひとりのスタッフがうちの冷蔵庫から野菜を出す時、私がキャベツの芯だけを小袋に集めておいたものをみつけて、そのままお鍋に投入したのですが、、これが私とっては意外なヒットだったんです〜!!

結局このお鍋、フタッフが帰った翌日と翌々日にも野菜を追加してキヨタカとふたりで完食したのですが、「おつゆ」だけがお椀に半分ほど残りました。
でも、たくさんの野菜のダシがでていておいしかったので捨てられませんでした。

そして今日、大仁のまごころ市場で買ってきた大きなキャベツの外側の硬い葉っぱと芯をこの「おつゆ」に入れて、今まさにストーブの上でコトコトと煮ています。
きっと今日で「おつゆ」ごとぜ〜んぶなくなると思います。
(キヨタカがいないひとりだけの夕食だと、こんなメニュー(といえる?)になっちゃいます…)

それにしても、野菜の芯っておいしいですね。

子供の頃は姉と競い合ってカリフラワーの花の部分を食べていましたが、最近はカリフラワーもブロッコリーも芯の方がおいしいって思います。

大人になったのかな。(・・?)

元旦の食卓

1月10日(木) 晴れ by ヨガビジャ

遅ればせながら、、

あけましておめでとうございます。
本年も修善寺日誌をよろしくお願いいたします。<(_ _ )>

1月6日に小山からモネの家(茨城)経由で伊豆に戻ってきました。

今日はもう10日。
富士見荘から見える富士山は霞がかかり宙にぽっかりと浮かんでいるし、枯れて茶色かった芝生は新鮮なみどりの葉っぱがあちこちに生えきていて、まだら模様になっています。

暖かいのはうれしいけど、この春のような陽気、、、
南極の氷、大丈夫かな〜。(・_・; ?


さて、昨年の暮れの日誌に書きましたが、今年は事前におせちの予行練習を済ませ、元旦には手作りのおせち2品とお雑煮が食卓に上りました。

結果は1勝1敗11引分け。

1勝 → お煮しめ風筑前煮
1敗 → お雑煮
1引分け → なます

筑前煮は、伊豆で試作した時点でキヨタカが絶賛してくれていたので自信がありました。
ただレンコンやニンジンの飾り切りに時間がかかりすぎるので、ニンジンは花型の型抜きで抜いただけ。レンコンはちゃんと穴に沿って切り込みを入れ丸く花のようにしました。
そして仕上がりの色をきれいにしようと、家から薄口しょうゆを持参しました。
そしていざ煮込む段になって、しょうゆをうちの車から降ろし忘れたことに気づきましたが、車はキヨタカが使用中。
せっかく伊豆から持ってきた薄口しょうゆがありません。
ぎりぎりまでキヨタカの帰宅を待っていましたが、そろそろ夕食に取りかからないといけない時間だったので潔く諦めて、普通の濃口しょうゆを使いました。
そうしてコトコトと煮ていましたが、レンコンだけがなかなか柔らかくなりません。
そうこうしているうちに、里芋が煮崩れそうだし、ニンジンがしょうゆ色になりそうなので一度お皿に取り出して、、でも味もキチンとつけなきゃ、と、お鍋に戻して、、また出して、、、。
こんな努力の甲斐あって、元旦の朝、キヨタカとお母さんのふたりから美味しいって言ってもらえました。\(^O^)/

お雑煮は、実家の母に教えてもらった通りに作ったつもりだったのですが、ちょっと味が薄くて、、。自分ではお雑煮自体があまり好きではなかったので、ちょっと力が入らなかったかな〜。。
キヨカタもお母さんも黙々と完食。

そして最後のなますですが、うちで試作した時、レシピ通りに作ったらキヨタカに不評だったので、今回は少しレンコンやダイコンを薄く切って、お砂糖を多めにしてみました。
結果、お母さんには大好評。

お母さん:「まあ〜! ユズが入って色もきれいで、、これはなに? シイタケ!? まあ〜、お店で買ったのみたい!! これはお金とれるわよっ!!」

私:(お母さん、それは言い過ぎです・・)

お母さん:「タカさん(←キヨタカ)、食べてごらん!! 体にも良いし、美味しいんだからっ!」

キヨカタ:(うちの試作を食べた経験上、しぶしぶと口に運ぶ。)
     「・・・うん、うちで作ったのよりは美味しいね・・」

というキヨタカの反応で、なますは引分け。


キヨタカのお母さんは褒めるのが上手なんです。
喜んでもらえるとうれしいから、来年はもっとお雑煮を練習して、できたらもう1品おせちのレパートリーを増やしたいなと思いました。

おみくじ

2008年1月9日(水)   晴れ  by キヨタカ


 パワスポ巡りが楽しかったせいか、昨日は伊豆半島最古の神社である白浜神社にお参りに行った。
ついでにおみくじを引いたが、予想通り「大吉」だった!
(最近予想がよく当たる、、ハズレもあるけど(^_^;))

おみくじに曰く

 わがおもう 港も近く なりにけり 
   ふくやおいての かぜのまにまに  


大海の荒波の中、逆風や凪に阻まれて目指す港になかなかたどり着かなかった。
しかしようやく、順風である追い手の風に助けられ、喜び事が待つ恋いこがれた港が近づいた。

と言う意味だろうと解釈した。
ここに言う「港」とは、私にとってはOSHOやフーマンが言う「This」という事である。

スピリチュアルな大海を終わりなき探求の航海に乗り出してからン十年、やはり無理な船出はしない方が良かったと、何度も後悔した。
しかしようやく「港」が、そこにあるのを体感し始めている。

私は海が好きだ。
7年前からヨガビジャの勧めでヨット(小型ディンギ)を始めた。
始めは少しでも波や風が強いと転覆するので、何度も死にそうになったが(←大げさ!)、上手く乗れる様になると、なんだか物足りなくなった。

そこで、「モス」と言う超高速だが非常に不安定なヨットに乗り換えた。
今までの10倍以上不安定ですぐ転覆するのだが、転覆しても海からはい上がってまたチャレンジする事で上達する快感を知り、かなりハマった。
すぐ「転覆」するというのは、船の基本性能が非常に高い(高速)、が故なのである。

ところがあまり「転覆」しなくなる程上達すると、今度はもっと強風や荒波を乗りこなしたいと思うようになってきた。強風や高波は、ヨットでは限界がある。

そこで2年前からウィンドサーフィンに乗り換えて再チャレンジ、今では強風や荒波を待ちこがれる様になった。

ヨットやウィンドの世界に入って、始めて学んだ事はたくさんある。
その一つは、「逆風を利用して前に進める」という事である。
もちろん真逆には進めないが、理論上45度まで風上に上って行けるのである。

また、「強風ほどパワーを得て速く進める」し「波の力を利用して進む」事も重要なテクニックである。
初心者の内は、強風や荒波は避けていたのだが、今はそれを乗りこなす事が楽しい。

さらに、「凪の時はひたすら待つ」という事も覚えた。
ヨットで沖まで行くと、たまに全くの無風状態になる事がある。
そんな時は、どんなに焦ってもどうにもならない。
ただひたすら待つ。
すると不思議な事だが、いつか必ず風が吹いて来るのである。

海で学んだ事は、そのまま世間の荒波を乗り切る事に応用出来ると思う。

以前はなるべく順風満帆な人生を送りたいと思っていたが、OSHOと出逢い、否応なくスピリチュアルな大海に放り出された。

荒波と強風と逆風が吹きまくり、何度も何度も「転覆」し続けた事もある。
またある時は、いつまでたっても風が吹かず、凪の中をひたすら漂い続けた事もある。

しかし最近ようやく、世間の荒波を楽しめるようになり始めている様だ。
(、、まだ始まったばかりではあるが(^o^))

今年はどんな波風が立ちどう乗りこなすか、そして何度「転覆」する事やら、起こる出来事の全てを楽しんで乗りこなしたい!

パワースポット

1月7日(月) 雨   by キヨタカ


 昨晩遅く修善寺に戻ったが、実に長い一日だった。
実は小山から修禅寺に戻る途中、モネの家に一泊し、パワースポット巡りをした。
リーラのキッチンスタッフのYさんは、パワスポ巡りが趣味。
彼女から面白い場所が小山の近くにあると聞き、キッチンスタッフの新年会も兼ねてパワスポ巡りが実現したのである。


モネの家は、私の実家がある小山の近く(車で1.5時間)、焼き物で有名な笠間市にある手作りの宿泊施設である。
Img_2016_2

モネさんと言う女性が10年近くの歳月をかけて完成させたという建物で、癒しのスペースを提供している。
とてもアットホームな雰囲気で、モネさんの存在自体が癒しを醸し出している。
天井が高く西洋風の建物でありながら、炬燵に入って鍋物をつつきながら新年を祝い、日本に生まれた事の幸せをかみしめた。

モネの家ではヒーリングに関わる様々な活動をしているが、パワースポット巡りもその活動の一つだそうだ。
ここに出入りしているDさんの案内で、5カ所の神社を巡った。
いづれも素晴らしかったが、個人的には合気道の創設者、植芝盛平翁が創設した「合気神社」が大変印象深かった。
ずっと前から一度訪れたいと思っていたのだが、今回ようやく実現した。

植芝翁と親交の深かった五井 昌久先生は、植芝翁を「神の化身」そのもだと絶賛している。
下記は先生の植芝評の一部である。

空(くう)はそのまま天御中主(あめのみなかぬし)
天御中主に融けきったところから
その人は守護神そのままの力を出だす
この人の力はすでにすべての武を超えた
大愛の大気のはたらき
鋭い眼光と慈悲のまなざし
その二つのはたらきが一つに調和し
その人の人格となって人々の胸を打つ

ここは余計なものが一切なく、シンプルで静謐なエネルギーがダイレクトに伝わってきた。
日本神道の頂点の神様である「天御中主」と、あたかも直接繋がれるような感じがある。

小さな祠みたいなものを想像していたのだが、パワースポットの名にふさわしい素晴らしい場所だった。
 Img_2019

 最近神道に興味を持ち始めてはいるが、「仏ほっとけ、神かまうな!」という無信仰の父親の影響で、あまり「初詣」に行ったことはない。
しかし今年は、小山の須賀神社も含めて6カ所(しかもパワースポット!)も「初詣」を敢行したのである。
今年はかなり良いことがありそうで嬉しい!

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