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2008年6月

マンゴーの感想

6月30日(月)雨 by ヨガビジャ

先日日誌で紹介した「チビリッチマンゴー」をお贈りした方より、感想のメールが届きました。そのメールから溢れる、分析・比較能力と探究心、カッティングの技と写真の腕にとても感動したので、ここにご本人の了解を得て掲載させていただきます。

*****
 
こんにちは
戴いたマンゴー、大変美味しく戴きました。
 
結果報告ですが・・・・・ってのは冗談ですけどホントすごく甘いですね〜。
 
私が知ってるマンゴーの味や甘さに対し、この「チビリッチマンゴー」を初めて口にした時はやはりその違いにビックリでしたけど(独特な臭みも無いし)、単に「甘くて美味しい」で済ませちゃ勿体ないので、どのくらい甘いのか興味半分でちょっと比べてみました。
 
といっても、一番リーズナブルな黄色い「ペリカンマンゴー(150円位)」と、普段ではちょっと手を出すことのない「アップルマンゴー(500円位)」だけですけど。
 
Photo「ペリカンマンゴー」は食べたことあるのでだいたいこんなもんだと思いましたが、「アップルマンゴー」はそれなりの値段だけあって、やはり癖も少なく、かなり甘くて美味しかったです。
でも「チビリッチマンゴー?」はその2倍、いや3倍4倍・・・・表現が難しいですが、とにかく「チビリッチマンゴー」を食べたあとでは「アップルマンゴー」は甘さ激減ですね。 
 
Photo_2あと、「アップル・・・」はカット幅テープ?が貼ってないので、包丁が゛ガツッ、ガツッ゛って種に引っかかって・・・調子狂いますね〜。
もしかしてその辺のマンゴーにテープが貼って無いのは「実用新案」侵害の関係もあるかも知れませんけど、種の太さに合わせたテープ幅が太く、見栄えなどマイナスイメージになっちゃうからかナ・・・って思ったりして。
より「チビリッチマンゴー」の種の薄さをアピールしたいところですね。
 
黄色い「ペリカンマンゴー」はそれこそ種が大きく、3枚下ろし不可能でクチャグチャになってしまい、写真撮るに至りませんでした。
 
 マンゴーは高価で、「通」になるには出費が大変そうだし、舌も肥えてないので止めておきますが、アルフォンソンという名前も知ったし、お陰さまで、『マンゴー』の話題が出た時は、少しは話しについていけそうです。

*****

(写真は、上が左:ペリカンマンゴーと右:チビリッチマンゴー
 下のカットされた写真は、左:アップルマンゴーと右:チビチッチマンゴー)
 
どうです?
食べてみたくなったでしょ。φ(^Q^)

丁寧なご報告、ありがとうございます。

 

個の花道場説明会

2008年6月29日(日)  雨 by キヨタカ


 最近は、来週行われる出口 光氏とのジョイントイベント、個の花瞑想道場の準備等で忙しい。
一昨日光氏がリーラスペースに一泊、実際に瞑想を体験してもらい、道場の詳細な打ち合わせを行った。

メキキで行われている個の花道場は、人と人との関わりの中で魂を磨こうとする。積極的で陽のエネルギーだ。一方リーラスペースは、外界との関係を絶ち、沈黙の中で自己の魂の目覚めに働きかけてきた。だから陰のエネルギーである。

今回のイベントは、陰と陽の対極が出逢い、「ゼロ次元」の場を創造するという点でヴィジョンが一致し、新たな次元へ止揚する歴史的なものとなるだろう。

この陰と陽との対極が出逢い、「ゼロ次元」を創造しようとする試みは、過去に2度あった。

最初は、2000年のサイレンドラとシッダールタの「無音の音」を聞くワーク、2度目は2002年のアジズとフーマンによる合同イベントである。
残念ながら、過去2回の試みでは、「ゼロ次元」の創造はかなわなかった。

諸般の事情があるが、陰と陽のバランスが対等かつ対極ではなかった事が大きい。

今回は、リーラスペースとメキキのエネルギーは、様々な点で対極のエネルギーであり、数年前だったら絶対に出逢う筈のないものだった。

3度目の正直という言葉がある。また2008とう数字は、言霊的には「再び開く」という意味がある。

「ゼロ次元」の扉が開いて、エネルギーの大爆発が起こる事を、私は確信している!

PS 「ゼロ次元」がなぜ凄いのか、それは又の機会に!
PS 2 出口光氏主催の個の花道場の説明会が、7月15日(火)夜に東京の渋谷である。
   私も行くので、関心のある方はぜひ来て下さい。
   詳細は、http://www.leela.jp/anoaieienao.html を参照下さい。

枝を切ってみたら

6月24日(火) 曇り by ヨガビジャ

7月4日からの個の花瞑想道場に向けて、布団を干したいのだけどすっきりとした晴れ間がなくて、悶々としていました。
これから先きも晴天は期待できそうにないし。

それで仕方なく今日、布団乾燥機を使い始めました。

食堂棟に行ったり、是々庵に行ったり、本館に行ったり、、。
庭をあちらこちら移動していて、

う〜ん、なんか歩きにくい・・( ̄- ̄;) 

通路沿いの木の枝が伸び放題で、歩いていると肩とか腕に当たるんですよ。
それを避けようとするとちょっと蛇行して歩かないといけなくて・・。
これじゃ傘をさしていたら大変よね〜。

ということで、富士見荘から花用の剪定バサミを持ち出して、食堂棟の前の木の枝をちょんちょんと切り始めました。

初めて木の剪定(っていうほどのもんじゃない)をしたけど、これがけっこう面白い。
最初はおっかなびっくり一枝ずつ切っていたけど、だんだん切り方が大胆になっていきました。

私は普段、自分の前髪は自分で切っているのだけど、髪を切るのと少し似ているかも?
形が少しずつ変化して行くのがおもしろい♪

ん・・・( ̄⊥ ̄)?

あ〜! なるほど〜!!
だからここのオーナー(床屋さん)、たまにここに来ると脚立に乗って一日中ちょんちょん切ってるんだ〜。。
いつも「ちょっと切り過ぎじゃない?」って内心思っていたけど、これは確かに止まらなくなるかも。。

やはり相手と同じ立場にたってみないと、分からないものですね。

必然(悲しい話です)

6月21日(土) 雨時々曇り by ヨガビジャ

物事に偶然はなく、すべては必然という言葉を聞くけれど、今日の出来事に一体どんな必然があるのだろう。

朝、どこからともなく子猫の鳴き声が聴こえた。
雨が降っているし、濡れていたらかわいそうだと想いゴミを出しに行った時に辺りを見渡したら、少し雨に濡れた子猫が生け垣の根元で雨宿りをするように鳴いていた。

このままでは弱ってしまうと思い、私を威嚇してか細く「シャー!」と鳴く子猫をとりあえず家に連れて来て、濡れた体をタオルで拭いてあげたら元気にニャー、ニャーと鳴いて辺りを動き回っている。
子猫に牛乳は良くないと聞いていたのでとりあえず水をあげたけど、ぜんぜんのむ気配もなく私を警戒しつつ動き回っている。

私は、ここでこの子を飼うワケにはいかないし、どうしたものか?と考えていたら、雨が上がって少し晴れて来そうな空模様になった。

そうだ!
少しでも人通りのあるところにこの子を箱に入れて「誰か飼ってください」とかいておいたら、誰かが連れていってくれるかもしれない。
この近くに猫をたくさん飼われているお家があって、そこの人がよく車で猫缶を捨てにくるから、ゴミ収集所の軒下においておこう。
そうしたら、私も富士見荘から様子を見られるし、ずっとそのままなら夕方にはまた家に連れてこられる。あとで、飼い主を探すつもりだった。

そして私は買い物に出かけた。
出掛けたときはもうこのまま晴れそうな感じだったのに、買い物を終えて駐車場に出たら土砂降りの雨。

どうしようっ!。
いくら軒下の段ボールの中とはいえ、この雨では子猫はずぶ濡れになってしまう。
そう思って慌てて車を走らせて、家の前の坂道を上っていたら道の真ん中なにか小さなものが..。
まさか!と思い、ゆっくり近づくとあの子猫が冷たいアスファルトの上に横たわっていました。箱から出て車に撥ねられたんだ・・!
ショックでした。
そのままにはしておけなくて、とりあえず車を駐車場に入れ子猫の亡骸を葬ってあげようと思いその場所に戻りしゃがみ込んで見ると、まだ息がありました。
外傷はなさそうですが、買い物に出掛ける前とはうってかわって、アスファルトに張り付くようにピクリとも動かず、ただとぎれとぎれ弱々しく鳴いてました。

私は慌てて子猫を家に連れて行き、とりあえずざっとタオルで体を拭いてダンボール箱に子猫を入れて温泉街にある動物病院に連れて行きました。

土曜日だったのでもう診療時間外になっていたのですが、私がなんどもしつこく玄関の呼び鈴を鳴らしていたら、看護婦さんが裏口から出て来てくれて、事情を話すと中にいれてくれました。

先生が来られて、子猫がこんな風に口で呼吸をしているのはもう長くないとのこと。「どうしますか?」と聞かれましたが、どうしていいかわからず、かといって見過ごす事の出来なかった私の気持ちを察してか、どうするか決めないままドライヤーを持って来て丁寧に櫛でとかしつつ濡れた毛を乾かしはじめました。
先生によるとノミもたくさんいるし、多少傷もあるけど車に撥ねられたんじゃなくて行倒れのノラ猫で極度の脱水症状、とのことでした。

とにかく体が冷えきっているからアンカで温めて体温を上げて、夕方くらいから少しお水を上げてみてください。お水が飲めるようならミルクをあげてくださいとのことでした。
点滴まで打っていただいて、時間外だったにもかかわらず、自分の猫ではないノラ猫ということで診察料は2千円でいいです、と言ってくださいました。
私はお礼を言って病院を後にし、家に帰って物置から電気アンカを出しその上にタオルを敷き子猫を寝かせ上にあたたかいマフラーをかけてあげました。

はじめのうち体を温めようと手を当てていました。
時間が経つにつれて所々は声になりませんが、たまにしっかりとした声で鳴くようになりました。さらに時間が過ぎると、少し伸びをしたり、触ってあげると小さいですがゴロゴロと喉をならします。もう口で呼吸をしていません。
首を起こす事はできませんが、私が手を差し出すと体を動かそうとします。

私はここで安心して、朝からなにも食べていなかった事を思い出し、軽く食事をしました。たまに様子を見に行き、だんだん元気になって来ているように見えたんです。

4時頃でしょうか、様子を見に行くと、ついさっきとは打って変わり触っても反応がありません。
呼吸による胸の上下が弱くなっています。鳴こうとしてもわずかに口元が弱々しくふるえるだけです。
なぜっ!?
慌てて体をさすってあげたりしましたが、だんだんと呼吸が消えて行くのがわかります。
そして死んでしまいました。

悲しかったです。
久しぶりに泣きました。

なんで朝見つけた時、まだ元気な時になんとかしてあげられなかったのだろう。
あのままかまわず放っておいたら、どこかの軒下で雨にも濡れず、まだ生きていられたかもしれない。
自分のしたことを後悔しました。

そして助かって欲しいという想いと同時に、このまま元気になったらもらってくれる人が見つかるかしら?とか、死んでしまったら先生は保健所に連絡するように言っていたけど・・云々・・。
そんなことを考えながら子猫の傍らにいる自分が嫌でした。
子猫は私の想いを感じていたのかもしれない。

起こる事が必然だとしたら、今日のことは一体どんな必然があるというのだろう・・。

マンゴー

6月18日(水) 晴れのち曇り by ヨガビジャ

私はあまりグルメではなくて、率先しておいしいお店を探したりしないし、これが食べたい、というこだわりもほとんどないのです。
まあ、きのうの日誌のあんかけスパのように、懐かしさから衝動買いすることもたまにあるけど、例外かな。

だから、どこかにお土産を持参するときなど、かなり悩むのです。
まったくおいしいものに関する情報を持っていないので。
(キヨタカも私と同じく食べるものに無頓着)

それで伊豆に住み始めて10年目にして、やっとこれならお世話になった人に贈るのに恥ずかしくないと思えるものを見つけました。

200806052255001←それがこれ。
 マンゴー♪
 マンゴーといえば宮崎が有名らしいけど、
 ここの農園のオーナーは「伊豆のマンゴーは日本一!」
をモットーに、丹精込めてマンゴーを作っています。

もともとこの農園、イチゴを買いに立ち寄ったのがキッカケなんだけど、そのときオーナーがマンゴーに対する想いを熱弁したあげく、この小さなマンゴーを試食させてくれた上にお土産に持たせてくれたんです。

この時のイチゴは、いつもお世話になっている友人へのお土産だったのだけど、この小さなマンゴーもいっしょに持って行ってその場で食べてもらったら、「おいしいっ!」って言ってくれました。
(実はこの友人、自称マンゴー通で「マンゴーはインドのアルフォンソに限る!」って豪語していた人)

マンゴー通のお墨付きもあり、これ以来伊豆のお土産のNo.1候補となりました。
でも季節のものだから、マンゴーのない季節の為に他の伊豆の名物を探しておかないとなあ。。

PS. この写真「チビリッチマンゴー」っていいます。
  読んで字のごとく、「チビ」で「リッチ」な「マンゴー」です。
  小さいけど、そのぶん味がぎゅっ!と濃縮されていて、とても甘いです。
  貼ってあるテープは、その両脇に沿ってナイフを入れると薄い種のギリ
  ギリを削ぐようにして果肉をカットすることができるんです。
  なんで種の位置が正確にわかるのか、不思議〜。。

あんかけスパ

6月17日(火) 曇り by ヨガビジャ

倉庫の片付けをしていたら、

200806171644000←コレが出てきました。
 「あんかけスパ」
 先日、名古屋のサービスエリアで見つけて買ったもの。

 特別好きという訳ではないけど思わず買ってしまった。

本当は箱の写真みたいに、ピーマンや赤いウィンナーが入ってるのがスタンダード(?)なのだけど、
なかったから、目玉焼きと地のりをのせたら、お好み焼きの風情に・・。

野菜とすでに茹でられた麺をフライパンで炒めて、レトルトパックの「あん」(ソース)を温めてかけるだけ。

味は中華のエビチリの味から中華を抜いた(?)感じ。
とろっとして甘辛い。
麺は小学校の給食に出た「カレーうどん」に似ていてもちもちしてる、かな?

なんか懐かしい・・。

きっとキヨタカは「こんなのスパゲティじゃない!」って言うから、
残りは、またひとりの時に作って食べてしまおう。。

個の花瞑想道場の件

2008年6月12日(木) 雨  by キヨタカ

 来る7月4〜6日に行われる個の花瞑想道場の参加者定員(32名)が間近となりました。
参加を希望される方でまだ申し込んでいない方は大至急ご一報下さい。

天命の探求と瞑想による真我の探求という2つの異なるアプローチが出逢う事で、新たな場が創造されて、人生に大きな違いが出てくるでしょう!

知ってた。

6月6日(金)晴れ by ヨガビジャ

洗濯物をとり込み六畳間でたたんでいたら、なにやら動くものが・・。

200806062054000←これ、わかる??
 クモかアリンコだと思って近くで見たら
 ちっちゃなカマキリでした。
 体長4〜5ミリ。
 おとなの、まったくのミニチュア版で感動。
 ぎりぎりまで近づいて接写しようとしたら
 小さなカマを高く上げて威嚇のポーズ。

誰に教えられなくても知っているのね。
かなり感動。。

だいこん

6月5日(木)雨 by ヨガビジャ


200806051018000 ←キッチンのだいこんの花。

 前に花を咲かせただいこんは、
 茎がぐんぐんと30センチ以上伸びて、
 てっぺんに淡い小さな花を2つ、3つ順番に咲かせて
 枯れていった。
 今回は10センチくらいの高さでぐるりと一周
 花の房のように一度に咲いた。だいこんにも個性があるようだ。

デス・セレブレーション

2008年6月4日 曇り  by キヨタカ

 先日の講演会は大盛況だった。
講演に先立って私の褌系の友パルバが私の紹介トークをしてくれたのだが、それが大いに受けて話しやすい雰囲気を作ってくれたお陰だ。
心から感謝している。

彼がその中で語った事だが、彼が心に決めた事が一つあると言う。
それはキヨタカが死んだ時は「葬儀委員長を買って出る」という事だ。
いや実に有り難い話しだ。

OSHOの弟子に相応しく、明るくて楽しいデス・セレブレーションにしてもらいたいものだ。
今からどんな葬儀となるか、あれこれ想像して楽しんでいたところ、スッダがデス・セレブレーションをしたというニュースが飛び込んできた。

医者から癌であと数週間の命であると宣告され、スッダを中心としたセレブレーションが本人臨席の下イタリアのミアストで行われたそうである。

マ・ヨガ・スッダをご存じの方も多いだろう。
OSHOの古くからのサニヤシンの一人で、コミューンの代表的セラピストである。

Sudha1

その鋭い洞察とシャープなリードは、他の追随を許さなかった。
リーラスペースでも何度か招聘した事があるから、お世話になった人もたくさんいるに違いない。
かくいう私も公私に渡って、色々とお世話になった。

セレブレーションの様子を見ると、スッダが死を完全に受け入れてお祝いしているのがよく分かる。
さすがにスッダ、生と死の問題はとっくに超越していた様である。
「スッダは悟っている」という噂が以前からあったが、セレブレーションの様子からして、やはり噂は本当であったに違いない。
まさにOSHOの弟子の鏡のような、素晴らしいデス・セレブレーションである!
http://www.otoons.com/gossips/images/index.htm


コレだ!コレだ!!私の葬儀スタイルはコレに決まった!!!
死の直前に友達をたくさん呼んで、盛大にお祝いしたい♪
さっそくパルバに連絡しよう。

私も自分の葬儀に出席したいので、また屋根から落ちたりして「突然死」というのだけは、なんとか避けたいものだ。
私とパルバの約束では、パルバが先に死んだら、私が葬儀委員長をする事になっている。
最近ますます元気なので、どうやら私の方が葬儀委員長を仰せつかるかも知れない。
もっともパルバも、肥田式やら○秘タントラ等々の健康法に余念がないので、相当にしぶとく生き残る可能性がある。

ま〜、どっちが先でも構わないのだが、同時に死ぬ事だけは絶対に避けたいものだ。
実は彼と私は、刎頸ではなくて褌系の友、共に褌を愛用している仲なのである。
だから万が一同時に死んでしまったら、男同士の心中みたいで格好が悪い。
褌の事もあり、妙な誤解が生じかねないのである。

なにはともあれ、最期の最期まで私たちに生きる喜びと死に直面する勇気を与え続けてくれているスッダに心から感謝の意を表します。

Thank you very much for your Love & Courage all those years!
We will be with you again sooner or later!

講演会

2008年6月1日(日) 晴れ by キヨタカ


 横浜メキキ昼食会での講演会が無事終了した。
瞑想というと一般の方々に怪しく思われそうなので、背広に身を固めて、演題も「恩寵の扉が開くまで」とした。
写真や演題からすると、韓国あたりのキリスト教説教師みたいで、自分でも可笑しかった。

Photo_2

昔懐かしい友人達も大勢来てくれて、すごく嬉しかった。

『付き合いは長いが、今までの付き合いの中で、今日が一番輝いてる☆』 と、友人の一人が語ってくれた。

私を輝かせてくれた友人たち、そして私が輝く舞台作りをセットアップしてくれたメキキの方々に心から感謝したい。

日本の悪しき風習の一つに、「出る釘は打たれる」というものがある。

このメキキの会の風習は実に面白い。

「出る釘を引き延ばす」のだ。

悟りは別名「光明」と言う。
英語では、Enlightmentと書く。
光明とはつまり、輝く事!

私の天命は、瞑想を通して人々が「輝く」事を助ける事だと、確信した。

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