« 行動の原動力1 | トップページ | 行動の原動力3 »

行動の原動力2

正直なところ、ショックというよりほっとしました。

先ほどまでの彼女の苦しげな呼吸が終わり、今は痛みのないところに彼女が
いることが感じられたので。


彼女を思うと、平和や穏やかさが自分の中から溢れ出してきます。
彼女は今、平和なんだって感じられ、彼女の弾けるような笑顔が脳裏にやって
きて喜びを感じるのです。

病院に私たちが戻ったときは、Tさんはすでにお化粧を施され、
とても安らかに眠っているようでした。

普段お化粧をされない方でしたので、少し紅を差しただけで見違えるほどの
美人だったことに、初めて気がつきました。


その頃、Fちゃんがメールで危篤を伝えた友人たちが病院に到着し始めました
が、 病院でTさんに逢えたのは2名だけで、他の2名は自宅へ搬送される
Tさんを 乗せた車を見送ることになり、まだこちらに向かっていた2人は諦め
て帰られました。


私とFちゃんと友人の2人は、Tさんの自宅へと向かいました。

Tさんご夫婦にはお子さんがいないので、これからのお葬式の準備はご主人が
一人でされることになるのをFちゃんは心配していて、 できる限りのお手伝い
をしたいようでした。


今回、お葬式はできるだけ簡素にしたいご夫婦の意向で、お通夜はしないとの
ことでしたが、彼女がなくなったこの日、ご主人と私たちの4人が集まって
出前のお寿司を頬張りながら、Tさんの思い出話しに花が咲いて楽しかった事、
そして私とFちゃんがTさんの横に並んで寝た事、翌朝ご主人の手作りパンを
いただきながらの朝食の美味しかったこと、、。

これこそが本当のお通夜なのだと感じました。

そしてふと、今、逝ってしまわれたTさんに何か気掛かりがあるとしたら、
ひとりになられたご主人のことではないかと思いました。


私は今回たまたまキヨタカの実家に来ていたので、Tさんのお見舞いをしたら
そのまま実家に帰るつもりでいました。

でも、この1日にも満たないTさんとご主人と過ごした数時間のうちに、
私はこの状況で自分にできることを、Fちゃんと一緒にしたいと自然に思い始め
ていました。


Tさんは長年瞑想をされてきた方なので、年齢、性別、職業を問わず 多くの
友人がいらっしゃいます。

その友人の多くが何らかの形でリーラスペースに関わりがあるので、 お葬式の
連絡と取りまとめは、主に私とキヨタカがすることにしました。

そして葬儀に必要なものを揃え、葬儀に来られる方がスムーズにTさんの自宅に
来られる段取りを考え、自分たちにできない事は他の友人にお願いしたりしました。
 
 
通常私はこういった事が苦手で、これまでの人生で避けてきた所があります。


でも今回は義務からでも、義理からでもなく、自然と「そうしたい」という
想いからつき動かされているようでした。


Tさんがボディを離れてから、なにかハートにほのかな喜びがあり、
こういったお世話ををさせていただける事に感謝と喜びを感じていました。

ちょっとした難しさもありましたが、そういったものも問題と捉えず 淡々と
するべきことをする。


天命を生きるとはこういうことなのではないか、と後で思いました。
そうせざる得ない衝動。
他の選択肢はない。


つづく

« 行動の原動力1 | トップページ | 行動の原動力3 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 行動の原動力1 | トップページ | 行動の原動力3 »

メインホームページ

リンク

無料ブログはココログ