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2009年1月

ネコ騒動2

1月31日(土) 雨後曇り by ヨガビジャ


え〜、それで昨日、ひたすら待ってもネコは戻って来ないから、夕方キヨタカと温泉に行きました。
そして夜7時頃の真っ暗な中、富士見荘に戻ったら・・


いました〜! \(^O^)/


玄関前にちょこんと座ったチーちゃんが。。
一体どこで一晩とほとんど1日を過ごしたんだか・・。

今夜からから明日にかけてもずっと雨が降りそうなので、今晩は強制的に家で寝かせる事にしました。

それで、まずはお医者さんからいただいた薬を飲ませようと、マニュアル通り、キヨタカと二人がかりで錠剤を飲ませようとしましたが、これがまた難しい。
先生は私たちの目の前で、奥歯の歯石を見る(*注)ために簡単に口を開かせてしまったのに、私がやっても全然ダメ。
しっかり歯を食いしばって、

「イヤ、イヤッ!!(>_<)」 の強固な意思表示。


5分ほど格闘したけど、これでまた家に寄り付かなくなっても困るから、もう諦めてゴハンのカリカリに混ぜておしまい。
(先生はカリカリの餌に混ぜても残すから、直接口にいれるか、ダメならネコ缶の餌に混ぜてくださいと言ってみえたけど、翌朝確認したらちゃんと無くなっていました♪)

夜、家でのお泊まり初体験のチーちゃん、落ち着かない様子であちらこちらをウロウロしています。
キッチンに入ろうとしないチーちゃんを、私が抱きかかえてキッチンのストーブ前のホットカーペットの上に下ろしてあげると、ここの温もりに初めて気づいた様子。
ストーブの正面ではなく、イスの下にやっと座りました。
私がその横でパソコンに向かっていると、スリッパを履いた私の足の甲を枕に、気持ち良さそうに横になりくつろぎ始めました。


うん、うん。。
なかなかいい感じ。。。
やっぱりネコといるってこうでなくっちゃね♪
と、悦に入っていたら・・・。


2階でキヨタカが動きまわる物音で「ビクッ!」とするチーちゃん。
ついにはキヨタカの「バタ、バタッ」と階段を降りてくる音で、とうとう逃げの体勢に入ります。


・・・キヨタカ、あのね、、、
チーちゃんがいる一晩くらい、もう少し静かに動作してくれない?(−_−メ)


ま、そんなこんなで、そろそろ布団に入る時間となり、チーちゃんのためにホットカーペットの1/3だけをタイマーでONにして、私は自分の部屋に行きました。

「なにかあったら、鳴いて起こすのよ。」とチーちゃんに声をかけて。


その数時間の夜中の1時。

お約束のごとく、チーちゃんの鳴き声に起こされ様子を見に行くと別に変わった様はないけど、廊下をウロついています。

う〜ん、、どうしようかなあ〜・・・

このままチーちゃんにつき合う訳には行かないし、、、
思い切って私の部屋に入れると、ちゃっかり私の布団の上に陣取っています。
 
 
・・・そういうこと?( ̄- ̄;)
 
 
腹を決めて添い寝をする事にしました。

布団をかけてあげようとしたらイヤみたいで、私の枕の横の空いたスペースでグルグルまわって体勢を整えようとしています。
どうも私の腕枕と本物の枕を活用しようとしているみたい、、
なのはいいけど・・・
 
 
顔、踏んでるし===!! 

それとシッポを立てたお尻、顔にくっつけないでっ!?
 
(ノ#-_-)ノ ミ ┴┴○
 
 
結局私の腕に頭を乗せ、背中を枕に沿わせるように丸くなりゴロゴロと喉を鳴らしつつ、一人と一匹の夜は更けていきました。

めでたしめでたし。

その後何度も起こされたけど・・。


PS.注)ネコの年齢は正確には分かりにくいけど、歯石の付き具合で大体の予想はつくそうです。ちなみにチーちゃんは3才でした♪


200901291809000←誰かがそばに居ると、
 ちゃんと自分のベッドで寝るチーちゃん。

 かなりの甘えん坊かも?
 

ネコ騒動1

1月31日(土) 曇り時々雨 by ヨガビジャ


うちの外ネコ「チーちゃん(♀)」を、病院へ連れて行きました。
病気や怪我をしたのではなくて、避妊手術のためです。

この日誌でもたびたび紹介したように、チーちゃんは「大変」人なつこい子なので、おそらく以前人に飼われていたことがあると思います。
ですから、すでに避妊手術をしている可能性もあるのですが、その確認のためと、感染性の病気に罹らないようにワクチンを打ってもらうことにしました。

当日の朝は病院の先生の指示に従い、朝ゴハン抜きのチーちゃんを「洗濯ネット」に入れて、車で3、4分の病院へと連れてきました。
先生から、パニックになって暴れる猫がいるので洗濯ネットに入れてきてくださいと聞いていたので、私は爪で引っ掻かれても大丈夫なように手袋を2枚して洗濯ネット入りのチーちゃんを抱きましたが、とてもおとなしかったです。

病院に到着し診察台の上に乗せても、少し鳴くくらいでいい子にしていました。
私たちは夕方チーちゃんを引き取りに来る事にして、一旦家に帰りました。

そして夕方病院に行くと、奥の方からチーちゃんの鳴き声がしました。

先生の説明によると、この子はすでに避妊手術を受けていたそうです。
でも、触診では手術跡がはっきりしなかったので、開腹して確認されたそうです。

先生によると、今夜一晩だけはお家に入れて暖かくして寝かせてください、とのことだったので、新聞紙をちぎったネコトイレを作り、ゴハンもお水も、いつものチーちゃんの布団も用意して、万全の体勢を整えていたのですが。。

しばらく私やキヨタカの膝の上で気持ち良さそうにゴロゴロしていたのだけど、どうも外に出たいらしく襖の前に行って座ったままです。

どうもうちのネコトイレが気に入らないようです。。( ̄- ̄;)

それで、少し部屋の襖を開けてあげると玄関へ行って扉の前で座っています。
玄関の扉を開けると、いつものチーちゃんの通り道の「側溝」の中を歩き、ガサガサと落ち葉の上らしき所で座っています。
たぶんオシッコをしたのだと思うけど。。
その後、また家の方へと戻ってきたのけど中へ入ろうとはしないので、ゴハンとミルクをいつもの場所においてあげたら、少しだけミルクを飲みました。
でも、玄関の外で動こうとしないので、しばらく玄関の扉を開けっ放ししていたのですが、結局家の中には入らず、そのままどこかに行ってしまいました。

仕方がないから、チーちゃんのベットを元の場所に戻し、彼女が戻ってきても大丈夫なようにしておきましたが、翌朝見に行っても姿がありません。
ゴハンも食べに来ません。(薬を飲ませないといけないのだけど…)

外は雨なのに、、、。
やはり、もしかしたらどこかお家に飼われているネコだったのかしら??
だとしら、手術で剃ったあの「ハゲたお腹」を見たら家の人ビックリされるでしょうね〜。。

う〜ん、それにしてもあの「お腹」でどこに行っているんやら?
( ̄〜 ̄;)??


200901291757000←キヨタカの膝の上でくつろぐチーちゃん。

 奥はキヨタカと作ったネコトイレ。
 結局使用されることなく、
 ネコはトンズラ中。
 思いのほか心配するキヨタカでした。
 

ひとつの節目

1月30日(金) 曇り時々雨 by ヨガビジャ


昨年9月からリーラスペースに滞在して、イベントのキッチンを手伝ってくれていた あんじゅが、先日実家のある四国へと帰って行きました。

月に2、3回のイベントを行った4ヶ月はあっと言う間に過ぎ、 当初はイベントの合間に3人でいろんな所に行って遊ぼうと目論んでいたのですが、 それはなかなか叶いませんでした。

でも、リーラスペースが八ヶ岳で始まって以来、今回のこの経験は 私たちにとってもリーラスペースにとっても、大きな節目になった気がします。

思えば、まったく数ヶ月先の未来すらなんの保証もないリーラスペースへ、 あんじゅはよくぞ四国から駆けつけてくれたものだと心底感心しています。

私たちにとっては、そんな(おそらく彼女自身はほとんど評価していない) 彼女の「資質」に、触れることができた4ヶ月だったとも言えます。

2人でできないことも3人ならできる。
1人の優れたカリスマが大勢を引っ張るのではなく、自らの魂の光に目覚めた、 または目覚めさせる意図を持つユニークなひとりひとりが繋がり、 小さな波から大きなうねりを生み出していく、 そんな時代にすでに入っているのだと思います。

この4ヶ月の小さな波が今後どのようなうねりへと発展して行くのか、楽しみです。

あんじゅ、ほんとうにありがとう。そしてお疲れさまでした。
また、大海のどこかで会いましょう。

・・っていうか、東京に出て来ることがあれば立ち寄ってください。(^_^)/~

人の評価の面白さ

2009年1月23日(金)  曇り  by キヨタカ

私にとっては非常に面白かった映画「禅ZEN」。
人に勧めたからには、他の人の評価がちょっと気になる。

我が道友のばるばが早速観に行ってくれて、「面白かった」そうで安堵した。
ネットサーフィンして見ても、大旨好評の様だ。

ところが、個人のプライベートな映画鑑賞に特化した某ブログで、この映画をボロクソに批判しているサイトに出逢った。

このブログは、自分の見た映画を最高の10「絶対おすすめ」から、最低の1にランクづけをしている。
「禅ZEN]の評価は、なんと1、つまり「見る価値なし」だそうである。

確かにハリウッド級の映画に比べると「低予算」映画である事は否めないが、それにしても最低の1「見る価値なし」とは、あんまりだ!

実際に禅寺で厳しい修行を少しだけ体験した事のある私やぱるばが「面白かった」と言っているのだから、せめて2くらいには評価して欲しいのだが、、、。


そこでそのブログの主の意見をよく読んでみると、その方はなんとあの、日本の生んだ最高の哲学書とも言われる難解な道元の「正法眼蔵」を何回も読んでいるそうだ。
しかも、弟子懐奘の「正法眼蔵随聞記」の方がお気楽に楽しめる.とまで言う。
本人は恐らく認めないだろうが、実は筋金入りの道元ファンなのだ。

つまり彼の中での道元にたいするイメージががあまりにも崇高であるが故に、このレベルで道元やその思想を表現されてしまった事実が、絶対に受け入れられないのだろう。

監督や俳優に対して、「お前らに道元が分ってたまるか!」という罵声が聞こえてくる。

出口光氏が主催する個の花道場で学んだ事がある。
「天命とはハードルが高いが故に天命から逃避してしまい、自己の在り方を批判してしまう」という事実だ。

この「ハードルの高さ」というものに関してだが、これは人や外側の世界に対する批判や評価に関しても恐らく同じ原理が働いてるのだと思う。

出口氏は、魂の要素を「智」「勇」「愛」「親」4つに分類し、人の在り方の違いを説明している。

少なくとも「智」の人にとっては、自分がこの映画の監督とか俳優だったら自分に出来るか、などとは夢にも思わずに、ひたすら自分の理想基準から評価を下すのである。

人が誰かを批判した時、その奥底にその人の天命とか魂の在り方が実は隠されている。

だから、そんな風にちょっと違った視点から人の評価を受け止めてみると、人から批判や評価をされる事って、実は面白い事なんだな〜と感じる。

スピリチュアルな衝撃

2009年1月21日(水)   曇り   by キヨタカ


 映画、「禅ZEN」を観た。

道元禅師と言えば、「孤高で超真面目で近寄り難い」天才という印象を受けるが、そんなイメージを払拭する、素晴らしい内容の映画だった。

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時代考証にも優れ、また座禅堂内の修行の様子も非常にリアルで、あたかも道元と一緒に座禅をしているかの様な錯覚に陥った。
俳優陣の演技も見事で、道元役の中村勘太郎の演技にうなり、遊女おりん役の内田有紀の演技に惚れた!

映画を見終わった後の感覚が、瞑想リトリートを完了した後の感覚と似ていて、意識が非常にクリヤーで充実している。

映画「マトリックス」以来、久々にスピリチュアルな衝撃を受けた。
瞑想やスピリチュアリティ、そして日本文化に関心のある方々と、内田有紀ファンは、必見である。

これを単なる娯楽作品に止めていたのではもったいない。
「埋もれた真の日本的霊性の復活」という、大いなる存在の意志をこの作品の背後に感じる。
出来るだけ多くの人々に見て欲しいと思う。


ところで、、ところでやはりここでどうしても書かなければならない事がある。

映画の中では、伝統的な禅での救いの限界を象徴するせつないシーンが非常に印象的に描かれていた。

伝統的な禅の限界を越えて、21世紀の人類に相応しい「ネオ禅」とでも言うべきものを創造していく必要性を強く感じる。

現代人の複雑で抑圧された精神構造にとっては、この伝統的な禅はそのままでは殆ど役に立たない!

伝統的な禅のアプローチでは、天才と言われるごく少数のスピリチュアルなエリートしか救われないのが実態だ。
その証拠は、現在の禅寺へ行くと良い。

残念ながら今の日本のどの禅寺を見ても、真摯な日本人の探求者はごくわずかで、むしろ西洋人の方が多いくらいだ。

我々現代人が救われる為には、伝統的な禅+アルファーが必要だろう。
新しい酒は、新しい革袋に盛れ!

それは、人間的な欲求をおおらかに受け入れて自分を花咲かせる、より全一的なアプローチだ。

人間の欲望を否定する事ではなくあるがまま受け入れて、そのエネルギーをより高次のエネルギーに変容させる方法だ。

ハートこそがその変容の鍵だ。

この映画を見て、自分の今生での役割がよりクリヤーになった。

道元は54歳で遷化したが、私は54歳にしてようやく自分の役割が始まりつつあるのを感じる。

私はあなた方に夢を託す/I leave you my dream

2009年1月19日(月)     晴れ   by キヨタカ

 
19年前、私はインドOSHOコミューンに長期滞在をしていた。
ほんの数週間の滞在のつもりが、延長に延長を重ねて、滞在は何と2年6ヶ月にも及んだ!
「明日の事はわからない。チャンスがある内にOSHOと一日でも長く一緒に居たい」という思いが、私をインドにかくも長く引き留めたのである。

Photo

 
OSHOコミューンの一日のハイライトは、OSHOと共に数千人が瞑想する「ホワイトローブ・ブラザフッド」である。
午後7時から行われるこのミーティングの為に、早い人は数時間前から列を作って、ブッダホールの開場を待つ。

19年前の今日、不思議な事に朝から非常に胸が痛かった。
原因は不明で、思い当たるフシもない。
強いて言えば、前日のカウンセリング・トレーニングのセッションで大声を出した事くらいだった。

胸の奥の方に鈍痛を感じ、「あばら骨にヒビが入っているかも知れない」と思った。
夕方、友人にヒーリングをしてもらったが、痛みは全然良くならない。

少し安静にした方が良いと思い、その日は「ホワイトローブ」を諦めてアパートへ帰ってベッドに横になった。
しかし、痛みは同じだった。

ベットで寝ていてもどうせ痛いならやはり「ホワイトローブ」に行こうと思い、コミューンへ戻ってブッダホールへぎりぎりセーフで駆け込んだ。

ところがこの日は、いくら待ってもOSHOが現れる気配がない。
やがて予想外にOSHOの側近のアムリットが前に出て、「OSHOが亡くなった」旨の衝撃のアナウンスがなされた。

いつのまにかOSHOの遺体が壇上に運ばれて来たのだが、なんだか夢を見ている様で、全く現実感がなかった。
あれよあれよ言う間にデス・セレブレーション(葬儀)が進行して、OSHOがバーニング・ガート(火葬場)に運ばれ荼毘に臥された。
その晩はずっとバーニング・ガート(火葬場)で過ごし、赤々と燃える炎を囲んで瞑想し夜を明かした。
OSHOと共に過ごした怒濤の7年間が、走馬灯の様に想い起こされた。

やがて夜が明けて東の空が明るくなり始める頃、赤々と燃え続けていた炎も今はただほんの少しの煙が漂うばかりとなった。

隣にいた友人が、「全て終わりましたね」と、厳かな言葉使いで私に語りかけた。

その言葉が、ハンマーの様に胸を打ち深く響いた。

胸の奥底から今まで味わった事のないエネルギーがこみ上げて来て、涙が溢れ出て来て止まらない。

始めそのエネルギーは「悲しみ」だったのだが、やがて「感謝の気持ち」に変わって、とてもスウィートなエネルギーに変質した。

「あばら骨のヒビ」だとばかり思い込んでいた胸の奥の鈍痛は、実はこのなんとも言えぬスウィートな「痛み」と「感謝」とが渾然一体となったエネルギーの塊だったのだ。

この時初めて「無意識のレベルで、OSHOが肉体を離れた事を自分は既に知っていたのだ。だから胸が痛かったのだ。」と言う事がわかった。

それまではOSHOという存在は、遠いあこがれだった。
今生ではあの高みへ到達する事は絶対に不可能と思い込んでいた。

しかし、実はOSHOは既に私と言う肉体の深いレベルに入り込んでいた事を知り、非常に驚いた。
OSHOとは、私という実存のエッセンスであり私という存在の最も奥深い所に初めから存在していた事を、この日否応なく知らされたのである。

明けぬ夜はなく、乾かぬ涙はない。
すっかり夜が明けて、尽きぬ涙も枯れ果てると、現実に戻ってお腹が空いて来た。

コミューンのキャンティーン(食堂)で朝食を取ろうと思った。
しかし突然OSHOというカリスマが去り、主を失ったコミューンは機能を停止する事が予想される。
果たして食堂が空いているか不安だったが、とりあえずコミューンの様子を見に行って驚いた。

そこは昨日までとまったく変わらない雰囲気で、OSHOの臨在と愛のエネルギーが満ち溢れていたのである。

「私が肉体を去る時、私は私の人々の中に溶け去るだろう」と、生前のOSHOは語ったものだが、その実態を目の当たりにしたのだ。

「I leave you my dream/私はあなた方に夢を託す」と言うのが、OSHO最期のメッセージであり、それをこの日しっかりと私は受け取った。

19年経った今でも、そのメッセージはこの日と全く同じく新鮮で、私のライフワークそのものとなっている。

夢を現実のものにするには時間とエネルギーが必要だが、今年に入ってようやくOSHOの夢を現実化する可能性が見えて来た。

今年がどうなるか、非常に楽しみだ。


なんとかここまで、、、

2009年1月14日(水)  晴れ  by キヨタカ

 リトリート参加者のSさんからお便りがありました。
こうした感想に支えられて、なんとかここまでリーラスペースを運営し続ける事が出来ています。
Sさん、有り難うございます。
 (写真は、リトリート中の富士山 byアンジュ

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* * *

キヨタカ様 およびぱるば様、スタッフの皆様

 第2回リーラ瞑想リトリート参加させていただきましたSです。

 まずは、キヨタカ様、ぱるば様、運営スタッフの皆様、素晴らしいリトリートを提供いたただきありがとうございました。
心より感謝いたします。

  今回はじめて参加でしたが、とにかく私にとっては「革命的に凄かった」、かつ、「嬉しかった」です。魂が喜んでいる?感じです。
それは、リトリートの最中も感じてましたが、さらに強く実感できたのは、帰りの電車、そして帰宅後です。明らかに変容がありました。

 帰りの電車で、「アジズとの対話」を再読しました。まったく新しい本になってました。読んで意味がわかる。
その深さがリトリート参加前の5倍以上です。今まで読み飛ばしていたところに深い「気づき」があり、分かっていたつもりのところが全く意味を履き違えていたのがわかったり・・・。キヨタカさんが仰っていた「味わうことの大切さ」が身に染みました。
 
 また、電車に乗ってる人が今までと違う感覚で見えたり、何より妻への見方が一変しました。
具体的には、人から何を言われても気にならない自分になっていました。帰って妻に全部報告しました。妻も羨ましがっていました。

 その後、実は、自分の進路について話しました。言いませんでしたが、今の会社を辞め、新たな道に進むべきか否かをこのリトリート中に決めようとも思っていまして、決意が固まり、その旨を彼女に話しました。
この話は何度となくしており、彼女には十分な理解を得られずに今までに至っていました。いつも軽く馬鹿にされていましたが、今日も同じ反応。
 
 しかし、今度は私が違いました。何を言われても、全く心が動かない。ただ笑って流せて、かつ、彼女の言うことに理解ができました。これは、ステート・オブ・プレゼンスを感じ、マインドや思考に巻き込まれなくなったせいかと思いました。
 
 そこで気づいたのですが、いままで受けた研修やリトリートは、全部マインドやエゴに餌をあげていたようなものだったのかもしれません。マインドが勝手に喜び、悟った気分になっていただけかもしれません。

 ところが今回は、その奥にあるものに気づいたのと、浄化が進んだため、何か違う感じです。
しかし、まだ、アジズの言うところの「精神的な道の本当の始まり」にしか過ぎないので、謙虚にSPの定着に励みます。

 リトリート自体の私の良かった点は、大きく以下の3点です。

1、瞑想が気持ちいいものと初めて知った。この感覚は、浄化された心地よさと、魂?がくつろいでいる感じと表現したいです。座るのが今まで苦痛だったのに全く苦痛でない。なぜかわかりません。

2、プレゼンスの意味と感覚、その気づきの場所が認識できた。

3、瞑想中、一瞬だけマインドが消えた。存在のみを感じれた。驚いた。嬉しかった。

  以上です。革命的なリトリートを提供いただいたことに、改めて感謝いたします。それが、あまり世間に知られていないのは、個人的には、優越感で、いいことのような気がします。
(以前が拡大路線でしたので。これはエゴですかね)
 
 運営全般の問題点や、こうした方がいい、というのは特にありませんでした。個人的にはスムーズに適度なスケジュールプログラムだと思いました。

 (略)
  
 以上、長々と書きましたが、とにかく「良かった。また行きたい。」の一言でした。本当にありがとうございました。
 
 次は、妻が行くかも知れません。その際はよろしくお願いいたします。
                                                              

リトリート終了!

2009年1月13日(火)  晴れ  by キヨタカ


 リトリートが無事終了しました。
新年に入って、エネルギーが一段と上昇したのを肌で感じます。
続々とリトリート参加者の感想が送られてきています。
今日は、Kさんの感想を載せさせて頂きます。
Kさん、有り難うございます。

* **

リーラスペース様

 こんにちは。3日間お世話になりました。今まで色々な瞑想会に参加したり、多くの瞑想法を試したりしてきましたが、この3日間の瞑想会は、これまでで、最も素晴らしい経験でした。本当にありがとうございました。


 「アジズとの対話」を読んで、「ステート・オブプレゼンス」に私は強い興味を持ちました。それまでに私は悟りを意識して修行をした事が2度程あったのですが、その結果得た結論が、「悟りとはエゴイメージの投影でしかない。悟りを求める、という心境は、バーゲンセールで安物を漁る行為と大差ない。本質的には全く変わらない。悟りとは何か知らない以上、私が追ってるものは実態のない幻影以外の何物でもない。」
というものでした。そして1年程前に悟りたい、という願望を捨てる事にしました。瞑想は続ける事にしたものの、それは自分自身の感情やマインドに抱える問題を解消する事に限定しました。

 ただ、そういった結論に達した一方で、「アジズとの対話」に書かれていた事が常に気になっていました。この著者は師に、具体的な悟りへの道筋をはっきりと示され、強い意志と意欲をもってその道を成し遂げていました。
 「悟りとは、意図を手放した時におこるもの」「であるから菩提心のある限り悟りは起きない」
という結論に達していた私にとって、信じがたいシロモノのハズなのですが、本やホームページから、「これはホントだ」という気配がプンプンしておりました。

 そこで、「ステート・オブプレゼンス」を確かめるべく、頭に呼吸を吸い込んで留まる練習をしたり、意識を第3の目の後ろや後頭部の方にやってみたりしたのですが、いまいちクリアーに理解できませんでした。

 今回のリトリート参加の動機は、以前から気になっていたのでどんなものかどうしても確かめたくって・・、というターゲットの曖昧なものでした。が、参加して最初に目標を決めるようすすめられ、上記の理由もあって、いまいち明確に理解できない、「プレゼンス」というものを理解したい、という事をターゲットに決めました。少なくとも知的なレベルでの理解は完全にクリアーにして帰る、との決意でした。
その上でできれば感覚的にも確かなものが欲しい、とも思っていました。

 最初、3日間サイレンスで、会釈等もする必要がない、と聞き、大変心が楽になりました。奇妙に思われるかもしれませんが、私は他人に対する恐怖感が強い人間である為、これを聞いただけで、でものすごく心が楽になりました。自分自身の他人にたいしての恐怖感が解けていく事が、はっきり感じられました。

 初日、サイレンスで気づきに集中する瞑想法を集中的に教わりましたが、これは当初自分が予想していたよりも、実際にはずっときつく感じられました。

 気づきにを保つ瞑想法の経験はありましたが、瞑想終了後もそれを維持する、という観点が私にはすっぽりと抜け落ちておりました。「意識的であれば、悪をなす事はない。」云々言われている意味が本当に良くわかりました。ですが、無意識的・機械的な楽な意識に戻りたい、というマインドの抵抗がとてつもなく強く、かなり苦痛を伴いました。真言宗でも100日間、加行と呼ばれる篭りの行があり、護摩行などの行法を一日最短で6時間程、最長で15時間程行い、スケジュールも常にきつきつで、内容的にはリトリートよりずっときついはずなのですが、加行よりきつく感じました。「気付き」というものを持ち込むだけでこうも違うのか、と思いました。 またプレゼンスとは何か、という事に関して、本当にものすごく丁寧に教えていただいたにもかかわらず、完全にはクリアーになりませんでした。

初日の感想は
「こんなにキツイとは思わなかった。できたら逃げたい」「来れる事になって浮かれて大喜びしてたのになんでこんな事考えてるのか」
「本当に自分は今回のチャンスをものにできるのか」 
といった所です。

 2日目、ビーイングの学びに入りました。これに関しては問題を感じず、深くリラックスさせていただきました。

 またこの日のダイナミック瞑想で、大事な洞察を得る事が出来ました。自分は、自分自身の言動、思考がとてつもなくうそっぽい、と常に感じているのですが、本当の気持ちがなんなのか、自分でも分からないのが悩みでした。しかし実際には自分でも見たくないネガティブかつ暴力的な思いから、目をそらしていただけだった事がわかりました。生涯の大テーマとまで思っていた私にとって、大変拍子ぬけする洞察でした。なんだこんな事だったのか・・・と。

 また、この日の午前中は「プレゼンス」を理解できぬままビーイングの学びに入った事で暗い気分になっていました。しかし、お昼頃、キヨタカさんに再度、「プレゼンス」について尋ねた事で、疑問が完全にクリアーになりました。

1.プレゼンスとは気付きに気づいてる自分の事
2.ハートやマインドのように完全に客体化する事はできるのか?−−−答え できない
3.センターはあるのか?−−−答え ミステリアス!
これで完全にクリアーになりました! 私流に翻訳すると、「客体化できない、純粋な私」といった感じで理解しました。あるいは「ただの私」
(すいません。お聞きしていた時、わかった!と思ったのですが、上記解釈で間違っていたら教えていただけませんでしょうか?宜しくお願いします)

願いはかなえられました。初日に習った潜在意識に願望を叩き込むような瞑想のおかげでしょうか?
「求めよ、さらばあたえられん」です。大変感激しました。それからは一気に気が楽になりました。
 2日目の感想は「エウレカ!」です。

 3日目。ハートのワークでした。この日は朝からウキウキした気分で自分でもちょっとショックでした。そんなに気付きを保つのがきつかったのか・・・と情けない気持ちでした。最初のダイナミック瞑想で、私の他人に対する恐れがほどけていきました。私は臆病で人が怖くて、それゆえ、相手に暴力的な想念を抱く事の多い人間です。ナイーブだったりするところから、「私は女性性が優位な人なのだ」と思っていました。が、おそれが一時的にしろ解けた後出てきたのは自信に満ちた男らしい男でした。「俺は男だ!」という感じになりました。自分でも意外でした。

 そしてこの日は一生忘れられない、というより忘れてはならないものをキヨタカさんとパルヴァさんからいただきました。ハートのワークとても素晴らしいものでした。私に最も欠けていたものでした。以前やった事のある瞑想法もいくつもありました。特にプレイヤー瞑想は1年半程毎日続けたものでした。道場で行う事で、そしてリードする人によってここまで違うのか、と思い、驚きました。
 また、ハートにいる、神聖な存在に自分を捧げる瞑想・・・。これものすごくよかったです!しばらくこのワークを続けて、定着させねば、と思っています。
3日目の感想は「本当に素敵なプレゼントありがとう」です。


 以上、3日間の感想です。思えばかなう、というのを実感しています。以前申し込んだ「kirakuの会」の参加を急病でキャンセルしてから、いつか参加したいととても強く思っていました。このリトリートは普通でしたら参加できなかった可能性が高いものです。僧侶という職業柄、一月のしかも日曜日の仕事がない訳がありませんでした。
しかし、なんとしても参加したい、という思いがつのり、強く願い続けていました。

また、私は岡山でヒーラーをなさっている方に、レイキ療法等習っているのですが、この方に「一月にとある場所開かれる座禅会になにがなんでも参加したいのですが、職業上の事もあってできるか不安なんです。」と相談した所、「じゃあ必ず参加できるようにしてあげます」と言ってその為のワークをして下さいました。なにをどうして下さったのかさっぱりわかりませんでしたが、願望がかなう様、思い続けていた所、かないました。何か目に見えない存在の助けがあったのだと思います。

 また、最初に目標を定める時に「プレゼンスの感覚を完全に明瞭にする」というのを加えておけば・・と、今思ってます。私の場合、最後まで感覚があやふやでした。ある時は第3の目の表面、ある時は髪の生え際、後頭部だったり、頭頂部の少し前だったり、混乱してわからなくなったり・・という感じでした。これをはっきりさせるのが今後の課題です。


 この1年程、「トラウマや、自己欺瞞から、開放される」ことのみを目標に瞑想していました。しかし、「気付きがないとひたすらセラピーを回り続ける事になる」という言葉はよい学びになりました。
 今、リトリートの際の油断のなさが早くも弱まってきています。ですが、今後は気付きを強く持つ事、そしてハートへのワークを忘れず、精進し、この宝をなんとか、維持、強化したいと思っております。

 最後になりますが、キヨタカさん、パルヴァさん、ヨガビジャさん、クマールさんはじめリーラスペースのスタッフの皆さん、本当にありがとうございました。素晴らしい宝物でした。心より感謝申し上げます。また、一緒にワークした皆さんがいなければこんな体験はできませんでした。一緒にワークしてくださった方々にとても感謝しています。

 また必ず、お伺いさせていただきます。皆さんに幸福がある事を心よりお祈り申し上げます。ありがとうございました。

                                              


 

満月のリトリート!

2009年1月11日(日)  晴れ  by キヨタカ

 未だかつてない深さでリトリートが進行中です。

参加で出来なかった方も、今夜はぜひ一緒に瞑想しましょう!

恩寵が燦々と降り注がれる事でしょう!!

 

第2回リーラ瞑想リトリート

1月10日(土) 晴れ by ヨガビジャ


今日から、第2回リーラ瞑想リトリートが始まりました。

身も引き締まる冷たい澄んだ空気。
夜空には満月の月が光ってます。
今ここの庭にはたくさんの水仙と山茶花。
瞑想ホールからは真っ白な富士山。

しばし日誌の更新はお休みになるかもしれません。
あしからず。

あるメニュー

1月9日(金) 雨時々曇り by ヨガビジャ


今日、土曜日からのリトリートを手伝ってくれるスタッフと温泉に行き、
その温泉に併設したレストランで夕食をいただきました。

そのメニューに注目。

200901091921000_2←『猪(いの)いちばん定食』
 『これ鹿(しか)ない定食』

 このネーミングのセンスは好き♪

 でも「天城」が近いとはいえ、この<当たり前>感の漂う
 猪と鹿の扱いは、イルカの次に衝撃的。( ・・;)

あっ、ちなみに誰も上記2品は注文しませんでしたが。。

たまに・・

1月8日(木) 曇り後晴れ by ヨガビジャ


・・ネコになってしまいたい時がある。
 
200901071030001
←こんな顔みると・・。
 
 
 

追伸:

今、Pちゃんが今度のリトリートのため、お掃除しに来てくれています。

Pちゃん曰く、

「ネコはね〜、黄色いの(トラネコ?)が丈夫で長生きするんだよ。
 このネコは長生きしないよー。。黄色く塗る??」


よがび:・・う〜ん。色塗らなくても黄色い首輪でもすれば?( ・・;)

Pちゃん:うん♪ それでもいいけどね〜・・(o^。^o)・・


・・・おまえ(←ネコ)、気をつけたほうがいいよ。
Pちゃん、本気と冗談の境界が曖昧だから、ね・・。ボソ( ̄。 ̄)
悪気はないけど。。

「500円玉」の話し

2009年1月7日(水)  曇り時々晴れ  by キヨタカ

 世間では「100年に一度の不況」とかで、日比谷公園で年を越した失業者は数百人に上ったと言う。
なんとかならないものだろうか?
とても人ごととは思えない。

ふと、Pちゃんの事が脳裏をよぎった。
Pちゃんは、ちょうど10年前の今頃、ホームレスとなり東京の某公園で生活した体験の持ち主である。

Photo

すると不思議なことにPちゃんから連絡があり、リーラのイベントの手伝いに修善寺にやって来て元気な姿を見せてくれ、「500円玉の話し」を披露してくれた。
 (この話しは何度聞いても、古典落語より面白い!)

Pチャンは「ばりばり」の瞑想家である。

10年前のある日、何の因果か「全てをレットゴーして、何が起こるか見てみよう」と突然啓示が降りてきて、よせばいいのに、それまで住んでいた名古屋を飛び出して、あてもない放浪の旅に出る。

「レットゴー」とは、「執着を手放す」という事で、瞑想のABCである。
キリスト教では「御心のままに」、神道では「随神(かんながら)」とか言う。
(知識ではなく行動のレベルでは、XYZなのだが、、)

最初は、サウナ等に泊まったそうだが、だんだんお金が少なくなってきた。

「それでもいいや、レットー!」と修業に邁進した結果、遂に、東京は荻窪の某公園にいる自分を発見する。

最初は、ミスター・ドーナツの廃棄商品等をあさっていたが、それも面倒になり、「レットゴー」したそうだ。
そして公園のベンチに座り込んで「死ぬまでここを動かないぞ!」と、固い決意をした。

すると不思議なことに、どこからともなく弁当等の食料が、自然と彼の座っているベンチにやってくるではないか!?
(ベンチの隣に大きなゴミ箱があったそうなので、食べ残しと考えると、私にはあまり不思議な感じはしないのだが、、、?)

そして、驚くべき事になんと極寒の真冬に一ヶ月近くも公園で過ごしたのである!

食料はともかく、一番つらかったのは寒さで、夜中は寒すぎて眠れない。
「動かない」と固く決意しても、夜中は身体が勝手に公園中を動き回って暖を取り、昼間仮眠をしていたそうだ。

そんなある日、公園で「500円玉」を拾ったのである。

「しめた♪久しぶりに吉野屋の牛丼を食おう!」と思ったのは言うまでもない。

しかしここからが凄い!

「ああうまかった!」という話しにはならない。
何故なら、Pちゃんは「ばりばり」の瞑想家だから。

「牛丼を食べても数時間後にはまた腹が減る。」
「だったら、減ることもなく増えることもない究極の境地を瞑想で得よう!」
と思い立ち、サクシン瞑想センターへ行く決意をするのである。

その瞑想センターでは、500円で一時間の瞑想が出来るのである。

時間があったので、近くの某キリスト教会に立ち寄って暖を取っていたところ、教会の牧師さんから声をかけられる。

牧師さん「そこの人、何をしている人ですか?」
Pちゃん「はい、ホームレスです。」
牧師さん「あなた程、ハッピーなホームレスは見たことがありません」

という訳で、牧師さんに気に入られたPちゃんは、衣食住と就職の世話をしてもらう事になる。

それからガラリと運命が好転して、さらにハッピーなPちゃんとなったのである。

Pチャンは今でも、派遣労働をしているが、今回の不況で彼のチームは8人中6人がクビになったのであるが、彼は運良く残る2人に選ばれた。

幸運の女神は、やはりいつでもどこでもハッピーでいれる人に微笑むようだ。

「災難に逢う時節にはハッピーがよく候。死ぬ時節にもハッピーがよく候。これはこれ災難をのがるる妙法にて候、」である。

大安心(だいあんじん)

2009年1月7日(水)   晴れ  by キヨタカ

先日の日誌で、Great Serene Mind(大いなる平穏なマインド)の禅語が未だに分らない。どなたかコメントをお願い、と書いたが、さっそく専門家(プロのお坊さん)から、ぴったりな言葉を見つけてもらった。

「大安心」と書いて、「だいあんじん」と読む。

あの本の前後の文脈からして、これほど適切な言葉はあるまい。
もしかしたら、他に難解な禅語があるかも知れないが、真実の言葉はシンプルなもの程美しい。

さっそく、出版社に訂正をお願いした。

他にもちょっとした訂正箇所が何カ所かあり、出版社によると、「一文字直すのにも1頁分まるまる差し替えなければいけません」との事で、色々と迷惑をかけてしまった。

しかし、「アジズとの対話」は後世にも残る本にしたいので、完璧を期す事にした。

専門家からのご指摘は下記の通り。
有り難うございます。
これで私も「大安心」の境地です。

* * *

日誌を見ました。

「アジズとの対話」新装版が出るそうですね。
私もこの本はとても好きな本の一つで、とても嬉しく思います。
本当によかったですね。

お尋ねの、「大いなる平穏なマインド」ですが、手元にある仏教語辞典を開いてみると、「安心」という言葉がありました。これは、「あんじん」と読みます。

静かで、定まった心のことで、「修道の体験や教法の領解によって、心を不動の境地に安住させること、また、それによって至り得た境地をいう。」
と、あります。

信仰、または瞑想や座禅などの実践によって、至り得た心の安らぎ、また、その不動の境地をさすのだと思います。

「大いなる平穏なマインド」とは、「大安心」(だいあんじん)という意味でしょうか。


しかしながら、禅の語録など、禅のことばの中に、このようなことばがあるかどうかは、私にはわかりません。

以上、参考になりましたら、幸いです。

今年もまた、よろしくお願いします。

駅弁

1月6日(火) 晴れ by ヨガビジャ


今日、東京へ向かう新幹線の中で駅弁を食べました。

子供の頃から、バスや電車など移動する乗り物の中で窓の景色を見ながら、お弁当を食べるのが大好きでした。
特にお家では敬遠しがちな冷たい冷やご飯が、駅弁のあの俵型のポコポコとした形になるとなぜか美味しく感じられるから不思議です。


今日選んだのは、

200901061905000←これ。
 焼いたかぼちゃやジャガイモにレモンをしぼっていただく
 グリルドベジタブル、しいたけや里芋の煮物、黒豆、
 カレイの照り焼きなど、、。

最近のお弁当は、ヘルシー志向のものがあってうれしいです。
美味しかったですよ。(^-^)

ネコ+温泉な一日

1月5日(月) 曇り by ヨガビジャ


夕べ遅くに伊豆へ戻り、今日は無事に生き延びていたネコと遊んで癒されました。

200901051257000_2←これ。
 ¥100ショップで買ったネコじゃらしで遊んでみる。
 思った以上にじゃれてくれて嬉しいけど、客観的に
 冷めて見てみると、これは悲しいネコの性?(・・; ) 


ひとしきりネコと遊んだ後は、「心のコリはネコで、体のコリは温泉で♪」
の方針により、久しぶりに温泉「ほたる」へ。

大きな湯船の縁にアゴを乗せ、下を流れる川を眺めてウトウト。
1羽の小鳥が川面に出た石の上をピョンピョンと行ったり来たり。
川の中の何かを捕っているのかな?

ゆったりとした自然の中で、自分の中にからっぽなスペースを取り戻すひと時でした。 

アジズとの対話

2009年1月5日(日)  晴れ時々曇り  by キヨタカ

 「アジズとの対話」新装版が、ようやく出版される事になった。
本当は再版なのだが、新装版の方が本屋さんでの取り扱いが良いとの事で、新装版となった。

誤字脱字の校正をする必要があり、お正月は久しぶりに「アジズとの対話」を熟読した。

自分で言うのもなんだが、探求者の知りたいポイントを網羅していて、とてもインパクトがある。
アジズの事は対話の前日に知ったばかりで、真理を巡る真剣勝負みたいな迫力を感じた。

出版社アルテの社長さんからも「私もこの連休中読み返しましたが、内容がエネルギーに満ち溢れ、今さらながら感動いたしました。」とのお褒めの言葉を頂いた。

アルテは小さな出版社だが、本をすごく大切に扱ってくれとても有り難い。
もしも利益を中心とした経営だったら、「アジズとの対話」は、ずっと以前に廃版になっていても不思議はない。

それが何年も後で新装版が出るとは、恩寵の賜物と言っても過言ではない。

願わくば、この本を通して、一人でも多くの人の魂が覚醒しますように!

PS ところで、P111、6行目のGreat Serene Mind(大いなる平穏なマインド)の禅語が未だに分らない。なにかピッタリくる言葉があるはずなのだが、、。
どなたか、分った人はコメントを入れて下さい!

富士山信仰

2009年1月4日(日) 晴れ  by キヨタカ

 実家に1週間滞在したが、毎日晴天が続き、遥か彼方に見える富士山のシルエットが非常に美しかった。
今日はいよいよ修善寺に帰る。
修善寺からの富士山の眺めは格別だ。
富士山を眺めると、自分の中の聖なる次元がとたんに活性化する。
富士山を見て神聖さを感じるメンタリティーは、おそらく日本人のDNAに組み込まれているのではないだろうか。

富士山信仰は太古からあったらしい。

昨日紹介した「網戸浅間神社」も富士山信仰と深く結びついている。
神社のある場所の地名は「藤塚」なのだが、もしかしたら富士塚が語源かも知れない。

浅間神社は、富士山の神霊浅間大神と木花咲耶姫命を主祭神として、なんと日本全国に約1300社もあるそうだ。
富士塚と称する富士山を模した築山の上に建てて、富士山へのお参りの替わりとした。
江戸時代には、富士講と言われる富士信仰の活動も活発だったらしい。
「昔は全国から人々が集まって、、」という母の話も、少しばかり信じられる様になった。

Huzidu1

ちょっとインターネットで調べてみたら、この神社はなんと藤塚古墳と言われる古墳の上に建てられている事が分った。
ここからも、富士山がよく見える。

古墳時代の昔から、人々は富士山を眺めては、神の存在を感じ取っていたに違いない。

↓は、御殿場からの富士山。
200812290742000

網戸浅間神社

2009年1月3日(土)  晴れ  by キヨタカ

 あまり天気が良い日が続くので、母を連れて墓参りに行く。
帰りに、「網戸浅間神社」と言う、地元以外ではほぼ完全に忘れ去られた神社へ立ち寄る。

なんでも昔は非常に有名で、「お祭りの日には全国から人が集まったものだ」と母は言う。

Photo

母の実家はかつて菓子屋を営んでいて、浅間神社の祭りの日は、神社の境内に出店を設けて何日も泊まり込んで商売をしていたそうだ。
私のおじいさんも、元日の早朝、必ずここへお参りに出かけていたとか、、。

今は全くその面影はなく、神社の狛犬は崩れかけていて、母の言う事が最初は信じられなかった。

しかし付近を散策してみると、神社の隅にやけに大きな石碑が立っている。
注意してよく読んで見ると、「この神社がいかに霊験あらたかであるか」が詳しく書いてある。
明治○×年に何処の誰がどんな病気を煩って、ここの霊泉を飲んだ御陰で良くなった等々、、記述も非常に具体的だ。

おそらく網戸(アジト)版の「ルルドの泉」みたいな感じで、評判が広まって、当時は大勢の善男善女がこんな田舎に押し寄せたのかも知れない。
どこかに「霊泉」の痕跡が残っているかどうか調べたが、残念ながら霊泉らしからぬ水道の蛇口があるばかりであった。

栄枯盛衰は世の習いであるが、神様の世界もそうなのか!と、少し感傷的になった。

母が子供の頃は、田舎のこうした名も知れない小さな神社でも、賑やかなお祭りが、盛んに行われていたと言う。
当時は、娯楽と言えるものが殆どなく、こうしたお祭りが唯一の娯楽だった。

今はなき祭りの賑わいを想像しつつ、「昔の方が人間味溢れる生活だったのかも知れない」との思いを当時に馳せるのだった。

PS 網戸(アジト)とは栃木県小山市にある私の実家があった場所。小山氏初代政光の妻が、寒川庄と網戸郷を源頼朝からもらった。政光の妻は、寒川尼または網戸尼と呼ばれて、女性初の地頭職となる。

ルーツ

1月3日(土) 晴れ by ヨガビジャ


今日の午後、3人で車で出かけた時の事。
運転手はキヨタカ、私は助手席、お母さんは私の後ろの後部座席。

視界を遮る物もなく、筑波山から男体山、富士山まで見渡せるのどかな郊外の田んぼ道を走りながら、お母さんがいろんな思い出話しをしていました。


お母さん:あっ、あの右の方、あの辺りに浅間さん(浅間神社)があってね、
     昔はずいぶん盛ってたのよ。ほら、右のあの辺り!

キヨタカ&よがび:(右の方を探すもそれらしきものは見えない)

キヨタカ:え? え? どこ、どこ??

よがび:(キョロキョロするもわからない)

お母さん:ほら、あの右側の木のある所!

よがび:(お母さんが指差す所を見ようと、
     肩越しに後部座席のお母さんを振り向いてみると・・・)
 
 
お母さん、『左』を指差しながら『右』って言ってる・・。(・・; )
 
 
キヨタカのルーツはここにあったか・・・。( ̄⊥ ̄)

お年玉

1月2日(金) 晴れ by ヨガビジャ


今日は朝から来客がありました。
その方は、以前は家業が帽子屋さんだったそうで、今はその腕を振るい着物などの端切れでバックを作ってみえます。

前に何度も、キヨタカのお母さんからその手作りバックを見せていただいていたので、その素晴らしさは知っていたのですが・・。

今日は、そのバックをいただいちゃいました。

200901021253000←これ。
 何種類かの大島紬と、
 底の部分と肩ひもに合皮を使った
 ポシェット。
 軽いのに丈夫そう。
 内ポケットも2つあります。

それからポシェットの背景のバックは、カーテンの布を使った手提げ袋です。

このバックを作られた方は奥様ですが、この奥様とご主人は趣味で始めた「そば打ち」が嵩じて、ついには自宅の庭にそば打ち小屋を建て、製麺(?)の資格まで取られたそうです。

他にも、山歩きもされるし、写真を撮るのも好き、マラソンも趣味とか、、。
ものすごいクリエイティビティの持ち主です。
本当に、シンプルに尊敬してしまいます。

今夜の夕食は、いただいた手打ちそばです。

ポシェットも含め、何十年振りかのお年玉をいただいたみたいで
う・れ・し・い♪

映画「禅ZEN」

2009年1月2日(金)  晴れ  by キヨタカ

 道元禅師の生涯を描いた映画、「禅ZEN」が1月10日に一般公開となる。http://www.zen.sh/

道元禅師は曹洞宗の開祖であり、禅の世界では最も尊敬されている人物の一人。
私の家は曹洞宗という事もあり、学生時代から強い関心を持っている。

正法眼蔵随聞記なんかを読むと、道を究める事の真摯さ、厳しさ、一途さがひしひしと伝わってくる。
清廉潔白なその姿は、道を究める者にとっては理想の鏡だ。

但し私の様に世俗のカルマにもたっぷりと浸っている者にとっては、遠くで眺めるくらいがちょうど良い。

例えば、「両親が早く亡くなりこんな有り難い事はない、御陰で修行に専念出来た」とマジで語り、生涯を独身で過ごし女性を知らない事に関しても、「仏の加護により、女難を避ける事が出来た」とシンプルに喜んでいる。

典型的な「清濁を合わせ飲まない」タイプであり、親鸞や一休、空海等とは違い、一般大衆にはウケない存在だと思い込んでいた。
私にとっては、仏の道元としての魅力であり、人間としての道元には正直に言うと近寄り難い。

だから、映画化されたと聞いて、驚いている。

道元禅師のスピリットを、一般大衆にどう表現しているのか、公開が非常に楽しみ。
おそらく現代人が失ってしまった大切なものを思い出す、チャンスを与えてくれるだう。

意識のノアの箱船

2009年1月1日(木) 日本晴れ  by キヨタカ


 皆様、明けましてお目出度うございます。

今年は、いわゆる「瞑想」が単なる人生のオプションではなく、激動の時代を生き抜くために必要不可欠のものになる予感がします。

昨年の後半は、サブプライム危機に端を発する底の知れない大不況に世界が覆われる事態となりました。

2009年は、さらに不況が悪化すると多くの人々が予想しています。
単に経済問題だけではなく、地球温暖化等の環境問題、エネルギー問題、食料危機、民族紛争等々問題は山積しており、あたかも世紀末が10年遅れてやって来たかの感があります。

もはや景気回復を議論している場合ではないでしょう。
「資本主義の崩壊」すら予想する人々もいます。

「人類存亡の危機」と言っても過言ではなく、それをどう打開するのか、巷の政治家も評論家も何の根本的解決策も提示出来ない状況です。

しかしながら、我々瞑想を実践している人々にとっては、今の状況は富の源泉を外側に追求してきた人類の必然的結果であり、こうなる事は様々なマスターや先達によって繰り返し警鐘され予言されて来た事であり、驚くに値しません。

「恩寵の扉が開くまで」では割愛しましたが、今年こうした状況が来る事をフーマンははっきりと私に語ってくれました。

そしてこうした人類の危機は、人間の意識が高次元の領域へ量子的飛躍を遂げる千載一遇のチャンスなのです!

瞑想とは、崩壊し溺れ行く旧人類から新人類へと飛躍する為の、「意識のノアの箱船」であるとOSHOも語っています。

リーラスペースでは、この地上に新たな意識の目覚めが起こる事をサポートすべく、微力ながら全力を尽くします!

新しい意識を共有する仲間として、共に新人類による新しい世界を築いて行きましょう。

今後とも宜しくお願いします。

おめでとうございます♪

2009年1月1日(木) 晴れ by ヨガビジャ


みなさん、明けましておめでとうございまーす。
今年も、どうぞよろしくお願いいたします。m(__)m

いよいよ、2009年ですねー。
今年の元旦、こちら小山(栃木)は穏やかな晴天です。

夕べの大晦日は、零時5分前に「おやすみなさーい。」と布団に入り、
除夜の鐘を布団の中で聞きいていました。
すると間もなく、「どんっ!どんっ!」と花火の音がして新年の幕開けを
知らされました。

翌朝、お母さんに聞いたら「毎年近くの神社が花火を上げるのよ。」との事。

でも、昨年もここにいたはずなのに、なにも覚えていません。。
既に寝ていたのでしょうか??

時代の加速化とともに、記憶も加速的に消えていく今日この頃。
ちょっと自分がコワいかも・・・。?(・・; )

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