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2009年2月

雨の日には

2月27日(金) 雨 by ヨガビジャ


夕べ遅くに東京から帰宅するはずだったキヨタカは、最終の電車に間に合わずカプセルホテルで1泊し、今朝9時半着の電車で戻ってきました。

夕べはよがびの用意しておいたキヨタカの布団に、チーちゃんが「ドンッ!」と真ん中に居座って寝ていました。

朝になり、いつものように玄関の扉を開けてあげても、雨のせいか外に出ようとしません。私が諦めて扉を閉めるとチーちゃんも廊下に上がりましたが、部屋に行くでもなく、玄関を上がった辺りでジーっと座っています。

「もしかしてっ!?」と思い、朝ご飯をお皿に入れてあげると勢い良くバリバリと食べ始めました。
そして全部食べ終わり、また「もしかして!?」と思い、玄関の扉を再度開けると、今度はスタスタと外へ出て行きました。
 
 
そう・・・?( ・・;) 

ご飯を食べてから出掛けたかったのね。。

たしかに、今外に出されたら今度はいつご飯もらえるかわからないもんね。
なかなか賢明な判断。
(半)ノラネコたるもの、こうでなくっちゃね♪
 
 
そうこうしていたら、キヨタカを迎えに行く時間になりました。
そしてキヨタカと富士見荘に戻ったら、チーちゃんが玄関脇にちょこんと座って待っていました。
 
 
やっぱり、雨の日はお家の中がいいみたい。( ̄∇ ̄;)
 
 
雑巾で手足と体を拭いて家へあげると、また2階のキヨタカの布団へ直行。

ネコは雨の日、布団の上でひたすら寝ている生き物らしい。。

のに・・・

キヨタカ、ふたたび、
 
「こんなに寝てて運動不足にならないかな・・?(ー’`ー;)」
 

えっ? 誰が運動不足って?( ̄- ̄?)

 
チーちゃん、きのう、私がゴミ出しをして富士見荘の横の階段を上っていたら、下から2段飛ばしで階段を駆け上がって行ったけど。。
 
 
格言:「ネコのふりみて我がふり直せ」


200902271056001←フカフカの羽布団の上でまんまるに丸くなっている姿が
かわいくて、そーっと近づいて写真を撮ろうとしたら、起きちゃった。少しだけ写っているけど、お腹の毛がハゲてるのわかりますか?
もう1ヶ月以上経つのに、ネコの毛ってなかなか伸びないものですね。 

Star People Vol.28 発売!

2月26日(木) 曇り by ヨガビジャ


今日、スターピープル・フォー・アセンション vol.28(ナチュラル・スピリット刊)が届きました。 
 
以前この日誌でお知らせした、キヨタカのインタビュー記事が掲載されているものです。

表紙には、「不況時代を生き抜くための『スピリチュアルなお金の視点』」と大きく題され、今という時代のテーマに則した内容が伺えます。
もう一つは「神聖舞踏」の白抜き文字。今号、特集が組まれているようです。
そして表紙の左下隅に、「覚者を求めて 天野清貴」とありました。

とりあえずパラパラとページをめくっていくと、どのページも写真の扱いが大きい上に美しく、とても丁寧に作られている感じが伝わってきます。

そして、神聖舞踏のページにさしかかると、スーフィー、ヒンディ、神道、フラetc、、、あらゆる国の「舞」の姿が、それは鮮やかに、独自の美しさを放っていて思わず記事本文に目を通したくなったのですが、とりあえずキヨタカの記事をチェックしようと、続けて神聖舞踏のページをめくっていたら、、。
 
 
で、出ましたー!(つ ̄▽ ̄)つ 
 

これまでのページとは色調や雰囲気がまったく違う、キヨタカの見開きカラーページ。

200902261307000この「ライトグリーン」の色はとってもキヨタカらしいし、見慣れた「アジズとの対話」「恩寵の扉が開くまで」も、写真入りで紹介されていて、いい感じ♪
内容も、限られた紙面でかなり無駄なく凝縮されているし、伝えたいエッセンスは十分に表現されています。
いろんな意味でプロの仕事ですね〜。

満足、満足。。(身内の自画自賛でなんですが・・。(^^ゞ )
 
みなさん、本屋さんで見かけたら買ってくださいね♪ 
 

ナチュラル・スピリットさん、本当にどうもありがとうございますっ!!

どうぞ、これからもよろしくお願いしまーす。ヾ(≧▽≦)ノ

無理なネタ

2月25日(水) 雨のち曇り by ヨガビジャ


キヨタカから、少しはスピリチュアルでためになることを日誌に書くように言われ、パソコンの前で固まっているヨガビジャです。こんばんは。


それにしても、、
スピリチュアル・ネタなんて、な〜んにも出てこない・・。(T_T)


しばし私が固まっていたら、私の膝の上にいたチーちゃんが、テーブルの上の私がさっき食べ終わったヨーグルトの器を、突然ペロペロと舐め出してビックリ!


ネコってヨーグルト、食べるの!?( ̄□ ̄;)!! 


たしかにチーズは食べていたけど、、ヨーグルトとはね・・・。


でもあのヨーグルト、てんさいオリゴ糖を混ぜていたんだけど、お腹の具合は大丈夫なのかな??
オリゴ糖のボトルにはお腹が緩くなりますって書いてあったと思うけど。。


モヨオしたら、早く知らせるのよっ!! ゞ( ̄。 ̄;)


・・って、また今日もネコ・ネタになっちゃった。

似てる・・

2月23日(月)雨のち曇り by ヨガビジャ


今日、またPちゃんがやって来ました。

名古屋に行った帰りに立ち寄ってくれたのですが、
富士見荘は、折しも大掃除のまっ最中。

運が悪いと言うか、ベストタイミングというか・・・

ちょうど、オフィスの重たいロッカーと机を移動する所だったので、
このタイミングでのPちゃんの存在は大歓迎。

おかげで、よがびは筋肉痛になることなくオフィス内の移動が完了。

これで晴れてキヨタカは、念願の富士山を目の前に、
仕事ができるようになりました。

・・それにしても、、Pちゃんの動き方は、チーちゃんに似てる。。
唐突というか、脈絡がないというか、、、。
来たかと思ったら、ふらふらとどこかにいったり、、。

おもしろい生き物だ・・。ボソ( ̄。 ̄)

慣れないことをすると…

2月21日(土) 晴れ by ヨガビジャ


キヨタカが珍しく部屋の掃除を始めてから数日が過ぎました。

通常キヨタカの片付けは、スーパーの段ボールを集めることから始まります。

そして、部屋に散乱するあらゆるものを、段ボールやごみ袋に分類するのですが(ホントに分類してるのだろうか…?)、部屋は段ボールとゴミ袋で手狭になり、移動すら困難になっていきます。

挙げ句の果てに、今現在必要なモノまでどこに行ったのか分からなくなるというのが、十八番(おはこ)。

だから、最近よがびとしては、

余計に部屋が散らかるし、モノの所在が今まで以上に分からなくなるから、、
 
 
「片付けようなんて気、起こさないでー!!」 (`^ ´;)/
 
 
というのが本音なのですが・・・。

今回はけっこう頑張ってまして、本立てからはみ出した本を片付けるべく、ホームセンターで天上まで届きそうな高さの組み立て式・本立てを2つ買って、今日の朝、組み立てていました。

そして組み立てを終え、いよいよ部屋に設置し地震での倒壊を防ぐために、突っ張り棒と板で天上に固定し始めました。

その頃、私は1階のキッチンで朝ご飯の片付けをしていたのですが、、


突然、「ゴンッ! ドサッ!!」という音。
 
 
・・・またやった・・・・。 ( ̄⊥ ̄;)
 
 
前にもこんなこと、あったよね〜。。
 
 
階段を上りつつ、「キヨタカ、なんかやった〜?( ̄。 ̄;)」と尋ねると、


「・・やった、、、」


部屋に入ると、鼻から血を流して立ってるキヨタカ。


「板が落ちてきて、鼻に当たった・・」


よかったー、頭を打ったわけでも、目に当たったのでもなくて・・。


後で状況を見分して合点がいったのですが、キヨタカ、倉庫から脚立を出すのが面倒で、あまり高さのない踏み台に乗って作業をしていました。
だから、しっかりと板を支えられずバランスを崩し、顔面に板が直撃したようです。


・・・こんなこと、前にもあったっけ・・。(; ̄⌒ ̄)


複雑骨折した時もたしか・・。


やっぱり、何回やっても(何回もやるから?)、

同情できない。。(−_−メ) 


200902211921000 
 
 
←大したケガではないのでご心配なく。

ネコ色な日々

2月20日(金) 雨のち曇りのち晴れ by ヨガビジャ


立て続けのネコネタで恐縮ですが・・。

今朝の一コマ。

今日は朝から雨。
チーちゃんを外に出すべきか?出さざるべきか?
キヨタカは悶々と悩んでいます。


キヨタカ:やっぱり(半)ノラ猫として逞しく育たないといけないから、
     外に出した方がいいよね? 
     ね、よがびはどう思う??(ー’`ー;)


よがび:うん、おしっこもしないといけないし、外に出せば〜。。( ̄。 ̄)


キヨタカ:でも外は雨だから行きたくないよね・・。
     今日は出さないでおく?(ー’`ー;;)


よがび:私たちが留守の時だって雨や雪は降るんだから
    (出して)いいんじゃない。。( ̄。 ̄)


というやりとりが続き、結局出すことに。


すると、庭の梅の木の下で穴を掘っておトイレの体勢に入りました。

その後どうするかなあ〜?と思って窓から観ていたら、スタスタと一直線に玄関へ戻ってきました。
 
 
キヨタカ&よがび:しょうがないね〜。。雨が止むまで中に入れとく?  
            (; ̄- ̄) ( ̄- ̄;)


ということで、チーちゃん、二人掛かりで汚れた足と体を雑巾で拭かれ、再び富士見荘に入りました。

その後のチーちゃん、2階のキヨタカの布団の上で丸くなってひたすら寝ています。

すると、時間の経過とともにキヨタカが落ち着かない様子。
 
 
キヨタカ:ネコ、こんなに寝てていいの!?(ー’`ー;)


よがび:いいんじゃない? ほかにすることないし。( ̄。 ̄)


キヨタカ:ネコってなんで生まれてきたのか?とか考えないのかな?

     これじゃ生まれてきた意味ないよね・・。( ̄⌒ ̄;)


よがび:いいんじゃない、静かだし、リラックスしてて。( ̄。 ̄)


キヨタカ:こんな寝てばっかりでアセらないのかなあ・・。(ー’`ー;)


よがび:(キヨタカ、チーちゃんはネコなんだけど・・?( ̄∇ ̄;) )
 
 
・・・こんな具合で、ネコの話題が尽きぬ一日でした。
 

締めくくりはコレ↓

200902202021001 最近の夕食後の定番。

 膝を「ポンッ、ポンッ」と手で叩くと、
 チーちゃんが「とんっ!」と膝に飛び乗ってきます。
 20分ほどキヨタカの膝にいて、キヨタカが2階に戻る
 ためチーちゃんを床に降ろしました。


その時、思わずよがびの口をついて出た言葉は、、


「あ”ー! キヨタカ、行かないでー!!」 ヾ( T▽T;)ノ 


言った言葉に自分がビックリ。

十年以上キヨタカと一緒にいてまさかの言葉です。


だって、ほら、キヨタカがいなくなると、
チーちゃん、私の膝に来るんだもん。。。 (_ _。)

重っ。。

だから、こうしてチーちゃんを膝に乗せて日誌を書くのが、最近のよがびの夕食後の日課となりました。

ちゃん、ちゃん。

チーちゃん再び病院へ

2月19日(木) 晴れ時々曇り by ヨガビジャ


最近は、チーちゃんを夜の間だけ家の中に入れています。

夜は大抵キヨタカの羽布団の足もと辺りで寝ていて、朝になるとキヨタカの顔の方に行っては枕元で丸くなってゴロゴロいっているそうです。

そしてその後、いつもなら玄関の扉の前で外に出ようと待ち構えているチーちゃんをそのまま外に出してあげるのですが、今日はチーちゃんの2回目の予防接種の日。

外に出したらいつ戻ってくるか分からないので、私たちが朝食をとり病院へ出掛ける準備ができるまで、そのまま家の中にいてもらいました。


ずっと、  出して〜!(>_<)  と鳴いてましたが。。


準備ができて、チーちゃんを洗濯ネット入れて抱きかかえ病院へ行きました。


チーちゃんを病院の診察台に乗せるとそのまま体重を量れるようになっていて、今回は3.6Kgでした。
初めてこの病院を訪れた時は3.9Kgでしたから、やはり数日前私たちが留守にしている間に痩せたようです。

とはいえ、パソコンに向かっている時、

200902192054000←こんな風に、膝の上に長時間乗られると
 こっこう重たくて、太ももとお尻がしびれてきます。
 ゴロゴロと気持ち良さそうにしているから、
 動けないし・・。(T_T)
 
 
 次回予防接種を打ちに行くのは1年後。

ここの先生は、動物に接する時の眼差しと話しかけられる声がとてもやさしいのです。私たちに話してくださる時もにこやかで、親切に説明してくださるので心地良くて、病院に来るとなんだか私の方が癒されます。

1年後まで来られないないなんて、ちょっと寂しく感じたりしました。

3人の映画鑑賞3(ネタばれあり)

2月18日(水) 晴れ by ヨガビジャ


さて、映画「禅 ーZEN 」ですが、私にとって一番インパクトがあったのは、自分の持っていた道元のイメージが引っくり返されたことです。

私は、道元について詳しくは知りません。
私の持っていた道元のイメージは、OSHOの本で読んだことや人から聞いた話からの印象でした。

それは、「座禅中、居眠りをした弟子を破門し、その弟子の坐っていた場所の土を掘って捨てさせた」という逸話から受ける「道元=厳しく峻烈」なイメージでした。

ところが、この映画の道元はとても優しく慈悲深い存在として描かれています。
死んだ赤子のため、あるいは人生に絶望し川に身を投げ死にきれなかった女性ために涙を流す、情感豊かな道元でした。

実際の道元がどうであったかは分かりませんが、幼い日、死に臨んだ母の、「この現世の中で、何故、人は争い、病の苦しみ、死の苦しみから逃れられないのでしょう…」という言葉から、死後に浄土を見るよりも生きて浄土を求めたいと願い、 師を求めて海を渡り如浄の元、ひたすら坐る道元。

その清廉潔白な一途さにはとても心打たれるもがありました。

そして、厳しい修行の果てに辿り着いたのは、「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪冴えてすずしかりけり」に象徴される「あるがまま」という境地だったのでしょうか・・。

観終わった後、自然に背筋が伸び身が糺されるよう感覚と、ハートに温もりが残る映画でした。


・・・そしてしばらくして、お風呂に入りながら映画の感覚を反芻していたら、ふとある句を思い起こしました。


それは、

女をば法の御蔵と言うぞ実に 釈迦も達磨もひょいひょいと生む

という、一休さんの言葉です。


よく考えたら今回映画で観た道元も、一休さんも、出家のきっかけは母親の言葉によるところが大きいことに気づきました。(それだけではないでしょうけど…)

このことをキヨタカに話したら、イエスだって、布教を始めることを躊躇っていた時、「今が、その時です」という母・マリアの言葉が、大きな後押しとなったのだと教えてくれました。


う〜ん、、、女性はというか、やはり母は偉大!ですね。。


・・・と、ここまで書いていたら、ソクラテスを思い起こしました。


名高い悪妻・クサンティッペこそが、夫・ソクラテスを哲学的探求へと誘ったのかも??


女性、恐るべし。。( ̄- ̄;)

3人の映画鑑賞2

2月17日(火) 雪!のち晴れ by ヨガビジャ


ゆうべ遅く、伊豆に戻って来ました〜♪

チーちゃんも立派にサバイバルしてました〜♪♪

自分たちにとっても、チーちゃんにとっても、雪が降る前に戻って来てよかったあ。。。

*****

さて、お母さんとキヨタカと3人で映画を観に行ったお話しの続きです。

映画館に入り、お母さん・私・キヨタカと3人並んで席に座りました。

すると、「あれ〜〜!?」、、

いつも映画館で座るのとなにかが違う・・・。( ・・? )

よく見ると客席の床の傾斜角がゆるくて、比較的座高の高い私でもスクリーンがいつもより高い位置にある感じ。。

・・ってことは。。。


そ〜っと、左隣のキヨタカのお母さんを見てみると、

お母さんの視線の先は「前の座席の背もたれ」の位置。

「・・お、お母さん、見えますかっ?」

「大丈夫よ〜♪、始まったら椅子の上に座るから〜。(正座?)
 でも、後ろの人に悪いかしら・・?」

「いえっ、ぜんぜん問題ないと思いますっ!」

という感じで始まった「禅 ーZEN 」。


映画を観るより、私は隣のお母さんが気になって。。


案の定、お母さんの頭はだんだんと下を向き、体は前のめりに傾き始めていました。


「椅子から落ちないかな・・。( ・・;)」


無理もないです。

道元が師・如浄の元で参禅している辺りなど、延々と中国語が続きますから字幕を読まなければなりませんし、その字幕の台詞の内容もお母さんにとっては(おそらくは)意味不明、沈黙で坐る禅堂の様子など、禅に多少の関心と知識がない限り眠気を誘うシーン満載ですから。。


・・でも、ま、私が今、お母さんの心配をしても仕方ないので、映画に集中することにしました。

(つづく)


200902170901000←いつの間にか、つぼみを膨らませていたクロッカス。
 数日前の暖かさで「春っ♪」って思って
 出て来たのでしょうに、
 こんなに雪に埋もれてしまいました。。

帰宅

2月16日(月) 晴れのち曇り by ヨガビジャ


さっき(22時頃)、伊豆にもどりました。

チーちゃんを探したけど、お留守でした。。。

ゴハンのお皿は空っぽ。

きっと明日、くるよね。。

おやすみなさい。

気がかり

2月15日(日)晴れ by ヨガビジャ        

え〜、、キヨタカとお母さんと3人で鬼怒川温泉に来ています。

その詳細はともかく・・・。

富士見荘で留守番してる(はずの)、チーちゃんが気になる。。(・_・|

ゴハン、もうないよね?

キヨタカは、うちでゴハンをあげ始めるまでノラネコしてたのだから大丈夫!って言ってるけど。。


あした帰るからねー、チーちゃん。\(~o~)/

3人の映画鑑賞1

2月14日(土)晴れ by ヨガビジャ        

引き続き、小山に滞在中。

今日はあまりにも暖かく穏やかな日和りだったので、朝食の後お母さんと「どこかに行きたいわね〜。。」と話していました。

そこで、私がダメ元で「お母さんもそう言っているし、どっか行こ〜♪」と、2階のキヨタカを誘ってみたのですが「執筆で忙しいから行かない!」とごもっともな返事。

でも最近は小山に来ても忙しくて、以前ほどお母さんと車で出かけることがなくなっていたので、せっかくの「出かけたい」というお母さんの意向に沿いたくて、私はキヨタカに切り札を出すことにしました。

その切り札とは、
「ね、禅‐ZEN、観に行こ♪」の一言。


キヨタカ、すでに「禅」は2回観ていたのですがまた観たいと言っていたし、さらにこの映画、三島や沼津では上映しておらず、珍しく小山駅前の映画館で今日から上映することを知っていたのです。


すると案の定、「行く!」と一つ返事が返ってきました。


「お天気がいいから出かけましょう!」というスタート地点からすると、真っ暗な映画館というのはいかがなもの?(・・?)、、と思ったのですが、お母さんは「何年ぶりかしら〜?」と、はやその気に。

3人で初めての映画鑑賞となりました。

(つづく)

PS.ケイタイで日誌を書くのってけっこう大変。(^o^;

親心

2月13日(金) 曇り by ヨガビジャ


今、キヨタカの実家に滞在中です。


200902121056000←これはきのう、
 途中のサービスエリアで撮った写真。
 富士山がすばらしく、美しかったです。
 (実際はもっと大きい)

 今日は、キヨタカのお母さんと近所のスーパーに買い物に
 行き、「しみつかれ(しもつかれ)」という、栃木県の
 郷土料理を作りました。

材 料:鮭の頭、大根、人参、大豆、油揚げ、酒粕、しょうゆ。

作り方:大根2本、人参1袋を鬼おろし(竹製の荒いおろし金)でおろし、
    水に一晩浸した大豆と、骨ごとぶつ切りにした鮭の頭(臭みを取る為
    の湯抜き要)を鮭の骨が柔らかくなる迄ひたすらコトコトと煮ます。
    柔らかくなったら、油揚げと酒粕と少量の醤油を加えてさらに煮て、
    酒粕が溶けたら出来上がり。
    味付けは鮭の塩分や各家庭によって違うらしい。。

この料理は、人によってかなり好き嫌いが分かれる料理ですが、私はイケる方ですね。キヨタカは子供頃から食べているのでもちろん大好き。

私も伊豆でも作れるように、できるだけお母さんを手伝おうとするのですが、私が鬼おろしで大根や人参をおろすのが危なかしくみえるらしく、「私がするから!」とすぐに鬼おろしを取り上げられてしまいます。

今日は身長に合わない高い調理台で、鮭の頭を出刃包丁で切ろうと悪戦苦闘中のお母さんをキヨタカが見かねて、「危ないよ、ボクがするから貸して!」と包丁を取り上げて切り始めました。
でも、これがまたキヨタカの力と体重をもってしてもなかなか切れない、かなり頑丈な「頭」でして・・・。

結局、ここでもまた「私がするから!」と包丁を取り上げられるキヨタカでした。

お母さん、今年87歳になるけど、元気でいてくれてうれしいです。
いつまでも息子に好きなものを食べさせたい親心ですね。

おかげで、キヨタカはこんなに立派に大きく育ちました。

・・・うん、、。

でも、もうそろそろ成長、止まっていいんじゃない?
縦には伸びないようだし・・・。(・・ ; )

Pちゃんとの対話

2月11日(水) 晴れ by ヨガビジャ


引き続き、Pちゃん滞在中。

夕食時の語らい。


Pちゃん:キヨちゃん、今、本(恩寵の扉が開くまで」続編)を書いてるけど、
     一般向けにフーマンさんが語ってるとこってあるの?
     どこが一般向けで、どこがキヨちゃん個人に言ってるか、
     読む人、解らないんじゃない??

よがび:だいたい解ると思うよ。
    たしか、前の本でも「プレゼンスは全ての人にとって必要だ」的な
    言い方をしていた箇所があったと思うし。
    あとは、読む人自身が判断するしかないよね。
    その部分が自分に適合するかどうか、ね。

Pちゃん:ふ〜ん。。


    (その後、あ〜あでもない、こ〜でもないの話しになって・・・)


Pちゃん:ところで「オンチョウ」って、なに語?
     日本語でなんていうの?


キヨ&よがび: ・・・・ ( ;・・) (・・; ) ・・・・

        恩寵!!!!!

Pちゃん + チーちゃん

2月10日(火) 晴れ by ヨガビジャ


今リーラスペースに、Pちゃんが来ています。

ネコのチーちゃんは、私たちがまた数日後から留守にする為、
お家の中に入るのを今日の午後から自粛されています。


だから、チーちゃんは窓の外で、

「にゃお〜ん。。(入れて〜〜!!)(>_<)」

と、しつこく鳴き続けていて、、

そのチーちゃんの鳴き声をBGMに、
Pちゃんがいつもの大きな声で話をしています。

「・・・ぼく、パソコン、ダメなんだよね〜・・(声デカッ!)」


  ー(>_<≠)→キーン

・・・わかったって・・・。


まるでお寺の鐘の中に頭を入れて除夜の鐘を聞いてるみたいで、
頭の中でいろんな声が反響しまくり。。

ちょっと飽和状態です。ゲップ。。

祝・新装版♪

2月9日(月) 曇り by ヨガビジャ


41yrbh2nxl_sl500_aa240_すでにご存知の方も多いと思いますが、「アジズとの対話」の新装版が発売されました。表紙は「恩寵の扉が開くまで」を意識したものになりました。

早いもので、初版の「アジズとの対話」が出て6年が経とうとしています。
その当時は、まさか数年後に新装版が出ることになるなんて夢にも思わず、リーラスペースで買い取った在庫300冊がちゃんと売れるのか?…それが一番の気掛かりでした。

ところが、それが現時点でほぼ完売状態となり、アマゾンでは高値がついているとは、誰が予想したでしょう。
この「アジズとの対話」のおかげで、日本に真摯な探求者が数多く存在する事を知り、それらの人たちとの縁を持つことができました。

じつは今、キヨタカは「恩寵の扉が開くまで」の続編の執筆にあたっています。続編ではフーマンのワークは、さらに絞られ、深くなっていっています。

この本の背景には、キヨタカの最初のフーマンとの出会いから足掛け3年に渡る時間の経過があり、フーマンの言葉はこの3年間のキヨタカの変化と、よりその瞬間の必要性に即したものとなっており、前編を通して論理的な脈絡を見いだそうとすと、読み手は少し混乱するかもしれません。

とても微妙で繊細なレベルのことをフーマンは伝えようとしているので、知的思考だけではなく、開かれたマインドとハートが要求されるでしょう。

こういった事情もあり、フーマンとのやり取りで分かりにくい箇所には注釈等を入れるつもりなので、かなり執筆に時間がかかっています。

本人は例によって「生みの苦しみ」などと言っていますが。。。( ̄⊥ ̄ ;)

続編、楽しみにお待ちください。


追伸:StarPeople28号(2月25日発売)にキヨタカのインタビューが掲載され
   ます。このインタビューにしろ、出版にしろ、こちらが働きかけたわけ
   でもないのに…。恩寵としか言えないですね。

小春日和です

2月8日(日) 晴れ by ヨガビジャ


今日はとても穏やかな小春日和。
柔らかな明るい空色に、富士山がしっくりと馴染んで見えてます。

さっき私がキッチンにいたら、チーちゃんが窓の外に来て座っていました。
最近は夜、チーちゃんを家に入れていることもあり、キッチンの窓を開けると、ピョンッ!と跳んで入って来ますが、膝に乗せてあげるか、一緒にいてあげないと、ひと通り1階と2階の見回り(?)をして、また玄関の扉の前に座って、

開けてー♪(= ̄∇ ̄=) 

と体で意思表示。

昼間はなかなかじっとしていません。

さっきも扉を開けて出してあげたら、側溝の中でお腹を上してに寝そべり、ゴロゴロと転がって遊んでいます。
よくあんな狭い幅で体の向きを変えられものね・・・。( ・・;)

それにしても、たまに砂ぼこりにまみれて来る事があるけど、これのせいなのね。。

チーちゃん、まだまだ遊び盛りのようで、お部屋の陽だまりで丸くなってウトウト・・なんていうのは、あと数年は先のようです。

ネコ用の丸いソファー、
買ってあげようと思ったけどまだいらないね。 ( ̄⊥ ̄)


 200902062242001←ある日の夕食後の風景。
  膝の上に乗れないと判断するや、
  胸の上に載るチーちゃん。
  キヨタカもまんざらでもない様子。
  究極のリラックスはネコに学ぶのが一番かも?

京都旅行

2月6日(金)晴れ by ヨガビジャ

先日知人に誘われて、京都の某所で行われる節分祭に行ってきました。
せっかく京都まで行くのですから、それだけに参加して伊豆に戻るのはもったいなく思い、少し足を伸ばし天橋立と籠(この)神社、そして籠神社の奥宮・真名井神社を訪れました。

最初に訪れたのは籠神社。
元伊勢と言われるだけあって、とても格式の高いお宮でした。
本当はそのまま真名井神社を訪れる予定でしたが、すでに4時をまわっていたので、お天気は気になりましたが、真名井神社は明日訪れることにしました。

そして翌日、今にも雨が降り出しそうな曇り空のもと訪れた真名井神社。
籠神社からさらに山へと入り、そこは木立に囲まれたとても静かな聖域でした。カメラを向けるのがはばかられる雰囲気でしたが、
キヨタカはお構いなく写真を撮っていまして・・・( ・・;)

Img_2307 これがその一枚。
 階段を登った正面に現れた拝殿です。もっと薄暗い印象
 だったのですが、不思議に明るく写っています。
 意識がクリアーになり自分という境界が希薄になって、
広がるような感覚を憶えました。
この真名井神社だけでも、今回京都まで来た甲斐がある感じる、すばらしい場所でした。

Img_2318 その後、乗車予定の駅までの途上にある、知恩寺にも
 立ち寄りました。この時すでに雨は降り始めていました。
 神社を訪れた直後のお寺でしたので、そのエネルギーの
 違いを肌で感じました。
小さいけど、私の足下に三毛猫ちゃんが写ってるの分かりますか?
まだ子猫なのですが、参拝客にお構いなくお堂の階段で堂々と、ひらすら毛繕いしていました。
うちのチーちゃん、元気にしてるかなあ?・・と脳裏によぎります。

Img_2319 知恩寺を後にし、天橋立の入り口近くの喫茶店でお茶に
 しました。そして、晴れていれば歩きたかった天橋立を
 少しだけ歩こうということになり、お店を出て歩き
 出すと、天橋立へと続く旋回橋へと着きました。
船が通る時、橋がクルっと旋回して海に通路ができるのです。
・・・潮風に吹かれると空っぽになって浄化されるようで、とてもすっきりしました。

短い時間でしたが天橋立を十分に堪能して、節分祭の会場へと電車で向かいます。駅前のホテルにチェックインし、誘っていただいた方をはじめ総勢16名で夕食を済ませ会場へと向かいました。

到着して最初に目に入ったのは、縁日の屋台がズラリと並んだ光景でした。
懐かしい・・。
たこやきに、たいやき、トウモロコシ、、。
さっきの夕食もとても美味しかったけど、こっちでもいろんなの食べたかった。。
でも、もうお腹いっぱいで、入らない。(T_T)

Img_2330 屋台は諦めて会場を進むと、写真のような大きな焚き火。
 何年振りかしら、こんな大きな焚き火のあたるのは。
 夜通し行われる節分祭なので、みんな思い思いにこの火に
 あたり、屋台の味を楽しんだり、お宮の行事に参加したり
するのでしょうね。

残念ながら1番のメインイベントの豆まきは、夜中の3時半からなので、さすがにそれはパスとして、罪やけがれを清めるために和紙製の人型を川に流す人型流しの1回目を観て、私たちはホテルに帰る事にしました。
それでも夜中の11時過ぎから始まるんですけどね。( ̄∇ ̄;)

でも、わざわざ伊豆から来て、この時間まで残った甲斐のある、幻想的でありながら、日本の古き良きお祭りを十分に堪能できる時間でした。

今回の京都は、降って湧いたようなお話だったけど、偶然とは思えな出来事もあり、今後へとどう繋がって行くか楽しみです。

初めてのお散歩

2月5日(木)晴れ時々曇り by ヨガビジャ


今日、はじめてチーちゃんとお散歩へ行きました。

今から11年ほど前、インドから帰国した私は愛知県の和尚庵という瞑想センターに滞在していました。
そこには「ア太郎」(通称=アタ)という、とても人なつこい犬がいて、私は滞在中のほとんど毎朝、アタと散歩に出掛けていました。
私が朝起きて外に出て靴を履き始めると、シッポをぶんぶん振り「ワン、ワンッ!」と吠えて散歩を急かします。
私が走ると一緒に走り私を追い越して駆けて行きますが、私がご近所の人と立ち話を始めると、ちゃんと私から見える場所に座って私が来るのを待っています。

「うれしい♡」を全身で表現してくれるから、犬って大好きです。


そして今日、生まれて初めてネコとお散歩をしようと思いたちました。

半信半疑で、「チーちゃん、お散歩行こ♪」と声をかけて歩き始めたら、トコトコと付いてきました。最初はかんぽの宿の方に行こうと思ったのですが、坂道を下り始めたら途中で立ち止まってしまいました。
やはりこっちはテリトリーじゃないから来ないのかな〜?と思い、裏の自然公園に行く事にしてUターン。
すると、道路脇の側溝の中をスイスイと走って坂道を上っていきます。
私の前に出たり、なにかに気を取られて立ち止まり、私との距離が離れると走って来たり・・。
「チーちゃん!」と、声をかけるとちゃんと付いてきますから、かわいいものです♡

自然公園の入り口近くまで行ったら、女性たちが2人、私たちの方へと歩いてきました。
私が軽く会釈すると「お散歩ですか〜?」を声をかけられ、私が「はい」と返事をすると、少し後方いたチーちゃんに気づき「あらっ!!ネコちゃんと?!珍しいわね〜。。」と驚きます。

そうですよね〜。。
私だってネコと散歩している人と会った事ないし。(^^;)

ちょっと鼻が高いかな〜。。( ̄^ ̄)ゞ

その後、ここのお庭へと戻ってくると、やはりここは自分の庭という感じで、どんどん私の前方を富士見荘へと向かって歩いて行きます。
食堂棟を過ぎ富士見荘前の芝生に来ると、急に低く身構えたかと思うとシッポをピンと立て、ウサギがピョンピョン跳びはねるように玄関へと駆けて行きました。

この子、ほんとにネコ? ( ̄◇ ̄;) ?


このお散歩の後、ゴハンを食べ、ひとしきりよがびの膝の上でゴロゴロして、またどこかへと行きました。

キヨタカは、キッチンに降りてくる度に「ネコは?」と聞きます。
「どっか行ったよ」と答えると「どこにいったんだろ〜?」といたく気になる様子。何度かネコハウスを見に行ったのですが、留守でした。
ここ数日、夜は家に入れていたので、クセになっちゃったのはチーちゃんならぬキヨタカの方みたい。

こんなに気にかけてもらって、幸せな子ですね。。

戻りました

2月4日(水)雨のち曇り by ヨガビジャ


今日の夜、京都から戻りました。
旅行中、ずっとネコのチーちゃんのことが気になっていました。

私たちが富士見荘に着いてキッチンでお茶を飲んでいたら、
「にゃあ〜〜。。」いう声とともにチーちゃんが玄関へとやってきました。

玄関を開けてあげると、最近では躊躇うことなく中へと入ってきます。

私が抱っこしてキヨタカが雑巾で足を拭き、キッチンのホットカーペットの上に下ろすと、私やキヨタカの足に体を擦り寄せてきます。

私はチーちゃんのベットを取りに外のネコハウスに行くと、空っぽのなった
ゴハンのお皿がありました。
2皿てんこ盛りにして出掛けたのですけどね。。(;^_^A

お皿を富士見荘の中に持って来て、ゴハンを入れてあげると、さっそく食べ始めました。お腹が空いていたんですね。。

200902042138000←ストーブの前、
 よがびの膝の上で和むチーちゃん。
 あさっては抜糸のため、また病院に行かないとね♪
 
 
200902042228000←その後、パソコンに向かうキヨタカの膝の上で
 くつろぐチーちゃん。
 チーちゃんが膝の上に居ると、
 キヨタカの姿勢が良くなっていいみたい♪
 

龍の雲

2009年2月3日(火)     曇り後雨   by キヨタカ


 天橋立は日本三景の一つとして名高い。

知人に誘われて京都の某所で行われる「節分祭」に参加する事となり、せっかくだからと「天橋立」にまで足を延ばす事にした。


天に架かる橋の様にも見える事から名づけられたが、評判通りの絶景である。
龍が天に登る姿にも見えるので、「飛龍観」という展望台もある。


昨日は晴天に恵まれ、旅館からの眺望も素晴らしかった。
夕日を眺めていたら、龍の形をした不思議な雲が顕われた。

Photo


翌日、別名籠宮大明神とも呼ばれる籠神社(このじんじゃ)とその奥の宮、真名井神社へ参拝予定である。
真名井神社は、古神道マニアでは有名な「龍宮神示」の降りた場所で、付近には竜宮伝説もあり、竜宮乙姫様も歓迎してくれているのかも知れないと思い、喜んだ。


今日は、竜宮乙姫の歓迎により(?)予定通り雨となった。

籠神社では、絵馬を奉納し、「魂のエンパワーメント」参加者のための祈願をした。

真名井神社は、知る人ぞ知る超パワースポット。
この神社の眷属は龍なので、狛犬ではなく狛龍となっている。

Photo_3


この神社に入ると、神域と言うに相応しい場のエネルギーを感じ、殆ど無心の境地に遊ぶ事が出来た。

龍宮乙姫はもともと「物欲の我」が強い神様だったそうだが、改心して、物質界に豊かさをもたらす神様に変容したそうだ。

この神社へ来れただけでも、わざわざ来て良かったと思う。

ある伝記(長文)

2月1日(日) 晴れ by ヨガビジャ


「井深八重」という女性をご存知でしょうか?
私はきのう初めて知りました。


この女性はこの日誌でも何度か紹介した、御殿場の「神山復生病院」に大正時代、初めての看護婦として務められた方だそうです。
そして1975年、アメリカの雑誌「タイム」に "生きている聖人”特集で、マザー・テレサと並んで "復生病院の天使”と称せられたのだとか。

実は昨日郵送されて来たある小冊子の「ヒロインたちの記憶」という記事の、八重というひとりの女性の人生に起きた運命の悪戯としか思えない出来事と、彼女の選択と生き様に感動を覚えました。

長文となると思いますが、記事の抜粋を交えながら、ここに感じた事を書きたいと思います。


参考までに神山復生病院は、明治22年フランス人宣教師レゼー神父が御殿場に創設した日本初のハンセン病療養施設です。現在ではホスピスを兼ね備えた一般的な病院として運営されています。

不思議な縁で、数年前キヨタカのお姉さんのためにインターネットで見つけたのがこの神山復生病院で、私とキヨタカは1ヶ月以上にわたりこの病院の「家族室」に滞在し、お姉さんの看護にあたりました。
そしてお姉さんが亡くなった後も、この病院の静けさと愛と祈りに満ちた雰囲気が好きで、何度も足を運びました。

そして今またこうして、この病院に縁のある人の存在が「ポンッ」と私の目の前にやってきたことは、驚きと同時に感動すら憶えます。


井深八重は、明治30年、会津藩重臣の家柄・井深家に生まれますが、両親は八重がまだ幼い時に離婚。
日本のキリスト教の指導的立場にある伯父の厳格な家庭で、八重は厳しく躾けられて育ちます。

<以下、記事抜粋ーーー>

・・・小学校を出ると、京都の同志社女学校に入学。専門学部英文科を卒業後、長崎高等女学校の英語教師として赴任します。
海を臨む石畳の坂道を紫の袴姿で颯爽と歩く八重は、たちまち女学生の憧れの君に。良縁も舞い込み、21歳の八重の前途は洋々としたものでした。
しかし、一年が過ぎた頃、八重の体に赤い発疹ができたのです。病院で診察を受けたところ、呼ばれたのは東京の親族…。

大正8年の夏、はるばる八重たちが着いたのは、富士山の裾野、御殿場でした。
木立の中に灰色の建物が点在する一角で、出迎えたのは真っ白な髭を蓄えた西洋人。「神山復生病院の院長です」と名乗ったそのレゼー神父と、伯父夫妻の会話から八重が知ったのは衝撃の事実でした。ーー「まさか私がライ!?」

当時ライと呼ばれていたハンセン病は "遺伝病” "不治の病”などとされ、激しい偏見と差別にさらされていました。末梢神経と皮膚が侵され、顔や手の変形を招くために、社会から迫害されていたのです。
明治40年からは法律により患者は強制隔離されています。
それに先んじて設立された神山復生病院は、カトリックの信仰に基づいた患者救済の療養施設でした。
「一晩だけでいいから、一緒にいて」と、涙ながらに伯母に懇願する八重。しかし、必死の頼みも聞き入れられません。独り取り残された八重は、過去を断ち切り家族に迷惑が及ばないよう匿名を名乗る慣例で "堀清子”と名づけられます。
「一生分の涙を流しました」ーー
混乱と恐怖の中で八重はただ泣き暮らすだけ…。やがて涙も枯れ果てた頃、八重の目に留まったのは不思議な光景でした。

寄付だけが頼りの病院は貧しく、自給自足で賄っていました。
耕作、牧畜、裁縫などの作業に従事する患者たちからは、笑い声が絶えません。
失明した患者が、歌いながら藁打ち作業にいそしんでいます。
症状が軽い患者は重症者の面倒をみます。
レゼーは患者をわが子のように素手でで撫でさすります。

「絶望にあって、まるで楽園のよう」…。
八重は気づきます。
"レゼー神父の「大きな愛」がみんなを包み、苦しみが喜びに変わっている。「大切なのは魂の尊さ」という祈りが、病者の絶望を救っている”ということに。

ようやく八重は、レゼーの崇高な愛に応えることに思い至ったのです。仲間とともに無我夢中で働きます。そして三年後、症状が進行しない八重に、レゼーは東京での診察を促します。結果は「健全で異常なし!」誤診だったというのです。

今日からはまったく自由の身…。
しかし、八重の心を占めていたのは、「異郷の地で病者をわが子と呼び、尽くす年老いた院長。その偉業に対し日本人としてなにも恩返ししないでいいものか。悲しみのどん底の私を励ましてくれた人々を見捨てていいものか」という思いでした。

八重にためらいはありません。
東京の看護学速成科に半年学び、御殿場に戻ったのです。病院初の待望の看護婦でした。

そして、八重の奮闘が始まります。まだ専属の医者はおらず、薬もなく、化膿した患部を消毒し、治療用の油をすり込み包帯で覆うことが手当のすべてでした。そして、川の水を汲んで包帯や衣類を洗います。さらに、炊事から掃除、裁縫、子供の患者の教育…。海外の篤志家に宛てて寄付依頼を書き、山奥に隠れ住む病人を探しに行きます。「どうしたら患者が幸福に過ごせるか」ーー八重はただその一心で寝る間も惜しんで働きます。

戦後、八重はカナダとアメリカで募金活動に奔走、医療設備の充実を果たします。昭和20年末には、特効薬がようやく日本でも普及。ハンセン病は感染力がごく弱く、薬で完治するとこが国際的に認証されました。

やがて、八重の功績が認められ度々表彰されますが、口癖は「自分の力じゃないのだから」…。
八重を貫いていたのは "人のために尽くすことは、易々と口にすべきではない”という強い信念でした。そんな八重の謙虚さに感銘を受けた多くの人が、看護や奉仕活動の道へ進みました。
「母にもまさる母」と慕われた八重、その心に秘めていた夢は、生き別れた母との再会だったそう…。
そして、最期まで社会の偏見がなくなることを願い、天に召されたのは、平成元年5月15日、92歳のときでした。

ハンセン病患者への差別を社会に植え付けた悪しき法律「らい予防法」が廃止されたのは、平成8年のことでした。

*****

抜粋のつもりが、ほとんど全部記載してしまいました。


私は、昨年も何度か神山復生病院を訪れており、そのうちの1回は、院内の案内と資料館での説明まで受けていたのですが、この井深八重という人の事はまったく記憶にありませんでした。

この記事を読んでいると、どうしても映画「ブラザーサン・シスタームーン」が思い起こされます。
あの場面とまさに同じ光景が、日本のこの身近な地であっという事実に衝撃を受けました。
もちろん、この記事にあるような復生病院の歴史的背景はよく知っていました。

実は、私たちの住むこの施設の庭仕事をしてくださっているNさんは、地元出身の70歳代ということもあり、実際のハンセン病療養施設としての神山復生病院をよくご存知で、昔は「川から向こう(病院敷地)には近づくな」と言われていた事、近くを通るときは鼻をつまんだことなど、いろいろお話は伺っていましたから。

でも今回、この井深八重という女性の存在を知り、これまで自分の復生病院での体験と知識、記憶がとてもリアルな現実として、今自分の中で結びついたみたいです。


それにしても、なんという人生なのでしょう。

幼い頃の両親の離婚というのは一般的には不幸な事なのでしょうが、その結果、敬虔なクリスチャンであるお伯父の家で育てられ、立派な教育を受け、誰も憧れるような人生に突然降りかかったハンセン病という誤診。

本当に、人生というのは生ききってみないとわからないものですね。

こうしてある人の人生全般を客観的に見てみると、どうしても、神という存在の一貫した意図が働いているとしか思えないことがあります。

八重という女性に降りかっかたいくつかの不幸は、明らかに彼女をある方向へと導いているかのようです。
そして彼女はその導きに従っていった・・・。


たとえ今の状況が、自分の思い描いていた(望んでいた)人生ではないからといって、それをただ問題視するのではなく、今のこの状況が自分をどこに導こうとしているのか?という視点を思い起こす事ができれば、目先の物事に埋没することなく、人生をよりリラックスして生きられる可能性が出てくるのではないでしょうか。

そしてリラックスした状態ほど、私たちが自分の能力を十二分に発揮できる状態はないのだと思います。

私たちは自分が生きていると思いがちですが、このような人の伝記に触れると、ほんとうに自分たちは生かされてるんだなってつくづく感じます。

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