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2009年4月

GW.リトリートに入ります

4月30日(木) 晴れ by ヨガビジャ


ここ数日、ゴールデンウィークリトリートに向けて毎日慌ただしく過ごしていました。

昨日、今回のリトリートをサポートしてくれるスタッフが揃い、だんだんとフィールドができあがり、自分自身のモードも完全にリトリートモードに切り替わってきました。

今日も買い物に出掛けましたが、いつもの道にも車の数が増え少し渋滞が見られます。

こうして新緑が目に優しくて、さわやかな風を感じると、買い物という目的も忘れてこのままどこかにドライブにいってしまいたくなります。


リトリートに参加される方、リーラスペースは一年で一番過ごしやすい季節です。楽しみしてお越し下さいね。お待ちしています。

この日誌をご覧のみなさまも、すてきなゴールデンウィークをお過ごしくださいね。

ではまた、ゴールデンウィーク明けにお会いしましょう。*:・゚\( ̄∇ ̄*)

ネコって…

4月27日(月) 晴れ by ヨガビジャ


リトリートにむけてネコの手も借りたい忙しさ、、、
なんだけど、ちーちゃんは手を貸すどころか、なにかと手をとらせます。

夕食時、私の膝の上に座ってゴロゴロ♪とご機嫌にしてました。
そして食事を終え、私は洗い物のため立ち上がりちーちゃんをキヨタカの膝の上に預けました。
しばらくはキヨタカの膝の上にいましたが、おもむろに床に降りたと思ったら、薄暗い隣の部屋で毛繕いを始めました。

私が洗い物をしながらちーちゃんの様子を伺っていたら、ある時点からピタリと動きをと止め、ネコ座り(?)をしたまま、ずーっとこちらを見ています。

数分後に見てもまだそのまま。
そのまた数分後に見てもまだそのまま。

フリーズしてるみたい。
 
 
・・・・( ̄⊥ ̄ )・・・・
 
 
ネコって・・
もしかして、地球人を調査・モニターしている宇宙人のネコ型隠しカメラ?
 
だったら、もう少し一般的な人種を選んだ方がいいよ・・・。ゞ( ̄。 ̄;)


OSHOの瞑想技法2

4月25日(土) 雨 by ヨガビジャ

(つづき)

最近リーラスペースでは、「アジズとの対話」や「恩寵の扉が開くまで」が出版されたこともあり、新しい方々がリトリートに参加されることが多くなりました。

そのリトリートでは、ほとんど例外なくダイナミック瞑想を行いますが、やはり私のように苦手意識を持たれる方もいらっしゃいます。
 
 
今年に入り、ある企業の社員研修の一環として瞑想会を行いました。
参加されたのは、本格的な瞑想は初めての女性ばかりでした。

おそらく、通常の静かに坐る瞑想の概念からかけ離れたダイナミック瞑想を行うのは、恥ずかしかったり抵抗があったりして、初めての人にとっては深く入れない、苦痛なだけの1時間になることを私は危惧しました。
だから少しでも場を盛り上げるために、私も中に入ってダイナミック瞑想をすることにしました。(ただ朝食の手伝いもあったので途中までですが)


スタッフとしてケアする立場なので、トータルに自分自身の中に入るというわけにはいきませんが、久しぶりに第1ステージで呼吸をしていたら、眠っていたエネルギーが目覚め動き出す感覚がありました。

第2ステージのカタルシス(浄化)では、感情が出ることはありませんでしたが、第1ステージで動き出したエネルギーが行き場を求めて、体を勝手に動かしている感じでした。
体自身が自身の知恵で緊張をほぐし、何かをリリースしているかのようで、私がしている感じはしませんでした。

そして第3ステージ。
「フー!」という声とともジャンプするのですが、今までのステージで溢れ、流れ出したエネルギーを調整というか、統合されるような感覚。

私はこのステージの途中で出てしまいましたが、ダイナミック瞑想をする前に比べて、すっかり自分がリフレッシュしたのが分かりました。
 
 
これまで私は、ダイナミック瞑想は感情をリリースする瞑想と思い込んでいましたが、ダイナミック瞑想は単にそれだけを目的したものではなく、その人その人、それぞれに違った効果をもたらすことを初めて知りました。 
 

第4ステージのストップ(静止)のステージで、本当の瞑想が起こるとOSHOは言っています。
この状態、澄みきった純粋な「意識」。
マインドという雲ひとつない(あってもいいけど)純粋な青空。
これこそアジズの言う「プレゼンス」なのだと私は認識しています。
それは当初アジズが言っていたような、必ずしも「サードアイの裏」に塊のような一点として認識されるわけではなく、人によっては全身でそれを感じる人もいるのだと思います。

この第4ステージに辿り着くために、最初の第1、2、3ステージはとても大切なのです。

そして最後の第5ステージでは、そのプレゼンスとしてダンスします。
踊るという行為にすら、プレゼンスはなんら影響を受けることはありません。
なぜなら、それは最初から常にあり続けていたのですから。
ただ、私たちがそれを「忘れる」ことが可能なだけで、失うことは不可能なのです。


こういった理解がアジズとフーマンのワークから数年たった今、やっと訪れました。

 
ダイナミック瞑想は、
 1、深く静かに坐ることを妨げる思考や感情を手放す
 2、滞っていたエネルギーを動かし心身ともリフレッシュする
 3、プレゼンスの体験へと導く
すごい瞑想だと思います。


ダイナミック瞑想を取りあげて書きましたが、OSHOの他の瞑想も同様に
本当に計算し尽くされ、デザインされた瞑想であることが見えてきました。

特にクンダリーニ瞑想やナダブラーマ瞑想は「ビーイング」を体験し、そこに寛ぐことへと自然に導いてくれるようです。
 
 
ここからは宣伝になってしまいますが、、

これらの瞑想を行うのにリーラスペースは最適の環境だと、私は自負しています。

ダイナミック瞑想の汗は、温泉に浸かりゆったりと流すことができるし、瞑想から戻り静かに目を開ければ、今なら目にしみるような新緑が新鮮な視界に飛び込んできます。
ここの自然環境は、ビーイングに寛ぐことをとてもサポートしてくれます。

今月の初め、新宿で行った瞑想会において「アジズとの対話」や「恩寵の扉が開くまで」を読まれて、独自に瞑想をされている方が思いのほか多くいらっしゃることを知りました。

でも、どうしても一人でワークしていると「本当にこれでいいのだろうか?」という疑問ぶつかるようです。

気軽に参加して、その疑問をクリアーにし、本に書かれていることを少しでも体験していただきたくて企画した新宿瞑想会でした。

それは参加された方の誠実さによるところが大きいと思われますが、予想していた以上のレベルの高さと、深い瞑想体験が都内でも可能なことに驚きました。

ここ修善寺・リーラスペースのリトリートは、日常生活から完全に切り離された環境で集中的に行います。
そして、同じ意図のもと集まった人々によって形成されるエネルギーフィールドに身を置くことで、お互いがお互いを強力にサポートし合い、理解と進化を早めます。

それは本に書かれていることを加速度的に体験させてくれるでしょうし、その体験の後、再び本を読み直すと理解は格段に深まっています。

そして、リトリートでのエネルギー状態は自宅に戻っても余韻として続きます。
その余韻が、その後一人でワークを続ける『指針』とえなります。

ですから1度でいいので、ぜひリトリートに参加してみてください。
お待ちしています。

OSHOの瞑想技法1

4月25日(土) 雨 by ヨガビジャ


私は最近になってやっと、OSHOの編み出した瞑想技法の素晴らしさを理解できるようになりました。

初めてOSHOの本に出逢い、瞑想会に通い始めたのが20歳の頃。
そして30歳を目前にして念願のインド、プーナのOSHOコミューンに1ヶ月滞在。その4年後に、再度半年の予定でコミューンを訪れました。

この半年間は、なににも煩わされることなくただ瞑想だけに没頭したい、そんな想いからでした。

しかし現実は、自分の意図とは関係なく物事は起こり続け、瞑想よりは様々な人たちとの関係性を通して、自分が抱えていたコンディショニング(条件付け)と直面せざる得ない状況となりました。

それは3日とか1週間単位で行われるセラピーグループより、はるかに強烈なワークであり、これまでの自分の無意識な生き方に「喝!」を入れられたようでした。


この半年の滞在で私が受けたグループは「ミスティックローズ」だけでした。
最初の1週間は1日3時間ただ「笑い」、次の1週間はただ「泣き」、最後の一週間はただ静かに「坐る」。
なぜか日本にいる時から、このグループだけは受けたいと思っていました。


一番私が好きだったのは、朝のサマーディ(OSHOの遺灰が収められてる部屋)での1時間の瞑想。あの静謐な空気の中に身を置きたいという想いから、できうる限り毎日通いました。


あとはブッダホールで行われる瞑想。
主に、ビパサナ瞑想、ナダブラーマ瞑想、クンダリーニ瞑想、そしてたまにハートダンスやナタラジ瞑想に参加していました。

ダイナミック瞑想は1、2回しか参加しませんでした。

(つづく)

久しぶりの白昼夢

4月24日(金) 曇り by ヨガビジャ


最近私は朝6時頃、裏の自然公園に散歩に行きます。

本当は時間を決めず、6時より早く出掛けられる時には出掛けたいのですが、朝目をさましたちーちゃんが、2階から降りてくるのが大体5時半から5時45分くらい。

そのちーちゃんを、6時にキャットフードが自動的に出てくるよう設定してある「自動給餌器」の場所(外)に連れて行き、ちゃんと食べたことを確認しないといけないので、自ずと出発は6時ということになってしまいます。

そうしないとちーちゃんは、玄関を出てそのまま私のお散歩について来てしまうので、戻って来た時にはこの辺を縄張りとするノラちゃんに、ごはんを食べられている可能性があるのです、、。


それで今朝、私は5時45分にはすでに出掛けられる状態だったのですが、上記の事情で、外に出たがって玄関にスタンバイしているちーちゃんに、「もう少しまってね〜。。」と声をかけながら、キッチンでパソコンを開こうとしていました。
ただ、椅子にはきちんと腰掛けず、椅子の肘掛けに斜め座りをするみたいに座っていました。

なぜかというと、ちゃんと座るとちーちゃんが膝の上に乗ってきてしまうから、わざと座れないように大腿部に傾斜ができるようにしていたんです。

すると、まだ外に出してもらえないと察したちーちゃんが私の横にやって来ました。

「もう少しね・・」と、私が口にしようとしたその時、、、

ちーちゃんが私の足をよじ上ってきたっ!!
それも思い切り『ツメ』を立ててー!!!


「ふぎゃあーーー!!!(>_<)」 ← よがびの心の声


私も声を出せばいいのにサイレンス(?)で叫んじゃってて、、、
なにも分かってないちーちゃんは、そのまま私の太腿にツメを立ててしがみついています。


「こらっー!!、痛いじゃないの!!!」 (ノ#-_-)ノ ミ ┴┴o 


と言ってちーちゃんを引きはがし、床に降ろしたらそろそろ6時。

餌場にちーちゃんを連れて行き、食べるのを確認して散歩へ出掛けました。
(見てないけど太腿、血でてるな・・・(T_T)と思いつつ…。)


私にとって早朝の散歩は、まだ起きたばかりの空っぽな頭の状態で、感覚(意識?)だけで自然の中にいる、そんな貴重な時間なのです。


・・が、、、。

さっきの強烈な体験のお陰で、今朝は思考が一人歩きし始めました。
 
 
 
*** 以下、よがびの脳内ひとりごと。***
 
 
最近キヨタカは、「ネコって、気づきがあってビーイングにも寛いでリラックスしていて、ほとんど悟ってるよね〜〜。今はちーちゃんがボクのマスターだなあ。。」なんて言ってたけど、、、
 
ハートがないよのね、ハートが・・。。(;-_-+

私がこんなに痛い思いしてるのに、な〜んも分かってないんだから。。。
 
・・・あれっ? ( ・・;)

もしかして・・ハート以前に『知性』の問題・・・ (  ̄⊥ ̄;) ??
 
 
<この辺りからよがびの思考は暴走気味・・・>
 
そうか〜、知性に働きかけるならやっぱりアジズのワークよね。

ふと、瑞岳院でのリトリートを思い起こしたら、禅堂の丸い坐布の上に、同じくまん丸くなって寝てるちーちゃんのビジョンがやってきて・・。
 
 
よがび:ちーちゃん!、それじゃ修行にならないでしょっ!?
    ちゃんと背筋を伸ばして坐らなきゃ!
    背筋を伸ばすというのは「 I am 」を体で表現してるのよっ!
    ( ↑ キヨタカの受け売り)
 
 
ちーちゃん:(坐布の上、招き猫のように身を正すちーちゃん。)
 
 
・・・やっぱり、「ねこ背」でした。。
 
 
うわー、、、久しぶりの白昼夢、ならぬ「白朝夢」。

な、なんて一日の始まりなんでしょ・・・。( ̄⊥ ̄lll)

一日の1コマ

4月23日(水) 晴れ by ヨガビジャ


リトリートが近づくにつれ、ここの施設内を行ったり来たり、ちょこちょことよく動き回っています。
(今日は強風のため2度も布団が飛ばされて落っこちてたし…)


200904231359000←お昼過ぎ、
 西島さん(お庭をお手入れいしてくださってるおじさん)
 から、庭に生えてた竹の子をいただいて(今月に入って
 3回目)、
 
 その皮を竹やぶに捨てに行ったら、
 
200904231422000 
←こんな小さな(2ミリくらい?)、かわいい
 サクランボのような赤い花を見つけて、
 思わず携帯で写真を撮っていたら、 
  
 また、どこからともなくちーちゃんが「にゃあ〜。。」
 って、やってきて、しゃがんでる私の横でゴロゴロ。。
♪ (=^▽^=) 。

お花を撮るので忙しかったのでちーちゃんを無視していたら、寝転がったまませっせと毛繕いを始めます。

その様子を写真に撮ろうとしたら、

200904231425000←こんな顔になっちゃった。。

 首輪を付け始めてから、今までのようには首が傾けられ
 なくて、相当無理して舐めてるかも?
 もしかして、舌・・伸びた?( ・・;)

ネコの気持ち

4月22日(水)晴れ by ヨガビジャ


今朝は昨夜からの雨が上がり、さわやかな風が雲を飛ばして、まっ青な空に富士山がぽっかりと浮かんでいました。雪がかなり減ってきましたね。

晴天とはいえ雨上がりなので、来週に控えたゴールデンウィークリトリートの布団を干すのは躊躇していたのですが、、。

週間予報では、完全な晴れのマークは今日と明日のみ。
来週に入ったら雲や傘のマークが見られるので、すでに午前10時半をまわったけど布団を干すことにしました。


それで食堂棟の窓から布団を屋根に投げて出して、滑らないために靴下を脱いで窓の外に出てみたら・・・。


あつーい! 足の裏、ヤケドするー!!! (>_<)


慌てて近くのあった布団に飛び乗り事なきを得たのですが、まずは足場(?)を固めてからでないと、屋根の上に布団を敷き詰められないな〜。。( ̄- ̄;) 
と、考えていた私の視界に入ったものは・・・。

本館の日陰のコンクリートの上に、だらーんと伸びて寝ているちーちゃん。


  ┴┴o  ← こんなん。


そうか〜、、ちーちゃん暑かったんだあ。。。

陽当たり抜群のネコハウス、そろそろ日陰に移動してあげないと、ね。


200904221152000 ←ちーちゃん用に買って来た、
 「ネコ草(育成中)」と「ネコのおもちゃ」。

 夜はコレでちーちゃんと遊ぼうと思ってたのに、
 夕べは帰ってこなくて朝帰り。がっかり・・。

「人の気も知らないで・・」とはキヨタカの弁。

雨も降っていたし、戻らないちーちゃんを心配して、ここの施設の外灯までつけて待っていたキヨタカ。
(明るいと「ウェルカム!」が伝わると思ったんだとか。。)

朝、着きっ放しの外灯を消したよがびに、

ネコは夜目が利くからね・・・。ボソ( ̄。 ̄;) 

と、突っ込まれるキヨタカでした。

春の庭は…

4月21日(火) 曇時々雨 by ヨガビジャ


久しぶりの雨にすこしほっと一息ついた、今日はそんな一日でした。

桜が咲き始めた頃からずっと大きなお天気の崩れもなく、
晴天かせいぜい薄曇りのお天気が続いていたので、
今日のしっとりとした雨は、庭の木や花たち同様、
じんわりと沁み入るような潤いを、私ももらった気分です。

最近は1日か2日ここの庭を通ることがないと、その翌日には最後に見た時とはずいぶん様子の違ったお庭を目にすることになります。


数日前、駐車場に向かうため食堂棟の前を通り過ぎ、本館前の芝生に向かって歩いていました。
そして温泉棟へと続く通路にさしかかったら、何かが違う・・・。

狭い通路の両脇が、淡いピンクや濃いピンクのさつきの花で、鮮やかに彩られていました。

昨日までは気がつかなかったのに。
私が見落としていただけなのかしら。。( ・・ ?)


そして今日、本館前の芝生を横切ろうとしたら、右手の温泉棟の手前に大きなピンクの花が咲いているのに気がつきました。

遠目に見たらバラかと思ったのですが、、、


200904210937000←大輪の「シャクヤク」でした。

 雨の雫に濡れた花びらがとてもきれいだったので、
 スーパーの特売に出掛けようと急いでいたことも忘れ、
 小雨の中、携帯を構える私でした。。
 
 
200904210939000 こんな接写にも耐えうる美しさ・・。

 水滴がきれい。。。

 ずっと見ていたい衝動を抑えて、
 買い物へと出掛けました。
 

まつぼっくり

4月20日(月)晴れ by ヨガビジャ


今朝、裏の自然公園に散歩に行ったら、こんな大きな「まつぼっくり」が落ちてました。


200904201325000←15cm × 9cm!
 私の手と比べて、大きさが分かりますか?

 先日、修善寺温泉街のお土産物屋さんを覗いたら、
 「まつぼっくり」が200円で売られていてビックリ
 しました。
 確かにサイズは大きめだったけど、あれで200円なら
 これは500円くらいで売れるかな。。( ・・ ?)


200904201233000_2 ま、お金の換算はさておき・・
 自然の生み出した芸術品といえるかも?

 手のひらに乗せると、やさしく温もりのある
 大地のエネルギーの力強さを感じます。

 先日、伊豆に遊びに来た母が、散歩中に拾ったまつぼっく
 りを3個、大事そうに持ち帰っていたから、今度郵送して
 あげようと思います。 びっくりするだろうなあ〜。。(^-^)


Img_0157_6←キヨタカご自慢のデジカメで再度撮影。
 
 同じ写真を2つも載せることになったことの成り行きは、
 コメント欄を参照のこと。

ちーちゃんがほこりっぽいワケ

4月19日(日) 晴れ by ヨガビジャ


富士見荘の裏のすいかずらの花が満開だったので、お隣の柵越しに携帯を構えて写真を撮ろうとしていたら・・・。

何処からともなくちーちゃんがやってきて、私の足に体をスリスリしてきます。。(=^▽^=) 

無視して写真を撮り終えて、ちーちゃんの相手をしてあげようと足下のちーちゃんに目をやると、私の注意を引くかのように、トコトコッ!と横の側溝に入り込み、溝の中で体をゴロゴロ。

200904191659000_2←あの狭い溝の中で、
 よくコロコロと体の向きを変えられるわね・・。

 赤い首輪の色がハゲてきたのも、全身砂ボコリにまみれて
 いるのも、コレが原因なのね。。( ̄- ̄;)

(動きがすばやくて、何度撮っても写真がブレちゃいます…)

恩寵の扉が開くまで 再開

2009年4月15日(水)  晴れ  by キヨタカ


  「恩寵の扉が開くまで」の続編を、Part2としてリーラホームページに再開する事になった。
Part2に関しては、内容が微妙で誤解され易いだろう。
上手く読者に真意が正しくが伝わるかどうか解らず、ためらいもありズルズルと引き延ばしてしまった。
しかし公開してみないと、実際にはどうなのか永久に解らない。

原稿の一部を、一緒に瞑想をリードしている田中ぱるば氏に見せた所、予想以上に反応が良かったので、再開する決意をした。
例え10人中9人が誤解しても、残る1人の方に正しくメッセージが伝わればそれで良いと思う。

文章では表現不可能な領域なので、「眼光紙背に徹する」読み方が必要だろう。

瞑想会のメリット

2009年4月11日(土)  by キヨタカ

瞑想会や瞑想リトリートに参加するメリットは、そこで行われる瞑想プロセスから学べる事だけではない。

既に熱心に瞑想に取り組んでいる人々と交わる事で、学べる事が非常に多い。

またそうした熱心な瞑想家にとっても、新しい人々と交わる事で分かち合う事の喜びを得る事ができ、また瞑想体験をシェアする事でより自分の瞑想の境地が深まったりする。

新宿の瞑想会では、そうした熱心に瞑想を続けているSさんが参加され凄く嬉しかった。
いわゆる古株の人々が参加される事で、瞑想会の場のエネルギーがグーンとレベルアップするからである。

ところで新しく瞑想会に参加されたNさんからメールを戴いた。
私は知らなかったが、帰りにSさんから色々話しを聞ける機会があったそうだ。
Nさんにとっては、「人生がシフトする」出会いだったかも知れない。

こうした出逢い広がって行く事で、瞑想的バイブレーションに満ちた新しい世界が創られ始めているのだと思う。

Nさん、「スピリチュアルなクラブ」へようこそ!

* * *

リーラ瞑想会土曜 日曜と参加させていただきました。同じ心境の人に参考になればと思いメールします。

去年の6月に「アジズとの対話」を読みとても衝撃でした。
ラマナマハルシの教えが好きでいろいろスピリチュアルな本は真剣に読んできたのですが、まさに僕はスピリチュアルなクラブの一員でした。

アジズの本が初めて僕に今に在ることの前に立たせてくれました。
リーラのリトリートに参加したい気持ちは120%でも、おおおかねがないっぺーー。
アジズに逢いにインドに行くのに比べれば......安いけど 無い袖は振れません。 

今回土曜日3000円!!きたー安いやん。
参加してみてよかったら日曜日も参加しようと・・・。

プレゼンスとビーングの感覚はありましたが、本の知識だけなので自信の無くなることもしばしば。
僕自身瞑想の指導は受けたことが無く、間違いなく初心者で参加して初めて自分が背筋を伸ばしてあぐらをかいてることに気づきました。
これじゃ足は痺れるわけねと一人納得してました。

10人前後の少人数でスムーズな流れの中各ワークの合間に質疑応答があり 違う角度から来る他の人質問がやけに響いたり  内容はヴィパッサナー ダイナミック プレゼンス ビイーング ハート のワークを教えていただきました。

特にダイナミックとハートのワークは僕の概念になく 本当に参考になりました。

ドンミゲルの棚卸しやコースインミラクルズを参考に自我の解放のワークはやっていましたが、こんなやりかたもあるもんだとダイナミックをしてフーマンのエネルギー的ワークの意味を体験することができました。 

ハートは自分自身ラマナの言葉で勝手に難しいものにしていたせいもあり、あれは教わってよかったなと心底おもいました。

結果はプレゼンスが月火とずーとキープされた状態で、ビイーングに入るのがとてもスムーズでした。

土曜日の帰り道瞑想家Sさんにいろいろ話を聞けるおまけつきな2日間でした。

瞑想については情報も多く一般的には怪しい雰囲気ですけれど 僕自身瞑想とは?とてもシンプルで自然なことであり、まさに”私は在る”それだと認識しています。

本だけだと体験のほうにどうしてもブレがでます。
教えていただくことで多くを発見でき体験できたことに感謝します。

リーラのこういった活動でより多くの人がスムーズに自己探求を体験できることを勝手に祈ってます。そしてより多くの人が愛とともに在ることに気づくように、下手な文で褒めちぎってますが時間やお金いろいろな事情で考えてる人の参考に少しでもなれば幸子ちゃんです。 

 4月9日満月  Nより

* * *

「瞑想に関心のある人は、お金に縁のない人が多い」というのは、ある程度事実です。
そもそも瞑想に関心をもつと、あまりお金を欲しいとか思わなくなる人が多いですし、、。
たとえ貧乏でも、あるがままで幸せを感じて、あくせくお金を稼ぐ人がかわいそうにも思えてしまうし、、。

しかし、でも、BUT!
「いつまでも、あると思うな親と貧乏!!」

フーマンによると、貧乏というのも怒りや嫉妬と同じくエナジーブロックの一つに過ぎないそうですよ。
瞑想を通して自分のブロックに気づき手放す事で、やがて必要なお金ならどんどん入る様になります。

OSHOも、「外側も内側も豊かに」と語っています。

「魂のエンパワーメント」で、その事をやりますので、お楽しみに!

不思議なお店

4月9日(木) 晴れ by ヨガビジャ


ここ修善寺は、飲食店の閉店時間が早いです。

喫茶店なら夕方4時か5時頃、和食処などは遅くても8時で閉店。

隣町の大仁まで行けばファミレスがあるので問題ないのですが、わざわざ食事のためだけに隣町まで行きたくなくて、ここに住み始めた頃はずいぶん車を走らせ夕食のとれるところを探したものです。

特に温泉に入った後、どこかで食べてこうか?というシチュエーションで。。


修善寺に来て、最初のお気に入りになった温泉施設「へそ湯(元・スパラシオ)」がなくなって、源泉掛け流し・大きな露天風呂の「ほたる」に通い始めた頃には、まだ館内にレストランがあったので便利だったのですが、採算の問題からかレストランが無くなってからは、ほとんど夕食難民状態。(いつも外食をしているわけではありませんよ)

最終的に、隣町の和食ファミリーレストラン「夢庵」に行くことがほとんどでした。

そんなある日の「ほたる」からの帰り道、136号線沿で目にする看板は達筆過ぎて読めないけど、こじんまりとしたうどん・そばのお店があることに気がついて入ってみました。

するとそこは、おとうさん・おかあさん・むすこさんの3人が切り盛りしている、とてもアットホームなお店でした。

小さな店内には大きな神棚が在り、壁にはちょっとした「書」や色鮮やかな大皿、大国様やらタヌキの置物がたくさん飾られていて、ちょっと不思議な感じです。
でもそれは雑然とではなく、むしろとてもきちんと掃除がされていて、きれいな花がいつも必ず飾ってあります。

メニューは多くはありませんがお値段は控えめ。
私は甘辛く煮た椎茸を卵でとじた「しいたけ丼」がお気に入りで、行くたびに「しいたけ丼」を注文するようになり、お店からも「常連」と認めていただけたことを示すかのように、毎回ふろふき大根などの「オマケ」が出てくるようになりました。


そんなある日、お店を後にした車中でキヨタカが言いました。


「あの店の3人、みんな同じ体型で『タヌキ』みたいだよね!
 昔観た、『平成ぽんぽこ狸合戦』とそっくりだよ!!」


・・・すでに、お店にタヌキの置物がたくさんあるので、勝手に『たぬき』って呼んでいたのですけど、あのお店。。


思えば、不思議なお店なんです。
最初の頃営業時間を聞いても、「夜9時とか、お客さんか来られる頃はやってますよっ♪」という感じで、何時に終わるかはっきり決めていないようだし、それに定休日もないみたい。

そういえば、うちの近所の「やまびこ(そば屋)」も、「何時まで?」って聞いたら「日が沈むまで♪」っていう答えが返ってきたけど。。


とっても「アバウト」な土地柄なのかしら。。。


その『たぬき』ですが、私たちがお友達を連れて行くことが多いせいか、「常連さん度」がさらに上がったらしく、オマケが付くだけでなく『お土産』まで付き始めたんです。
1年くらい前だったかしら・・?

ある時は「ちらし寿司」、またある時は大きな「ブロッコリー」、またまたある時は・・・・。

200904072113000←これ。
 Bigな『オムライス』。
 「てんぷらとろろそば」と「しいたけ丼」を食べて、
 お土産は「オムライス」って・・。
オマケ付きが当たり前な名古屋人も目が点のお土産です。( ・・;)

もちろん、翌日のキヨタカのランチとなりました♪

 

瞑想体験とは、、

2009年4月9日(木) 晴れ  by キヨタカ

 瞑想は冷暖自知の世界であり体験の世界であると、昨日述べた。
しかしこの表現は誤解を生じ易い。

瞑想による体験と言うと、通常は霊的体験と混同され易い。
例えば、光が降り注いだとかクンダリーニが上がったとか、はたまたキリストや仏陀の第3身体が見えたとかetc・・・。

しかしそういった事柄は例え霊的なものであれ、意識の対象物に過ぎない。
本当の意識の目覚めとはそうした霊的体験の主体に目覚める事だから、意識の対象物である霊的体験に捕われると道を外してしまう。

禅では「仏に会うたら仏を殺し、祖に会うたら祖を殺せ!」と、その事をズバリ述べている。

しかし、意識の目覚めは「エネルギー状態の飛躍」だとも言える。
意識の主体が、より高い次元で振動する。
言葉で説明するのは難しいから、瞑想は体験の世界であると言わざるを得ない。

Hさんから、、瞑想会の感想を戴きましたので、転載します。

* * *

お世話になります。
新宿瞑想会でお世話になりました、Hです。
 
今回の感想を送らせていただきます。
 
今回は、前回のリトリートの延長であまり目的意識もなく、本当になんとな〜く、参加させて頂きました。
文化センターに向かっている途中で、「なんで行こうとしているんだっけ」と自分で疑問に思ったくらいです。
 
土曜日の瞑想会に出て最初に感じたのが、リトリートの時と同じとまでは言いませんが、みょ〜に簡単にプレゼンスの感覚を得られるなぁ、ということでした。
場所が新宿なので、ちょっと厳しいんじゃないかなぁ、と勝手に思っていましたが、そんな考えは余計なお世話だったようです。
 
プレゼンスがエネルギー状態と関係があるというのが、リトリートと今回の瞑想会に参加させていただいてしみじみ感じるところです。
 
あと、一番感じたのは、リトリートの内容をあまり覚えていない、ということです。
ビーイングのワークなど、かなり忘れている箇所があり、「そういえば、習ったなぁ」という箇所がかなりありました。
考えてみれば、あれだけの内容を一回で全部覚えているという方が無理だろうと自分で自分を慰めました。
 
忘れている箇所が多かったので土曜日だけ参加のつもりでしたが、
結局翌日も参加させて頂きました。
 
今回参加対象の6にリトリート参加者のフォローアップとありましたが復習させていただきまして大変助かりました。
 
また、忘れている内容だけでなく、覚えていた内容も同じ説明を聞いたり、違う角度から説明して頂いたりしてすごくためになりました。
 
今回は参加できて本当にラッキーでした。
 
今後も時々、新宿で瞑想会を企画していただけるということで大変ありがたく思っています。
 
修善寺から色々持って新宿まで来られるのは大変だと思いますが、今後ともよろしくお願い致します。
 
 * * *

Hさん、参加してくれて有り難うございます。

瞑想とは、意識が目覚めたまま「今ここ」に寛ぐと言う事です。
リトリートの内容は、「自分が誰かを想い起こす」手段であり過去の出来事ですから、内容を覚えている必要はありません。

次回は7月4日(土)5日(日)に新宿で行います。
ぜひまたお越し下さい。
オッと!その前に、ゴールデンウィークリトリートへどうぞ参加して下さい。

満開の桜を眺めていたら・・・

2009年4月8日(水)  晴れ  by キヨタカ

 修善寺は今、桜が最も美しい。

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満開の桜を眺めていると、人間も桜と同じく悟りの花が満開になる時代がすぐそこまで来ているのではないかと思う。

ワンデーイベントに参加されたMさんからメールを頂き、その思いがさらに強まった。
同じく満開の桜を眺めて、素晴らしい理解が起こったと言う。

瞑想とは基本的に、冷暖自知の世界であり頭で考える事ではない。
だから禅では考える事を徹底的に排除し、修行(Practice)を最優先させる。

しかし知的理解(Understanding)も伴わないと、せっかく体験した事を見過ごしてしまうし、意識の進化も停滞してしまいがちだ。

またこうした知的理解や体験は小さな私が獲得するものではなく、大いなる存在から与えられる恩寵(Grace)なのだ。
魂の目覚めには「修行・理解・恩寵」の3つの柱が必要であると、かつてアジズやフーマンから学んだ。

Mさんは、最近熱心にリーラスペースのリトリートに参加してくれている。
まさにこの3つの柱を軸に、急激に魂の目覚めが起こり始めている方であり、嬉しい限りである。

* * *


リーラスペース御中

新宿の瞑想会ではお世話になりました。

わずか1日で、しかも騒々しい都会で「あれだけのことができる」のは驚きです。
2週間前に修善寺でのリトリートに参加したばかりですが、日々の瞑想への取り組みを一層確かにする貴重な機会になりました。
また初めて瞑想会に参加した方にとっても、「自己流」を「確実な道」へと変える大きな契機になったのではと推察します。


瞑想会に参加する日、実はとてつもないインスピレーションを受けました。外を散歩しながら芽吹く草木や満開の桜を眺めていたら、はたと、「この植物たちは『私は芽吹く』『私は花を開く』という意思を発しているのでは!?」という直感がひらめきました。
すると立て続けに、何かを理解していくような、以下の考えがわき起こったのです。

「植物たちは確かに意思を発している。意思とは『可能性』のことだ。
ただし、可能性だけでは、物事は何も起こらない。草木の意思に応えて、それを取り巻く大きな『力』が、芽吹いたり開花するという『現実』を起こさせているのだ。
その力とは、いま自分に呼吸をさせている、それと同じもの。
その力は、個々の草木や人間が固有に持っているものではない。
宇宙を覆い尽くすただ『1つのもの』として存在している。
この途方もなく壮大な『1つのもの』こそが、実は、『本当の私』なのだ!」と…。

頭に浮かんだすご過ぎる考えに、自分で仰天しました。
そもそも「自分というものの背景には宇宙的な本源がある」と理解していましたが、その本源そのものが「私」であるという発想はしたことがありません。
主客の関係がまるごと逆転です。そこで、宇宙を覆い尽くす「大きな私」になったつもりで(かなりの妄想力を要しますが)、この小さな「個」としての自分とは何であるかを探るように感じてみました。
するとそれは何の実体もなく純粋で、この現象世界を見る「アングルの1つ」のように思えました。またそれは自由な意思(=可能性)を秘め、それをもとに現象を引き起こしては体験する、いわば「創造のエネルギーを動かす道具」であり「経験するための乗り物」、すなわち「創造者であり経験者」、「神の子」…。

何か素晴らしくもシンプルな真実を知ったような一方で、さすがに整理・解釈できない。
そのうえにマインドも、引き続きすごくうるさい! 
そんな状況で昨日の瞑想会に出ました。
そして終了間際に、他の参加者の質問に対するキヨタカさんの説明を聞いて、もやもやした考えがかなりスッキリしました。

この小さな個の本質が「アートマン(個体原理)」と呼ばれるものであり、宇宙に普遍する壮大な私が「ブラフマン(宇宙原理)」であると。
アジズの言う小文字の「I am」と大文字の「I AM」であると。本で読むだけでは「あぁ、そう」だけで済ましてしまうようなことですが、自分の小さなインスピレーションをきっかけに、答えと理解が立ち現れてきたという事実に感動しています。

そして「マインドのわき起こりは、プレゼンスを強めても変わらない。ハートによって、マインドの中身が変容されていく」という説明も大きな助けになりました。
これから余計なマインドを変容させながら、「本当の私」への理解と経験を深めていきたいと思います。
そして桜が「私は咲く」という余念の全くない意思を発しているのと同じようにして、自分の「個の花」を咲かせたいですね。


また遠からず、リトリートに参加したいと思います。

Mより

桜に観るもの

4月8日(水) 晴れ by ヨガビジャ


また庭のしだれ桜の写真を撮ってしまった。

200904081627000青空に滝のように流れる、
小さなピンクの花の連なりに圧倒されて。

それはまた、夏の夜空に光の軌跡を描いては消えて行く、
打ち上げ花火の花のよう。

どんなに写真に収めようとしても、その感動は収めきれないのに...。


こんなに眩しいばかりの青空や愛らしい花々を、疎ましく感じることがある。

それは、心が重く塞ぎ込んでいるとき。

彼らの輝きを前に自分の陰をひときわ感じてしまうとき。


・・今日は違う。

彼らの輝きを、自分の内で暖かな喜びとして感じていた。


何が真実か?

桜は美しいのか?
美しさはただの幻想なのか?


ふと思った。

桜は私自身を写しただけ。

私が目にするものは、すべて私以外のなにものでもない。


すべては、ただ在るようにして在る。


あらゆる意味は私自身によってもたらされる。

私が揺らげばすべては揺らぐ。

そして揺らぐ私も、在るべき在りよう。


・・・すべてはただ、在るようにして在る。

春の夕暮れ

4月7日(火) 晴れ by ヨガビジャ


ここ修善寺もすっかり春となりました。

富士見荘では曇や雨の日以外は、キッチンのストーブを着けることもなくなりました。

この時期毎年同じことをここに書いていますが、こうして窓の外の景色を眺めていると書かずにはおれません。

霞みの空に浮かぶなだらかな富士山のシルエットも、淡いピンクの桜も、飛び交う鳥たちも、庭の花々も・・。
ここに来て毎年同じ光景を観ていても、感動が薄れることはありませんから。

ここ2,3週間で自然は長い冬の眠りから目覚め、今その生命は溢れんばかりに春の到来の喜びを表現しているかのようです。


200904071119000今年はもう見られないと思っていた本館前の「しだれ桜」
は、再びその小さなピンクの八重の花で、この庭を彩ってくれました。
ほんとうに、伐られなくてよかった・・。

これも、なにか人智を超えた意図が働いたとしか思えない
出来事の一つ。


200904061813001_3そして、月を見上げる「紅もくれん」。

植物にもきっと『想い』がある、

そう感じさせてくれる夕暮れのひと時でした。

うつ

2009年4月7日(火)  晴れ  by キヨタカ

 さる医療関係者の話によると、日本人の5%にあたる600万人がうつを患っていると言う。
100年に一度と言われる不況を迎え、世界全体にうつが蔓延しそうな勢いだ。
マスコミは、うつをゆゆしき問題としてのみ捉えている。

しかし果たしてそうだろうか?
確かに、うつにより今までの仕事が出来なくなったり、引きこもりになったり、最悪の場合自殺にまで及ぶから社会的に問題だろう。

しかし瞑想活動に従事している私からすると、うつの人の方がより真実に近づいているのではなかろうか?と思ったりもする。

そもそもリトリートと言う言葉の意味は、「引きこもる」という意味だ。瞑想とはエゴの自殺だとも言える。
瞑想とうつは、とても相性がいいのである。

うつになるとエネルギーが外側に向かなくなり、非活動状態になる。
まさに瞑想に最適ではなか!

Hさんからの感想が届きました。
Hさん、ぜひ瞑想を続けて下さい。
瞑想を通して新しい自己を発見するために、うつが与えられたのかも知れませんよ!
* * *

キヨタカ 様へ

本日は瞑想会に参加させて頂きありがとうございました。

ヴィパッサナーでの説明はなるほどなと思いました。
うつがひどいときよくやっていましたが、かなり効き目がある気がします。

SPはなんとなく感じましたが、BeingとHeartはやはりいまいちつかめませんでした。
いまはラマナとかを読んだりして、忙しいのもあって、瞑想するより、「私は誰か」をよく自分に聞いたりしています。瞑想よりも自己探求なのかなと思ったりしていました。

今回参加して、やはり座る瞑想を根気よく続けたほうがいいのかな?とも思いました。
東京で座禅会を開催していただきありがとうございました。
いつか悟れたらいいなと思っております。

H

* * *

Being やハートは、瞑想の結果起こるものですから、焦る必要はありません。
瞑想と自己探求(私は誰か)は車の両輪の様なものです。
ぜひ両方を平行して探求してみて下さい。
悟りが皆当たり前になる日が来る様に、お互い精進しましょう!

ワンデーイベント

2009年4月5日(日)  晴れ   by キヨタカ

 新宿でのワンデーイベントが無事終了。
先ほど修善寺に戻った。
都内でのワンデーイベントは初めての試みだった。

伝えたい事がたくさんありちょっと詰め込み過ぎかとも思ったが、参加者全員に最後まで熱心に取り組んで頂き感動した。

さっそく参加者のI.Tさんから感想のメールを頂きましたので、転載します。
ナイト&ワンデーの両方に参加して頂きました。

* * *

ナイト&ワンデー瞑想会 at 新宿に始めて参加させていただきました。
最初、東京のど真ん中の新宿で、深い瞑想なんてできるのかとも思っていましたが、参加してみてびっくりでした。

外の音が、まったく気にならないほど深くプレゼンスに集中できました。
自分の頭のおしゃべりが、本当に静まりました。
また、こんな短い時間なのに、Beingもハートを開くエクササイズまでやって頂き、感謝感謝です。

やっぱり、アジズやフーマンの本を読んで我流で実践していただけでは、無理ですね。
実際に体験している方と同席させていただくのが、一番早くそこに行けますね。
貴重な2日間を頂きました。

キヨタカさんが、最後に「今まで7人の悟られた方を日本にお呼びしましたが、もう呼ぶのをやめました。8人目はこの場から・・・・」という内容を話されていましたね。
本当に感動しました。その志に頭が下がりました。
本当にありがとうございました。

府中のI.Tより

* * *

そうなんです。8番目の悟った人とは私たち自身なのです!
「悟った人vs悟りを求める探求者達」という場は、過去のものになってしまいました。

たとえ小さくとも光を携えた人々(つまり私たちの事)が集まる事で生まれる光の場(フィールド オブ ライト)を共に創って行きましょう!

ナイトイベント

2009年4月4日(土) 晴れ後曇り時々雨 by キヨタカ

 新宿文化センターでナイトイベントが終了。
予約無しだったので、どんな方が何人くるかわからなかったが、ちょうど良い人数の方が来てくれた。

ほぼ全員が「アジズとの対話」を読んでくれていたので、いきなりステートオブプレゼンスから始めたが、かなり深い瞑想体験をして貰えた感じがする。

初めて瞑想する方もいたので、試しに15分の静かに坐る瞑想から始めたのだが、瞑想スペースがあまりにも美しくて終わりの鐘が鳴らせなくなった。結局30分の瞑想となった。

今日は、プレゼンスとビーイングのほんの入門編だけだったが、明日は可能ならハートのスペースまで探求したい。
飛び入り参加OKですので、みなさん是非どうぞ。

ナイト&ワンデーイベントat 新宿

2009年4月2日(木)  晴れ by kiyotaka


 瞑想は、通常は自然の環境にサポートされた場所で行うのが望ましい。
人間以外の生き物は(家畜は別として、、)、自然と一体となり寛いでいる。
だから自然がビーイングを思い起こしてくれる。

 しかし瞑想は、都会に住む人にとってこそ必要不可欠だと思う。
都会という人工的な環境の中で、唯一本来の自己に戻れる方法、それが瞑想だからだ。

 今週末、東京の新宿で瞑想会が行われる。
http://www.leela.jp/event/special%20event/naitoaiwanndea[e.html
新宿といっても、新宿文化センターの4Fで庭付きの立派な和室でお茶の稽古も出来る。
あわただしい日常から少しだけ離れて、本来の自己に戻れるきっかけとなれたらと思う。

ぜひお越し下さい。


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