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「恩寵の扉が開くまで」補足説明4

9月3日(木) 晴れ by ヨガビジャ

<別のプレゼンスのワーク>

この事に関しては、私には自分がフーマンに言われた事しか書けませんが、
参考までに書きます。

アジズ方式のプレゼンスのワークがサード・アイに意識を向けるように、私の場合は常にハートに留まるようにサジェスチョンを受けました。
なぜなら、そこにあなたのプレゼンスはあるからと。
それが私にとってのプレゼンスのワークでした。
それと同時に、ハートに寛ぎ消え去りなさいということでした。

これはサード・アイに意識を向けてプレゼンスに留まり、ビーイング(ハラ)に寛いでいく、アジズの方法と基本的には変わりはないと思います。
ただ、働きかける場所とタイミングが違うだけだと理解しています。

おそらくフーマンのワークを受けられた方は、それぞれにまた違ったサジェスチョンがあったと思います。

それが個人に対応したフーマンのワークのすばらしさではありますが、だからこそフーマンがボディを離れた今となっては、今後ワークを続ける上での困難さではあるでしょう。

これから「アジズとの対話」や「恩寵の扉が開くまで」を参考にワークをされようとしている方は、自分にとってこれと思われる事をしばらくやってみて、その瞬間瞬間、自分の感覚に繊細でいて「なにが自分に正しいか?」を<感じられる>ことをお勧めします。

フーマンは「スピリチュアルな道を歩む上での繊細さ」の必要を、私のセッションの中で語った事がありました。

私は、思考する事ではなく静かに在ることによって訪れる「知 - knowing 」が、私たちにはすでに備わっている感じがするのです。

マスターの臨在に元では、私たちはその自己「知」に目を向けることをしなくなりがちです。
でもマスター不在の今、ひとりひとりが自らの「知」に目覚めて行く事が、私には最善のことに思われます。
 
 
 
今回、なぜこれだけ細かい事を書くかというと、「アジズとの対話」の発売以降、本を読みながら独自に[SP]のワークをしていらっしゃる方が多くおられる事を知りました。
でも、ご自分で[SP]のワークしていく中で、実際自分が体験している事と本に書かれている事とが違っていたり、本に書かれているように進まない事で自分のやり方に疑心暗鬼になり、八方塞がりを感じられている方が少なくないのです。

ですから、個人差によって「必ずしも本の通りに行かなくてもいい」ということと、ご自身の感覚を信頼する事に慣れていくことを提案したいのです。

(つづく)

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フーマン」カテゴリの記事

コメント

 
 犀の角のように独り歩み続けることは、えらく寂しく苦しいね~。

 やっぱり、師や友の存在は必要不可欠かな~。


 すばらしい、師や友にめぐり会う秘訣

 その一、 自らもその縁にふさわしい、清らかな生き方をすること。

 そのニ、 そうなるよう、つよく祈り願うこと。

 その三、 リーラスペースのリトリートに参加すること。


 (あとで広告宣伝費くださいね・・・。)
    

たしかOSHOは、
「あなたが私を見つけたと思っているかもしれないが、
 私があなたをみつけたのだ・・」みたいなこと言ってましたね。

そういえば「恩寵…2」でフーマンも、
「OSHOに出逢ったのは、恩寵だった。
 あなたが彼に出逢ったのではなく、
 彼の方があなたに出逢う様に恩寵が働いて、
 彼があなたの人生を訪れた。」と言ってますね。

いつ誰が訪れてもいいように、
お家はきれいにしておかないとね。。

我が家も、きれいなお部屋には
ちーちゃんが訪れます。
(散らかってる部屋には来ないの・・(^^;) 


>(あとで広告宣伝費くださいね・・・。)

 え〜っと、え〜っと・・・
 モゴモゴモゴ・・・ (。 _ _)。o?グー

ヨガビジャ様

質問なのですか、「あなたはどこか?」と聞かれたら自分は迷わず頭を指します。
それが普通だと思っていました。ヨガビジャさんはプレゼンスがハートにあると言うことですが、そういうタイプの方は「私はどこか?」と聞かれたらハートを指すのでしょうか?

ルーズスペース 様

通常あまり「あなたはどこか?」と尋ねられることはないですが、自分のことを指して「私」と言うときは自然に胸のあたりを指していると思います。タイプが関係しているのかどうかは分かりませんが。。

プレゼンスがサードアイに在る(感じる)か、ハートに在る(感じる)かということは、一時的方便として使われています。

その人の質やその時の意識のロケーション(?)で、より自然な方を意識していくとプレゼンスを感じ留まりやすいからです。
究極的にはプレゼンスはどこと指し示すことのできるものではなく、すべてに広がっていきます。

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