« 「恩寵の扉が開くまで」補足説明4 | トップページ | パソコンの中に描いたイラストが反抗 »

「恩寵の扉が開くまで」補足説明5

9月4日(金)曇り by ヨガビジャ


<「恩寵の扉…2」で生じた混乱>
 
 
「恩寵の扉…2」が世に出た事で、アジズのワークがフーマンによって否定されたように感じて、これまでアジズのワークを継続されてきた方の中には、混乱されている方がみえるのではないか?と感じます。


なぜなら本の冒頭に、「恩寵の扉…2」を公表する事へのためらいがあったことが書かれていますが、それはアジズとフーマンの違ったサジェスチョンにより、キヨタカ自身が悩み混乱した経緯から、本を読みこれからこのワーク始めようとしている方やその途上の方に、自分と同じ混乱や誤解を招くではないか?と危惧したからです。
 
キヨタカは当時、アジスとフーマンのワークの矛盾で随分悩んでいました。

このことをなんとか自分の中で知的に理解して、納得のいくひとつの結論を導き出そうとしましたが、結局それはできませんでした。

ある段階でアジズとフーマンの矛盾するサジェスチョンから、フーマンの教えに沿っていくことを決めましたが、その後も「やはりアジズの方が…」という思いにかられました。

自分の選んだ道に疑心暗鬼になり「なにが正しいのか分からない…」
そんな悶々と過ぎて行く長い時間の末に、自ずと理解は訪れた、、、
そんな感じでした。

ですから、この本を読まれて今は腑に落ちずすっきりしない感じがあったとしても、無理に今結論を導き出そうとしないことも、一つの選択肢かと思われます。
  
「知らないことにくつろぐ」ことで、思考を超えた理解が訪れる、
そういうことがあるのだと思います。
 
ただもう一度明確にしておきますが、「…アジズの教えと彼の道は、成長のある特定の時期に必要なものであった…」とフーマンが語っているように、フーマンはアジズのワークを全面否定してるのではありません。

相手や状況によって、とても流動的かつスポンテニアスにフーマンは語りますので、そのニュアンスをぜひ感じ取っていただきたいと思います。

(つづく)

« 「恩寵の扉が開くまで」補足説明4 | トップページ | パソコンの中に描いたイラストが反抗 »

フーマン」カテゴリの記事

コメント

キヨタカさんの当時の苦悩、よく分かります。アジズの教えを「ノーベル精神世界賞」ものだ、とまで称えていましたし。自分もアジズの「ヒューマンブッタ」を読んで、これを超える教えは地球上に存在しない!とまで思いました。
それはさておきヨガビジャさんの補足説明は非常にすばらしい。普段どうでもいいような(失礼)日誌書いてますが、こういうスピリチュアルな内容の文章を読ませていただくと、「只者ではない!」と感じちゃいます。
ヨガビジャさんはいろんな角度からの視点をお持ちなんですね。

現実的な日常生活は、
どうでもいいようなことで大半が占められますから、
そこになんらかの意味をみいだしたり、
それらを楽しむことができたら、
人生ってかなりおもしろいいんじゃないかなあ?
って思うんです。

吐く息と吸う息みたいに、
日誌ネタにも緩急があった方が、
バランスがとれていいのでは?・・と。。

最近キヨタカが日誌を書いてくれないから、
ひとりで緩・急つけて遊んでます♪

そうなんですよね~!
日常生活のどうでのいいような、なにげない所に楽しみを見出せる、自分にはない感受性、日誌を読んでいていつも関心させられます。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 「恩寵の扉が開くまで」補足説明4 | トップページ | パソコンの中に描いたイラストが反抗 »

メインホームページ

リンク

無料ブログはココログ