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2009年12月

試したい

12月30日(水) 曇り by ヨガビジャ


ただ今小山に滞在中。

夕べテレビを観ていたら、20メートルの高さの木に登り降りられなくなった飼い猫のことをやっていた。
すでに1週間木の上とか。心配して業を煮やした飼い主がレスキューに通報。
レスキュー隊員が木に登り捕獲しようとした時、木の枝が折れてネコが落下。着地と同時にネコはとっとと逃げて行きました。。。

その後の説明によると、ネコは高所から落ちる時シッポをくるくると回転させてバランスをとるのだとか。
確かにテレビのネコはヘリコプターのようにシッポをくるくる回していたけど、なぜか背中から地面に墜ちていた・・。


…試したい。
ちーちゃんで試してみたい。(-_-)


もし富士見荘の二階の窓から落としても大丈夫だったら、朝4時にトイレで起こされなくて済むもの。
(つまり、キヨタカが2階の窓から外に出す(=落とす)ことになるけど)

一番の関心は、ちーちゃんのクキッ!っと曲がったシッポでもちゃんとバランスがとれるか?って辺りなんですけど。
ま、失敗しても富士見荘の二階は20メートルの高さはないし、背中から墜ちても大丈夫なようだし。。

伊豆に戻るのが楽しみ♪

手作りカレンダー

12月19日(土) 晴れ by ヨガビジャ


昨日コンタクトレンズの定期検診のため、沼津の眼科に行って来ました。

ここの先生は大の「ネコ好き」。

当然、診察室ほかいろんな所にネコグッズがあったりするのだけど、半年ぶりの今回の来院では先生のパソコンのスクリーン・セイバーに子猫を発見。

診察を終え、コンタクトレンズのケア用品を購入し受付で会計を済ませると、係の女性が、「カレンダーを入れておきましたのでお使い下さいね。先生が作りました♪」とのこと。

当然、写真はネコだと分かっていたけど、スクリーンセイバーで見た子猫たちがそのまんま勢揃いしたカレンダーに、
「先生、本当は動物病院をしたかったのでは?( ・・;)」
と思ったのでした。。。


091219_003←カレンダーの下の文字に注目。

 「たまコンタクトレンズ」って・・・

  ニチコン沼津でしたよね?
  たしか、先生のとこ。。( ・・;) 

 ちなみに、診察券の背景もネコでしたけど、
 やっぱり先生ですか?( ・・ ?)

記憶を呼び覚ますもの

12月18日(金) 晴れ by ヨガビジャ


最近ある歌詞を知った。

女性ボーカルの素敵な曲で、以前から気に入って何度もYou Tubeで聴いていたが、歌詞が英語ということもあり意味も分からないままに聞いていた。

あるアニメで使われている曲なのでご存知の方も多いと思う。
曲の2番だが、訳は以下の通り。


*****

I'm soldier 戦うために生まれた
この燃え盛る 理解を超えた地獄の目撃者
嘘や裏切り 虐げられた人々を決して忘れない

『真実であるための力を私の手に
 この炎に立ち向かう
 そうしない事は全てを失う事だから』

痛みが遠く過ぎ去るまで涙は見せるな
その足で立ち 共にあれ
我々は兵士 立たぬ者には死のみが待つ
成すべきを成せ 恐れは裁判の日に取っておけ
私に続け その身を捧げるは 今
we rise or fall

*****


『 』の歌詞が私のなにかに触れ、曲とともに字幕を流れていく文字を書き留めていた。


真実であることはたやすくない。
かとって、真実に背くことは痛みを伴う。
真実で在れないとしたら、何の為にここに存在するのか?


・・・子供の頃、といっても中学から高校にかけてだろうか。
私はよく「元気になる音楽」を選んで聴いていた。

アニメでも映画でもジャンルは問わないが、なにか自分を鼓舞したり勇気を起こさせてくれるような曲。映画ロッキーやトップガンのテーマ、アニメ・トリトンのオープニング、宝島、スカイ・ハイetc...

洋楽は意味も分からぬまま、そのメロディに惹かれるままに聴いていた。

思えば子供の頃の方が今よりずっと真剣に、真摯に悩み、問題を解決しようとしていた。だからこそこのような曲を聴いて自分自身を励ましていたのだろう。

今にしてみれば不必要な悩みや苦しみもあったが、その経験があってこそ、そう言える今があるといえる。

歳を重ねるに従い賢くもなった。
だが、単に世渡り上手になり、気を紛らわす術を身に着け、苦しみを直視しなくなっただけと言えなくもない。

居心地の良さを優先し変化を拒み始めた時、人は硬化(老化)を始め、進化の歩みを止めてしまうのだろう。

先のたった3行の歌詞が、30年以上も昔の忘れかけていた自分を今ここへと連れて来た。


『真実であるための力を私の手に・・』

それは今、私にとって祈りであるべきもの。

タントリック・ブリージング

2009年12月15日(火) 曇り時々晴れ  by キヨタカ

ドゥワリのタントリック・ブリージングが無事終了した。
今回は通訳としてグループの中に入る事が出来、色々と参考になった。

グループ終了後、ドゥワリにインタビューをした。
来年の年末から、新しいブリージングのワークを企画中との事。

間もなく、オーガナイザーのマティから正式な発表がある。
お楽しみに!


Photo

闇は光に奉仕する

12月15日(火) 曇り時々晴れ by ヨガビジャ


(映画「スラムドック$ミリオネア」の感想です。以下、ネタばれの内容が含まれますので、まだ映画をご覧になっていない方はご注意ください。)


今年最後のイベント(タントリック・ブリージングのワークショップ)を終え、スタッフで映画「スラムドック$ミリオネア」を観ました。

この映画はイベントが始まる前にキヨタカがレンタルしてきたもので、キヨタカは既に観終えて先日の日誌に感想を書いていましたが、私は今回初めて観ました。

イベントが終わったばかりでボーっとした状態で観ていた私に一番印象に残ったのは、登場する二人の兄弟の弟・主人公ジャマールの無垢な純粋さと同時に、ストーリーの始まり(幼少期)から兄・サリームが見せる対照的な狡猾さでした。

正直、あの過酷なスラムの環境を生き抜く上で、ジャマールのあの在り方はあり得ない感じがして、むしろ兄・サリームの逞しい狡猾さにこそとても真実味を感じました。


映画を観終わってしばらく時間が経ったころにふと思いました。
あの兄弟は、陰陽図にある対極の白と黒だったのではないかと。

賞金が目的ではなく、自分の愛する人に逢いたい一心でテレビに出るジャマール。
警部の質問にも素直に答え続けるジャマール。
彼は白、光のような存在でした。

そしてただ自分が生き延びる為に友人を置き去りにしたり、裏切ることができるサリーム。
お金の為に観光地で靴を盗み、自分と弟の保身の為なら(悪人とはいえ)人を殺めることのできるサリーム。
彼は黒、闇のような存在でした。

でも陰陽図の、巴(ともえ)の形をした白の中には黒の小さな丸が、黒の中には小さな白の丸が在るように、サリームはその態度とは裏腹にいつも弟に対する思いやりを見せました。そして最後には自らを省みず・・。

映画を観ている時には、サリームは悪の典型でジャマールは善の典型のように感じていましたが、時間が経つに連れて徐々に二人に対する想いが自分の中で変化していくのを感じました。


以前「闇は光に奉仕する」という言葉をどこかで目にしました。
今回この二人の兄弟から、ふとこの言葉が思い起こされました。

ジャマールの無垢な純粋さは、白いけれどそれはわずかな黒すら許さない白。
それはそれで素晴らしいけど、大人になってもどこか子供のような未熟さと弱さを感じてしまうのは、私の中のなにかの投影でしょうか?

そのようなジャマールの存在がサリームをサリームたらしめている、そんな風に思えてきました。

「闇は光に奉仕する」

サリームはジャマールをジャマールたらしめ、
そして、ジャマールはサリームをサリームたらしめる。


闇は光を支え、光は闇を一筋の光へと導く。(意識しなくとも)

闇は排除されるべきものではない。
光だけが賞賛に値するのではない。


真の強さ、真の豊かさ、真のやさしさは、
己の中に闇を認め、時にそれを恐れ、
それでもなお、それとしてしか生きられない者にこそ
与えられるものかもしれない・・。


きっともっと違った側面、そしてもっと多くの事が描かれた映画なのだと思うけど、ボーっと観ていたお陰で、このことだけが観終わった後、鮮明に内から浮かび上がってきました。

運命

2009年12月9日(水) 曇り by キヨタカ

 新宿瞑想会が無事終了し、ようやく修善寺へ戻った。
今週末、ドゥワリのタントラ・ブリージングのワークがあり現在準備でばたばたしている。
予想より大勢の人が集まったので、嬉しい。
私は通訳として参加する事になった。

ところで、友人からスラムドッグ・ミリオネアという映画が面白かったというメールをもらった。
今年アカデミー賞受賞作として話題になった映画だ。
最近殆ど映画を見ていないが、久しぶりにDVDを見る事にした。

インドに合計6年以上滞在していたので、貧困に喘ぐスラムの生活描写は最初見るのがつらい部分もあった。
あのインドの埃りと匂いと暑さを思い起こして、過剰にリアリティを感じてしまった。

でもだんだん面白くなってきた。
傑作だと思う。

「決して諦めない」というメッセージがストレートに表現されていて、観た後が爽やかだった。

この映画のテーマの一つは「運命」という事。
映画の中では、英語で「It is Written」と表現されている。

「未来は既に決まっている」のか、それとも「未来は決まっていない」のか?

私はず〜っと、「未来は決まっている訳がない。未来は既に決まっているという人の頭はイカレている」と思っていた。

しかし最近は、自分の過去を振り返って見てつくづく思うのだが、運命はどうも決まっている感じがし始めている。

肉体の情報がDNAに書かれてある様に、魂のDNAと言われるものが既に書き込まれてる感じがしている。

魂のブループリントと、フーマンは語っている。

貧乏も病気も不幸も災難も、全て「It is written!」と受け止める事で、どんな困難にも立ち向かう力が湧いて来るのである。

新宿瞑想会

2009年12月5日(土)  雨  by キヨタカ

 新宿瞑想会のため、現在新宿に滞在中。

新宿と言っても、新宿文化センター付近は静かで、とても気に入っている。

今夜は雨のため参加人数は少ないと思うが、瞑想には最適だ。

キヨタカ

個人セッションの感想

2009年12月1日(火) 曇り  by キヨタカ

 ナチュラルスピリット主宰、2デーズワークショップが無事終了した。
今は、母のケアのため栃木の実家に滞在中。
今週末は新宿瞑想会なので、先週と2デーズで受け取ったエネルギーをそっくり運びます。
皆さん是非参加して下さい。

ところで、2デーズに先立って都内で行われた個人セッションの感想をSさんから受け取りましたので、シェアします。

Sさんは、既に修善寺のリトリートを体験しておられる方です。
既にリトリート体験済みであるだけに、セッションもすごく深く入り私も至福に満たされました。
有り難うございます。

* * *

キヨタカ様

 11月27日(金)に個人セッションを受けさせて頂いたSです。

初めての個人セッションは、リトリートとはまた違った感覚で短時間ではありましたが、悟りのエッセンスが凝縮された中身の濃いものでした。
本当に有難うございました。
 
セッションでは、Beingとハートの覚醒のワークを改めて受け、またまた前進の感ありでした。

特に感動だったのは、Beingのワークでした。
そこでは初めて「気づきが溶けていく」という感覚を味わいました。
(ほんの一瞬ではありますし、本当にそうなのかは疑問ですが…)

帰宅後でアジスの本を読み返してみて、P43にある「気づきの存在の統一」というのは、ああいう感覚のことなのかもしれないと傲慢にも思ってみたりもしました。

また…(略)…ハートを開いていくワークは、なんとも言えない暖かなものがハートを通して感じられ、癒されながらも感動をしており、実は涙をこらえるのに必死でした。

「ハートで聞く」という事の意味がわかりました。

2時間弱のセッションで、またまた何か真実なるものや本源なるものを「一瞥」したように思います。
あの感覚を忘れず、常にそこに戻るような生活を送っていこうと決意しています。

しかし、やはり、光あふれる場でのリトリートやワークには定期的に出るべきだなぁーと今回改めて
実感しました。
日常も大事ですが、日常を離れた場での集中的修行も非常に大事ですね。
それは丁度、竹の節のようなものだと思いました。

出来る限り、リトリートやワークには参加したいと思います。
これからもよろしくお願いいたします。
 
(追伸;それにしても私はつくづく、寛ぐことが下手だなぁと正直思いました。もう少しリラックスすることがこれからの課題だとも思いました。)
                                           
By S

* * *

>特に感動だったのは、Beingのワークでした。
そこでは初めて「気づきが溶けていく」という感覚を味わいました。
(ほんの一瞬ではありますし、本当にそうなのかは疑問ですが…)

それは本物に間違いありません!
真実は直ぐ眼の前にありながら、例えそれを体験してもそれを疑い、「こんな私がそれを体験するなんて傲慢だ」「自分はまだまだだ」と思い込み、魂の体験を封印してしまいます。

あなたはそのまんまで、既に本質的に仏様なんです。
それを納得すると、深い寛ぎが訪れます。

ぜひまた修善寺に来て、魂の深い寛ぎと平和、そして至福を味わって下さい。

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