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史上最強の覚者入門

2010年10月12日(火) 晴れ by キヨタカ


 現在、「恩寵の扉が開くまで・完結編」の校正中。
出版が少し伸びたので、少し書き足したりして、悪戦苦闘中!

ところで先日本屋で「史上最強の哲学入門」なるものを手に取り、「やられた!」と思わず絶句してしまった。

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これは古今東西の哲学者を「知の格闘家」とみなし、テーマを絞り込んで戦わせるというコンセプトの下、シロウトにも分り易くそれぞれの哲学者の主張をかいつまんで紹介するという内容。
読んでいて抜群に分り易く、非常に面白い。
「断捨離」を実践しているので、殆ど本は買わないのだが、つい買ってしまった。
表紙と導入こそぶっ飛んでいるけど、本文はいたって真面目。
でも、読者を飽きさせる事はない。
学生時代に教養部で「哲学」を受講した事があるけれども、実に退屈で退屈で哲学がトラウマになってしまった。
なにしろ私の「哲学」の先生は、いつも苦しそうな顔をしていて、「あれかこれか」と苦悩すればするほど哲学者として偉いのだと思い込んでいる様だった。

もしもこんな著者から哲学を学んでいたら、私の学生時代はもう少しだけ光が差し込んでいたかも知れない。

ところでなぜ「やられた!」と思ったかというと、10年前に私も同じ様な内容の企画を練った事があるからだ。
これは悟った人物、つまり覚者を一堂に会させて「法戦」を挑ませると言う企画だ。
当時爆発的な人気を誇った格闘技「K−1」をモジって、「Z−1」と名付けた。
Zとは禅に由来する。
伝統的禅では、本当にマジで戦いが奨励され、「法戦」と呼ばれていた。

その世界では他の宗派に戦い(法戦)を挑むのはもちろん、自分の師匠に挑んでもO.K。
中には師匠をぶん殴るとんでもない弟子も現れて、「殴られた師匠がその弟子を褒めた」なんて信じられない逸話があるくらいだ。


10年前、いわゆるアドヴァイタ系の悟りが流行し、悟りを開いたと宣言する強者が続出した。
なにしろ悟りは自己宣告制だから、それが本物かどうか見分けるのが非常に難しい。
格闘技であれば、例え世界チャンピョンを豪語しても、実際に戦えば一目瞭然だ。

そこで、「Z-1 グランプリ」を企画して、真偽を確かめる事にしたのだ。

そして、「Z-1グランプリ」を企画しただけでなく、実際に某ホームページ上でヴァーチャルの試合を開催した。
そしてその結果を某ホームページに発表したのである。

あの当時はアジズを絶賛していたので、Z-1王者の栄冠は必然的にアジズという事になったのだが…。
いずれ本格的なものを書きたいと思っていたのだが、フーマンと出逢って以来その野望がすっかり消え去ってしまった。

今になって「Z−1グランプリ」を読み返してみると、とても恥ずかしくて読むに耐えない。
管理人に削除を申し込もうと思っていたのだが、最近はようやく消えた様でほっとしている。

しかし世の中には、同じ様な考えをする人がいるもんだと感心している。
著者は飲茶と言う人で大学の後輩らしい。
同じコンセプトで古今東西の覚者を登場させたら非常に面白い内容の本になるのでは?

まあ、それを読んだからといって、悟るワケでもない。
そもそも「誰が一番悟っているのか?」と問う事自体が愚問だが、意識覚醒の啓蒙活動の新しい切り口として、悪くない。
飲茶さんには、ぜひチャレンジしてもらいたい!

タイトルはズバリ…「史上最強の覚者入門」

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先輩のご助言どおり、史上最強の哲学入門の東洋哲学版を出しましたー。

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