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2011年4月

サバイバル術

2011年4月29日(金) 晴れ by キヨタカ

 アメリカからアド○×が来日し、リーラスペースにしばし滞在した。
今から20年近く前になるが、私は彼女と妹のコキ○×と一緒にボディワークセンターを東京で運営していた事がある。
知る人ぞ知る、伝説のボディワークセンター、オアシス。
その名前を知っている人は、相当に古くからの探求者という事になる。

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あれから、あっと言う間に時は流れ、彼女はマウイからアメリカ本土へと移り住み、今は素敵なパートナーと悠々自適の生活を送っている。

最近は、アメリカ・インディアンの聖なるサバイバル術を世に広めた事で有名な伝説のトラッカー、トム・ブラウンに傾倒しているそうで、そのワイルドなオーラがさらに磨かれて輝いている。

東日本大震災と原発事故により、現代文明がいかに脆い基盤の上に存在しているかが明白になりつつある。
トム・ブラウンのサバイバル術の様な自然の叡智を最大限に尊重する生き方が脚光を浴びる時代がやって来ている様に思う。
トム・ブラウンに関しては、彼の専門知識をベースにした映画:ハンテッドがあるが、アウトドア派やサバイバル派、ナイフ格闘技マニアの間では非常に有名な人らしい。

われわれ現代人は、あまりにも自然から切り離されてしまった。
その究極が、原発だ。

瞑想を通して聖なる次元と繋がる事と同時に、現代人が失った自然との繋がりをもう一度取り戻して肉体に本来備わっていた野性的直感を目覚めさせる事も大切だろう。

21世紀は水瓶座の時代で、「統合」がキーワード。
男性性と女性性、瞑想と科学、宇宙意識と先住民族の叡智等が一つになる時代がやってきている。

柿田川湧水

4月23日(土) 雨 by ヨガビジャ


先日行った三島の柿田川湧水。

じっとして揺れない大地、澄んだ空気、清らかな水、あたたかな陽射し。

本当に大切なものは初めから存在しているが故に気づかれることがない。

さかなが住めない環境では、
人もまた健全な生を送ることはできないことに
気づかないと。

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はな

4月22日(金)晴れのち曇 by ヨガビジャ

撮ってから放ったらかしにしていた写真。

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火宅とは言うけれど…

2011年4月20日(水) 晴れ by キヨタカ


 仏典の中に、「火宅の人」という表現がある(法華経の譬喩品)。

「肉体・思考・感情」が自分の安住の家だと思っている我々は、ちょうど強い火勢に包み込まれている家に住んでいる様なものだ。
一刻も早くその危険な家から抜け出して、「本当の我が家」へ避難しなければならない。
しかし、我々は危険極まりない状態にいながら、その事に全く気づかずに楽しみに興じていおり、逃げ出そうとは夢にも思わないでいる。
そこで仏は、無知な衆生を救済すべく方便を用いて…と話は続く。

昨日、NHKオンディマンドで「NHKスペシャル:MEGAQUAKE/巨大地震」シリーズを見た。

ちょうど広瀬氏の「原子炉時限爆弾」を読みかけていたので、衝撃の度合いも倍増だ。

我々現代人、特に日本人は何ともま〜危うい場所に住んでいる事か!
知れば知る程に、我々は「火宅の人」そのものである事が明確になる。

過去においては、眠りかから目覚める為に、仏が方便を駆使する必要があった。

しかし今は、仏の「方便」など持ち出さなくとも、神戸や東日本大震災そして原発事故等の現実そのものが、我々を深い眠りから目覚めさせようとしている。

災害は火宅で楽しく暮らすには迷惑千万ではあるが、目覚め、しかも地球的規模での目覚めには、これほど効果覿面なものはない。

なんとも、有り難い時代に遭遇したものだ。


しかしこの世は火宅とは言うけれど、別の視点からこの世を眺めると、既に「地上天国」が顕現している事を知る。

冨士は晴れたり日本晴れ。

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リーラスペースのしだれ桜は今が満開。

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修善寺公園へ散歩に行くと、春爛漫でここは天国かと思わずため息が出る。

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「火宅」から「地上天国」へ、今こそジャンプ!の時節が到来している。

食細くして…

2011年4月19日(火) 晴れ by キヨタカ

 「食細くして、命長かれ!」
男性長寿世界一となった、木村 次郎右衛門さんのモットーだそうだ。
今日114歳の誕生日を迎えたそうだが、けだし名言である。

先日の日誌に「50過ぎたら絶対にやせなさい」という本を紹介したが、この人もやはりやせている。


別に長寿が良いという訳ではない。
私が尊敬出来る人と言うと、必然的に「自己の本性」に目覚めた人に偏るが、結構短命な人が多い。
キリストを筆頭に、道元、空海等々、最近では五井先生やOSHOそしてフーマンまで、長寿ではない。

彼らは「永遠なる命」に目覚めた覚者達だから、「来ては去って行く」肉体次元の健康には、それほど関心がなかったのかも知れない。
さらに、与えられた天命を全うしたので、この次元に留まる必要性を失ったのだろう。

しかし「天命を全うするまでは、与えられた命に責任を持ち肉体をケアする」と言う事も、非常に大切な事だ。

先日の日誌のコメントでpramataさんは
「太陽からの光線に名前はない。月の光に名前がないように
私達は名前をもたないものに属している。」
と語っている。

確かにその通り。

しかし本源は一つでも、その本源が現象世界へ顕れる時、私達はそれぞれユニークな個々の「肉体」という形を取る。

「小さな私」という幻想から目覚める事は、大いなる祝福だ。
しかし、次のステップがある。

目覚めたプレゼンスをこの「肉体」へもたらすと言う事。

実際の日常生活にもたらして、日々の生活習慣全般が変化するには、私の場合相当な時間がかかった。
例えばプレゼンスを保ちつつ食事をする事で、食生活と言う生活習慣が変化し始めたのはつい最近だ。


瞑想とは英語でMeditation、薬(Medicine)と同じ語源だと言う。

しかし瞑想という薬は、漢方薬よりも効き方が遅い。
(…人によりけりだろうが、少なくとも私の場合…)

なかなか世間一般に受け入れられないのも、当然だと思う。

しかし、いったん効き始めたら、驚く程の効果を発揮するのもまた事実。

瞑想のコツは、「Patience(忍耐)である」とOSHOは語っている。
瞑想しても、自分の人生に何の変化もないからと、諦めない事が肝心だ。

瞑想の効果は果てしなく、最終的には小さな自分が想像していたより遥かに大きな恩恵を人生にもたらす。

50歳過ぎたら絶対に…

2011年4月14日(木)  晴れ by キヨタカ

 天野清貴 1954年6月生まれ、今朝の体重61.2キロ、今日の体年齢44歳!

年齢詐称と言うなかれ!
これは、オムロン体重体組成計:カラダスキャンによる、実年齢である。

この体重計は、体脂肪や筋肉率も計れる優れもの。
「体年齢」とは、日本人の基礎代謝量標準値と、この体重計を使用した個人データーをもとに、オムロン独自の判定方法で差算出したものだそうだ。


数ヶ月前に「50歳過ぎたら絶対にやせなさい!」という本を読んで、衝撃を受けた。

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加齢制御医学(アンチエイジング)の権威、白澤先生の著書である。
100歳を超えても元気なスーパー老人を色々と調べた所、生まれも境遇も個性も違う彼らの中に、たった一つだけ共通点があった。

それは、「100歳で太っている人はいない」との事である。
先生の結論は、「50歳すぎたら 絶対に やせなさい!」

元々健康には絶対の自信を持っていたのだが、50歳も半ばを過ぎて「50肩」に襲われて、健康に陰りが見え自信もゆらぎ始めた。
その時に読んだのが、この本。

それから一念発起して、体重を落とすべく色々取り組んでいる。


ランニングもその一つ。
今朝は6キロ近くジョギングして、再び体重計に乗ったところ、何と61.8キロと増えてしまった!

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体重計の乗り方で、数値が微妙に影響するようだ。

20歳若返えって「体年齢36歳!」となるのが目標だが、どうなる事やら?

所詮この世は、仮の宿。
この肉体も、しばし神様から借り受けたレンタカーの様なもの。

しかし一生に渡って無料で長期レンタルして下さった有難い神様の恩寵に感謝と御礼の気持を込めて、日々の手入れを怠らない様にしたいものだ。

何もしないということ

2011年4月13日(水) 晴れ  by キヨタカ


 瞑想とは「する」事から「在る」事への橋渡しだ。

そのプロセスの途上において、意図的に「する」事をストップして「何もしない」事に寛ぐという事が非常に大切な時期がある。

私の場合、ある時フーマンから「しばらく何もしないでいなさい!」という衝撃的なメッセージを貰った。

「何もしなかったら、いったいどうやって食って行くのだ!?」と、自分のサバイバルに対する不安に直面したが、結局目に見えない存在の不可思議な計らいにより、何もしないでも十分に人生を謳歌する事が出来た。

「自分は恩寵により守られている」事、を初めて実感する事が出来た。
この時期の事は「恩寵の扉が開くまでⅡ」で少し触れているが、いずれ詳しく紹介したい。


ところで今回の東日本大震災では、「今自分に何が出来るか?」を日本人の一人ひとりが問われている様に思う。
実際に自問自答して、それぞれの答えに沿って行動し始めている方々も大勢いる。

もちろん、何か特定の答えがある訳ではない。
ある人はボランティアとして現地に赴き、義援金を送る人や、宴会を自粛する人、そして「東京は危険だ!」と関西方面に脱出する人等々、人の数だけ選択肢がある。

その中で、敢えて「何もしない」という事をメッセージを発した方がいる。

「何もしない」とは、瞑想家の専売特許とばかり思っていたのだが、実はそうではなかった。

この時期に「何もしない」という事を述べるのは、非常に勇気がいるし誤解も生じ易いので、とても新鮮な驚きを持って受け止めた。

メッセージの主は、「断・捨・離」を世に広めた、やましたひでこさん。

私は昨年、この人の本を読み感動して、わざわざ逢いに行った事がある。

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とても知的で美しい方でした。
瞑想の本質にも相当な理解がある様に思う。


本人の許可は得ていないのですが、こっそり転載します。

* * *

 ◆意図的な選択

〜何もしないということ
———————————————————————-

東日本大震災。

巷間は、「今、私たちに出来る事こと」キャンペーンで、一色。

けれど、ダンシャリアンたるもの、
出来る事を考え思い実行すると同時に、
「今、私たちが、決してしてはならないこと」は、
きちんと踏まえているだろう。

断捨離とは、「引き算」の発想法。

アクセルを踏む前に、サイドブレーキを外すことが肝心。
そう、発展促進を損なう、阻害要因を取り除いていくことに、着目していく。

募金をしながら、一方で、風評被害に乗せられ不安を募らせたら、
それは、差し引きマイナス。

しかも、不安から買い溜め、買い控え行動に走ったのなら、
それは、被災地被災者の方々に、負債を背負わせているのと、
なんら変わりがない。

だったら、何もしないという選択のほうが、よほど潔い。
少なくとも、プラスマイナス・ゼロで、マイナスとはならないから。

四人乗りで、ボートを漕いだとしよう。

四人のオールのピッチが、ぴったりと一致すれば、
それは、見事な推進力を発揮する。
けれど、一人のピッチがずれると、それは、大ブレーキなる。

一人のピッチのずれだから、残り3人の推進力で、
ボートが進むと思うのは大きな間違い。
一人のピッチのズレが、残り3人の推進力を、
半分以下に、あるいは、もっともっと損なうのだ。

修正不可能なズレと意識判断できたなら、
その漕者は、オールを引き上げ漕がない選択をしたほうが懸命。
少なくとも、残り3人での推進力は、そのまま、確保できるから。

自身の行動・態度・言動が、
たとえば、良かれと思った行動・態度・言動が、
支援対象の、時と場と人を、見誤ったものならば、
それは、その時、その場の、その人たちへの有効な支援に、
大きなダメージを与える。

「ボランティア」なのだから、「善意」なのだから、
「無償の行為」なのだからという理由で、許されることではない。

特に、被災地でのボランティア活動は、完全に、自己完結が求められる。
自身の寝食は、すべて、自分で手当てしなければならい。
自分の始末は、自分でつけられなければならない。

どうか、そこまでの覚悟と用意を。
でなければ、「何もしない」という選択の方が、機能することも意識して。

すべてを見極めた上での、意図的な「何もしない」という選択。
それは、ただただ「無関心」であるのとは、異なることであるのです。

姿を変えた恩寵

2011年4月12日(火) 晴れ by キヨタカ

iPhoneアプリの緊急地震速報「ゆれくる」が今日も大活躍!
何度も警報が鳴るのに、殆ど「ゆれこない?」なので変だと思ったら、設定の予測地点が先日イベントで滞在した「新宿」のままになっていた。
実家(栃木県小山市)に電話したら、昨日から揺れ通しとの事で、母も心労が溜まっている様子。
小山でさえそうなのだから、被災地の方々は本当に大変だ。

しかし地震は防ぎ様がない。
せめて日々瞑想を実践している方は、地震でゆれが来るたびに、「今・ここ」へ戻り、「本当の私」を想い起こす方便にしてしまうと良いだろう。

地球は今、地震を使って私達に覚醒を促している。
覚醒には膨大なエネルギーが必要であり、今こそこのエネルギーを使う最大のチャンス!

通常私達は、マインドの中で生きている。
マインドは「過去←→未来」という水平の次元で生きていて、「今・ここ」という垂直↑↓の次元を知らない。

地震や事故等の強烈なショックが起って初めて、我々は「今・ここ」に存在している事に気づく。

「肉体次元=自分」だと思い込んでいると、地震や事故は災い以外のなにものでもないが、瞑想を日々実践する者にとっては、「覚醒」という貴重な贈り物を受け取れる機会なのだ。


良寛さんが、地震の被災者に宛てた有名な手紙の一節がある。

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「災難に逢う時節には 災難に逢うがよく候
死ぬ時節には 死ぬがよく候 
是はこれ 災難をのがるる妙法にて候」

津波で全てを失った人の苦悩は計り知れない。
しかし、津波や地震そして台風や大火事や交通事故等々、どんな災難に逢ってもたった一つだけ失われないものがある。

それが「本当の私」だ。

全てを失った結果、たった一つだけ残ったものに目覚める事が出来たら、これこそ存在からの大いなる贈り物だ。

この世は仮の宿、全ては来ては去って行く。
やがて来ては去って行くものを失ったからと言って、それがどうしたと言うのだろう!

一刻も早く、来ては去って行かない永遠なる私に目覚める事こそ我々の最大の責務であり、それが目覚めなかったら、津波で全てを失うよりも遥かに大きな損失だ。

津波も地震もまた、瞑想を志す者にとっては「姿を変えた恩寵」であり、大いなる祝福となり得るのだ。

フーマンのヴィジョン

2011年4月11日(月) 晴れ by キヨタカ


 新宿イベントを無事終了し、昨晩修善寺へ戻った。
実家(栃木県小山市)経由で新宿へ行ったので、一週間振りの修善寺だが、満開になった桜が私達を歓迎してくれた。

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震災後の全国的なイベント自粛モードが続く中、会場の文化センターからもナイトイベントの自粛要請がありナイトイベントはキャンセルの止むなきに至った。
「東京は危険」と関西方面へ脱出した瞑想家が結構いるという噂もあり、今のこの時期に敢えて東京で行う意味があるのか?自問自答しながら行ったが、結果はやって良かった!

こんな時期にも関わらず集まって下さった参加者に、心から感謝。

今のこの時期に敢えて瞑想会をした事で、「自分の魂が何を望み何をしたいのか」が非常に明確になった。

2001年に語られたフーマンの未来のヴィジョンがある。
「恩寵の扉が開くまで」に既に掲載したが、その内容がよりリアリティを伴ったメッセージとして受け取り始めている。

少し長くなるが、参考までに「恩寵の扉が開くまで」からの抜粋を掲載する。

* * *

キ:何かあなたのワークに関する、将来の特別なヴィジョンはないのですか?
私たちがあなたのワークにどう関わって行くのかとか、、?
こういう事柄は、ヴィジョンではなく状況に応じて自発的な展開に任せるべき事柄なのでしょうか?


フ:ノー、ノー。ヴィジョンがある。
なによりもまず、私のワークはアジズのそれとは非常に違う。狙いは同じだが、アプローチが非常に違う。
私のヴィジョンだが、私とワークしている人々は、3年後にはかなり大きな変化を遂げるだろう。
全く新しいレベルの進化が始まる。


あなた自身の道は、私との直接の繋がりをだんだんと離れる。

そして、このワークの全く新しいレベルの展開が始まる。
その事を今詳細に述べる必要はない。
しかし、非常に違ってくるという事は知っておくとよい。


{この時はフーマンとの繋がりを離れる事は全く想定外であり、実はこのセッションで話された事もすっかり忘れていた。
しかし、まさに3年後の2004年が最後の来日となり、その一年後にフーマンは肉体を離れた。}


より高次の、より幅広い、より力強く大量のエネルギーに後押しされたワークが起こって行く。
そしてこのワークを遂行する人々が、「光のサークル」を日本で創り始めるだろう。
日本で、光を保持する場が出来る。
なぜなら日本は5〜6年もすると、非常に困難な時期に直面するからだ。
やがて、多くの異様な事柄が起こり始めるだろう。


それに備えてあなた方は、日本においてこの光を掲げる必要が出てくる。
この光は、非常に重要だ。
多くの違った源泉もった人々があなた方の所にきて、繋がりが起こり始める。
なぜなら彼らはあなた方に光を感じるからだ。

キ:2002年に世界的に大災害が起こると語る人々がいるのですが?

フ:イエス、特に日本は要注意だ。しかしもう少し後になる。

フ:特に日本では、様々な困難な状況が起こりえる。
 日本の大部分か消え去るとかね。

キ:え?どういう事ですか!

フ:日本の大部分が、海の底に沈むという事もあり得る。

キ:それは悪い冗談です。私は信じません!

フ:冗談で済めばいいのだが・・・地震や巨大台風等の多くの自然災害が起こりえる。

キ:本当ですか!?

フ:2010年には、今の日本は消滅する。

キ:どうしてそんな事が言えるのですか? 絶対に信じませんよ!

フ:もちろん信じなくていい。
未来の事を考え過ぎるのはよくない。

キ:そうですね。あなたが今語った事は言わないようにします。

フ:もちろん、それは重要な事ではない。
今私があなた方に働きかけている事は、準備をしていると言う事だ。
あなた方が、もっと光と繋がるようにね。
よりあなた方が真実の光と繋がれば、より正しい時に正しい場所に身を置き始める。
だから何かが起こっても、それによって影響を受けないようになるだろう。


キ:それじゃ、より光と繋がれば、自然に災害も避けられるという事ですか?

フ:そう。基本的に光を掲げなさいという事だ。
あなた方全員が、自らの光を顕現させるのだ。
ここでのワークは、あなたの為だけに行っているではない。
他の人々全員の為にも行っている。

この地上にもっと光が降り日本にもっと光が満ちれば、人々は自分自身を救える可能性が増してくる。
人々はその光に惹きつけられる様になる。
日本に様々な悲劇や災害が起こるとしたら、日本に多くの暗闇があるからだ。
日本の人々は、狂気に満ちている。
仕事、仕事、仕事、酒やタバコに溺れて、狂気に満ちた伝統に犯されている。
それは、ただの暗闇だ。


あなたやヨガビジャのような日本人は、日本のそう言った無意識という暗闇から自分を切り離す必要性と役割を担っている。
あなた方は、日本において全く新しい意識を創り上げるのだ。
あなた方全員が、これを現実化するための役割を演じるだろう。
今それが始まった所だ。


そしてこの光が成長するにしたがって、暗闇もまた非常に強くなる。
そしてこの暗闇があまりにも巨大になると、地球全体が爆発し自浄作用を起こさざるを得なくなる。
それは、暗闇を破壊する為だ。
それは、ただの「法則」だ。


キ:それじゃ、地球の破局と人類の無意識は関係があるのですか?


フ:同じだ。
この地上は、あまりにも無意識の魂で溢れかえり過ぎてしまった。
この地球は破壊されようとしている。
暗闇の意識は、この地球と自分と他の人々を破壊しようとしている。


だから、闇と光の分離が必要だ。
あなた方は愛と平和と調和に生きたいと願っている。
そうした光と闇が共存する事はもはや不可能だ。
全く新しい人類が誕生しようとしている。
だから、これらの古いエネルギーは自滅されなければならない。
旧人類は死ぬだろう。
だからあなた方はこの人類の新しい段階、つまり愛と平和と調和に満ちた新しい生き方の始まりを、この地上でそして日本で行うのだ。
これが未来に関する真実とヴィジョンであり、予言だ。
それは起こるだろう。


あなた方は自分にワークを続け、魂を目覚めさせてもっと光と繋がりなさい。
そうすればこの地球に自浄作用が起こった時に、自分の人生が何処に導かれるか、明確なガイダンスが与えられる。
あなたは日本で、既に富士山の見える美しい自然の中で生活している。

その事実を見てご覧。
あなたは、東京など大都会のダウンタウンで生活したいとは思わない。
そういった場所は、無意識の溜まり場だ。


だから自然に、もうより分けが起こり始めている。
より光がある場所が日本に出来る。
あなたのような意識を持った人々が、それを起こさせるのだ。
それはあなた方の意識の光によって、自然に創造されるだろう。
このワークは、まさにそのためにこそ行われてる。
このエネルギー全体のシフトに伴い、あなた方全員はやがて大いなる役割を演ずるようになるだろう。
あなたもその一人だ。

原子炉さん、有り難う。

2011年4月4日(月) 晴れ by キヨタカ

 福島原発の危機の今こそ、我々の「祈りの力」が試されている時はない。

祈りの方法は様々だが、先日アメリカに住む友人のAさんから、下記のメッセージが届いた。

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江本氏は、日本よりも西洋でその活動が最初に評価され、日本でもそのメッセージが有名になった方だ。
水の伝道師の愛の言葉に、さすがの水たちも怒りを鎮めて、祈りが聞き入れられる事を切に願う。


私もさっそく、原子炉さんにお祈りした。

原子炉さん、有り難う。
あなたのお陰で、今までずっと夏は涼しく冬は暖かく快適に過ごさせて頂きました。

原子炉さん、ご免なさい。
あなたが危険で危ないのではなく、危険で危ない場所にあなたを置いてしまいました。

原子炉さん、許して下さい。
あなたのせいで放射能がまき散らされたのではなく、あなたを安全に保つコストをケチったので、あなたは怒り狂っておられるのですね。
津波の被害に遭われたあなたは、どんなに苦しかった事でしょう!

原子炉さん、愛してます。
あなたは40年間、昼も夜も休む事無く、ひたすら私達の為に働いてくれました。
あなたのお仕事に心から感謝しています。
ようやくあなたに頼らずとも、私達は生きて行ける事に気づきました。
どうか怒りを静めて、安らかにお眠り下さい♡

想定内!

2011年4月3日(日) 曇り  by キヨタカ

 昨日の日誌で、何故今回の地震が「想定外」と強調されるのか不思議だと書いた。

その辺りのからくりを説明している広瀬さんの動画を発見したので、紹介する。

彼によると、『今回の地震はマグニチュード8.3か8.4止まりだったが、気象庁があえて別のマグニチュードスケール(モーメント・マグニチュード)を採用して、説明なしに9.0と訂正して発表した。これは「想定外」と思わせるための「大陰謀」である。その理由は今回の福島原発事故の…』

興味のある方は、ぜひ下記の動画をご覧下さい。
http://www.ustream.tv/recorded/13570192

しかし前回(3月21日)に引き続き、また広瀬さんの動画を紹介するのも気が引ける。
何でも「陰謀」に結びつけたがり、非常に口が悪く怒りと恐怖が言論のベースあるので、私なんかはちょっと引いてしまう所もあるが、そうした点を差し引いても傾聴に値すると思う。


 「いたずらに不安を煽ってはいけない」という事は大切だが、「不安を直視しない」というのはさらに危険だ。

私の姉が子宮がんの手術をした時、「悪い所を切ったからもう大丈夫よ」と安心して、以前と全く同じライフスタイルに戻ってしまった。
その時「病気とは身体からのメッセージだから、メッセージに耳を傾けてライフスタイルを変えないとまた癌が再発する」と私は直感していた。
そして姉の能天気な言動に身震いしたものだ。

しかし不安を煽るのもどうかと思い、忠告をためらい姉の言動を最大限に尊重している間に癌が再発して、とうとう帰らぬ人となった。
今では、不安を煽り恫喝をしてでも新しいライフスタイルをする手助けをすれば良かった、と後悔している。

今福島の原発で起っている事は、本当は日本国存続の危機とでも言える程憂慮すべき出来事なのかもしれない。

テレビもマスコミも「風評被害」の方を強調しているが、もうそのレベルではない。
もっと真剣に原発の恐怖と直面して、ただちに原発の全面停止を決断すべき時だろう。

例え100歩譲って今回の福島原発は「想定外」の震災によるものだったとしても、例えば浜岡原発はどうだろうか?
東海地震の30年内の発生確率は87%、原発付近には8本の活断層がある事が知られている。

これはどう考えても、「想定内!」だ。
想定内だったら、想定に沿った行動が必要。


日本原発の電気量依存度は3割弱。

例え原発が全て止まる事で日本の経済が傾いても、サラリーマンの給料も下り、リーラスペースの便座が冷たくウォッシュレットが水になっても、日本が消滅するより遥かにましだと思うのだが…?

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想定外!?

2011年4月2日(土) 晴れ by キヨタカ

 今回の震災は、テレビやマスコミは口を揃えて「1,000年に一度の大津波」とか「想定外」の地震と語っている。

しかし私にとっては「想定内」であり、震災被害に会われた方々には大変申し訳ないけれども「思ったより被害が少なくて良かった」と言うのが、正直な感想である。
そして「これでは終わらない筈」という想いが強くあり、最悪の事態に対する覚悟が問われ続けている。
そして、唯一安全な場所である「これ」を想起する事が強まり、同時に「「これ」とともにいれば絶対に大丈夫だ」という安心感がある。


なぜ今回の震災が「想定内」かと言うと、実は2001年のフーマンの個人面談で、「2010年に日本の大部分は海の底に沈む」という予言を聞いたからである。

しかし「いたずらに人々の不安を煽らない方が良い」との出版社の意向もあり、
「恩寵の扉が開くまで」の中では削除する事にした。


私個人の直感としても「絶対に日本は沈まない」という確信があったが、しかしどうしても気になる。

そこで日本の巨大地震に関して調べて見たのだが、ご存知の通り日本は4つのプレート(ユーラシア・北米・太平洋・フィリピン海)がひしめき合う場所にあり、海溝型巨大地震だけでもほぼ必然的に定期的に地震に見舞われている。
そしてマグニチュード8以上の「三陸沖地震、東海地震、東南海地震、南海地震は近い将来必ず起る」というのが地震学者の定説である事を知り愕然となった。

だから今回の地震でも当然想定内の筈で、ことさら貞観地震(869年)を引き合いに出して1000年に一度と強調するのも妙な感じがする。
実際に100年前に明治三陸地震(1896年)で38.2メートルの大津波を体験しているではないか!

さらに直下型地震を含めると、日本中で安全な場所は皆無と言って良い。
「日本の最南端の石垣島あたりに避難すれば安全」と思う人もいるだろうが、何と日本最大の大津波はまさにその石垣島で起っている。
(1771年、最大85.4メートル)

だから「日本の大部分は海の底に沈む」という最悪を想定すれば、今のところ全ては「想定内」でありどんな事態に対しても冷静に対処出来る。

フーマンの言葉を削除した事で、あの本のインパクトがかなり弱まってしまった。
今はちょっぴり後悔している。

ガソリン不足!?

2011年4月1日(金)  晴れ by キヨタカ

 大自然とは、素晴らしくもありドライでもある。
大震災などどこ吹く風と言った感じで、修善寺も春爛漫となりつつある。

春の到来と共に、リーラスペースも芝や草が伸び始めて庭の手入れが忙しくなる。
今はN氏が庭の手入れの一切を引き受けてくれているので、大助かり。

芝刈り機や草刈り機にはガソリンが欠かせない。
N氏からスタンドで購入して来る様に頼まれていたのだが、ガソリン不足の折り「買い占め」と思われるのも悔しいので先延ばしにしていた。

4月に入り災害復旧も本格的となり、ガソリン不足も一段落した様なので、本日ガソリンを買いに出かけた。

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スタンドに到着するなり

「灯油ですか…?」という、店員さんの困惑した表情が。

灯油タンクを見ると「本日は入荷してません」との張り紙も。

「ガソリンですよ」というと、それならオーケーとの事で、事なきを得た。

オーナーによると、東北地方優先との事で、修善寺の様な田舎の小さなスタンドでは灯油やガソリンの入荷がドタキャンになる事が今でも続いているそうだ。

電線や配管パイプといった工事用資材も供給不足が続いていて、業者は大変だとの事。

修善寺を含む全国の旅館業者も、客足が途絶えて死活問題になっている。

リーラスペースも計画停電の影響で、3月のリトリートはキャンセルとなった。
もっとも、従業員も施設も抱えてはいないので、リーラスペースは死活問題にならない所が有り難い。


四柱推命という東洋の占いでは、今年の私の運命は「天中殺」という事になっている。

この時期はあまり新しい物事にチャレンジしたりせず、じっと内側に籠って生まれ変わる時期らしい。
蝶になって飛翔する前の、サナギの段階だ。

だから今回の一連の出来事も、私個人にとっては運命の一連の流れに沿う出来事だと解釈している。

そして私個人だけではなく日本全体にとっても、今は「生まれ変わり」の為に新しい在り方を模索する時期だと思う。
日本全体が「天中殺」の時期なのかも知れない。

復興も大切だが、過去に戻っては意味がない。

国際競争力とか大資本主義時代という言葉に踊らされ、大量生産・大量仕入れ、大量販売・大量消費が蔓延し、個人商店が押しつぶされ日本全国同じ様なコンビニや電気や居酒屋等のチェーン店のみが幅を利かせている。
大量生産・大量消費に電力は不可欠で、原発も日本経済の発展には不可欠との主張が当たり前となっていた。

しかし「どうも変だ」と多くの人々が思いつつも、この流れを止める力はなかった。

しかし、大震災という過酷な運命は、我々日本人にもういちど自分達の在り方を問い直す千載一遇のチャンスを与えた。

これを機会に、新しい在り方を日本人全員が模索する非常に大切な時だ。

自分の在り方が明確になれば、新しい社会を築く事は大きな喜びとなる。


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