« 旅は道づれ | トップページ | シングルマン(ネタばれあり) »

現在への覚醒

2011年7月10日(日) 晴れ by キヨタカ

 ごく時たま
 非常に明晰な瞬間が訪れる

 ほんの数秒だがー

 静寂が雑音を消し
 感覚が冴える

 思考ではなく
 私には感じられる

 世界は清新になる

 今 誕生したかのように…


 その瞬間は続かずー
 
 しがみついても消えてゆくが

 これこそ命の泉

 現在への覚醒

実はコレ↑、最近ツタヤで借りたDVDの、主人公の最期のセリフである。

来週から修善寺リトリートがあるが、リトリート後の後泊で時々皆でDVDを見たりする。
先日ふらりとツタヤに立ち寄って、たまたま手にしたDVDの宣伝文句に惹かれた。

愛する者を失った人生に、意味はあるのか
人生の全てがつまった たった一日の物語

愛妻に先立たれて、生きる意味を失った中年男性の、再誕生の物語だろう。
リトリートの後泊で見るに最適!と判断して、さっそく借りて見た。

ところが、この主人公が長年連れ添ったパートナーは男性で…最初から見事に予想をひっくり返された。

しかし、映像やセリフや音楽の一コマ一コマが、とても美しくハイセンスな映画だ。

 目が覚めて最初に思う事、それは”在る”(am)と”今”(now)

冒頭の、朝夢から醒めた主人公の最初のセリフからして 意味深だ。
主人公は、ステート オブ プレゼンスの修行中か!?と、一瞬思ってしまった。

しかし小難しい哲学的内容ではなく ストーリーはシンプルで 感情や表現は押さえながら 非常に感性豊かな映画に仕上がっている。

タイトルは、シングルマン。
ホモ・セクシュアリティの世界に疎い私にとって 主人公の感覚に違和感を覚えつつも そうした世界に耽溺出来る感性の持ち主に軽い嫉妬さえ感じさせる。  

監督は世界的に有名なファッションデザイナーだそうで、センスが良いのも納得。


「英国王のスピーチ」でアカデミー賞主演男優賞を受賞したコリン・ファースの演技も、素晴らしい。

Downloadedfile


通常、私達は幸せを、命の源泉を外側に求めている。
それは、大金であったり、出世だったり、愛人だったり、未来の成功だったり…

そうした全てを喪失し、未来への希望を全て失って、今日が最期の日と覚悟を決めた時、自己の内面から命の泉が湧き上がり、現在への覚醒へと導かれる。

現在への覚醒は、決して知的に理解するものではなく 感じるもの。

鋭く感性が研ぎすまされ なおかつリラックスして今に寛いでいる時に それは思いがけず やって来る恩寵のなせる業。

真実の一瞥をかいま見せる、素敵な映画だ。

…、しかしリトリートの後泊で見るには、さすがにちょっとためらいがある。

« 旅は道づれ | トップページ | シングルマン(ネタばれあり) »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

暑い日が続きます。お健やかそうでうれしいです。

何を読んでも、よくわからん(^^;と思う
私ですので、誰のせいでもありませんが

「現在への覚醒」 とは!(笑)なんですかね
よくわからない・・

それが ひとつの対象への覚醒ということは
「過去への覚醒」も可能だろうか?

そうした時の覚醒とは何をさすのでしょう?

感情でしょうか思考でしょうか・・どのようであったのかを
ありありと見る事ができる・・とか

ですかね? 「未来への覚醒」は可能だろうか?

あるいは・・「右耳への覚醒」・・「左足首への覚醒」

もし、「現在への覚醒」が可能なら、他のあらゆる「~への覚醒」が

可能なように思えます・・

けれど。 自己 そのものも覚醒といえば意味はひとつ・・

つまりは、自己覚醒だし(^^;

・・「現在への覚醒」って 案外指し示す意味は広範囲ですよねぇ・・

・・つまりは、たいがい「わからん話だよな」と思う

そういえば

エドガー・ケーシーと呼ばれた人は
唯一覚醒した時、他の人からは

ぐっすり眠って見えたらしいですよね。。。

言語は相対でしか成り立たないらしいので・・

眠りのせいで、覚醒という表現が出てくると

そう考えると

過去と未来に対して、すっかり眠り込めた時なら
やっぱりそれも

「現在への覚醒」と 呼んだってかまわないのかなぁ(^^;

とか、一見 おバカな思考に聞こえるかもしれませんけれど

過去が、夢にすぎないと覚える瞬間が、あるのかもしれませんよね。

pramataさん

いろいろと頭を悩ませてしまったようで、申し訳ない。

あれは映画の日本語字幕をそのまま引用したもの。
誤訳だからわからなくて当然…と言いたいところだけれど、それでは翻訳者に失礼かも…。

オリジナルのセリフは
They pull me back to Present.

直訳すると、「それらは私を現在へと引き戻す」

でも、それでは字幕として適切とは言えません。
だから、この様な表現となったのだでしょう。

映画を見ながらこのセリフを聞くと、これで全く違和感はありまえん。
興味があれば、是非ビデオで見て下さいね。

ところで、このセリフで使われている現在とは、過去→現在→未来という時間の流れの中での現在の事ではありません。

時間の流れと自分を同一化していると、遅かれ早かれその流れの終わりに死が訪れる事に気づき、生きる意味を失うでしょう。

映画の冒頭では、まさにそこから物語が始まります。

そして命を断つ決意をして、最期の一日を過ごすうちに
洞察が訪れて、永遠の今の一瞥を得て、「何もかもが あるべきようにある」という心境に至ります。

映画は映画として美しく、よく出来た作品とういうのも
ありますよね。。。そうでしたか。そのような映画なのですね。

それにしても(^^; 

>時間の流れと自分を同一化していると、
>遅かれ早かれその流れの終わりに死が訪れる事に気づき、
>生きる意味を失うでしょう。

・・・実に奇妙な一文だ(笑)難解だ。
・・しかも 奇妙すぎて・・わからん。

>死が訪れる事に気づき
>生きる意味を見出した。

だったとしても、何も変わらない・・関心は、そこではありません

最初の 一行の中にあります(^^;

これは・・どういう事を意味するのでしょうか?

つまり・・

 時間の流れと同化していなければ

 死が訪れることに気づくことが

 出来ない場合もある ということですかね?

ありそうだけど、、、無さそうかな?・・とか・・いや あるな

とか さまざまだな(^^;

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 旅は道づれ | トップページ | シングルマン(ネタばれあり) »

メインホームページ

リンク

無料ブログはココログ