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変容がカギ

2011年10月29日(土) 晴れ by ヨガビジャ


きのう遅く小山から伊豆に戻りました。

午前中は荷物の片付けと洗濯をしていてあった言う間に過ぎました。
お昼ご飯を済ませてパソコンで新聞を読んでいたら、こんな記事に目が止まりました。


***

塩害農地を1カ月で再生 大幅短縮、ベンチャーが開発

・・・東日本大震災で津波による被害を受けた農地は青森、岩手、宮城、福島、茨城、千葉の6県で計約2万4千ヘクタール。政府は、十分な量の真水で塩分を流し出す除塩作業などで「おおむね3年間での復旧を目指す」としている。

これに対し、マイファームが開発した改良材は、数種類の微生物と有機堆肥(たいひ)を混ぜたもので、微生物が土に残った塩分を分解する。「約1カ月で作付けができる土壌になり、3カ月でほぼ元通りの土壌になる」という。

***


私はこういった方面に関してはまったくの門外漢なので、単純に「すごいな〜。よかったね♪」と思いました。
同時に政府の「真水で塩分を流し出す」方法を読んで、日本は「水に流す」文化だって本に書かれていたことを思い出しました。

この「水に流す」という発想は日本が水の豊かな自然に恵まれていることの表れであり、世界に共通するものではないとのこと。そいえば水が貴重な砂漠地帯では食器を砂漠の砂で洗う(?)地域もありましたよね。。

この「水に流す」ということについて、今では多くの人が気づいていますが、流してしまえばすっきりおしまい!ということではないですよね。
工場排水をそのまま川に流せば川や海が汚れます。自分の目の前からなくなってしまえばきれいになった気がするだけで、視点を変えばなにも変わってはいないです。


人の想いや感情にも同じことが言えるそうです。

自分の怒りや悲しみといった感情は周囲の人にぶつける(表現する)ことが本人にとって助けになることもありますが、それは一時的にそういった感情から開放されるだけで、視点を変えれば一度発せられたや思考や感情は地上に(もしくはぶつけた相手の中に)エネルギーとして残るのだそうです。
そういう意味で宇宙的な視点から見れば、人間の否定的な思考や感情は垂れ流され公害のように地球を汚染しており、それは宇宙にも影響を与えているのだとか。(ちょっとトンデモですが)

人類はもっと自分の感情に責任を持つ必要があるそうです。

私は、人が生きていれば否定的な感情がやってくるのは自然なことのように感じます。問題があるとすれば、私たちがその対処方法を知らないことなのかもしれません。

そのカギは「変容」させること、
そして、それを可能にするのがハート・・・

結局、そこに思い至ってしまいます。

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コメント

思考や感情が残って、地球や宇宙を汚染しているという感覚は、漠然とですがありました。やはりそういうことはあると思います。

今は世界的に多くの問題が噴出していますが、社会的・政治的な側面だけでは解決できず、一人一人の内面を浄化していくことも行っていかないと、どうにもならないのではないかという気がしています。

感情をため込んでいても良くないですが、周りにネガティブなものをまき散らしていると、どれだけ害になるか、そしてそれが自分に返ってくるということを、もっと私たちは自覚する必要があると思います。

以前から疑問というか、少し引っ掛かっていたのですが、例えばダイナミック瞑想、あれで発散された否定的感情はいったいどこにいくのでしょうね?


あれも、もしかして地球汚染なのか?

なんて思う事があります。

昔、小さな部屋でダイナミック瞑想で感情をリリースさせたあとは窓開けて空気の入れ替えとともに
自分が放出させたネガティブなエナジーも換気させていましたが・・・考え過ぎでしょうか?


まあ、宇宙は広いからその辺は無礼講か、なんて感じで今も時々やってますが(笑)

なんかアホっぽい質問ですいません。

天地人さん

私は社会や世界というのはひとつの概念のように感じています。それらを構成しているのはひとりひとりの個人なので、個人が変わらずして社会や世界を変えることは不可能のように思えます。
逆に言えば、個人が変容すれば社会や世界も自ずと変化していくのでしょう。よりよい社会を…という想いは大切ですが、それは自分自身をなおざりにして為されるものは思われません。だからこそ自分の思考や感情に責任を持つということが大切だと思うのです。

シングルマンさん

ダイナミック瞑想はたんにカタルシス(浄化)だけが目的ではなく、荒いエネルギーをより精妙なエネルギーへと高めるための瞑想であると思います。

否定的な感情を開放することで、それは地球の汚染になっているのかもしれません。
でもそのあとのステージで自分の内なる静けさ(プレゼンス)に触れ、それが起こったことに対する喜びと感謝をダンスで表現することにより、自分の発したネガティブなエネルギーは中和されるのではないかと思います。

地球の海は本来とても強い浄化力を持っているのだそうです。まだ地球の人口が少なく工業化が進んでいなかった頃は、人類の排出する汚水は浄化され地球は健全に保たれていました。文字通り「水に流す」が機能していました。でも今はそのバランスが崩れ地球の許容量を超えてしまっています。

目には見えない人の思考や感情も同じだと思います。
ネガティブを発してしまったらポジティブで中和しバランスをとることができます。いずれは思考や感情が自分ではなく、静けさを携えたプレゼンスこそが自分…というふうにアイデンティティがシフトしたら、カタルシスの必要もなくなるのでしょう。ダイナミック瞑想はすばらしい瞑想だと思います。


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