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ツレがうつになりまして

2011年10月18日(火) 晴れ by キヨタカ

 ツレがうつになりまして…と言っても、私のツレの事ではない。
映画のタイトルの事。

帯状疱疹後神経痛で引き籠りがちな実家の母を外出させる口実として、最近はよく映画に連れて行く。
シルバー割引があり安い値段で見れるので、重宝している。

母にも見せられる映画というとどうしても日本映画が中心となるが、最近は立て続けにつまらない映画ばかりだったので、今回は全く期待なしで映画館へ行った。

しかし、久々にとても良い映画を見る事が出来て、嬉しい。
期待や先入観が殆どなかったので、大満足を得る事が出来た。

「日本映画はハリウッドなんかに比べると全く太刀打ちできないな〜」と、最近の日本映画を見る度にがっかりしていたので、ようやく救われた気がする。

「うつ」は、今や誰もがかかる可能性のある国民的病気となっており、他人事ではない。

何事にも几帳面で真面目な夫がIT会社で激務に追われてうつ病にかかってしまう。そんな夫を売れない漫画家である妻が支えて、うつという病気を通してお互いに成長して行く様子をユーモアたっぷりに描いている。

実話を映画化しただけあって、とてもリアリティがある。

この映画には様々なメッセージがさりげなく込められており、色々な角度から鑑賞して楽しむ事が出来るだろう。
医学的な立場からも十分に検証されている様に思われ、うつに苦しんでいる本人やその家族、周囲の人々にとって、うつを理解する一助ともなるだろう。

また夫婦愛の素晴らしさが暖かくさりげなく描かれていて、「病を癒すのは結局は愛なんだ」という事を再認識させられた映画だった。


私は瞑想関連の世界に長年関わっているので、「うつ」の人と接したり相談されたりする事も多い。
また私自身も、学生時代に坐禅にのめり込んで精神的バランスを崩し、半年程「うつ」と同じ様な症状で苦しんだ事がある。

その体験を通してつくづく感じるのは、うつとは病気のカテゴリーを超えているのではないか?と言う事だ。

「精神の弱い人がうつ病になるのだ」などと言う人もいる。
しかし、私はそうは思わない。

うつとは、魂が目覚めるプロセスであり、陣痛のようなものではなかろうか?

頑張る事を是とし、結果指向、未来指向、大量消費、拡大再生産の資本主義経済の中で、「する事」だけで忙しくて自分が「在る事」をすっかり忘れていしまっている人々の方が病気に思える。
ただ周囲の人たちも同じ症状なので、自分が異常である事に気づかないだけなのだ。

うつとは、「する事」から「在る事」へと、人間存在の価値観が180度転換する為の、神から与えられた猶予期間なのだ。

人が無条件に自己がただ「在る事」に喜びを見出した時、人は生きているのではなくより大いなる存在によって生かされている事に気づいた時、その時にこそ初めて、人は根本的な苦しみから解放される。

それまでは、根本的にうつの病から逃れる事は出来ないだろうが、それはそうあって然るべきものだ。

今うつで苦しんでいる人は、うつになれる感性を持ち合わせた事に感謝して、あるがままの状態に寛いでみると良い。
いつの間にか、「うつ」とは来ては去って行く実体のない雲の様な存在であり、たとえ「うつ」でも今私が在るという実体は微動だにしな事が明らかになる。
そしてやがてその実体は、愛と平和と至福に満ちたものとなるだろう。

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