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悟ろうと悟るまいと…

2011年12月5日(月) by キヨタカ

 「悟ろうと悟るまいと〜にも関わらず私は在る(I AM)」という事が解ると、意識の加速化が進む。

しかし、そう言うと…
「あたたは既に悟っているから修行も何もする必要はない」と主張するアドヴァイタ系の教えと同じじゃないか?」
と思われるかも知れない。

しかしアジズが似非(えせ)アドヴァイタとして非難していた教えとは、大きく違う。

いわゆる似非アドヴァイタは、マインドが「自分は既に悟っている」と解釈して、マインドが悟りを宣言してしまうものだ。

しかしリーラスペースのリトリートでは、実際に肉体や思考、感情の背後にある気づきの主体としてのプレゼンス(動かないもの、始めからあるもの、来ては去って行かないもの、永遠なるもの…etc、)即ちI AMをエネルギー的に体験して、そこに立ち位置をシフトする。

この気づきの主体としてのプレゼンスは、広大な意識の海そのものではない。

広大な意識の海へとジャンプする為の、「飛び込み台」の様なものだ。

そこに自分をシフトして初めて、ジャンプが可能となる。
そうして永遠なるものへ溶け去って行く…。

この「飛び込み台」つまりプレゼンスを明確に体験しない限り、どんなにスピリチュアルな本を読みあさり修行に邁進しても、意識の加速化は難しいだろう。


今回リトリートに参加された方のほぼ全員が、I AMを実際に体験された様だ。

はじまりは、ほんの些細なシフトの様に感じられるだろうが、遅かれ早かれ今までの自分とは夢そのものだった事を知るだろう。

I さんから、感想のメールを頂いた。

今回で3度回目の参加で、家でも継続的に瞑想を続けておられる。

もう既にこの広大な意識の海を堪能しておられる様で、驚いている。

あれからまだ5ヶ月なのに!

意識の進化の加速化は、私の予想を遥かに超えている様だ。

* * *

キヨタカ様、ヨガビジャ様。

リトリートでは大変お世話になりました。
今回のリトリートは私にとって特別なものになりました。
今もリーラスペースを思い出すとその場所に居るかのような暖かい気持ちになり、すっかりくつろいでしまいます。

もはやリーラは私の故郷のような気分?・・・

なんだろ~二回目の参加まではそんな風に思わなかったのに。

考えてみたら「にもかかわらず私が在る」と気付いた場所なんだから当然と言えば当然ですよね。
マインドの私ではなく本当の私がそう感じているのでしょうか。

今こうしている時も湖のような静かなハートとプレゼンスを感じています。

実は参加する直前にキヨタカさんのブログを読み焦りました。
 (↑注:修善寺日誌「大きな新しい光」2011.11.24参照)

10人が悟る~~?

一体何人参加なの?

着いてみれば参加者は12人。

きゃ~もう無理だ私・・・

と本来のマイナス思考のマインドが諦め宣言をする始末。


でもでもここからが今までの私と違うところ。

「悟ろうと悟るまいと私は在る。気付かなくても私はあるんだ」

それで悟りなんてどうでもよくなって今ここに在ろうと思いました。

これが人生最後のダイナミック瞑想。

これが人生最後のクンダリーニ瞑想。

家でしているよりもずっと身体は自由な動きをみせマインドはどんどん小さくなっていきました。

最終日のハートの瞑想のときには今まで存在する場所さえ実感できなかったハートが湖のようにあることに気がつき静かに私が広がっていきました。

今もすぐに感じることが出来ます。

にもかかわらず私は在る・・・これはすっかり定着したようです。


ありがとうございました。


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