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ゆらめくまま

2012年7月30日(月)曇り by ヨガビジャ


昨日「主婦業、向いてない」って書いたけど、ある役割を演じているといつの間にかその役割に同一化し始める自分を感じます。暑さでバテてきたり献立で悩んでいると、今体験しているその側面だけがヨガビジャのように感じられて、より本質的な自分を忘れてしまいそうになります。

日常生活における仕事や関係性、行為者としての自己との同一化はある程度避けられないのかもしれなませんが、この次元を超えた普遍の I AM 、あるいは神の分御霊の現れとしての自己を完全に忘れ去ってしまった時、「役割としての主婦=本当の私」という幻想に入っていってしまうのかもしれない。

自分が演技をしている役者であることを忘れて、その役としての生を生き始めてしまう。
そうして、自由を失っていく。

今私はカメラ越しに自然と向き合うことで、自分自身の本質に触れているように感じます。
 
Img_7021 曇天の空の下

 この一枚が
 この花のすべてを
 表しているわけじゃない
 
 
Img_7023 常に変化し続ける
 
 内も外も
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Img_7032 でもたしかに そこに

 永遠を
 
 普遍性を
 
 垣間みる瞬間がある
 
 
 
 
 
Img_7038 なにも特別なことはない
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
Img_7047_2 でも同時に
 
 特別がかくてれてる
 
 
 
 
 
 
 

 
Img_7053 日常と非日常は
 
 切り離せない
 
 
 表と裏
 
 
 
 
 
 
Img_7074 私は結果なんかじゃない

 ひとつの答えなんかじゃない

 矛盾を内包しつつゆらめく存在


 完全になんてなりたくない

 完全にあこがれる不完全でいい

 
 いや それ が いい

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コメント

忘れるからこそ、思い出すことができるんですよね!

そうですよね。。
それを繰り返しているうちに
確信となっていき
きっといつの間にか
忘れることも思い起こすことも
超えてしまっていそうな気がします

あ、それしかないや・・・ってね。

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