« 一路メッカへ | トップページ | 秋の日 »

帰国

2012年10月26日(金) 晴れ by キヨタカ

 無事に日本へ帰国。
わずか10日の旅だったが、実に充実した時を過ごせた。
 
バルセロナの街も奇麗だったけど、日本の街も奇麗。
バルセロナの場合、当局が環境整備を徹底的に行っているせいだが、日本では清掃車や清掃作業員が見当たらないのにこれだけクリーンなのだから、日本の方が一枚上手だ。
 
ところで丸ちゃんの書き込みによると、リトリートの常連の画家Aさんの作品が「東京都美術館」で展示中との事で、帰路の途中で上野へ。
 
美術館では「創画展2012」が盛大に開催されていた。
 
一般的日本画というイメージから離れ、かなり独創的で前衛的な作品も多い。
どの作品もかなり気合いが入っていて、一辺が2メートルを軽く超える大作がずらり。
 
スペインでは、想定外のガウディやピカソやムージのサットサングにやられっぱなしだったが、こうして見てみると日本人も素晴らしい。
 
同じ型破りでも、どこか宇宙との調和を感じさせる作品が多い。
お目当てのAさんの作品は、「審査員」側の作品なので会場のかなり奥の方にあった。
 
タイトルは「樹空」
 
この絵の前に立って見ると、最初はあれ?と思う。
認識の角度が違うのだ。
 
作者と同じく自分も仰向けになって 樹木の中に寝転んで空を見上げてみると いつの間にかこの絵の中に吸い込まれている。
 
以前修善寺日誌紹介した漱石の漢詩を思い出した。(*参照)
(仰臥 人啞の如く  黙然 大空を看る   大空 雲動かず  終日 杳かに相い同じ)

漱石と同じく、「天に預ける」感じが伝わってくる。
しかし、それだけではない。
ハートが全開になり、恩寵が燦々と降り注いで存在と一つになった喜びが溢れ出て来る。
 
天上界の金色の光に満たされ…しかもそれが内側から溢れ出してくるような、とても心地よい作品だった。 
 
ピカソの絵は 例え何億円もする作品でも、とても瞑想ホールに飾る事は出来ない。
しかしこの絵なら、リーラスペースの瞑想ホールに良く似合う。
 
修善寺についてから久しぶりの温泉を満喫して、いつもより遅く8時過ぎに起床。
 (バルセロナはまだ午前1時)
 
眠い目をこすりながら、眺めた富士山の頂上には、もう雪が…
富士山には、白い帽子がよく似合う。
 
Photo
 
 
 
 
*参照

ヨガビと漱石

9月18日(火)  曇り   by キヨタカ

 16日のヨガビの日誌「天に預ける」を読んて、漱石の石碑を思い出した。
明治の文豪、夏目漱石は修善寺と縁が深い。
リーラスペースからすぐそこの修善寺自然公園内に、漱石の石碑がある。
漢詩で難しいが、碑文の内容は下記の通り。

Photo

仰臥人如唖  黙然看大空
大空雲不動  終日杳相同

病気療養のため修善寺に逗留中の漱石は喀血し、生死の境をさ迷う。ようやく危機を脱出した漱石は、一日中ただ黙って仰向けに空を見上げて動かぬ雲を見つめている有様を読んだものだ。
(仰臥 人啞の如く  黙然 大空を看る   大空 雲動かず  終日 杳かに相い同じ)

命の危機に瀕した漱石は、自分が生きているのではなく天と廻りの人々によって生かされている事に気づく。
そんな漱石が最後に到達した心境が「則天去私」、「小さな私を去り天に則した」生き方を顕す素晴らしい言葉だ。

畳にゴロンと寝ころんで青い空と白い雲を見ながら、「天に預ける」生き方に思いを馳せるヨガビと、終日黙って空を仰ぎ「則天去私」に目覚める漱石の姿が妙にダブって、そのミスマッチにおかしさがこみ上げてきた。

カラマーゾフ兄弟の話をしたら、「それって最初に飛行機を飛ばした人?」とのたまった、文学には全く縁のないヨガビと、文学の神様の様な漱石が同じ心境に到達するのである。

真理へ至る道は様々でその表現も限りないが、真理は一つである事を改めて思い知らされた。

« 一路メッカへ | トップページ | 秋の日 »

旅行」カテゴリの記事

コメント

おかえり〜♪

キヨタカさん、おかえりなさーい。sunキヨタカさんの旅行記とよがびさんの日常、毎日楽しかったです。happy01
もっともっと読みたかったので、またぜひとも海外遠征お願いしますねー。
それと、よがびさんの瞑想会、どんなふうだったのか知りたいのでぜひとも報告お願いしまーす。note
リトリートの常連の画家Aさんの作品、わたしも見たいです。heart01
創画展、次は京都みたいなので見に行ってみます~。(≧∇≦)

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 一路メッカへ | トップページ | 秋の日 »

メインホームページ

リンク

無料ブログはココログ