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2012年10月

満月

2012年10月30日(火) 晴れ by キヨタカ

実家に戻り、ショートステイに滞在中の母を迎えに行く。思ったより元気で、施設でも人気者になっているらしい。

家に着いてから、楽しそうに施設の様子を語ってくれた。

母の話によると、最近この施設に昔のお友達が入所して来たそうだ。

しかし残念ながら認知症ですっかり顔つきも変わってしまい、母の事も判別出来ないという。

すごく残念そうに語るので、さぞかし人生のはかなさを悲しんでいるだろうとおもいきや、テレビでプロ野球の日本シリーズを夢中で見ている。

私が母の様にこの世が全てと信じていたら、諸行無常の世をはかなんで眠れない夜を過ごすに違いない。

いやな事はサッと忘れて、自分の楽しい事のみに目を向けられる母がある意味羨ましい。

今夜は満月。

夜散歩に出て、お寺の前を通りかかり夜空を仰ぎ見ると、満月が煌々と輝いている。

Photo_4

OSHOによると、古来悟りを開いた人々の多くは満月の日なんだとか。

OSHOは、満月の日に悟ったと言う。

お釈迦様が満月の日に生まれ、悟り、亡くなったという話も有名だ。

確かに、満月近くなると、とてもパワフルなエネルギーを感じる。 

 

 

満月の夜は、諸行無常の現象世界を離れて、リアリティへの扉が開く絶好のチャンスだ。 

眠れない夜も、素晴らしい。

新しい経験

2012年10月30日(火) 曇りのち晴れ by ヨガビジャ 

 
遅れましたが、先日ここで告知した女性だけの瞑想会のご報告です。
 
参加者は私ひとり。 
とても贅沢な時を過ごすことができました。 
 
好きな音楽を流して、途中海岸へ散歩に行って、また静かに座って・・・。 
 
下見に来たときは気がつかなかったのですが、かすかに波の音が聴こえていました。そしてたまにピーヒョロヒョロ〜♪とトンビの鳴き声も。 
時間が過ぎるにつれて変化していく障子越しの光に平和を感じたり。。
 
ただ初めて利用したこの施設、使ってみて分かったことがいくつかあります。 
じつはこの場所はある施設の会議室なのですが、メインの方の施設のお客さまが来られると少々にぎやかになるのでした。 
特に会議室の入口の横にお手洗いがあるので、団体さま(とくに年配女性)が来られると、なんというか・・・パワフルです。。
 
でもね、その声を聞きながら思い出したんです。
 
フーマンが言っていたことを。
 
 
今、あなたの問題はどこにある? 
 
あなたがハートにいないとき 
 
問題が存在する。 
 
 
それを想い出したらこのおばちゃんたちの声も、トンビのピーヒョロヒョロ〜♪とたいして変わらないんじゃない?って気がしてきました。
 
たぶん、ここ、また利用します。^^ 
 
 
Photo_2 休み時間、海岸に行くと 
 やはり貝殻を拾う習性が。。 
 時間があっという間に過ぎてしまうので 
 コンクリートの階段を上って戻ろうしたら 
 日なたぼっこ中のノラ猫に遭遇。また道草。
 
 
時間配分、考えないと。。^^;
 

完全な?

2012年10月29日(月) 晴れ by キヨタカ

 昨日、覚醒の3要素に加えて、もう一つのファクターについて紹介した。
 
私の場合「完全な自信を持つ」必要があると、フーマンに言われたのだ。 
 
最初はとても嬉しかったのだが、この「完全な」というものが実にくせ者で、後からとても苦しむ事になった。 
 
例えば私はオーガナイザーとして活動していたが、誰をオーガナイズしても一長一短がある。
 
フーマンも、完璧ではない。
 
だからオーガナイザー時代には、自分がしている事に対して「完全な自信」を得る事はとうとう出来なかった。
 
独自の瞑想会をするようになると、最初はなかなか人が集まらず自信がない。
 
ところが結構な人数が集まりだすと、ようやく自分に自信を持つようになる。
 
しかし次のイベントで参加者が少なくなると、とたんに自信を失ってしまう。
 
肉体に関しても、調子の良いときはかなり自信があるけれども、ちょっと風邪を引いたり体調が悪くなると、自信を失う…。
 
結局のところ、この自信の根拠を外側に求めている限り、「完全な」という事はあり得ない。
 
「完全」とか「絶対」とかの言葉は、この現象世界に生きる限り不可能だ。 
 
逆に「完全な自信を持つ」人というのは、非常に危うい。
 
ヒットラーやナポレオンは突出しているが、政治家や実業家にこうしたタイプの人々が結構いる。
宗教指導者となると、自信のない指導者の方が珍しいくらいだ。
 
しかし、自信を吹聴する人ほど、強烈な劣等感がその背後に隠れている場合が多い。
 
 
さらに、「完全」や「完璧」は、狂気の世界と紙一重になる可能性がある。
 
かくいう私自身、学生時代に坐禅中「完璧に悟った!」体験をした事がある。 
全身から花の香りが漂い、頭が非常に冴え渡り、世界救済に関する完璧なビジョンが見える!
 
非常に喜んだ私は、指導教官の下へ馳せ参じて、「先生、世界がどうやって救われるか、解りました。記者会見を開いて下さい!」と宣わったのである。 
 
…その結果、精神科医のお世話になり、睡眠薬と精神安定剤をもらって強制的な自宅療養をするハメに陥った。
(精神病院に入院せずに済んだのは、この精神科医の適切な対応のおかげだ。) 
 
そんな苦い体験もあり、最終的にこの「完全な」という言葉は手放す事にした。 
 
…たった一つの例外を除いて。
 
それが、「私が在る」というリアリティだ。 
こればかりは、世界中の誰もが否定出来ない。 
 
どんなに否定しても、手放しても、しがみついても、気づいても、忘れてしまっても…それとは無関係に、リアリティとして「私が在る」のである。 
 
仏陀は、「私はいない」と語ったそうだが、それを語る人はしっかりと存在している。 
これを書いている「私は在る」
 
これを読んでいる「あなたは在る」 
 
そして私とあなたは、同じ「普遍のI AM」という源泉からユニークな個人としてこの現象世界に現れている。
 
だから、完全な自信を持つ事はさっさと手放した方が楽だ。
 
自分の不完全さの中に寛ぐ事、それこそが逆説的に、「完全な自信」への鍵となる。

ワンピース・ファクター

2012年10月28日(日)雨 by キヨタカ

最近の一番明るいニュースと言えば、iPS細胞で再生医療に革命を起しつつある山中教授のノーベル賞だろう。
 
それまで誰も試みなかった細胞の初期化に成功、再生医療へ大きな可能性を開いのだからノーベル賞も至極当然だ。
 
研究のプロセスで偶発的に歴史的な発見をして、それがノーベル賞となる幸運な学者もいる。
 
しかし山中教授の場合、研究の当初から常識的に無理と思われる”細胞の初期化”という明確な目標を掲げ、小さな実験室からスタートして遂にそれを可能にしてしまった。
 
明確なビジョンの下に、絶対に諦めないで不可能を可能にしてしまう所は、アップルの創業者スティーブ・ジョブズみたいだ。
 
iPS細胞の”i”が小文字なのは、発見当時話題になったアップルの”i”Podを真似てのシャレだというが、お互いに相通じるものがあるのだろう。
 
ところで山中教授は、iPS細胞を使った再生医療について、次の様なビジョンを語っている。
 

「iPS細胞(の利用)は究極の形ではなく、体の中でその人自身の再生能力で再生するという流れに変わると思う。iPS細胞は過渡的なものだ」

 
人間には本来、信じられない程の可能性が秘められている。
 
もしその人自身の再生能力が完全に発揮出来るようになったら、世界は大変容を遂げるだろう!
 
 
ところで山中教授の言う”再生”とは、しょせん肉体レベルの話であり、永遠ではない。
 
リーラスペースのリトリートは、魂レベルでの”再生”を試みている。
 
大いなる可能性を秘めて肉体人間に宿った魂としての我々は、成長のプロセスで様々なトラウマや条件付けによって、殆ど仮死状態に陥っている。
 
この仮死状態に陥った魂を目覚めさせるべく、瞑想というインパクトを与えて、”再生”を試みる訳である。
 
iPS細胞の場合、山中ファクターと呼ばれる4つの遺伝子が”再生”の要素となった。
 
瞑想にも同じ様なファクターが存在する。
それを、私はアジズから教わった。
 
それが”覚醒の3要素”と呼ばれるもので、仮にアジズ・ファクターと呼ぼう。
それが「理解」と「修業」そして「恩寵」だ。
 
しかしどういうわけか、それでも私の魂の目覚めは不完全だった。
魂の覚醒には、もう一つの要素が必要だったのだ。
 
それが、フーマンから教わった、”完全な自信を持つ”という事だった。
フーマン・ファクターだ。
 
私のマインドは、もともと非常に疑い深い。
 
それは勉強や探究の際には大いに役立った。
禅でも、「大疑団を持て」と奨励している。
 
妙な新興宗教団体やあやしいグルにハマらないですんだのは、そのお陰だ。
 
しかし、いったん魂が目覚めたら、たとえそれがどんなに小さい光であろうとそれを絶対的に信頼して「自信を持つ」という事が必要になる。
 
「自信を持つ」とは自分を「疑わなこと」だ。
 
「疑わないこと」それが魂の「強さ」を生む。
 
それがフーマン・ファクターだ。
 
ところで最近、全く同じ事を言う人物を見つけた。
 
アニメなのだが、これをワンピース・ファクターと呼ぼう!
 
Photo
 

求めない

2012年10月27日(土) 晴れ by キヨタカ

スピリチュアルな目的で海外へ行ったのは、6年振りカナダのジョン以来だ。
 
あの頃はまだ自分が「外側のマスターは必要ない」という事に確信が持てず、揺れ動いていた。
 
だから「私にはまだ外側のマスターが必要ですか?」と、ジョンに質問したりしていた。
 
あれから6年。
 
数年前からようやくにして、自己の I AMに確信が持てる様になった。
 
今回ムージに逢いに行ったのは、別にマスターを求めて行ったわけでも質問があったわけでもない。
 
ただ自分にとっては自明ではあっても、それを他の人に分ち合うという観点に立ってみると、他のマスターのワークの仕方は非常に参考になる。
 
今回ムージの所に顔を出したのは、そうした意味でとても良かった。
また非常に楽しかった。
 
おそらくムージに対して、「何か求める」という気持ちがなかったからだと思う。

Photo

 
「求めない」とは、加島祥造の名著だが、その中に
 
 求めないほうがはるかに面白くなる
 とある。
 
 
 
ウィンドだけは求めてしまったので、ちょっぴり残念な結果になってしまった。
 
しかしそれ以外は、別に求めるものはなかった。
 
その結果、ムージもスペインもみんな面白かった。
 
もし私が新たなマスータを求めてムージの所へ行っていたら、色々と他のマスターと比較してしまったに違いない。
 
そして「フーマンより神聖さがない」「アジズより論理的ではない」「OSHOの様に多次元的でない」等々、批判に明け暮れてしまったと思う。
 
その結果ムージに対してオープンでなくなり、なにも得られなかったと思う。
 
今回はただオープンでいたので、あの場のエネルギーがダイレクトにI AMに響いた。
 
今でもその共鳴は続いている。
 
今度はこれを他の人にシェアして行く事になるのだろう。
 
こうした共鳴現象は、今世界中で様々な形で広がっている。
 
今世界は、政治・経済・エネルギー・地球環境等々あらゆるレベルでますます混沌の度合いを深めている。
 
しかしそれとは別の次元で、こうした新たな意識の目覚めが確実に起りつつある。
 
今回、今まで考えた事もなかったスペイン人の間でも、こうした新しい意識の目覚めが起りつつある事を肌で感じた。
 
今生でやりたい事やリーラスペースの役割について、新しい角度からもう一度確認する事が出来てとても嬉しい。
 
今後具体的にどう表現して行くのか、自分ではさっぱりわからない。
 
しかし、「わからない」という事に寛げる様になった。
 
より大いなる意志に全てを委ねて、何が起こるかを見て行きたい。
 
どうなるかが、とても楽しみ♪

秋の日

2012年10月24日(水) 晴れ by ヨガビジャ

 
キヨタカが戻ってきたので、食材の買い物に行きました。 
 
自分ひとりだと食事がいいかげんなので、冷蔵庫はほとんどカラなのです。。
 
だけど、キヨタカが「体重を元に戻す!」と言っていたので、粗食はこのまま続行かと思っていたら、時差ボケのせいか妙にテンションが高くて、キッチンのテーブルでお茶を飲んでいるとやたらとナッツなど食べ物に手が伸びます。
 
この様子だとやっぱり粗食じゃなくて普通食かな?と、、朝買い物に出掛けた次第です。。 
 
先日立ち寄った神社が気に入ったので、またスーパーの駐車場に車を停めて狩野川沿いを歩いて神社に向いました。 
そして、一通り参拝を済ませた後デジカメを持って思い思いに散策しました。 
 
Img_8454 鳥のさえずりが
 耳に心地よく 
 
 
 
 
 
Img_8455_2 吹く風が 
 肌に心地いい 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Img_8461 紅葉には 
 まだ早いけど 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Img_8467 そこかしこに 
 秋はころがっていました
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Img_8481 ひとしきり神社を満喫し 
 鳥居をくぐって外にでると
 
 目の前には
 青紫のあさがお 
 
 
Img_8482 光を灯したような中心は 
 やさしいピンク 
 
 
 
 
 
Img_8515 川沿いをもときた方へ歩いていくと
 駐車場のもっと先の 
 きれいな色が 
 目に飛び込んできました 
 
 誰かが作った花壇 
 
Img_8526 コスモス 
 
 そして 
 色とりどりの花 
 
 
 
Img_8522 のどかな時間景色の中で 
 あわただしく飛び回る 
 ハチが1匹
 
 花から花へ
 
 私も同じ 
 なにかを求めて 
 動き続けてる

帰国

2012年10月26日(金) 晴れ by キヨタカ

 無事に日本へ帰国。
わずか10日の旅だったが、実に充実した時を過ごせた。
 
バルセロナの街も奇麗だったけど、日本の街も奇麗。
バルセロナの場合、当局が環境整備を徹底的に行っているせいだが、日本では清掃車や清掃作業員が見当たらないのにこれだけクリーンなのだから、日本の方が一枚上手だ。
 
ところで丸ちゃんの書き込みによると、リトリートの常連の画家Aさんの作品が「東京都美術館」で展示中との事で、帰路の途中で上野へ。
 
美術館では「創画展2012」が盛大に開催されていた。
 
一般的日本画というイメージから離れ、かなり独創的で前衛的な作品も多い。
どの作品もかなり気合いが入っていて、一辺が2メートルを軽く超える大作がずらり。
 
スペインでは、想定外のガウディやピカソやムージのサットサングにやられっぱなしだったが、こうして見てみると日本人も素晴らしい。
 
同じ型破りでも、どこか宇宙との調和を感じさせる作品が多い。
お目当てのAさんの作品は、「審査員」側の作品なので会場のかなり奥の方にあった。
 
タイトルは「樹空」
 
この絵の前に立って見ると、最初はあれ?と思う。
認識の角度が違うのだ。
 
作者と同じく自分も仰向けになって 樹木の中に寝転んで空を見上げてみると いつの間にかこの絵の中に吸い込まれている。
 
以前修善寺日誌紹介した漱石の漢詩を思い出した。(*参照)
(仰臥 人啞の如く  黙然 大空を看る   大空 雲動かず  終日 杳かに相い同じ)

漱石と同じく、「天に預ける」感じが伝わってくる。
しかし、それだけではない。
ハートが全開になり、恩寵が燦々と降り注いで存在と一つになった喜びが溢れ出て来る。
 
天上界の金色の光に満たされ…しかもそれが内側から溢れ出してくるような、とても心地よい作品だった。 
 
ピカソの絵は 例え何億円もする作品でも、とても瞑想ホールに飾る事は出来ない。
しかしこの絵なら、リーラスペースの瞑想ホールに良く似合う。
 
修善寺についてから久しぶりの温泉を満喫して、いつもより遅く8時過ぎに起床。
 (バルセロナはまだ午前1時)
 
眠い目をこすりながら、眺めた富士山の頂上には、もう雪が…
富士山には、白い帽子がよく似合う。
 
Photo
 
 
 
 
*参照

ヨガビと漱石

9月18日(火)  曇り   by キヨタカ

 16日のヨガビの日誌「天に預ける」を読んて、漱石の石碑を思い出した。
明治の文豪、夏目漱石は修善寺と縁が深い。
リーラスペースからすぐそこの修善寺自然公園内に、漱石の石碑がある。
漢詩で難しいが、碑文の内容は下記の通り。

Photo

仰臥人如唖  黙然看大空
大空雲不動  終日杳相同

病気療養のため修善寺に逗留中の漱石は喀血し、生死の境をさ迷う。ようやく危機を脱出した漱石は、一日中ただ黙って仰向けに空を見上げて動かぬ雲を見つめている有様を読んだものだ。
(仰臥 人啞の如く  黙然 大空を看る   大空 雲動かず  終日 杳かに相い同じ)

命の危機に瀕した漱石は、自分が生きているのではなく天と廻りの人々によって生かされている事に気づく。
そんな漱石が最後に到達した心境が「則天去私」、「小さな私を去り天に則した」生き方を顕す素晴らしい言葉だ。

畳にゴロンと寝ころんで青い空と白い雲を見ながら、「天に預ける」生き方に思いを馳せるヨガビと、終日黙って空を仰ぎ「則天去私」に目覚める漱石の姿が妙にダブって、そのミスマッチにおかしさがこみ上げてきた。

カラマーゾフ兄弟の話をしたら、「それって最初に飛行機を飛ばした人?」とのたまった、文学には全く縁のないヨガビと、文学の神様の様な漱石が同じ心境に到達するのである。

真理へ至る道は様々でその表現も限りないが、真理は一つである事を改めて思い知らされた。

一路メッカへ

2012年12月25日(木)晴れ by キヨタカ

サットサングも無事に終了し、飛行機で一路メッカへ。

今回の旅の最終目的地である。 


Photo

 もっともメッカとは言っても、

 ウィンドサーフィンのメッカ

 マヨルカ島。

 地中海に浮かぶスペイン領の島で、

 年間300日が晴天というパラダイス。 

バルセロナから日帰りでも、たっぷり楽しめる距離にある。

私が初めてウィンドなるものの存在を知ったのは、マレーシアまで出稼ぎに行っていたず〜っと昔の事。

休暇で地元の「地中海クラブ」へ行って、初めての衝撃的体験をした。

「ああ、こんなマレーシアの片田舎の海でさえ楽しいのだから、本場の地中海でウィンドしたら天国だろうな〜!」と大感激をした。

あれから28年目にして、ようやく憧れの地中海へ。

「ムージとしっかり握手もしたし、後は地中海でウィンド出来ればもう今生で思い残す事はない…」

サットサングで強烈なノーマインドを体験したにもかかわらず、機内ではウィンドの事ばかり。

しかし、どんな思考があろうとなかろうと「〜にも関わらずI AM」、気分はルンルンである。

空港に到着してさっそくタクシーに乗り込み、目的地をスペイン語で告げる。


Photo_2 ドライバーには

 英語がまったく通じないが、

 外国語に関する心配は一切ない。 

 

 

 iPhoneのアプリ:自動翻訳機能が

 大活躍!

 スティーブ・ジョブズ様々である。 

 

 

 

 

思ったより遠くでタクシー料金が高く、ちょっぴり帰りのタクシー代がどうか心配になったが、いざとなったらウィンドをかっとばして空港近くまで帰ろうと心に決めて、いざ海岸へ…

…と、と、ところが、広大な海の何処を見渡してもウィンドが一艘も走っていない。

海岸では観光客がポツリ・ポツリと点在していて、後はネコ達がのんびりとくつろいでいるばかり…。

 


Photo_5

Photo_4 

 

 

 

 

 

ワケがわからずノーマインド状態に陥ったが、やっと事情が解って来た。

どうやら、自動翻訳機能の誤訳で目的地を間違えてしまったらしい。

「ちくしょう、スティーブ・ジョブズのせいだ!」 

 

…な〜んて、やぼな事は言わない。

これはきっと「何もしないで寛ぎなさい」との存在からのメッセージなのだ。 

 

「する事」から「ある事」へ、これこそが「I AM」の秘訣である。

 

かくして「これ以上の場所はないくらいの美しい海岸で「何もしない」時間をたっぷりと堪能した。

 

ミッション・インポッシブル

2012年10月24日(水) 晴れ  by キヨタカ

先日の日誌の通り、ヨガビとスカイプをした。

 

ヨガビ:「せっかく日本から来たのだから、質問したらどう?作務衣を来て目立てば、指名される…(プッチン)…」

…と途中で回線が自動的に消滅(このホテルはWifiが弱い)した。

しかし新たなミッションが下された事は了解である。

そこで日本から持って来た「作務衣」を身にまとい(…ウム謙虚な私なのに、ど〜しても目立つ(^-^;)一時間以上前から並んでようやく前から2列目の席を確保。

 

第一のミッションは完了だ。

問題は次のミッションbomb

 

質問せよ!」

今回は質問があってムージの所に来た訳けではないので、「質問せよ」と言われても非常に困る。

「禅問答」とは、訳の解らない問答として有名だが、同じ様に「アドヴァイタ問答」というのがある。(私の造語ですが・・・)


こちらは何を質問しても、返答は同じで「あなたは既にそれだ!」と言うところへ導かれる例のヤツ。

まあ、オチが既に決まっている古典落語の様なものだ。

ムージは伝統的なアドヴァイタの系譜だから、当然落としどころは同じだ。

ヨガビは「ジョンの時と同じ質問でもいいよ」と言うけれども…

キヨタカ:「私にマスターは必要ですか?」

ムージ:「そういっている貴方は誰か?あなたのサットグルは既にあなたの中にいる!」

とか言われてしまうに決まっている。

そこでとりあえず目立つ様に手を挙げて、指名されたらその場のノリで何か質問する作戦を立てた。

ほどなく満員の会場にムージが現れた。

マスター席に座り、ナマステをして、質問を促す様に参加者を見渡す。

通常はそこで参加者が手を上げるのだが、それでは積極的なスペイン人の間では目立たない。

そこで、まだナマステをしている最中にさっと手を挙げた。…フライングである。

「オッ!ムージがこっちを見た!!」

しかし「この次はあんたね」というジェスチャーだけして、別の人に指名が行ってしまった。

他の参加者のフライングの方が、私より遥かに上手だった。

よしそれじゃ、と次の質問で手を上げたら…「ムージ!」と声をあげた質問者の方へ。

「オッ、その手があったのか!今度こそ!」と再び手を挙げたら…

 

今度は涙を流して手を挙げている人へ。

 

涙にはムージも弱いようだ。

よし今度の今度の今度こそと思っていたら、質問が終わらないのに質問席でスタンバイする強者が現れて…

遂には他の人の質疑応答の真っ最中に、泣きながら壇上に駆け上がってムージに抱きつく女性も現れてしまって、、、。

優しいムージは、壇上から追放する事もなく、質問者を差し置いて彼女の話を聞いてあげたり…etc.

そういうわけで、想定外の行動をするスペイン人の前では完敗。

ミッションはインポッシブルとなってしまった。

どうやら想定外の気質がスペイン人はある様だ。

想定外の建物を創ったガウディ、想定外の顔を書いたピカソ、想定外の訳のわからないミロ等々、

UnknownImg_1085460_41985361_0_2 

 

 

 

 

 

 

領土を侵略するにしても、隣国はまだしも地球の裏側まで侵略するのは日本人にとっては想定外だ。

 

しかし、サットサング終了後にムージと両手でしっかり握手をしたので、私としては今回のミッションに充分満足している。

うれしい黄色

2012年10月24日(水) 晴れ by ヨガビジャ 

ま、また、やられた・・・ 
 
Img_8395_7
Img_8396 
 
 
 
 
 
 イノシシ
 
 
 
ダリアが球根ごとひっくり返され、
お引っ越しして元気になりかけてた 
スイートバジルが倒れて、
水仙の球根も転がってる・・・( ̄- ̄; )  
 
今回買ってきた花たちを植えた辺りは、
雑草をとりかなり掘り返してから植えたせいか大丈夫。。 

 
イノシシ・・・ 
 
もう十分食べ尽くしてるよ! うちの庭!! 
 
(メ ̄^ ̄)ノ^┻━┻ ゴルァァ~

 
 
さて、気を取り直し。。 
 
Img_8384 きのうの
 大荒れのお天気から一転
 
 今朝はおだやかです
 
 

 
 
 
 
 
Img_8371_2 つぼみだったコスモスが 
 開きはじめました
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Img_8400 ホームセンターの
 園芸売り場の片隅で
 見切り品のように
 ひとつだけ残っていた
 ウィンターコスモス
 
 明るい黄色
 
 
 
 

Img_8410_4 みている私がうれしいから 
 きっとこの子も
 うれしいに違いない

 

 

パエリア

2012年10月23日(火) 晴れ by キヨタカ

今回の旅行中、一番気をつける事は「盗難」と「食べ過ぎ」。
「盗難」に関しては、しっかりリュックサックをしょって街中を歩くので、今のところセーフ。
しかし食事に関しては、日本に戻ってから断食でもして元の体重に戻すしかなさそうで…。
昨晩も、市街の目抜き通りをあてもなく歩いていたら…
Photo_9
 
 
 
 
フラメンコを踊ったらとても似合いそうな美女に声をかけられて…
Photo_10

 
 
 
 
「食事ませんか?」と誘われたので、私とデートしたいのかと思ったら…ストリートの出店で働いている従業員の単なる勧誘でした。
 
で、結局のところパエリアを食べる事になってしまったhappy01
Photo_11
Photo_12
 
 
 
 
 
修善寺に戻ってから、体重計に乗るのが怖いshock

にじ

2012年10月23日(火) 虹! by ヨガビジャ 

 
Img_8336 虹がでましたー!!
 
 こんなに目の前で 
 はっきりとした大きな虹は 
 初めて♪
 
 
Img_8345_2 きれいだな〜♡
 
 サンキャッチャーと同じだ〜
 
 
 
 
Img_8348_2 にしても、写真ヘタだなあ
 目の前にあったのと
 ぜんぜん違う。。 
 
 感動し過ぎて 
 手摺がなければ2階から落ちてました。 
 
 
(右の空の黒い点はレンズを傷みたい… (T_T)

ミッション?

2012年10月23日(火) 雨時々曇ったり晴れり by ヨガビジャ 

キヨタカがムージのサットサングに行ってることを書いたから、私も少し書こうかな〜。 

キヨタカがカードを引いた後に私が引いたカードは、意富加牟豆美命(おおかむずみのみこと)さん。イザナギノミコトが黄泉の国から逃げ帰る時、黄泉の国の軍隊に桃の実を投げて助けた桃の神霊の神さま。 
 
Photo_8 メッセージ/
 前のことはもうすっぱりと断ち切りましょう。
 そうしてゆったりと休んでください。
 私の力は、あなたに深い休息を約束します。
 そして次ぎへのエネルギーを養うのです。
 どのような経験も土に返り
 新たな実を結ぶ糧になります。
 エネルギーに満ちた未来が待っています。
 
 (中略)
 
 
意富加牟豆美命は癒す力もパワフルです。
気持ちよい場所で、熱いアフタヌーンティを飲みながら、
ピーチタルトでも楽しんでください。
エネルギーの回復をゆっくりと待つと、次ぎへの力が湧いてきます。 
 
・・・とのことで、キヨタカ不在により実現中。
 
平和だ〜〜 (T_T) じーん 
 
とはいえ、業務連絡等もあり、たまにメールやスカイプでやり取りしてるので、あまり距離感はないのですけどね。。
 
それで、ある日こんな会話をしてました。
 
 
よがび:サットサング、どう?  (・・?) 
 
 
キヨタカ:参加者が500人くらいいて 
     かなり早く会場に行かないと 
     前の方の席には座れないんだよ…  (^_^;) 
 
     それにウェスタンはみんな積極的だから、
     質疑応答はすごい勢いで手を上げるからね〜 
     とりたてて聞きたいこともないし 
     質問しなくてもいいかなあ〜・・・
 
 
よがび:えー!?( ̄□ ̄;) 
 
    せっかくスペインまで行ったんだから、 
    なんでもいいから質問してみたら?? 
    ジョンとかにしたのと同じ質問でもいいし、
    どんな答えが返ってくるか興味ない?? 
 
 
キヨタカ:うーん、あの中で手を上げてもどうかなあ〜・・・?( ̄∇ ̄;) 
 
 
よがび:じゃ、作務衣を持ってるでしょっ?
    あれを着て、前の方の席で勢い良く手を上げれば 
    当てられるんじゃない?? 
 
    ハイッ!ハイッ!ハイッ! ( ̄o ̄)ノ   って。 
 
    それくらいしないと 
    大きなウェスタン中では目立たないよね。 
 
    じゃ、がんばってね。    ( ・_・ ) v  
 
 
 (ポチッ!…スカイプを切った音)  
 
 
ということで、残すところあと1日。 
 
どんなことになってるでしょう〜。 ( ̄ー ̄)ニヤリッ

ムージ

2012年10月22日(月) 晴れ by キヨタカ

リトリートが終わると、いつもハートが全開になる。
すると、予想もしなかった新しい可能性が開かれる。
 
前回のリーラ瞑想リトリート終了後に、富士見荘のキッチンでこんな会話があった。
キヨタカ:「さてこれからどうしよう?」
 
ヨガビ:「神様カードでも引いてみたら?」
 
キヨタカ:「そうだね。今度は参加者として他の人のリトリートでも出てみようかな?きっと立場を変えると、参考になるよね。」 
 
という事で、遊びで「神様カード」なるものを引いた結果が、コレ↓
 
Photo_3
「たけみかづちのおのかみ」
 

建御雷之男神の拡大するエネルギーを受け、いつもより行動範囲を広げましょう。
山や草原に出かけてみたり、知らない場所や会合に顔を出すのも良いでしょう。
そして大きな声で自分を表現してください。微笑みと感謝とともに。
 
キヨタカ:「…ン?誰かに似てるな〜?そうそう、ムージにそっくりだね。」
 
ムージとは、私が最近気に入っている今売り出し中のグルである。
YouTubeに大量にアップされているので、ご覧になった方も多いだろう。
ホームページを見てみたら、バルセロナでサットサング(真理の集会)があると言う。
 
「知らない場所や会合に顔を出すのも良い…」というので、久々に海外に行きたくなり、HISに電話したら、バルセロナ往復6万円のチケットがあって…
不思議にトントン拍子に話が進んで、地中海のウィンンドとサグラダ・ファミリア訪問と3点セットでムージの所へ顔を出す事にしたのだ。
 
ムージは、バルセロナで予想以上の大人気だった。
 
サットサングの一時間前なのに、サグラダ・ファミリアより長い大行列が!
最初は、アップルストアが近くあったので、iPadミニが発売になっているのかと思ってしまった。
Photo_5
 
イベント終了後には、ご覧の様に参加者からハグの嵐が降り注ぐ!
Photo_6 Photo_7
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
私にとってのムージからのメッセージは、「たけみかづちのおのかみ」からのメッセージそのものだった。
 

直感でひらめきを得、

それを大地に下ろしなさい。

ひらめきは天啓、天から落ちる雷です。

私には恐れるものなどありません。

はっきりとしたビジョンを描き、

れを行動に移しなさい。

ためらっている暇などないのです。

 


最近リトリートでは、「I AMで一切がととのう!」と良く語るのだが、どうも反応がイマイチだった。
 
これからは、もっと声を大にして天から落ちる雷の迫力で叫ぼう。
 
  annoyI AMで一切がととのう!thunder
 
…と言う訳で、今後のリーラ瞑想会をお楽しみに♪

とある神社

2012年10月22日(月) 晴れ時々曇り by ヨガビジャ

郵便局に行ったついでに少し足を伸ばして、狩野川沿いにある神社に行ってきました。 名も知れない田舎の神社ですが、境内は意外と広く大きな木が何本も茂っていたので、横の市道を通る時いつも気になっていました。 

氏子の方々が毎日掃除をされているようで境内はきれいに掃き清められ、ところどころにどんぐりがが落ちていて、木立からは鳥のさえずりが聞こえて、、とてもステキな神社でした。 
 
Photo 田んぼの向こうを走る
 ローカル線 
 
 
 
 
 
Photo_3 鳥居をくぐると 
 狛牛さんが寝てました 
 
 こちらはなんとか牛さんに見えますが、 
 もう一体はの方は両耳と鼻が削れていて
 ちょっとブタさん顔でした。。 
 
 奥には普通の狛犬さんもいました
 
 
 
 
2 鳥居のそばにはキンモクセイ 
 甘い香りとやさしいオレンジ色で
 うれしい気持ちになります 
 
 
 
 
Photo_5 とても親しみやすいのに 
 なにか凛とした空間 
 神社はいいな 
 
 喫茶店でお茶でも…
 そう思って出かけてきたけど 
 
帰って家の掃除をしよう 
少しでもこんな空間に近づくように。^^

 

サンキャッチャー

2012年10月21日(日) 晴れ by ヨガビジャ 

部屋を片付けていて、ずっと部屋の片隅に飾るともなくぶら下げていたものを窓の外へと移動しました。 

Img_8335 
 サンキャッチャーっていうのかな?
 
 以前カナダに行ったとき、
 モールにあった雑貨屋さんで見つけて
 記念に買ったものです。
 
 
 
 すると、
 
Img_8326 
 さっそく
 昇ったばかりの朝陽をうけて
 光のスペクトラムが
 部屋にたくさん現われました。
 
  
Img_8330 
 朝陽が昇る 
 いま  ここ だからこそ
 見ることができる
 
  

Img_8324 ある意図のもとで創造され 
 存在していても
 
 適切な 時 に 
 適切な 場所 になければ
 
 本来の創造の意図は 
 現象として いまここ に
 顕現することはないのだな と…
 
 
今、窓の外で砂ぼこりをかぶりクモの糸に絡まれていても、
このサンキャッチャーは満足に違いない、きっと。

過ぎたるは…

2012年10月20日(土)晴れ by キヨタカ

「過ぎたるは及ばざるが如し」と言うけれども、ここまで過ぎてしまうと、もう「何も言えねぇ〜」としか言えねぇ〜。
 
写真や映像では何度も見たけれども、この迫力だけはやはり実物に接するしかない。
 
サグラダ・ファリミリア教会のあまりにも高過ぎる尖塔を見上げながら、口をあんぐりと開いてノーマインド状態に…。
 
Photo_2
世界遺産にも登録されスペインNo1の観光名所となったせいで、早朝にも関わらず入場券を求める行列が出来ていた。
Photo_3
 
長い順番を待って、ようやく内部に入る事が出来た。
 
天井が高い建物は気持ちが良い。
 
Photo_5
しかしここまで高いと、 
なんだか天上界の神々から
 
 
 
 
「お前らちっぽけな人間どもが…」  
 
と見下げられている感じがしてしまうのは私だけか?
 
130年前に建設を始めて未だに建設途上の教会を創るとは、常識ではあり得ない。
常識という枠組みから外れた天才:ガウディという存在の奇跡に畏怖の念を覚える。
 
EUの経済危機はスペインにも及び深刻な事態だそうだが、バルセロナに限っては相変わらず世界中から観光客が押し寄せて大賑わい。
 
その観光客の最大のお目当てが、この教会だ。
 
なにしろ世界中から、私の様におよそ建築とは縁もゆかりもない人間が大勢押し寄せて口をあんぐりさているのだから、その経済効果は恐るべし!
 
スペインの観光当局は、ガウディさまさまの筈である。
 
しかし当の本人は、スペインの経済危機を救う為にこの建物を創った訳ではない。
熱心なカトリック教徒としてキリストと神の栄光を讃える為に、この建築に生涯を捧げたのだと言う。
 
だが果たしてキリストが再誕生して、この建物を見たら何と言うだろうか?
 
この教会が完成して、祭壇でキリストが「貧しき者は幸いなり」とか「神の国はあなたがたの内側にある」とか説教する姿は、シュールなジョークでしかあり得ない。
 
神と人間を二元対立的に捉えるキリスト教だからこそ、偉大な神を讃える建物を建ててしまったのだ、と西洋人のメンタリティーを笑ってはいられない。
 
我々日本人だって、全く同じ様な発想をしている。
 
例えば、奈良の大仏。
 
仏陀が再臨して、現在の仏像や仏教寺院や僧侶を見たら、恐らく卒倒するに違いない。
 
「偶像や他者を崇拝してはいけない。汝自身の光となれ!」と生涯をかけて説いた姿が、今ではばかでかい偶像として奉られてしまい、観光名所として賑わっている。
 
気の利いた僧侶は寺院を観光地として売り出したり、葬儀ビジネスで商売繁盛…
無明の人間とは、どこまでも愚かなんだろう…
  • Photo_6
 
せっかくスペインNo1の名所に来たのに、そんな事に思いを巡らしたら、ちょっと悲しくやるせない気分になってきた。
 
 
そこで、エレベーターで地上55mの尖塔へ。
Photo_7
 
さすがに、天上界からの眺めは凄く気持ちがよい。
おまけに、とても良い風が吹いている。
 
 
風が吹くと、気分がそわそわして落ち着かない。
 
「海が私を呼んでいる!」
 
ウィンドサーファー特有の病気だ。
 
そこで予定を早めに切り上げて、もう一度海岸へ向かった。 
海は強風で波も高かったけれども、凄く気持ちがよい。 
 
ガウディも、この海岸でウィンドでもしたら、あんな壮大な建物を創らずとも充分に神の威光を感じられたのにな〜と思う。
 
海岸では、ガウディの生まれ変わりと思しき若き芸術家が、熱心に「砂の城」を築いていた。
Photo_9 Photo_10
 
 
 
 
 
 
「これらの言葉を聞いても行わない者を、砂の上に自分の家を建てた愚かな人に比べることができる」 
とは、聖書の一節だが、なんだかそんなキリストの声が聞こえてくる錯覚に陥り、不思議な空間だった。
 
もしかして、この人こそがキリストの再来だったりして…shock

先住の植物たちです

2012年10月20日(土) 曇り時々晴れ by ヨガビジャ 

 
昨日はうちの庭の新しい花を紹介しました。 
 
今日は先住民たちをすこし紹介しますね。 
 
Img_8301 じつは、これはうちの庭じゃなくて
 お隣の庭木に巻き付いてなってる「あけび」。
 毎年色づくのを楽しみしてるのだけど
 待ってるうちになくなっちゃうんです。
 ちなみに、お隣はほとんどお留守で
 しかも絶対気がつかないところにあるのです。
 
どんな味がするのかなあ〜? 
急になくなっちゃうのは鳥さんたちがた食べてるのかな??
 
Img_8302 これは「むかご」。
 毎年ここの施設で
 けっこうとれるのだけど、
 今年は業者さんが
 きれいに刈ってくれちゃったから
 諦めていたのだけど、
 全然手入れしていない
 富士見荘の裏に少しだけありました。
 茹でるとお芋みたいに
 ホクホクしています。
 
 
Img_8309_2 これは「ワイルドルッコラ」の花。 
 何年か前にハーブビレッジで買った苗を
 植木鉢に植えておいたら
 種が周囲の地面に落ちて
 自生しちゃいました。
 
 さすがワイルド。。
 
 今、菜の花畑みたいになってます。
 
 
 
Img_8306_2 そして花には
 小さな蜂みたいな虫や花グモとかがいて、
 黄色い花に花グモのきみどり色が似合ってて
 かわいかったから、写真に撮ったら
 さらに小さな小さな虫を 
 お食事中でした・・・( ・・;) 
 
 ルッコラの世界で 
 生態系ができあがってる感じ。
 
 

Img_8051 そしておなじみ「つゆくさ」
 抜いても抜いても生えてくる生命力。 
 なのに 
 きらきらしてて 繊細で 
 この青をみていると 
 胸がいっぱいになります。 
 
いつか新しい花たちもこの子たちみたいに
ここの主(ぬし)になるといいなあ〜。。
 

建造物オンパレード

2012年10月19日(金) 曇り by キヨタカ

 バルセロナは、建築好きにとってはたまらない街だろう。
 
何しろ街全体が中世時代からの建造物で溢れかえっていて、そこに現代建築のしかも非常に奇抜でユニークな建築物が彩りを添えている。
 
私の滞在しているホテルでさえ、昔の帝国ホテルか!と思わせる重厚な創りだ。ガウディの先生が設計した、昔は有名だったホテルらしい。
(現在は名前も変わって、価格はそこそこだがサービスはゼロに近い(゚▽゚*))
 
Photo_3 ホテルは市の中心部に位置していて、
 カタルーニャ広場からの眺めは圧巻。
 
 なんだか昔懐かしい
 映画のワンシーンに登場している様な錯覚が… 
 
Photo_5
 街は非常に清潔で清掃が行き届いていて、
 清掃車や清掃員の姿が多く目に止まる。 
 
 
 
 
 
Photo_9Photo_7
ほぼ全ての通りは、
幅広い歩道が確保されていて、
 
 
Photo_10
 街中至る所にカフェ。
 エスプレッソがメインで、
 どこのクロワッサンも凄く美味い。
 今日は朝からコーヒー4杯、
 クロワッサンを3つ食べてしまった。
 ダイエットには大敵の街でもある。
 
Photo_12 
ガウディのサグラダ・ファリミア教会を紹介する筈だったが、 
 
Photo_15Photo_16 
 
 
 
 
 
 
途中の建物に目を奪われてとうとう辿り着けなかった。

花を植えました

2012年10月19日(金) 晴れ by ヨガビジャ 

一昨日からの雨がやっと上がりました。

ここのところ毎日少しずつ行っていた草抜きのおかげで、花壇の一角がきれいになりました。それで3日ほど前「花を植えよう♪」と思いたち、ホームセンターでお花の苗を買いました。

Photo_2 ウィンターコスモスに
 耐寒シクラメン(って書いてあった)
 アメジストセージと
 なんとかラベンダー
 あとひとつは忘れた... 
 
 
すべて寒さに強くお値段がお手頃なもので揃えてみました。。 
 
そして、気分を盛り上げるためにジョウロも購入。
 
ホームセンターから戻り、さっそく花壇に植えます。
 
放っといても増えそうなアメジストセージとウィンターコスモスの周囲は少しスペースをおいて他の背の低い花は前の方にと。。
 
お花を植えるのもあれこれ考えるものですね。
 
そして、植え終わったところでぽつりぽつりと雨が降り始め、ジョウロの出番はなし。
 
それから雨は丸2日降り続けて、今朝の花壇。 
 
Img_8256 花全体を写した方が
 いいと思うのだけど
 
 しずくがあると
 つい近づきたくなるのです
 
 
 
 
 
 
Img_8262_2 真珠のよう
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Img_8205 静謐で
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Img_8225_2 清廉
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ただ背が高いアメジストセージだけが、風雨のせいで、くたびれたタコみたいに地面にヘタれこんでいたので...
 
Img_8289_3 割り箸の添え木で
 リハビリ中 。。
 
 
 お天気のこと考えないで
 到着早々
 一番大変なときに植えて
 
 ごめんなさい。<(_ _ )> 
 
 
それとついでに言うなら、
この場所、思ったより陽が当たらないみたいだから
お引っ越しになるかも。
 
さらにさらに、ごめんなさい。<(_ _ )><(_ _ )>

地中海

2012年10月18日(木) 晴れ by キヨタカ

「先延ばしせず、今やりたい事をやる」とは、別にひなた堂の先生に言われるまでもなく、魂として現実社会を生きるために最も大切な要素の一つだろう。
 
最近のヨガビはその辺りがすばらしい。
 
いよいよ独自の瞑想会を始める事になったそうだ。
(本日の日誌を参照の事)
 
さて私の方はというと、「長年地中海でウィンドサーフィンをしたい」と思いがあってずっと先延ばしをしてきた。
 
そもそも私がウィンドサーフィンを知ったのは、30年近く前にマレーシアで仕事をしていた時に、地元の「地中海クラブ」へ遊びに行ったのがきっかけだ。
 
そこにウィンドサーフィンがあり、見よう見まねでやってみたところ非常に面白かった。
 
こんなマレーシアの辺境の海でさえ面白いのだから、本物の地中海でウィンドしたらどんなに素敵なろうな〜と、それ以来ずっと地中海は私の憧れとなった。
 
しかしずっとその機会が訪れないまま、まもなく還暦が訪れようとしている。
 
そんなある日…具体的には先日のリーラ瞑想リトリートが終わった直後に、ちょっとした「観念」が落ちた。
 
そして、突然に地中海に行こうと思い立った。
 
リトリートが始まる前までは、「親が死ぬまではもう海外には行けない」とずっと思い込んでいたのだが、それが単なる自分で創り上げていた「観念」に過ぎない事が明白になったのである。
 
試みにネットで調べたら、スペイン往復6万円というエアチケットを発見、即申し込んだ。
 
そして、突然ですが、今私はスペインはバルセロナの海岸に滞在中!
 
長年の夢だった、地中海を満喫している!
 
Photo_4
 
しかしこうした思いつきの旅というのは、すばらしいけれども、いくつかの問題点が… 
 
確かに航空チケット代金は6万円なのだが、燃料代やら空港使用料等々が異様に高く、て結局相当な額を支払う事になってしまった。
 
これはもう、詐欺に近いのではないかと思うのだが、早とちりしてしまった私が悪いので誰にもクレームはつけられない。
 
そして何よりも実際に現地に来て驚いた事は、何と地中海で浮いているのはヨットばかりでウィンドが一台も走っていない事だった!!
 
しかし、それも私の早とちり。
別の場所へ行けばウィンドが出来るのが解ったので、次回の楽しみにとっておこう。
 
そしてとりあえずバルセロナで世界的に有名な建築物、ガウディのサグラダファミリア教会を今から見に行く予定。
Images

おしらせ

2012年10月18日(木) 小雨のち曇り by ヨガビジャ 
 
 
瞑想の秋…ではありませんが、、、
最近とても瞑想というより、自分の内なるスペースに寛ぎたい感覚があります。
 
そこで、自分にそのための場を設けてあげることにしました。
 
もしご一緒に過ごしたい方がいらしたら、どうぞお越しください。
 
 
日程は10月24日(水)13:30〜16:30
 
会場はJR沼津駅から徒歩30分、バスで8分ほどの海に近い場所です。
 
その施設は海岸まで歩いて1分足らずで、先日下見に行ってとても気に入りました。
 
参加費は1000円です。
 
今回初めてのことなので参加対象は、
 ・「恩寵の扉が開くまで」を読まれ
 ・多少の瞑想経験のある女性の方  にさせていただきます。
 
 
海岸を散歩したり、静かに座ったり、お茶を飲みながらガールズ(?)トーク風のシェアリングみたいなのになるかもしれません。
もしかしたらクンダリーニ瞑想をするかも?
 
臨機応変(つまり行き当たりばったり)な感じになるでしょう。
 
それでよろしかったらどうぞ。
 
ご希望の方はリーラスペースまでメールにてお申込みください。
詳細をお知らせします。(会場、交通くらいですが…)
 
 
ところで、、私はバスや電車で移動するのが大好きです。 
 

Img_8196

 少しずつ、当たり前な日常を離れ
 いろんな役割やしがらみから離れていく時間
 
 慣れ親しんだ<私>が緩み
 自分の中にスペースが生まれる
 
 そして自然の中に身をおくと
 そのスペースへとくつろぎ
 広がっていく
 
 自然はビーイングに満ち満ちているから…
 
そんな時間になるといいな。。

言霊治療

2012年10月14日(日) 曇り by キヨタカ

ヨガビのお気に入りのブログに、ひなた便り というのがある。
プロの治療家、深山先生のブログだ。
 
とてもユニークな治療を色々と研究されている方で、その中の一つに言霊治療というのがあるそうだ。
 
量子力学のレベルでは肉体も波動だから、言霊という波動を使う事で肉体の治療も可能という話は聞いた事がある。
 
でもこの先生の方法はさらにぶっ飛んでいて、言霊に由来する特定の文字を実際に肉体にマジックで書くというもので、本当に効果があるらしい。
 
ヨガビは実際にこの先生の治療を受けたのだが、その話を聞いた時は、どうしても信じられなかった。
 
某霊能者によると、私の地球での転生回数は数百回に及ぶそうだ。
おそらく地球人を何度も繰り返し過ぎたせいで、古い観念ががガチガチに入り込んでいるらしい。
 
ところが、最近はどうも自分の頑な思い込みが少し揺らぎ始めているようだ。
バシャールとかラムサとか、宇宙人系のぶっ飛んだメッセージが大好きになりつつある。
 
本日たまたま、深山先生の講演会が東京で行われたので、「百聞は一見に如かず」という事で、ヨガビと一緒に参加して来た。
Img_0486
 
一般的な講演会ではなく、テーブルを前にして参加者を実際に治療するデモンストレーション形式で行われ、なかなか興味深い内容だった。
 
目の疲労している人へのセッションという事で、30名を超える人の中からいきなり私が選ばれて(…選ばれた事を素直に喜んでいいのか良くわからないけど)、言霊治療をしてもらった。
 
詳細は省略するが、目には「ほ」、金属アレルギーには「土」という言葉が効くそうで、実際にお腹に書いてもらった。
(↓証拠写真)
Photo
 
この言霊治療そのものが本当に効くのかどうかまだ良くわからないけれども、この先生の在り方が非常に素晴らしい。
 
スコ〜ンと抜けていて、あちらの世界と繋がってしまっている。
 
ウィンドサーファーとか武道家とかで一流と称される人に、こうした感じの人が時々いる。
 
驚くべきは、この先生はまだ30歳の前半の若さなのに、非常にセンターが定まっている。
 
新しい人類と新しい地球を創る為に、「新人類」の登場が待ち望まれて久しい。
瞑想が新人類を創り出す唯一の手段と思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
 
この先生の如く、もう既に新しい意識を体現している人々が、様々な方面で既にそれぞれの役割を着々と果たし始めている様だ。
 
先生のお話によると、人は楽しい事をしていればエネルギーが廻り病気にならないらしい。
 
その為に、今自分はやりたい事をやっているか?それとも今、やりたくない事をやっているか?自分に向き合う必要がある。
 
そして今やりたい事へ向けて、実際に行動してみる事が大切との事。
実際に行動する事で、やりたい事を阻んでいる「観念」に直面せざるを得ない。
 
そして、自分には〜が出来ないという思い込みを外す作業をする事で、喜びに満ちた人生が展開して行くと言う。
物事を現実化するには、「継続」が必要だが、そのために「努力」は必要ない。
楽しい事、喜びに満ちた事をやり続ける事で、結果的に継続が可能となり、現実化が起る…
 
この話って、何処かで既に聞いた事がある。
 
そう例の宇宙人、バシャールが語っていた事と同じではないか!
 
いよいよ、宇宙人系の人々が活躍する時代が始まった様だ。
 
人類の未来に、明るい希望の光を感じる。

魂が望む人生

2012年10月13日(土) 晴れ by キヨタカ

 昨日、「マンガラがボディを離れた」というメッセージを友人から受け取った。
不治の病を患っているという話は以前から聞いていたので、それ程のショックはない。
 
しかしこうして実際に訃報に接すると、あの笑顔に逢えない寂しさと同時に、今まで彼女から学んだ事への感謝の気持ちで胸が一杯になる。
Img_0479_4 
 
「直感のタロット」の著者でありタロットリーダーとして日本人のファンも多く、彼女のお世話になった方も多いだろう。
 
もう20年近く前になるかも知れないが、実は彼女が初来日した時の最初の通訳が私だった。
 
 
鋭い直感と豊富な心理学的知識に裏打ちされ、彼女のリーディンは非常に的確だった。
 
ストレートにズバリと問題点を指摘するので、「そこまで言っていいの?」と通訳をしながらハラハラしたりもした。
 
非常に気さくで飾らない人柄で、なおかつ反逆的で伝統から自由だった。
空いた時間にタロットで色々なアドヴァイスをしてくれたりした。
 
だから、たちまちマンガラのファンになってしまった。
やがて、彼女を日本でオーガナイズしたりもした。
 
OSHOの某瞑想技法をアレンジして日本に紹介したところ、OSHOコミューンの逆鱗に触れ、彼女はしばらくコミューンから追放、私もさんざん叱られた事なども、今となってはとても懐かしい思い出だ。
 
そしていつの間にか私のメンターの一人となり、仕事や人生にとても効果的なアドヴァイスをしてくれる大切な存在となった。
 
色々な事柄をサジェスチョンしてくれたが、要約すると「自分自身の直感を信頼して、魂の望む人生を生きる事」を実際の人生を教材として教えてもらった。
 
「魂が望む人生を生きる」とは、口で言うのは簡単だが、実際にはとても難しい。
社会の中で翻弄されていると、マインドと魂の望みの違いが解らなくなってしまうからだ。
 
例えば、リーラスペースは八ヶ岳のペンションを借りてスタートした。
原村というペンション村で一番大きなプチ・ホテルで、「Graceful/グレースフル」という名前もとても気に入っていた。
 
そこにある日、お金持ちのおじさんが遊びに来て、
「5千万円でキヨタカ君にそのペンションを買ってやるよ」と言われたのである。
 
「これは千載一遇のチャンス!神様からの贈り物に違いない!!」と思った私は、そのペンションを買う事への後押しをしてもらいたくて、マンガラのセッションを受けた。
 
すると私の意に反して:
「あなたの魂はそれを望んでいない」とズバリ指摘されて、大ショック!
そしてマインドが「〜すべき」と思い込む事と、魂が喜んでする事の違いを、嚼んで含めるように説明されたのである。
 
その時はよく納得出来なかったが、八ヶ岳を手放す事で、結果的に修善寺に住む事になり、お陰で冬場も比較的暖かく山あり海あり温泉ありの修善寺ライフを満喫している。
 
5千万円の借金を背負わずに済んだのも、彼女のサジェスチョンあっての事であり、とても感謝している。
 
その後、健康診断を受ける様に毎年彼女のタロットセッションを受けていたが、やがて私の関心がセラピーから瞑想へと完全にシフトした事もあり、自然に関係が薄くなった。
 
数年間に久しぶりにコンタクトがあった。
「タロットの本を出版したので、その帯を書いて欲しい」という依頼だ。
 
本の帯というものはその本の販売促進が目的だから、流行作家や有名人が書くのが定石だ。
だからマンガラよりもずっと無名の私が彼女の本の帯を書くのは、不可解な話。
 
でも世間の常識に捕われない彼女らしい発想に感激した私は、喜んでその依頼を引き受けた。
出版記念パーティーにも出席したが、私の帯をとても気に入ってくれて嬉しかった。
 
Photo_2
 
彼女は肉体こそ離れたけれども、彼女の魂は今後とも私達の魂を真の覚醒へと導き続けてくれるだろう。
 
〜合掌〜

真実は人を傷つける?

2012年10月11日(木) 曇り by キヨタカ

 フーマンの言う「本当に望むものは必ず手に入る」とは、普遍的真実だ。
キリストも、声高に語る。
 
「求めよ!さらば与えられん!!」
 
外側の望むものが必ず手に入るのだったら、「本当の私」という既にあるものが、手に入らない訳はない。
 
時々瞑想会で、
 
「何年も瞑想してますが、本当の私とかI AMとかを体験した事がありません。ぜひ体験したいのですが、どうしたらいいのでしょう?」
 
と、尋ねる方がいる。
 
そういう方に対しては、あの手この手を使って、「気づきの主体」としてのプレゼンスを指摘する事から始めるのだが、どんなに説明しても要領を得ない。
 
最初の頃は、キヨタカの説明が下手だからだと思い込んでいたが、実はそれとは関係ない事を最近ようやく理解し始めた。
 
その人が「本当の私」を体験しない本当の理由は、実は「本当の私」なんか、当の本人が全く求めていないからだ。
 
先日も日誌に書いたが、探究者の多くは「本当の私(Who am I?)」ではなく「こうなりたい私(Who I would like to be.)」を求め続けている。
 
だからその事をズバリと指摘して、その人の目を今の真実に向けさせる事が何よりも大切な事だ。
 
しかし、真実は必ずしも耳に心地よいものではない。
時と場合によっては、真実は人を深く傷つける。
 
かつてカウンセリングの勉強をした時に、セラピストとしての基本的ルールを教わった。
 
そのルールの一つに、「相手のキャパシティに応じて答える」というものがある。
 
知り得た真実を、やみくもにただ相手にそのまま伝えるのは、セラピストとしては未熟だ。
「相手にそれを受け入れる用意があるかどうか?」を見抜いて、それに相応しい対応をする必要がある。
 
だから瞑想会でも「不必要に相手を傷つけない」という配慮が自動的に働いて、つい当たり障りのない説明に終始してしまう傾向がある。
 
しかし「例え相手が傷ついても、それが真実であれば正直に伝えた方が良い」と、今は思う。
 
私がアジズに対して、「何年も瞑想しているのに悟れないのは何故ですか?」と尋ねたところ、
 
あなたは「本当の私(Who am I?)」は、全然求めていない。
 「こうなりたい私(Who I would like to be.)」を熱心に求め続けている。
だから悟れないのさ、ハ、ハ、ハ、と、笑われた事がある。
 
相手のキャパシティなんか全く配慮せず、年齢も瞑想歴も年上の私に向かってそのものズバリと真実を赤裸々に指摘され、私は非常に傷ついた。
 
バカにされた感じがして悔しくて夜も眠れず、一晩中泣き明かした。
 
しかしそれが衝撃となり、コペルニクス的転換が起こり、結果的に「本当の私(Who am I?)」へと導かれる事になったのである。
 
「相手にそれを受け入れる用意があるかどうか?」を判断する事はセラピーの領域での善し悪しであって、真実を探究する瞑想会にそのまま適用されるものではない。
 
相手を傷つけまいとする配慮から真実を伝えない事は、その人のエゴではなく魂をないがしろにしてしまっていたのではあるまいかと、今は深く反省している。

本当に望むもの

2012年10月10日(水) 晴れ by キヨタカ

もう10年以上前の話だが、フーマンから次の様に言われた事がある。
 
あなたは今生で、欲しいものは何でも手に入れる事が出来る。 あなたが本当に望むものは、なんでもその通りになる。 何でもだ。

数年後には、人生は全く違った展開になるだろう。 あなたがもっとスピリチュアルなルーツ、スピリチュアルなエネ ルギーと繋がる事で、変化が起こる。

ところが、言われた時はすごく嬉しかったのだが、やがて腹が立ち始めた。 
 
「欲しいものは何でも手に入れる事が出来る」筈なのに、どんなに頑張っても相変わらずさっぱり手に入らなかったからである。
 
フーマンの言葉は心地よいけれども、現実はあいかわらず厳しいな〜というのが、偽らざる心境だった。
 
しかし「恩寵の扉が開くまで」を出版する事になり、上記の文章を校正していてとんでもない事実を見落としていた事に気づいた。
そこには、
 
あなたが本当に望むものは、
 
と言う条件があったのだ。
 
そうした条件に照らし合わせて、過去を振り返って見ると、確かに本当に望んだ事はいつの間にか必ず実現していた事に改めて気づかされた。
 
例えば今、私は伊豆の修善寺に住んでいる。
高台からの富士山の眺めが、とても素晴らしい!
 
「富士山が眺める場所に住みたい」という望みは、学生時代に禅を教えてくれた松庵さんという尼僧との会話がきっかけとなっている。
 
彼女は当時、富士山がよく見える富士吉田市に庵を構えていて、わざわざ禅の指導に仙台まで通っていた。
 
「仙台に住む事も出来るけど、富士山の眺めが素晴らしくてどうしても移れない…」としみじみ語る姿が脳裏に焼き付いた。
当時坐禅を組みながら、「富士山を眺める場所に住みたい」という願いがグルグルと脳裏を駆け巡った事を懐かしく思い出す。
 
その後すっかりその事は忘れてしまったのだが、それがいつの間にか現実化したのである。
 
他にも、現実化した事が沢山ある。
 
過去の現実化した出来事をよくよく振り返って見ると、非常に面白い事に、いったんその望みを忘れてしまった事が多いようだ。
 
「本当に望む」という事に加えて「思いをいったん手放す」という事が、どうやら重要なファクターになっているらしい。
 
「願っている自分」を手放す事で初めて、より大いなる存在、つまりフーマンの言うスピリチュアルなエネルギーと繋がり易くなるのだろう。
 
そうすれば頑張らなくても…というよりも頑張らないのでスピリチュアルエネルギーがダイレクトに介入して現象世界での現実化を楽々と促してくれる。
 
私の趣味はウィンドサーフィンだが、
良い風が吹くと、頑張らなくとも、楽々と大海原を滑走する事が出来る。
 
最近は集合的なレベルで、スピリチュアルエネルギーという良い風が吹いている。
 
実に有り難い時代に我々は存在している。
 
私がただ在る事(I AM)に、感謝、感謝。

ズルリ

2012年10月9日(火) 曇り by キヨタカ

 新宿の一連のイベントが無事終了し、久しぶりに修善寺に帰宅。
すっかり季節は秋になっていて、富士山も涼しそう。
 
Img_0474_3
 季節が絶えず変化し続けている如く
 自分の在り方も絶えず変化し続けている。
 
 今回のイベントの最中に、
 どうやら新しい変化が起り始めた様だ。
 
 
イベントの途中で、ズルリと鼻水が垂れ始めた。
 
実はこれ、私にとっては新しいレベルへエネルギーがシフトし始めた兆しだ。
原因は良く解らない。
でも、エネルギーが次のステップへシフトする時は、風邪でもアレルギーでもないのに……必ず鼻水がズルリと垂れる。
 
だから私にとってはとても嬉しい出来事。
(廻りの人にとっては迷惑でしょうが…)
 
ところで、「私が在る(I AM)」とは時間と空間を超えているもので不動であり、本来は変化しないものの筈だ。
 
しかしこの現象世界の中で、それは絶えず変化するものとして感じられる。
 
そして実際に、「これ」は絶えず次のステップへと進化し続けているのだ。
フーマンも次の様に語っている。
 
 
あなたが「これ」を見出した時、あなたの進化の質が変わる。
 
 それまでは、あなたの進化はカルマの中にある。
 
 本当には、進化してはいない。
 
 実際にはただこの現象世界で、マーヤで戯れているに過ぎない。
 
 しかし「これ」が目覚めると、あなたの進化は質が変わる。
 
 真実をベースとした進化が始まる』 

 

「これ」つまり「本当の私」は初めから不変の実在として存在している。

しかしそれは真実をベースとして進化し続ける。
これは一見あきらかに矛盾している様に見える。
 
この矛盾を解くヒントが、「恩寵の扉が開くまでPart2」に「本当の私」と「境地」の違いとして、詳述されている。
 
瞑想会では、その事を富士山を例にとって最近では毎回の様に説明している。
 
外側から見ると、富士山は晴れた日も曇った日もあり、様々に変化している。
それが「境地」だ。
 
そして探究者は、素晴らしい境地(晴れた日の富士山)を求め続ける。
しかし、自分が富士山だと理解して富士山そのものへシフトすると、晴れても曇っても雨でも、それは関係がなくなる。
 
それを端的に表現したのが、山岡鉄舟の有名な悟りの偈だ。
 
「晴れてよし 曇りてもよし 冨士の山 もとの姿は変わらざりけり」
 
しかし多くの探究者は、進化した「本当の私」を未来に思い描いて、今ある実在としての「これ」を見過ごしてしまう。
真摯な探究者ならば、誰もが直面する関門だろう。
 
「本当の私は誰か?(Who am I?)」を探究している人は実際には稀だ。
探究者だと思っている人の大部分は、「こうなりたい私(Who I would like to be.)」を求めているに過ぎない。
 
「本当の私」と「境地」との違いは、いくら説明しても、なかなか理解して貰えない。
しかし本当に理解して貰えなくても、それでオーケーだと思っている。
 
リーラスペースを訪れる人は誰だって、晴れた富士山を賞賛するけれども、曇って富士山が少ししか見えないと、大部分の人は見過ごしてしまう。
 
雲の隙間から僅かに見える富士山を指差して、しっかり指摘しても…
 
 
え!? へ〜、あれが富士山?* o ̄)
 
 
…と、がっかりする人も多い。
 
私自身、フーマンにしつこいくらい何度も聞いて、何度も同じ答えを貰ったにもかかわらず、「本当の私」と「境地」の違いはなかなか理解出来なかった。
 
「悟るとこうなる」と吹聴する教師は世界中に沢山いるけれども 実はそれは探究者を惑わし正しい道から逸らしてしまう事がよく起る。
 
本人は善意で語っているのだろうが、聞く方は自分の思いをそれに投影してしまい、その結果として遠回りをしてしまう。
 
例えば、悟ると脳波が変わると言う。
 
しかしそれは「境地」であって、必ずしもデルター波やガンマー波が出る訳ではない。
「理解」もまた、春に花が咲く様に、時節の到来を待たなければならない。
 
正しい時節が到来するまでは、頭に電極を付けて遊んだりそれで商売をしても、別に何ら問題はないけれども… 
 
しかし今まさにその正しい時節が到来し始めているという兆しを、今回のイベントで感じた。
 
その何よりも動かぬ主観的な証拠が、鼻水ズルリなのである。

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