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本当に望むもの

2012年10月10日(水) 晴れ by キヨタカ

もう10年以上前の話だが、フーマンから次の様に言われた事がある。
 
あなたは今生で、欲しいものは何でも手に入れる事が出来る。 あなたが本当に望むものは、なんでもその通りになる。 何でもだ。

数年後には、人生は全く違った展開になるだろう。 あなたがもっとスピリチュアルなルーツ、スピリチュアルなエネ ルギーと繋がる事で、変化が起こる。

ところが、言われた時はすごく嬉しかったのだが、やがて腹が立ち始めた。 
 
「欲しいものは何でも手に入れる事が出来る」筈なのに、どんなに頑張っても相変わらずさっぱり手に入らなかったからである。
 
フーマンの言葉は心地よいけれども、現実はあいかわらず厳しいな〜というのが、偽らざる心境だった。
 
しかし「恩寵の扉が開くまで」を出版する事になり、上記の文章を校正していてとんでもない事実を見落としていた事に気づいた。
そこには、
 
あなたが本当に望むものは、
 
と言う条件があったのだ。
 
そうした条件に照らし合わせて、過去を振り返って見ると、確かに本当に望んだ事はいつの間にか必ず実現していた事に改めて気づかされた。
 
例えば今、私は伊豆の修善寺に住んでいる。
高台からの富士山の眺めが、とても素晴らしい!
 
「富士山が眺める場所に住みたい」という望みは、学生時代に禅を教えてくれた松庵さんという尼僧との会話がきっかけとなっている。
 
彼女は当時、富士山がよく見える富士吉田市に庵を構えていて、わざわざ禅の指導に仙台まで通っていた。
 
「仙台に住む事も出来るけど、富士山の眺めが素晴らしくてどうしても移れない…」としみじみ語る姿が脳裏に焼き付いた。
当時坐禅を組みながら、「富士山を眺める場所に住みたい」という願いがグルグルと脳裏を駆け巡った事を懐かしく思い出す。
 
その後すっかりその事は忘れてしまったのだが、それがいつの間にか現実化したのである。
 
他にも、現実化した事が沢山ある。
 
過去の現実化した出来事をよくよく振り返って見ると、非常に面白い事に、いったんその望みを忘れてしまった事が多いようだ。
 
「本当に望む」という事に加えて「思いをいったん手放す」という事が、どうやら重要なファクターになっているらしい。
 
「願っている自分」を手放す事で初めて、より大いなる存在、つまりフーマンの言うスピリチュアルなエネルギーと繋がり易くなるのだろう。
 
そうすれば頑張らなくても…というよりも頑張らないのでスピリチュアルエネルギーがダイレクトに介入して現象世界での現実化を楽々と促してくれる。
 
私の趣味はウィンドサーフィンだが、
良い風が吹くと、頑張らなくとも、楽々と大海原を滑走する事が出来る。
 
最近は集合的なレベルで、スピリチュアルエネルギーという良い風が吹いている。
 
実に有り難い時代に我々は存在している。
 
私がただ在る事(I AM)に、感謝、感謝。

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修善寺日誌、いつも読ませてもらっています。
読後、爽やかな風が吹き渡り、背筋がシャンと伸びて顎の緊張がゆるみます。ありがとう。

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