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2012年11月

落下の王国

2012年11月30日(金) 曇り by キヨタカ

「チクラッポ」とは栃木弁で、嘘やでたらめの事を言う。
父は徹底したノン・フィクション派だった。
 
母や姉がテレビのドラマに夢中になっていると、「そんなのチクラッポだ!女は知性が足りないから、嘘に騙されるんだ!」とよくけなしていた。
 
私は、男だから当然父の意見が正しいと思った。 
 
「神も仏もチクラッポだ!仏ほっとけ、神かまうな!!」という父の態度を尊敬したものである。
 
そんな父親の影響だろうか、映画は割と好きな方だがファンタジー物は苦手意識がある。
 
どうしても「チクラッポさ」を感じてしまい、なかなかファンタジーの世界に感情移入出来ない。
 
だから「ハリー・ポッター」や「ロード・オブ・ザ・リング」も途中で観るのを辞めてしまった。 
 
そんな私が、最近ファンタジー好きになりつつある。 
 
神話学者ジョセフ・キャンベルの影響が大きい。
 
キャンベルの代表作に「千の顔を持つ英雄」と言う本がある。
 
キャンベルによると、「英雄はそれぞれの時代や場所により様々に語られているが、実は彼らには共通の行動パターンがある」と言う。 
 
そして「同じ人物が、千の顔を持っていくつもの物語に登場している」と看破した。 
キャンンベルはさらに神話の世界を探究し、「英雄伝説」とは、実は私達自身が「本当の私」と出会う冒険の旅であると解き明かしている。 
 
単なる論理的な言葉では語り尽せない真実が、神話の中に描かれているのだ。
 
こうしたキャンベルの視点から新たにファンタジー映画を観てみたら、結構面白いかも知れない。 
 
そう思いつつ、昨晩観た映画が「落下の王国」だ。
 
Top_02_14
 
映像・ロケ地・音楽・ストーリー・観た人を暖かく励ますメッセージ等々、いずれも素晴らしい。
 
たちまち私のお気に入り映画の一つになってしまった!
なぜこんな素晴らしい映画が日本ではあまりヒットしなかったのか、不思議だ。  
 
 
 
「落下の王国」というタイトルが、ちょっとへんな感じ。
易しい英語なのだから、原題の[The Fall]のままで良かったと思う。
 
それはさておき、こうしたファンタジー物を楽しめる様になったのも、キャンンベル先生のお陰だ。
 
実に有り難い。
この勢いで、スター・ウォーズシリーズ(エピソード1〜6)も制覇するか!?

紅葉

2012年11月30日(金) 曇り時々晴れ by ヨガビジャ 

遅ればせながら、今朝裏のもみじ林に行ってきました。 

紅葉はピークを過ぎ、先日の雨で葉っぱはかなり散っていました。 

Img_8727 ここには 
 久しぶりに訪れたので 
 観音堂の観音様にも 
 逢ってきました
 
 
 
 
 
 
 
 
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Img_8752 ファインダーを覗く前、 
 一瞬よぎる 
 こんな風に撮れるかな? 
 
 そんな無意識な期待は 
 あらかた外され
 
 
 
 
 
 
Img_8760 ファインダーに飛び込んきた 
 予想の輪っかからはみ出でたものを 
 撮らされている感じ 
 
 
 
 
 
 
 

 
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Img_8790 もみじ林から戻り 
 食堂棟のベランダから 
 下を見下ろしたら
  
 
 
 
 
 
 
 
 
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 ここにもあった

スペシャル・ナイトイベント

2012年11月28日(水) 晴れ by キヨタカ

 先日お伝えした、映画「ファインディング・ジョー」は、神話学者ジョセフ・キャンベルに影響を受けた人々によるドキュメンタリー映画であり、素晴らしい内容だった。
 
この映画を観て、非常にクリヤーになった事がある。
 
それは、私が一生を捧げている瞑想とは、「本当の私と出会う冒険」の究極の姿であり「英雄の法則」そのものだった事だ。
 
しかし私が参加した自主上映会はワークショップ形式だったので、残念ながらワークの影響で映画そのものの内容が上書きされてしまった。
 
だから、どの様に素晴らしかったのか具体的に良く覚えていない。
 
ぜひもう一度観てみたいのだが、DVDは未発売で自主上映のチャンスも非常に少ない。 
 
そこで、スペシャル・ナイトイベントとして、リーラスペースで自主上映&瞑想会を企画する事になった。
 
この映画の真髄は、「本当の私と出会う冒険」への誘いであり、瞑想こそがその冒険を確実な成功へと導く乗り物なのだ。
 
だから、瞑想会の中でこそ観る価値がある。
 
残念ながら会場の都合で人数制限があり、大々的に宣伝出来ないのがつらいが、瞑想に関心のある方は是非参加する事を願っている。
 
これは自分に対する、人生最高のクリスマス・プレゼントとなるだろう!
 

より軽やかに

2012年11月27日(火) 晴れ by キヨタカ

今年最後のリトリートが無事終了。
 
スタッフも帰り、その後近所の岩盤浴施設へ行き疲れを癒す。 
…とは言っても、別に疲れた訳ではない。
 
毎回リトリート後は非常にエネルギッシュになるが、エネルギーが一杯になり過ぎてよく眠れなくなったりする。
 
だから、私にとってはリトリート直後の岩盤浴は身体とのバランスを整合させるためにうってつけで、至福の時間だ。
 
ところで毎回リトリートをする毎に、場のエネルギーが軽やかになっている。
特に今回は顕著で、ダンスのノリも軽くダイナミック瞑想も一回しかしなかった。
 
数年前までは、「不惜身命!」(仏道修めるためにはみずからの身命をもかえりみるな!)などと叫んでダイナミック瞑想をリードしていたのだが、なんだか過去生の様な気がして今では信じられないくらいだ。 
 
意識進化の加速度が増すにつれて、より軽やかに透明に繊細になって行くのを肌で感じるリトリートだった。
 
しかし同時に、沈黙のスペースは確実に深まっている。 
 
リトリート後に常連の参加者の方から、「今回のキヨタカのリードは、言葉と言葉のあいだに間があって、沈黙を感じてとても良かった」という感想を頂いた。 
 
毎回「今度こそ必要な事だけを話そう」と決意するのだが、いざ本番になるとついつい饒舌になり過ぎて…というのが毎回のパターン。 
 
しかし今回は、自分の決意とはなんの関係もなく、言葉よりも沈黙が支配して、話す内容が意図せずに少なくなった様だ。 
 
そういえば、「瞑想を説明している途中で言葉が出て来なくなる」という事が度々あった。
 
結果的に、それがリトリートに深い沈黙の場をもたらす事になった。
 
但し、初めて参加された方々にとっては、少々説明不足で不親切だったと思う。 
 
常連の参加者もおられるので、その辺のバランスが難しい。 
 
次回のリトリートは一応来年の3月後半を予定しているが、「来年の事を話すと鬼が笑う」とも言うから、これから先の事は手放し状態で在りたいと思う。

リトリートが始まります

2012年11月22日(木) 曇り時々晴れ by ヨガビジャ 

明日からリトリートが始まります。 
 
本当はこの日誌でリーラスペース 周辺の紅葉の様子を紹介したかったのですが、時間がなくなってしまいました。(^^;ゞ 
 
この施設の木も何本かは紅葉していますので、きっと裏の自然公園のもみじ林もきれいに紅葉はしているのでは?と思います。 
(まだ見にも行っていないのだけど、観光バスも来ているようですし…)

今回のリトリートに参加される方で静かな散歩をご希望でしたら、まだ観光客の方のいない早朝がお勧めですが、プログラム的にかなり早起きしないといけないから朝食後あたりがベターかな。。^^ 

初めて来られる方、リーラスペースは高台にあるため気温が低めです。 
最近は特に朝晩が冷え込みますので、暖かい服装を用意してきてくださいね。 
 
みなさんが色づく自然と、また縁にあって知り合えた方々とよい時間を過ごされますように。お待ちしています。。 
 
Photo_14 準備の合間に撮った 
 夕方の庭と富士山  
 
 凛とした 
 静かな空気と 
 透明感
 
 
 
 
 
 

I AM 28歳

2012年11月20日(火) 晴れ by キヨタカ

地元のダイエイ系列のスーパーで買い物をした。 
 
レジでポイントカードを渡したが上手く読み込めない。
 
カードの磁気がヘタってしまい、再発行手続きの為にりサービスカウンターへ。
 
係の人はとても親切で、私の代わりにフォームを記入してくれる。
 
サービス係:「まだ、お若いですよね?」
 
私:「いえ、そうでもないけどカード発行と年齢は関係あるの?」
 
サービス係:「はい、60歳になりますとハートポイントカードがプラスになって、ポイントが高くなるんです。」 
 
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私:「60歳になると、特典があるんですね。」
 
サービス係:「他にも、6が付く日(60歳の6)はポイントが倍になったり…」
 
私:「それはいい。早く60歳になりたいデズ!」 
 
…と、思わず心にも無い事を言ってしまった。
 
しかし、始まりがあるものには全て終わりがある。
 
この肉体は必ず終わりを迎えるのだから、それがやってくるのを楽しみにしたいものだ。
 
しかし、この年齢とは不思議なものだ。 
私が会社を辞めて、OSHOのサニヤシン(弟子)となったのが28歳の時。
 
それ以来、肉体年齢はともかく精神的には28歳の感覚で止まっている。 
 (フーマンやヨガビによると、子供?レベルらしいが…) 
 
だから、30歳以上の人に逢うと、どうも自分より年上に感じてしまう。 
おそらく60歳の誕生日を迎えても、気分は28歳のままだろう。
 
某スピリチュアルマスターによると、天国では全員が青年レベルになると言う。
 
だから天国で父親やおじいさんに会っても、彼らは青年の姿をしているそうだ。 
 
荒唐無稽な話に聞こえるが、個人的にとても納得している。 
 
そもそも、I AMには年齢がない。 
 
だから、「I AM 28歳」で、完璧なのだ。
 

ファインディング・ジョー

2012年11月19日(月) 晴れ by キヨタカ

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映画「ファインディング・ジョー」を観に、昨日わざわざ新宿まで出かけた。 
 
 

神話学者ジョセフ・キャンベルが発見した「英雄伝説」神話の基本原理をベースとしたドキュメンタリー映画だ。 
 
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キャンベルに影響を受けた著名な人物が次々と登場して、「神話の法則」を語る形式となっている。  
 
登場人物がめまぐるしく変わりつつメッセージが機関銃の様に発射されるので、いささか消化不良気味に…。
 
しかし、加速化の激しいデジタル時代の映像としてはこれが主流のテクニックなのだろう。 
 
 
「ヒーローになろうぜ!」と言うと喜んで海に飛び込むアメリカ人気質の人々にとっては、非常におすすめの映画だ。 
 
「ヒーロー」という言葉にシラケてしまう人々にとっても、自分はユニークな「英雄の旅」の主人公であり、本当の自分を生きる事を実は深い所で望んでいる事を思い出させてくれる。 
現象世界で「成功」を追い求める人々にとても受ける内容だが、キャンベルの真のメッセージはさらに深い。 
 
瞑想に関心を持つ内省的な人々にこそ、じっくりと観て欲しい内容だ。
 
人は誰もが(アメリカ人気質でなくとも…)「真の自分と出会う冒険の旅へ出たい」と願っている、とキャンベルは言う。 
 
神話の「英雄伝説」の中にその願いが秘められていて、「神話の力」によってその旅へ踏み出す勇気が与えられるという。
 
映画の中には、とても印象に残るメッセージが沢山散りばめられている。 
 
例えば…
 「内なるより深い力を見つける機会は、人生がもっとも困難に思える時にやってくる。」
…とキャンベルは言う。
 
キャンベルは、ジョージ・ルーカスに多大な影響を与えて「スター・ウォーズ」製作の原動力となり非常に有名になったそうだ。 
 
私なんか「スター・ウォーズ」すら観ていないので、キャンベルの事も殆ど知らなかった。 
 
「スター・ウォーズ」が公開されたのは1977年。
 
1977年と言うと、私の個人的な探究の中で人生がもっとも困難に思える時だった。
 
詳細は省くが、至福から奈落の底へと突き落とされて絶望のどん底にいた。 
 
勉強も就職も遊ぶことも出来ず、何をどうして良いかさっぱりわからず、自殺する勇気すら湧かない最悪の年。
 
時間はたっぶりあったはずなのに、毎日「どうしよう〜shock」と焦るばかりで、とても映画なんか観る余裕がない。  
 
しかし今幸せを実感出来るのは、確かにあの時期があったからこそと言える。
 
キャンベルの洞察は、驚く程深い。
 
もう一度じっくりと観てみたいが、残念ながら自主上映会形式となっていて、なかなかその機会がない。 
 
DVDの発売が待ち望まれる。

新宿へ

2012年11月18日(日) 晴れ by キヨタカ

 映画「ファインディング・ジョー 」を観るために新宿へ行く。
なかなか良い映画だった。
新宿行きの高速バスを使い、夜遅く帰宅。 
今夜は遅いので、おやすみなさい。

美しい?

2012年11月18日(土) 晴れ by ヨガビジャ 

朝ーー。 
 
障子を開けたら、斜面を埋め尽くした落ち葉が輝いていたので思わず…
 
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Img_8694 斜面で踏ん張っていたので 
 手が震えるのか
 遠視が進んだせいか、 
 最近はピントを合わせるのが 
 少々難しく感じるのですが
 
 
Img_8689_2 ぶれていても 
 それはそれとして
 美しい気がして…

相対性理論

2012年11月17日(土) 雨 by キヨタカ

アインシュタインの相対性理論と言えば、「超難解な理論」として有名で、発表された当時は「世界で3人しか理解出来なかった」と中学生の時に理科の先生から聞いた記憶がある。 
 
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理解出来ない事に寛げる人は幸せだ。 
 
私の場合、理解出来ないと頭がむずがゆくなる習性が昔からある。 
 
 
さっそく「数式を使わない相対性理論入門」(カッパブックスだったかな?)という本を買って読んでみた。
 
常識が通用せず時間や空間が歪む話なんか図解入りで解説されていて、非常に面白かったが…結局良く解らなかった。 
 
物理は好きだったが、数学が苦手な私は、とても理科系は無理と思い法学部を選んだ。
 
しかし物理への憧れは捨て難く、大学の一般教養では物理を選んで再び相対性理論の話を聞いたのだが、やっぱり解らない。
 
その後、何度かチャレンジしたがやっぱり解らず、相対性理論を理解する試みは諦めた。 
 
ところが先日、NHKのTVで相対性理論を非常に易しく解説する番組に遭遇。(http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/17_einstein/index.html
 
ゲスト講師の佐藤勝彦氏の言葉は衝撃的だった。
 
「相対性理論とは、世間で思われている様な難しい理論ではないんですよ。
確かに一般相対性理論は高度の数学的知識が必要です。
でも特殊相対性理論に関しては、高校生程度の知識で大丈夫なんです。
ピタゴラスの定理さえ解れば誰でも理解出来る。」 
 
最初から、「相対性理論は簡単」ですと言われて、その気になって番組を観ると、なんだか私にも理解が出来る感じがしてきたから不思議だ。 
 
「これはムリ」とか「難しい」と思い込むと、頭の働きにブレーキがかかってしまい、思い込んだ通りに「ムリで難しい」結果が起る。
 
しかし「これは簡単だ」と思い込むと、簡単に結果が出せる事は色々とある。 
 
「悟り」なる現象はその最たるものかも知れない。
 
伝統的な宗教で言われている様に、「悟り」とは「一般人には手が届かない非常に特別なものだ!」と吹聴されると、そうなってしまう。
 
佐藤勝彦氏は宇宙物理学の権威で「インフレーション理論」等でノーベル賞級の学者だそうだ。 
 
佐藤氏の様なその道の権威者が「それって、誰でも理解出来ますよ」と説明すると、簡単に悟りが起るのかもしれない。
 
難しい事を、難しく説明するのは簡単だ。 
 
しかし難しい事を、易しく説明するのは難しい。 
 
願わくば、「それって、誰でも理解出来ますよ」と解り易く説明出来る様になりたいものだ。
 
相対性理論とは違って、悟りとは生得権であり本質的にそれとして生まれた事なのだから。
 
簡単な事を簡単に説明するのは簡単…なはず。
 

秋色

2012年11月16日(金) 晴れ by ヨガビジャ 

夕ごはんを作っていて
 
Img_8660 いただいたパプリカが 
 きれいだったので
 
 
 
 
 
Img_8667_2 
 
 
 
 遊んでみた♪ 
 
 

立つ鳥跡を濁さず…?

2012年11月16日(金) 晴れ by キヨタカ

リトリート準備で本館の2Fの客室に入ったら、ムクドリがいてビックリ!
 
布団を干すため1Fの入り口を開けていたので、どうやらそこから入り込んだらしい。
 
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 私の姿にムクドリはもっとビックリした様で、
 糞をまき散らしながら部屋のそこかしこにぶつ
 かり、さかんに逃げようとする。 
 
 
外に出すべく窓を開けたけど、ムクドリは全くそれに気づかない。
 
「ほらほら、こっちだよ!」と、開いている窓をいくら指し示しても、私の心遣いが全く理解出来ない。 
 
むしろ私の存在が、天敵に見えるらしい。
 
閉まっている窓に向かって、必死で突撃を繰り返すのみ。
 
このままでは首の骨でも折ってしまいそうでかわいそうと思い、部屋のコーナーから追いやる作戦に変更。
 
ムクドリを脅しすかしながら開かれた窓に追い立てて、なんとか脱出に成功!
 
…やった〜\(;゚∇゚)/ 
 
広い青空に羽ばたいたムクドリは、「本来の自由」を取り戻してすごく嬉しそうだった。 
 
Understand 「自由」が最高の喜びである事は 
 人も鳥も同じだ。 
 
 人は誰もが本質的に「自由」を求めている。 
 
 大空の下で思う存分心ゆくまで羽ばたきたい!
 
 ただ、それにはリスクが伴う。 
 
 部屋や籠の中の安全性に 
 窮屈を感じ始めた人は幸せだ。 
 
 
なんとかその狭い牢獄から脱出しようとする。 
 
ただその牢獄から脱出する場所が良くわからない。
 
開かれた窓の反対側の片隅で、ムクドリの様に必死でもがき苦しむ。
 
しかし痛みや苦しみに追い立てられるうちに、いつの間にか出口を見つけて、大空へと羽ばたく。 
 
だから、人生の苦悩とは災いではなく、それは恩寵による導きなのかもしれない。 
 
「ほらほら、こっちだよ!」と、開け放たれた窓が指し示されるのだ。 
 

Photo

 自由への出口を理解したら、 
 感謝して大空へと羽ばたこう! 
 
 「立つ鳥跡を濁さず」と言う。
 
 
 
脱出の際には、ムクドリの様に部屋を糞だらけにしないように shock
 
 
 
 

ほたるの紅葉

2012年11月15日(木) 晴れ by ヨガビジャ 

来週末のリトリートの準備で本格的に忙しくなる前に、入浴回数券が残っていた温泉に行ってきました。 
この日誌でも以前度々紹介していた船原温泉の「ほたる」です。 
 
ここはとても気に入っている温泉なのですが、家から30分近くかかり方向的に「なにかのついでに…」という場所ではないので足が遠退いていました。 
 
今日は午前11時過ぎに入ったのですが、お客さんは私ひとりみたい… ^^;
 
しばらく湯船に浸かっていても誰も来そうになかったので、
 
 
デジカメで写真撮ろうっと♪ ( ̄ー ̄)ニヤリッ 
 

Img_8639_4 一見、先客が・・・
 と思うでしょ?
 
 
 
 
 
Img_8650 石像さんたち
 なんです
 
 気持ち良さそうでしょ? 
 
 
 
Img_8651 女の子も
 いたりして 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Img_8643 湯船や壁、天井に
 光が反射してきれいです
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Img_8646 目の前を流れる川は 
 大きくなった木立に遮られて 
 見えにくくなったけど 
 相変わらず水は澄んでいました 
 
 一部の木は紅葉していたけど 
 逆光のため上手く撮れませんでした 
 
 
 
 
露天風呂しかないこの温泉、できた当初はとても見晴らしがよかったのですが、女湯には徐々に目隠しの壁ができて以前の見晴らしの半分になってしまいました。 
でも目の前の自然ははやりすばらしく、てとてもリラックスできました。 
 
結局、私が帰るまでに入って来た女性のお客さんはひとり。
 
ここの温泉も潰れないといいけど・・そんな心配をしながら玄関を出たら、ちょうどマイクロバスが到着。次々と降りてきたおじいちゃんやおばあちゃんたちが玄関へと入っていきました。 
 
よかった♪ 
 
今、修善寺は日増しに深まる紅葉を楽しむ観光客の方でにぎわいをみせています。o(^-^)o

風が吹くと

2012年11月14日(水) 晴れ by ヨガビジャ 

 
環境整備が終わってから風の強い日が続いています。 
 
おかげでせっかくきれいになった庭が落ち葉だらけ。 
どうせまた落ちるから風が収まったら掃除しようと思うのだけど、風は全然収まらず。。 
 
風が収まらないことで生じる現象がもうひとつ。 
 
それは、キヨタカのわくわくそわそわハイテンション。 
 
ウィンドには最高のコンディションなんですよ。^^; 
 
 
今朝ーー。
 
 
キヨタカ:本の発送準備もしたし、参加申込書も送ったし、 
 
     日誌も書いたよっ! 
 
     やること、やったよ!!
 
     他になんかして欲しいことあるっ?! 
 
     ねっ! 言ってね、っね!! 
 
     今日は一年で一番いい風が吹くんだよー! ヾ(≧▽≦)ノ 
 
     なにか、買い物ある〜?? 
 
 
(とかいいつつ、自分でおにぎりの準備を始めてる…) 
 
 
よがび:買い物、思いついたらメールしておくよ・・・( ̄- ̄; ) 
 
 
(冷蔵庫から私が出したタクアンをおべんと袋に入れて) 
 
 
キヨタカ:行ってきまーーす♪ ヾ(≧▽≦)ノヾ(≧▽≦)ノ 
 
 
って感じなんです。 
 
 
 
じつは昨日も出かける間際、 
 
 
 
よがび:これから郵便局で本を発送するよね?( ・・ ?)
 
 
キヨタカ:あー、忘れてたーー!! ( ̄□ ̄;)
 
 
(バタバタと2階へ駆け上がる) 
 
 
キヨタカ:(しばらくして) 
 
     あーーっ! 本が汚れちゃった!!
 
     血が付いちゃったあ〜!!! 
 
 
(バタバタと階段を駆け降りる音) 
 
 
キヨタカ:バンドエイドちょーだいっ! (>_< ;)
 
 
よがび:なんで発送作業で血が出るのっ?!   Σ( ̄□ ̄!) 
 
 
キヨタカ:なんか分からないけど、 
 
     本に血がいっぱいついて1冊ダメにしちゃった! 
 
 
(バンドエイドを貼りながら) 
 
 
キヨタカ:そうだ〜、急いでやってたから 
 
     テープを切る時、テープカッターに指が当たったかも?
 
 
よがび:痛くなかったの?( ̄- ̄; ) 
 
 
キヨタカ:気がつかなかった。。 ( ̄∇ ̄;)
 
 
よがび:急いでると痛覚がなくなるんだ・・・
 
 
 
ここ数日はこんな感じ。 
 
 
ま、平和っていうんだろうな、これ。。(^^;)


真・善・美

 2012年11月14日(水) 晴れ by キヨタカ

朝早く起きた。
まだ薄暗い。
 
やがてオレンジ色の光が…太陽だ!
 
 
Photo
 
 
 
 
 
 
 
東の空から毎朝太陽が昇るという当たり前の「真実」に感動。
 
西の方には富士山が、赤く染まっている。
 
Img_0681
 
 
 
 
 
 
当たり前だけど、富士山は「美しい」
 
朝は清々しくて、とても気持ちがよい。
 
これも、当たり前か。
 
Images  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「早起きは3文の得」と言うが…
 
朝早く起きるのは、「善い」事だ。 
 
西洋では[真・善・美]はイデアにのみ存在して、イデアという楽園から追放された人間には手が届かないと言う。
 
しかしこの世は、失楽園ではない。 
ただ単に、忘れているだけ。 
 
忘楽園だ。
 
どんなに深く眠っていても、朝が来て目が覚めれば、この世は楽園♪
 
[真・善・美]に満ち溢れている!

わからないにくつろぐと

2012年11月13日(火) 晴れ by ヨガビジャ 
 
きのう久しぶりにキヨタカが借りてた映画を観ました。 
 
タイトルは聞いていなかったけどエディ・マーフィーが主演で、おしゃべり達者な主人公がおしゃべりするたびに寿命が縮んで死んでしまうというもので 
 
スピリチュアルな要素もあるから観ようよ〜 ! ヾ(≧▽≦)ノ 
 
とのことでした。
で、結論としては普通に面白い映画なんですけど、主人公に感情移入できず私的にはすぐに忘れてしまうタイプの映画でした。 
映画としてもっとスピリチュアルなメッセージを織り込める設定だっただけに少し残念かも。 
 
今朝そんな感想をキヨタカと話しながら、自分の「感情移入できなかった」という言葉でなんとなく以前観た「ブレード・ランナー」を思い起こしました。 
 
あの映画は間違いなく名作のひとつなのだと思いますが、なぜか私の中でキヨタカのように手放しに「よかった〜!!」と言えない感じが自分でも不思議だったのです。でもそれがなぜなのか、キヨタカと夕べの映画の感想を話していて分かりました。 
それはレプリカントたちに対してストレートな感情移入ができなかったせいだと感じます。 
 
彼らは強靭な肉体、高度な知能、感情を持ちながら、たった4年という寿命に縛られ死の恐怖と背中合わせに生きている。 
その怖れや苦しみ、怒りが伝わってきて、私の中に痛みが生じ哀れを感じるのだけど、同時に存在する不気味な無機質さや残虐さに近付き難い嫌悪を感じてしまうのです。 
それが私の彼ら対する感情を複雑にし、なにか曖昧な靄のようなものが心に充満して映画そのものの雰囲気のように感じていたみたいです。 
 
愛したいのに怖れがあるーー。 
 
そんな感じ… 
 
そんな相反する感情を自分の中に感じていたのだと思います。 
 
そしてこれを書いていて思ったのですが、人は整理のつかない感情(もやもや感)がある時、それを頭(知性)を通して理解し納得できるひとつの感情にしたい、そんな衝動を持つことがあるのではないかしら?
ある種そうした働きは感情に対する安全装置をして機能するのかもしれない。 
 
でも場合によってはそれが習慣化してしまうと、自分が感じていると思っていることがじつは考えていることだったりして、自然な感情や感覚が麻痺してしまう危険を感じるのです。 
 
明確・明瞭にしたい、理解したいというのは、人類の可能性のひとつだと思うけれど、感情にしろ答えがでない問いにしろ、曖昧さのままに放置しておくこととが一番近道で間違いがないと感じることが多いです。 
 
なぜなら答えは必要なときにやってくるし、感情は常に留まることなくいつの瞬間も新鮮だから。 
どんな感情がいいって、選ぶこと自体無意味ですよね。 
 
ブレードランナーを観終わった後、興奮して話すキヨタカに対して冷めた曖昧なことしか言えなかったけど、今こうして自分の中でひとつ明確になったから、あの時頭で考えた感想を話さなくてよかったと思いました。 
 
Photo
 富士山が 
 自然が 
 おだやかに 
 輝く季節です
 

エディ・マーフィ

2012年11月13日(火) 晴れ by キヨタカ

久しぶりに、エディ・マーフィの映画を見る。
タイトルは:「ジャックはしゃべりま1,000」 
 
 
Jack1000main
 
エディ・マーフィと言えば、20年前に抱腹絶倒のコメディアンとしてジム・キャリーと並んで一世を風靡した俳優だ。 
 
最近どうしているんだろう?と思っていたところ、TUTAYAで新作が出ていたので思わず借りてしまった。 
 
マシンガントークで有名なエディ・マーフィが言葉なしでどう演技するか?とか沈黙を教えるスピリチュアル・グルの登場とか、興味をそそる内容だ。 
 
実際に観てみると、印象に残る様な深さや感動があまりない。
エディ・マフィーが相変わらず元気そうだったのは嬉しかったけど…
日本では劇場公開されなかったのも納得。 
 
大筋は良いので、脚本や演出を洗練させたら素晴らしい映画になったと思うのだが…
 
でもそれなりに面白いから、エディ・マフィー大好きな方と暇を持て余している方にはおすすめの映画だ。 
 
しかし私は別の側面から、とても感動した。
 
こうした一般大衆向けのコメディーに、スピリチュアルなグルが登場して、「沈黙を通して、本当の自分を発見するのだ」と語らせたり、主人公が沈黙を通して真理に到達する姿を、それが当たり前の様に描いている。 
西洋文化の中でも特にアメリカ人は自己アピールが強烈だ。 
「しゃべってなんぼ」の文化圏で、こうした映画が登場する事自体が素晴らしい。 
 
集合意識のレベルで、瞑想的価値観が広がっているのを感じる。 
 
ジム・キャリーが覚醒体験を語った様に、そのうちエディ・マフィーもマジで「真我」について語り出す日が近いのかも…
 

誘い

2012年11月12日(月) 曇り by キヨタカ

昨日は午後から雨。 
環境整備は予定通り午前中で終了し、温泉&昼食後は寛ぎタイム。 
 
女が3人集まると姦(かしま)しいと言うが、瞑想に関心のある男が4人集まると沈黙が支配して… 
…とはもちろんならない。
 
修業がまだ足りないのか、修業はもう卒業したのか、それはこの際どうでも良い。
 
どういう経緯からか忘れたが、「宇宙の始まり」に関する哲学談義に花が咲き、NHKオンデマンドで「コズミックフロント〜素粒子が解き明かす 宇宙の始まり」を見る事になった。 
 
「宇宙は137億年前にビッグバンから始まった」とは、現代宇宙物理学の定説となっているが、その経緯が最新の素粒子論を踏まえて非常に解り易く解説されている。 
 
さらに宇宙誕生直後から一秒後のビッグバンが出来た経緯を解くインフレーション理論の紹介、そしてインフレーションが起る以前、つまり無から宇宙が創造される謎まで… Uid000001_20090915151749c21baf29
 
「我々は何なのか、どこから来たのか、そして何処へ行くのか一緒に考えてみよう!」と、番組の中で物理学者が我々を誘っていた。 
 
 
21世紀は統合の時代で、やがて科学と宗教が統合される時代が来ると言われている。
 
それが実際に起り始めている事をあらためて知る事が出来て、とても嬉しかった。 
 
宇宙の始まりは、この番組によると「光一元の世界」だった。 
そして宇宙が始まる以前は、「無」であったと言う。 
 
しかし宇宙は加速度的に膨張している事が解明されつつあり、やがて全てはバラバラ(ビッグリップ)になり、「無」へ帰す。
 
つまり、「無」→「光一元」→「現在の宇宙」→「無」となる。
これは、瞑想の世界で探究する事と全く一緒だ。
 
しかし我々は科学者ではない。 
その事を知る為に考えたり計算したりする必要がない。
 (数学が苦手でも大丈夫ヽ(´▽`)/)
 
ただその真実を体験的に知る事が必要なだけだ。 
 
この番組では、この「無」は宇宙の始まりと終わりにある様な印象を受けるが、実際には違う。
 
それは始まりも終わりも無い、永遠の世界だ。
 
そこにアクセスする事で、我々の在り方は一変する。 
 
リーラスペースのリトリートでは、その無限の可能性への扉がひらかれる。
 
番組の中の物理学者を我々のリーラスペースのリトリートへ誘ってみたいものだ。 
 
「我々は何なのか、どこから来たのか、そして何処へ行くのか一緒に体験してみよう!」

環境整備

2012年11月10日(土) 晴れ by キヨタカ

Photo
本日はお日柄もよく…(結婚式みたいだが)環境整備に理想的な一日。 
 
 
11月23日(金・祝)からのリトリートに向けて、有志による環境整備(庭の手入れ)を行なう。 
 
実はオーナー側の事情で庭の手入れが行き届かず、残念ながらかなり荒れた状態になっている。
 
事情を知る友人が、ヘルプを申し出てくれている。
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今回は、元庭師を含む協力なメンバーが集まった。 
 
わずか一日で、修善寺のリーラスペースが素晴らしい場所に変貌した! 
 
こうした暖かい無償の愛に支えられて、このリーラスペースは運営されている。
 
奇跡とは、スプーンを曲げる事でも水の上を歩く事でもない。 
 
リーラスペースの庭が一日で美しく変貌した事こそが奇跡だ!

置き換え

2012年11月9日(金) 晴れ キヨタカ

インドの聖人、ラマナ・マハルシは真理について次の様に述べた。 
 
「I AM THAT  I AM」(私は私で在るものである)という言葉がすべての真理の要諦である。その方法は、「静かに在ること」に尽きる。
 
キリスト教で言う神の名「エホヴァ」は、実は「I AM(私は在る)」と同じ語源から発生したという。 
 
その事を踏まえて、キリストの言葉を吟味して見よう。
 
すると「神→I AM」と単に置き換えるだけで、聖書の言葉がたちどころに霊的パワーを持って蘇ってくる。
 
他にも「主→主体」とか「神→大いなる私」とか… 
 
ちょと言葉を置き換えるだけで、過去の教えが再誕生するから、驚きだ!
 
実はKさんから、「主の祈りをI AMに置き換えてみました」というメールを頂いた。
 
        I AMの祈り
 
今ここに在る、大いなる私――

私は、自らの神聖さを感じます
新しい世界をつくり出す意思と力がここにあります

私は、自らの本質である「愛」を、この地上に現していきます
豊かさを喜んで手にします

私が、分け隔てられた満たされない存在ではないように、他の誰一人として、分け隔てられた満たされない存在はいません
善しあしを判断したり、自らを小さくしてしまう自我に、私は決してとらわれません

世界と力と栄光は、永遠に私の内にあります

すべては、あるがままに
 
まさにキリストの言葉が21世紀に蘇った様で、素晴らしい。 
 
私は学生時代にキリストの言葉にかなり惹かれた事がある。
しかしながら、キリスト教の神という概念にとうとう馴めなかった。
 
やがて「神」と対決したまま、「静かに在る」事を実践する「禅」に惹かれていった。 
 
しかしこうして言葉をシンプルに置き換えるだけで、「神との和解」が可能であった事を今にして思う。
 
かくして聖書の言葉が成就する。 
 
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聖書の言葉は実に素晴らしいが、時に生真面目な人々を苦しめる事も多々ある。
 
そんな時は、「神→ネコ」に置き換えて見よう! 
 
するとこの世は、「神に裁かれる」様な恐ろしい場所ではない事が理解出来る。 
 
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ネコさん有り難う。
 
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奇跡のお店

2012年11月8日(木) 晴れ by キヨタカ

ヨガビが日誌に書いた通り、私達が気に入っているお店が突然閉店になりショックする事がたまにある。 
 
そのたびに、「なぜこのお店は閉店したんだろうね〜?」と色々と推測する。
 
長者番付で有名な斎藤一人さんによると、儲かってない蕎麦屋は次のどれかとの事。
 
「蕎麦がまずいか、店が汚いか、愛想がないか」
 
だから、「店を奇麗にして、愛想良くして、美味しい蕎麦を追求すれば必ず成功」すると言う。 
 
しかし例の薔薇の喫茶店もそうだが、私達お気に入りのお店に限っては、この3つのどれもクリヤーしている場合が多い。
 
私達がお店を選ぶ基準は、実はあと2つある。
 
まず、お店が静かで落ち着いていて空気が澄んでいるのが望ましい。
どんなに美味しい食事が出来ても、ムッと人いきれのするお店はNG.
 
さらに、値段も高過ぎるのはもちろんNG. 
 
「静かで奇麗で愛想の良いお店で、安くて美味しい食事をしてゆったり過ごしたい」のだが、この基準を満たすお店は非常に難しい。
この資本主義の世の中では、それは無理なのが当然か… 
 
しょせん「無い物ねだり」なのだが、しかしたまにそうした奇跡のお店を見つける事がある。
 
喫茶店文化のない小山市で新たなお気に入りの喫茶店を見つけるのは至難の技だが、ぜひ挑戦してみたい!
 
 

されど喫茶店

2012年11月7日(水) 晴れ by ヨガビジャ 

昨日小山から伊豆に戻りました。
 
キヨタカのお母さんをショートステイに送った後、最近では家の片付けをして自分たちの荷物をまとめる前に「バラの喫茶店」で一服するのが習慣になっています。 
昨日もその喫茶店に行くと、これまで訪れた中で一番たくさんのバラの花が雨に濡れて咲いていました。
今回もデジカメを忘れたことを後悔しつつお店の扉に近づくと、 
なんと「12月2日をもって閉店します」の貼り紙。ショックでした。 
 
私たちが気に入っていた数少ないお店が、またひとつ消えて行く。。(T_T) 
 
ここはバラ好きなご夫婦が営業されていて、建物は丹誠込めて育てられたバラに取り囲まれ、店内の各テーブルの窓際にはそのバラの花がきれいに飾られています。

ですからお店に入るとやさしいバラの香りがほのかに漂い、窓の外の青々とした緑は目にやさしく気持ちも穏やかにしてくれて、私たちの憩いの場所になっていました。 
 
また、メニューは少ないですが、飲み物も軽食もお値段は手頃なのにとても丁寧に作られていてどれもとてもおいしいです。 
 
このようなお店は喫茶店の多い名古屋でもお目にかかったことはなかったですし、なくなってしまうのは本当に残念です。 
 
きっと都内にでもあれば、もっとお客さんが入ったのではないかと感じます。
 

Photo そして思いました。 
 このようなお店にこそ多くの人が惹かれ 
 うまくまわっている状態というのは
 人が本来の健全さをとりもどしていることの
 バロメーターになるのではないかと…
 大袈裟な言い方かもしれませんが。
 
Photo_3 「人はパンのみにて生きるにあらず」 
 どれほどこれらの色、香り、その存在から
 私は滋養を受け取っていたことか・・・ 
 そう感じずにおれません。 
 
 まだ少し早いですが、オーナー様、 
 
今までありがとうございました。 
 
自分にとっての喫茶店の存在を考える、よい機会をいただきました。 

ただいま到着

2012年11月6日(火) 雨 by キヨタカ

母をショートステーに預けて、修善寺までドライブ。
途中かなり混雑していたが、ただいま無事修善寺に到着した。

宗教のない世界

2012年11月5日(月) 曇り by キヨタカ

実家の物置を整理していたら、「キリスト教 基本教理入門」なる古びた冊子が出て来た。
 
学生時代に、英会話の勉強をした事がある。 
その先生はアメリカ人宣教師で、大変にお世話になった。
もしかしたら、その先生に貰ったパンフかも知れない。 
 
何気なく頁をめくったら、こんな記述があった。 
 
「日本では、人間の本性は善と見ています。神社のお祓いなどは、それを示しています。外のゴミを払えば、中からきれいなものが出て来ると思っています。
しかし聖書はこの性善説の立場とは全く逆に、本性悪の立場で人間を見ています。」
 
「すべての人は罪を犯したので、死とさばきにあいます」 
 
「主イエスを救い主として告白し神を信じるなら、あなたは救われる」
… 
 
今読んでみると、笑ってしまうが、学生時代はこうした言葉に捕われて真剣に悩んだものだ。  
 
真理の言葉は時代が下るにつれて、伝言ゲームの様にその内容が歪められて行く。 
 
神道やキリスト教や仏教が伝えようとした真実を、過去に遡って探究しもう一度その教えを再誕生させる方法もある。
 
しかし、もう時間はない。
 
過去の宗教は十把一絡げに奇麗さっぱりと忘れて、あたかも初めてこの地上に生まれた日の様に、無垢な魂としてこの地上を生きたいものだ。 
 
宗教のない世界こそが、宗教性に溢れた世界なのだろう。
 
ジョン・レノンのイマジンの曲が聞こえてくるようだ…
 
Imagine there's no heaven, 想像してみよう、天国なんて無いと
It's easy if you try, やってみればたやすいこと
No hell below us, 僕らの足下には地獄なんてなく
Above us only sky, 僕らの頭の上にはただ青い空が広がっているだけ
Imagine all the people 想像してみよう、みんなで
living for today... 僕らは今日という日のために生きていることを

Imagine there's no countries, 想像してみよう、国なんてないと
It isn't hard to do, そんな難しいことじゃない
Nothing to kill or die for, 殺すことも誰かに殺されることもない
No religion too, 宗教もない世界のことを
Imagine all the people 想像してみよう、僕らみんなが
living life in peace. 平和な人生を送っている姿を

Imagine no possesions, 想像してみよう、財産なんてないって
I wonder if you can, 君にできるだろうか
No need for greed or hunger, どん欲も空腹も一切必要がない
A brotherhood of man, 人間の兄弟愛に満ちた社会を
Imagine all the people 想像してみよう、僕らみんなで
Sharing all the world... 世界のすべてを分かち合っていることを

You may say I'm a dreamer, 君は僕を夢想家だと言うだろう
but I'm not the only one, だけど僕はたった独りじゃない
I hope some day you'll join us, いつか、君も僕らといっしょになって
And the world will live as one. 世界がひとつになって共に生きれればいい

夕日に

2012年11月4日(日) 晴れ by ヨガビジャ 
 

Img_8582
 夕日に無数の手を 
 のばしてたり 
 
 
 ( ̄o ̄)
 
 
 
 
 
 
Img_8575_2 ただ眺めてたり
 

  ( ・_・ )
 
 
 
Img_8591 ここ、陽が射さないけど
 とりあえず上向いとこ・・・ 
 
 * o ̄)
 
 
 
Img_8599 夕日って??
 
 
 ∴:・ ( ̄。 ̄)? 
 
 
 
 
 
 
 
 
私には
そんなふうに
見えるんですけど。^^; 

時間が止まっている

2012年11月4日(日) 晴れ by キヨタカ

今日は、風も穏やかで抜ける様な青空が広がった。
 
せっかくなので、母を車で外に連れ出す事にした。
 
しかしただのドライブでは、母も退屈だろう。
 
そこで、隣町の老人ホームまでドライブ。
母のお友達が、そこに滞在しているのだ。 
 
そこは公共の福祉施設だが、最近増築されたばかりなのでとても清潔で奇麗。
 

Photo_4

いったん施設の中に入ってしまうと、あまり外出の機会がないそうで、お友達はこちらが恐縮するくらい感激していた。
 
車の中では、「ほんのちょっとだけね。」という事だったのだが…
 
実際は相当長い時間滞在する事になった。 
 
母と同じ歳の90歳の方もいるが、とてもしっかりしている。
私も加わって、雑談に花が咲いた。
 
老人特有の非常にゆったりとした雰囲気が施設全体に漂っていて、この空間では時間が止まっている様な感じがした。 
 
この空気感は、なんだかとても懐かしい感じがする。
 
ずっ〜と昔の幼稚園時代の、懐かしいあの頃に戻った様な気分。 
あの頃はまだ、時間という感覚がなかった様に思う。 
 
毎日がその日だけで完結していて、その時その時をただ精一杯に過ごしていた。 
 
そんな時間が止まった感覚を思いがけずに味わえて、老人ホームは以外と楽しい空間だった。
 

I AM 人種

2012年11月3日(土) 晴れ by キヨタカ

「私が在る(I AM)」の目覚めは、今や地球的規模で起り始めている様だ。
先週は、バルセロナでその事を肌で感じた。
 
アメリカのチャンネラー・パトリシア女史によると、地球は既にエゴから「私が在る(I AM)」の意識へと、パワフルなシフトが起ったと言う。
 (YouTube:『ただ在る存在の私』 参照)
 
確かに、僅か数年前に比べてみても、「真我」とか「私が在る(I AM)」という意識に目覚める人々が格段に増えつつある。 
 
「私が在る(I AM)」の目覚めは、今の時代ではもはや難しい事ではない。
 
次のステップは、この目覚めた「私が在る(I AM)」としての意識を、この現実社会の中で実際に生きると言う事だ。 
 
この次のステップは、それほど簡単な事ではないと思い込んでいたが、どうやらそうでもないらしい。
 
全ては、神の「聖なる計画(Devine Plan)」の手の内にあるそうだ。
 
先日たまたまYouTubeで彼女のインタビューを見た。
彼女によると、アメリカという国自体が、この「聖なる計画」の一部として創られたそうだ。
 
それによると、全ての国家や人種、宗教を超えて統合されたI AMという意識に基づいて創られる国家がアメリカなんだとか…
 
そもそもAMERICAとは、I AM RACE(I AM人種)のアナグラム(文字をランダムに入れ替え元の意味を変えた暗号だと言う。
 
表面的に見ると、とうてい今のアメリカの人々がI AM RACEとは思えない。 
 
しかし、こうして別の角度から見て行くと、アメリカの本当の役割がおぼろげに見えて始めて、なんだか希望に満ちて来る。
 
私もぜひ、このI AM RACEの一員になりたいものだ。
 
しかし私はアメリカではなく、この日本に生まれ育った。
おそらく日本には日本固有の役割があるに違いない。
 
OSHOは、「日本が世界をリードする」と予言した。 
 
その話を聞いた時は、日本に生まれた事をとても喜んだのだが、いつの間にかその話は忘却の彼方へ葬り去ってしまった。 
 
しかし I AM RACEの話を聞いてから、日本の役割そして自分の役割とその背後にある「神聖な計画(Divene Plan)について、もういちど意識し始めている。

赤のあじわい

2012年11月1日(木) 曇り時々晴れ by ヨガビジャ 

 
暖色系、とくに赤い色が多くなった気がする小山の庭より。。 

Img_8539  ダリア 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Img_8540 菊その一 
 
 
 
 

Img_8548 菊その二
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Img_8557_4 ガーベラ 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
子供の頃  
赤い色は 姉の色 
青い色は 私の色
 
なんとなく息苦しく感じる 
私は赤が苦手でした
 
でも、今は平気 
 
平気というより
その暖かさや温もりを 
心地よく感じます 
 
 
いつから、なぜ 
感じ方が変わったのか
わかりません 
 
きっと知らないうちに 
ピーマンが食べられるようなるのと 
同じなんじゃないかな?
 
大人になるって
味わいの深みを知り 
キャパシティが大きくなること? 
 
だから大きな人
おとな
 
 
 

ランニング

2012年11月1日(木) 晴れ by キヨタカ

 小山はとりたてて名所・旧跡がないと昨日書いたが、市の西側を流れる思川沿いの風景は素晴らしい。
 
気が向くと、思川沿いの土手をランニングする。
Photo_6 
 
一年半前からランニングを始めた。
 
当初は記録を達成するのに夢中で、タイマーを装着したりして結果にこだわった。 
しかし、最近はすっかり適当になってしまった。
 
だからランニングと言うより、正確にはウォーキングに近いジョギング。 
 
ランニングタイムとか距離とかの目標を手放したら、途中の風景をより楽しむ事が出来るようになった。
 
記録を達成する楽しみというのもあるが、今の方がより気持ちよく走れる。
途中で写真を撮ったりしながら、ダラダラ走るのが楽しい。 
 
今日は川の向こう側に沈む夕陽が、とても美しかった。 
 
私も太陽も、同じ宇宙の一部である事が、不思議で素晴らしい。
 
Photo_7

開運のまち

2012年10月30日(水) 曇り by キヨタカ

私の実家の小山市は、実に平凡な町であまり特徴がない。 
バルセロナに比べると、完敗である。
 
たまに友人が遊びに来ても、案内出来る名所や旧跡というものがなくて困ってしまう。 
 
もっとも小山市は、「開運のまち小山」として、ただいま売り出し中!
 
Photo_6
 
史実によると、徳川家康が会津へ向けて軍勢を進める途中に小山に立寄り、作戦会議を開いた(小山評定)そうだ。
 
その結果、軍勢を180度方向転換、関ヶ原の戦いに勝利して徳川幕府を興すきっかけを創ったのがこの小山との事で、非常に運が良くなるとか。 
 
かなり苦しい説明だが、とりたてて特徴のない小山の町おこしに真剣に取り組む心意気が微笑ましい。 
 
高額納税者で有名な齋藤一人さんによると、運が良いかどうかは、客観的事実ではなくその事実をどう捉えるかによる所が大きいと言う。 
 
例えば宝くじで100円当てたら、残念がらずに「お〜当たった!ついてる〜♪」と素直に喜ぶ事で、運が開けて本当に一億円が転がり込む様になるとか… 
 
だから特に小山市滞在中は、「ついてる〜♪」事に目を向ける様にしている。
 
今日買い物に言って、レジのお姉さんに一万円札を渡したら、おつりを貰う時に、
 
「ありがとうございました♪」 
 
と言いながら、しっかり両手を握ってくれた。
 
おつりが溢れない様にそうしてくれたのだと思うが、
 
「おッ、ついてる〜♪」
 
さらに、店の外に出てからおつりを数えたら、なんと100円多かった。
 
実はレジのカウンターに前のお客さんが取り忘れたらしい100円が置いてあったので、
 
お金を渡す時にレジのお姉さんに「100円ありますよ」と声をかけたのだが、どうやら私のお金と勘違いしたらしい。
 
店にわざわざ戻るのも面倒だし、窃盗罪や詐欺罪にも該当しないと思い、
 
「おッ、ついてる〜♪」
 
と、素直に喜ぶ事にした。 
 
さらに空を見上げると、なんと、UFOを発見!
 
Photo_3
 
よ〜く目を凝らしてみると、どうやら某保険会社の宣伝用飛行船らしい。 
 
しかし日本で唯一の飛行船を小山で見られるなんて、さすが「開運のまち」だ。 
 
Photo_4
 
「ついてる〜♪」

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