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2013年1月

見るものが見られるもの

2013年1月28日(月)晴れ by ヨガビジャ 
 
今日は小山へ向う途中、
お土産を購入するため沼津港に新しくできた海産物のショッピングセンターに立ち寄りました。キヨタカは買い物には興味がないので沼津駅前の銀行へ行っていて買い物は私ひとり。  
 
このあまり大きくないショッピングセンターの入口には
「アクアリウム」というよりは「いけす」っぽい水槽がひとつ、休憩スペースの横にあります。 
 
南国のコバルトブルーの海にマッチする色とりどりの熱帯魚だったりしないあたりが干物の街・沼津らしくて、私的には好印象なのだけど…。 

 
ただ、「いけす水槽」の前に立つと、観賞用なのか、食用なのか、、、 
この
微妙な存在感の彼らに対して複雑な想いが胸をよぎります。 
 
うん、まわりが海産物屋さんばかりなだけにね・・・
 ( ̄⊥ ̄)  
 

Photo_2 ずっと 
 にらみあいしてる2匹とか
 

 

 
 
Photo_5 エビのひげっぽいのが 
 口からはみだしてるのがいたり 
 (釣り糸ではないことを願いたい)
 

 
 
Photo_6 いけすの主っぽいのや
 
 

 
 

Photo_7 苔むしたカニもいる
(右下のほう) 
 上のカニは足が見えるまで 
 ナマコだと思ってた
 
 
 

Photo_8 「  わたしは さ・ん・ご
 
    お気になさらず・・・ 
 
 
    って、擬態中ですか??( ・・ ?) 
 
 
なんか、いいなあ〜、このいけす。。
* o ̄)
 
 
ずーっとこの「いけす水槽」に貼り付いて夢中で写真を撮っていたら、彼らのノーマインドが移ったみたい…。私もなんだかノーマインド。。  
 
いい時間だった〜♪と満足して水槽から離れて振り向くと、私の後方に小さな人だかり。 
 
見ているつもりが魚と一緒に見られてました。。
イヤン(*ノ∇)ゝ

 

 
 

霜柱

2013年1月27日(日)晴れ by ヨガビジャ 

Img_9292 土を押し上げる
 氷の柱
 
 
 

 
 
 
 
 
 
Img_9289 溢れるエネルギーは
 大
自然と対峙して感じるそれと 
 変わらない
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Img_9300 秘められた
 静謐さも
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Img_9305_3 刻一刻と 
 
変化する様も 
 
 
 
 
 
 
 
私の中の 
 自然に触れる 
 

色の効用

2013年1月26日(土)晴れ by ヨガビジャ 
 
昨日温泉街を歩いていたら黄色い蝋梅が咲いていました。 
 
Img_9211 家に戻り 
 庭の蝋梅を見に行ったら 
 まだ硬いつぼみでした

 
 
 
Img_9222 蝋梅の隣の
さざんか
 
 
 
 
 
 
 

 
 
Img_9239_2 寒風が吹きすさんでいたけど
 
 
 
 
 
 

 
 

Img_9252 
 
 
 かじかむ手とは対照的に 
 私の内側は暖かかった気がします 
 きっと色の効用

すすき

2013年1月25日(金)晴れ by ヨガビジャ 

Img_9183  陽が射すときと 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Img_9186 射さないとき

つぼみ

2013年1月22日(火)曇り時々晴れ by ヨガビジャ 
 
霧が晴れたら膨らんでました。 

Img_9120_2   
 
 
 
 
 
 
 
 
 護られるように

凍結

2013年1月19日(土)晴れ by ヨガビジャ 
 
朝起きたら水道管が凍結して水がでませんでした。 
 
ストーブの上のヤカンのお湯で顔を洗い、今のところ困った事態にはなっていません。お風呂の残り湯もあるのでトイレのタンクが空になっても大丈夫。

いつも当たりまえに使っている水のありがたさを感じる朝です。 
 
Img_9041_3 昨日の雪は 
 午後には氷へと変わっていました 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Img_9072_3 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Img_9048_2 
 
 
 
 
 
 
Img_9044_2 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Img_9091_2 
 
 
 
 
 
 
時も凍る 
 
 時の狭間へと 
 引き込む力がある

初雪

2013年1月18日(金)晴れ by ヨガビジャ 
 
朝起きたら外がまっ白でした。 
 
Img_8980 
 
 
 
 
 
 
Img_8989 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Img_9001 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Img_9019_2 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Img_9024 

 

 

 

 

 雪の中にも 
 いろんな表現

神社で縁起

2013年1月16日(水)曇り時々晴れ by ヨガビジャ 

今日近所の神社に遅い初詣にいきました。 
 
いつものスーパーの駐車場に車を停めて狩野川沿いを歩けば、
川の流れる音になにかがゆっくりとほどけていくよう…。 
ここは小さな神社だから参道といえるものはないけど、こうして川の堤防を歩くことで心身の準備が整っていっている気がします。

Img_8951_2
 誰もいない境内で 
 ゆったりと自分のペースで参拝。 
 
 
 
  

Img_8942 参拝を済ませ、思い思いに境内を歩き回って 
 いたら、写真を撮りたくなりました。 
 
 そして
いつの間にやら 
 夢中でデジカメを覗いていたら、ふと、 
 
 『たまには 
  こんな風に頭からっぽにしたら〜?』
 
  うん、そうだねーー。。。 
 
 
 って、だれ?? ( ・_・ )? 
 
久しぶりにどこかの誰かとの会話。
 
場所柄、神さまっ!? なーんて思ってみたけど、それにしては馴れ馴れしい軽いノリ。 
 
まあ、声の主が誰かはさておき、この声はきっと普段から話しかけてるのに私に無視され続けているっぽい気がする。
 
私は新年の抱負を掲げたことがないけど、今年はせっかくだから縁起をかついで「この声の主とお近づきになる」ことを掲げてみよう♪

災い転じて福となる

2012年1月16日(水) 晴れ by キヨタカ

母は現在別の新しい施設に滞在中。
 
毎晩電話を入れているが、「食事は施設で作るからとても美味しくて、風呂も毎日入れるし、ボケていない人たちも大勢いる」との事でとてもハッピーそうだ。
 
最近は介護環境も整い始めており、実家のある小山市内でもかなりの介護施設が出来つつある。
 
今までの施設の食事は外注システムになっていて、「美味しくない」と母はいつもこぼしていた。
 
「別の施設を探したらどう?」と提案しても、「この施設に慣れたからここがいい。」と頑強に拒否して別の場所を見つけようとしない。
 
親の意向を無視する訳にも行かず、そのままにしていたのだが…
先日ケアマネージャーから電話があり、
「今までの施設でノロウィルスが発生して、あそこにはしばらく入れません。別の施設に入って下さい。」との事。
 
そこで、急遽別の新しい施設に入る事を余儀なくされたのだが、お陰でとても良い施設である事が判明。
 
これからは、当分こちらの施設でお世話になりそう。
 
「災い転じて福となる」という諺があるが、ノロウィルス騒動のお陰で新しい施設が見つかり、有り難い。

自然なこと

2013年1月15日(火) 晴れ by ヨガビジャ 

昨日の雨が上がった今朝の庭は霜が降りてまっ白。 
 
Img_8911_3  芝も苔も
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Img_8907 斜面の雑草も 
 
 フローズンsnow
 
 
 
 
 
 
 
 
Img_8921 ゆきやなぎの芽も
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Img_8932 しずくも凍ってる
 
 どうりで枝に触れてしまっても
 しずくが落ちないわけだ…  
 
 写真撮りやすーい♪
 
 
 
 
 
Img_8917 これ 
 ゴジラの背中のギザギザみたい
  
 しずくが凍ったあとから
 さらに結晶していったのかな?
  
 
 
 
 
 
Img_8925 凍る時って 
 じわじわと凍るものだと 
 思っていたけど 
 
 左下の飛沫みたいな形からすると 
 一瞬で凍るのかしら?
 
 
 
 
 
Img_8935 
 
 
 
 
 
 
 
 朝陽が溶かしていく
 一瞬のアート 
 
 
 
 氷が水に 
 水が気体になるのなら…  
 
 私たちのこころが揺れ動いても 
 おかしくないね。 
 自然なこと。。

雨の日に出逢ったもの

2013年1月14日(日) 雨 by ヨガビジャ 
 
久しぶりの雨はいいものですね。  
 
こんなふうにしっとりと落ち着いた気分でいられるのは、身体に湛えられた水が降りしきる雨と響きあい、大地との繋がりの感覚が呼び覚まされているせいかもしれませんね。人も自然の一部だから。 
 
さっきなにを求めるでもなくネットサーフィンをしていたら、すてきな音楽に出逢いました。  
歌声が今私が感じているフィーリングにとても近くて、全身から浸透してくるような感覚がとても心地いい。 
 
有名な曲なのにこんなすてきな歌詞だったなんて知りませんでした。 
 
 
 
 
誰かが言う 
愛は川のようだと 
穏やかに生きる葦でさえ 
溺れさせてしまうものだと 
 
誰かが言う 
愛は鋭い刃物のようだと 
あなたの魂から 
血を流すことになると 
 
誰かが言う 
愛は飢えのようなものだと 
永遠に思える痛みを伴うだろうと 
 
私は言う 
愛は花 
あなたはその種のひとつ 
 
心が傷つくことを恐れているから 
いつまでも踊れないでいる 
 
夢から覚めてしまうことを恐れているから 
いつまでもチャンスを掴めないでいる 
 
誰かに奪われると思ってるから 
誰にも与えることができないでいる 
 
死を恐れるその心は 
生きる意味を見失っている 
 
ひとりぼっちの長い夜 
ひとりぼっちのあまりに遠い道 
その時あなたは思うだろう 
愛は運や力に恵まれた人のものなんだと 
 
けれど思い出してほしい 
冬の凍えるような雪の下 
種は太陽の愛をその身に浴びて 
やがて春が訪れ 
薔薇という名の花となる
 

どんな「今」?

2013年1月12日(土) 晴れ by ヨガビジャ 

(大変遅ればせながら…) 

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。<(_ _ )> 
 
マヤ暦最後の年ということでなにかと話題の絶えない昨年でしたが、2013年はみなさま、どんな「今」におられますか? 
 
私は2012年という年を特に意識してはいませんでしたが、たしかに昨年の12月と年が明けてからとでは、なにかが大きく違ってきている気がします。 
 
個人的には昨年の11月あたりから自分の疑問や求めに対し、本やネット、映画、人との会話などを通してメッセージやインスピレーションを頻繁に受けとっていた気がします。それも時間差なしに。。 
たった今胸に抱いている想いに「ハイ♪」とヒントが差し出される感じです。 
 
それはなにかすごく特別なことや、高尚な理解とか目覚めとか大層なことではなくて、これまでも起きていたものですけど。 
 
ただその起き方がよりパワフルというか、これまで「シンクロだ〜♪」と喜んでいたことが当たり前に起きている感じなのです。 
 
あるいは、たった今自分が感じ考えていたことをそのまま誰かが同じタイミングでブログで書いていたということも頻繁に起きていました。 
本当に意識が繋がっているというか、共振しているのでは…?と感じます。
 
 
目に見えない時間という厚いベール、この次元と次ぎなる次元を遮るベールとでもいうもの・・・? それらがいくつも消え去り、物事の起き方も、理解も、伝達も、スピードも、なにもかもが、今までとは違う。 
 
それは誰の目にも明らかな華々しい変化として起きているのではなく、たぶんですけど、誰もが自分の内側でやっと感じ取ることができる微細なレベルで起きているように私には感じられます。 
 
 
私は昨年の秋からアレルギーで痒くなり(今は大丈夫)、年末年始はバタバタして、伊豆に戻ったら熱が出ました(今はほぼ大丈夫)。
 
そんな体調不良の時は注意は外に向きにくく意識が自然に内に向きやすいから、もしかしたらすでにそうであったものに、やっと気づけただけなのかもしれないです。 
 
そう思えば体調不良もありがたいですね。 
どんなことにもいい面も悪い面もある。 
だったら、いちいち一喜一憂してもしょうがない。  
 
うまく表現できないのですが、、、 
 
自分の問や想いに対するインスピレーションを、内側で「ポッ」と小さな光を灯すように受け取ると、その光がすぐに消えてしまっても、一瞬の閃光が私にその先を予感させ、さらに奥へと誘ってくれる。 
 
だから、常に光を失わないようにし続けたり、その光を大きくすることに躍起にならなくていいみたいです。そう感じたらすごくリラックスしました。  
 
光も闇も、嬉しいことも苦しいことも、すべては来ては去って行くから。 
なにかを選ぶ必要もない。 
 
私にとって2013年はタオ的な感覚とともに始まっています。 
 
さて、みなさまは、どんな「今」におられますか? 

出口なおのメッセージ

2012年1月8日(火) 晴れ by キヨタカ

母を施設に預けて、久しぶりに修善寺に戻る。
 
私の体調はおかげさまで上向きになりつつあり、食欲も回復。
 
ここ数日はコーヒーも飲む気が起らなかったが、数日振りに飲んだコーヒーががすごく上手い。
 
朝普通に起きて、普通にコーヒーが飲めて、普通に外を歩ける。
ごく普通であれる事の有り難さが身にしみる。
 
ところで、一昨日の夜、NHK(Eテレ)で、大本教を取り上げた番組を見た。 
 
「日本人は何を考えて生きてきたのか」という日本人の近代の思想史を読み解くEテレらしい番組で、今回のテーマは「大本教〜民衆は何を求めたか〜出口なお・王仁三郎」
 
大本教と言えば、日本最大の宗教弾圧として名高い。 
新興宗教は歴史的評価が難しいにも関わらず、戦前の恥部とも言うべき宗教弾圧も含めてNHKが真面目に取り上げた事は画期的な事だ。
 
番組では近代日本の民衆思想に分け入るという形で、明治維新後の近代化という歴史的枠組みの中で出口なお・王仁三郎の事を取り上げていた。 
 
しかし番組で紹介されている出口なおの言葉は、歴史という枠組みを超えて、今の我々に直接訴えかける力強い響きを感じた。
 
「今は獣の世、強いもの勝ちの悪魔ばかりの世であるぞよ。」
 
「これでは世は立ちては行かんから、神が表に現われて、三千世界の立替立直しをいたすぞよ。」
 
「三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ、梅で開いて松で治める神国の世になりたぞよ。」
 
これらは、明治維新にともなう急激な近代化に取り残された民衆の苦悩から生まれた言葉として、取りあげられている。
 
しかし2013年の現在でも「強いもの勝ち」の資本主義の論理はそのままである。 
 
出口なおのメッセージは、現代の我々こそが真摯に受け止めるものと言える。
 
今こそ、三千世界に魂の花を開く時節が到来したのだ。
 
番組で紹介されたなおの写真にも、非常に威厳溢れるオーラを感じ、ちょうどラマナ・マハルシの写真を見る時に感じるものと共通するものがある。
Photo
Images_2
 
世俗から完全に超越して凛とした姿は、どちらも 神人合一を体現していて非常に美しい。 

「ハイ」と「ロー」

2012年1月6日(日) 晴れ by キヨタカ

一昨日のランニングは、少し距離を延ばして10キロに挑戦。
 
最近は非常にタラタラと走るので、ランニングではなく正確にはジョギングである。
 
最初はいつも通りジョギングを楽しんでいたのだが…
7キロを過ぎたあたりから突然エネルギーがシフトして、身体がもの凄く軽くなった。
 
試しに全力疾走してみたら、どんなに早く走っても全く疲れがない。 
「疲れを知らない子供の様に〜♪」とても楽に身体が動く。
 
いわゆる「ランナーズ・ハイ」という現象なのだろうか?
 
こうした体験は長距離(…といっても私の場合は7〜8キロ程度)を走ると、よく起るが、今回の体験はそれを遥かに上廻る「超ハイ」な体験だった。
 
今までの人生で最高のランニング! 
 
翼があって空を飛んでいる様な、超人になったような、箱根駅伝の5区を走る「山の神」柏原になったような、そんな感じ。
 
ところがその翌日、「同じ体験を期待してはいけない」と思いつつ内心密かに期待しながらランニングにでると、同じ体験どころか前日とは打って変わって今度は非常に足が重い。
 
まるで鉛の靴を履いて走っているかの様だ。
 
まともに走れず歩いたりして身体が冷えきってしまい、とうとう体調を崩してしまった。
 
昨日は、一日中身体がだるくて、身体中の力が入らず食欲もなく、寝込んでしまった。
 
「もしかして筋無力症かな?それともノロウィルスにやられたかな?」とヨガビにシェアして、さんざん笑われてしまった。
 
今日は午後になって、ようやくエネルギーが上向きになり日誌を書く気力も湧いて来た。
 
わずか数日で「超ハイ」と「超ロー」の両極を体験。 
 
ランニングで体験した「ハイ」な現象は、一時的な至高体験を与えてくれるけれども真実ではない。
 
必ずその反動が来る。
 
同じ様にどんなにヒドい「ロー」も真実ではない。
時節が来れば、必ず抜け出す事が出来る。 
 
「ハイ」でも「ロー」でもない、その背後にあって永遠不滅なるもの、それこそが真実である事を再認識させられた。

タクシー運転手との会話

2012年1月2日(水) 晴れ by キヨタカ

年末年始は実家で母と過ごすのが恒例になっている。
 
しかし今日は抜群の風が吹くウィンド日和の為、わざわざ沼津まで日帰りで海へ行き初乗りを楽しんだ。
 
夕食を母と一緒に食べる為、ウィンドは早めに切り上げて海岸から沼津駅までタクシーに乗った。
 
車中で初老の運転手が親しげに声をかけてきた。 
 
運転手:「ウィンドなの?寒いでしょ?」
 
キヨタカ:「陸から見てると寒いけど、海へ入ってる本人は大丈夫。」
 
運転手:「子供の頃は、あの海岸で良く泳いだもんだよ。」
 
キヨタカ:「沼津に住んでるの?沼津はいい所だけど、津波が怖いね。」
 
運転手:「津波が来たら終わりだよ。運命だからね。でも死んだって心が身体から離れるだけだから…」
 
キヨタカ:「え!?死んでも心は残ると確信してるの?」
 
運転手:「ああ、いろいろと修業遍歴をしたからね。ほぼ完成かな…、死ぬ時痛いのはやっぱりやだけどね。ハッハッハッ。」
 
キヨタカ:「仏教の修業をしたの?」
 
運転手:「ああ、日蓮宗やら真言密教やらその他もろもろ…」 
 
キヨタカ:「坐禅は?」
 
運転手:「もちろん坐禅も。でも修業のし過ぎは良くない。何事も中庸が肝心だね。」
 
キヨタカ:「それじゃ、阿闍梨の千日回峰行なんかどうなの。」
 
運転手:「最悪だね。やると新たなカルマを作っちゃう。」
 
キヨタカ:「どんな教えに帰依してるの?」
 
運転手:「特定の宗派は持たないし、特定の師匠にもつかない。それが良かったね。そもそも仏陀もキリストも、彼らの教えはまだ始まりに過ぎなくて…。」
 
わずか10分くらいの車内だったが、非常に話が弾んで、
「真理とは宇宙と一体である事を悟る事だから、仏教とかキリスト教とか教祖とかそういったものは過去の遺物であって…」と熱弁を振るうタクシーの運転手さんとの会話がとても楽しかった。
 
年末の日誌に、「来年は、この「垂直な次元」が開かれて、大勢の人々が永遠の至福を享受する年となる事を確信している。」

と書いたが、このタクシーの運転手も「永遠の至福」を享受し始めた新人類の一人なのだろう。
 
ウィンド初乗りとタクシー初乗りは、今年の運命を予見する幸先の良い出来事だった。

いつも心に…

2013年1月1日(火) 日本晴れ  by キヨタカ

皆様、明けましておめでとうございますheart02

元日の今日は、雲一つない日本晴れ!

雲一つない青空には太陽が輝き、穏やかで暖かい光がちょうど恩寵のように燦々と降り注いでいる。 

まるで新しい地球と人類の誕生を祝福しているかのようだ。 

恩寵は太陽と似ている。

それは何か特別なものではない。

曇った日でも嵐の日でも誰にとっても、必ず存在している。 

たとえ真っ暗闇になっても夜明けと共に太陽は必ず昇るように、恩寵は必ず降り注ぐ。

それはちょうど空気の様に、いつでも存在していて当たり前のもの。 

しかしいつも心を開いて恩寵を受け取りさえすれば、人は至福に満たされて最高の人生が展開し始める!

どうか皆様、至福に満たされた素晴らしい年でありますようにimpact

 

鉄拳パラパラ漫画 いつも心に太陽を 投稿者 plutoatom

PS 本当にあるのは、今だけなんだけどね♪

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