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胡蝶の夢

2013年5月16日(木) by キヨタカ

 一昨日修善寺に戻りほっと一息。
 
久しぶりにツタヤへ立寄り、適当にDVDを借りた。
 
手にした映画は「コッポラの胡蝶の夢」
 
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コッポラと言えば巨匠として有名だが、私は「地獄の黙示録」と「ゴッドファーザー」しか知らない。
 
最近は娘が監督として活躍しているので、「あれ〜この人まだ現役監督なの?」と嬉しくなり軽いノリで選んだのだが、私の中では久々の大ヒット映画となった。
 
日本ではあまり話題とならなかった様だが、非常に丁寧に創られていて、ストーリー、芸術性、思想的深遠さ等々、とても素晴らしかった。 
 
俳優も、主演のティム・ロス、競演女優のアレクサンドラ・マリア・ララ共に素晴らしい。マット・デーモンがちらりと登場したりもする。
 
最近は大々的に宣伝された大げさなハリウッド系の映画に食傷気味だったので、偶然とは言え直感的にこの映画を選んだ自分を褒めてあげたい。 
 
そういえば半年前に「落下の王国」という素敵な映画を見つけたが、ちょうど同じ様に監督の想いが詰まった映画で、インディーズ系映画の傑作だろう。
 
ストーリーは、wikiから下記にコピペする。
 
年代、人生の折り返し地点をとうに過ぎた言語学者ドミニクは、自身の言語学の研究も未完のまま、昔愛した女性ラウラを忘れられない孤独な日々を送っていた。
 
ある復活祭の日、彼は突然雷に打たれ病院に収容される。奇跡的に一命をとりとめた彼は、驚異的な頭脳と若き肉体に復活していた。
 
その超常的な現象を追ってナチスの黒い影が忍び寄り、ドミニクは戦火のヨーロッパを逃走する。
 
その後、昔愛したラウラに生き写しの女性と出会い、彼女のおかげで人類が未踏の言語の起源に迫る研究も、完成するかにみえた・・・
 
平凡な人間が、ある日超能力者に変身するストーリーは、映画の定番ジャンルの一つで非常に根強い人気がある。
 
変身の原因は色々で、この映画の場合は「落雷」である。
 
他にも、「ドラッグ」(リミットレス)だったり「脳腫瘍」(フェノミナン)だったり「クモ」(スパイダーマン)だったり・・・他にもアヴァター、マトリックス、インセプション
等々、超能力者SF映画は数え上げると切りがない。 
 
私が思うに、これは「人間の究極の可能性」を示唆するものであり人類の未来を暗示しているのではないだろうか? 
 
つまり、人間とは本当はSF映画に出て来るようなとてつもない能力を本来秘めている。
 
ただそれはまだ眠っていて、目覚めていないだけなのだ。
 
通常の人間は、脳機能の3%程度しか使っておらず、残り97%は不活発なまま一生を終えてしまう、という事は大脳生理学者の間ではほぼ定説になっている。
 
また、例えば「松果体」の様に、その役割が解明されていないものが多々ある。
 
どうやらそうした機能は、未来の人類が使える様に予め準備されているらしい。 
 
パソコンも「使い方を知らなければ、ただの箱」と良く言われる。
 
我々は超高性能パソコン(身体)を既に手にしているのだが、ソフト(条件付け)が古いまま使っているので、本来の機能を発揮出来ないでいる。
 
「天才と凡才の壁は、超えられないものではない」というのが、最近の私の持論である。 
 
子供時代に無意識に埋め込まれた「壁」に関して、自分の子供時代を振り返って日誌の中で書いて行こうと思ったが、「音楽家の道」に関して書いただけで止まってしまった。 
 
この映画を見てまた新たなインスピレーションを得たので、明日からまたそのテーマを探ってみたい。
 
ところで、映画の日本語タイトル「胡蝶の夢」は止めて欲しかった。
 
ネタバレそのもののタイトルなので、結末を推理する楽しみが奪われてしまい残念だった。オリジナルの「 Youth without Youth」のままで良かったと思う。 
 
例の「落下の王国」は逆にピントがづれたタイトルで、やはり「the Fall」のままの方が良かった。 
 
洋画のタイトルを日本語にするのは、つくづく難しいと思う。

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