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2013年8月

白ゆりの季節

2013年8月22日(木) 曇り by ヨガビジャ 
 

先日、小山でのお盆を済ませて伊豆に戻ってきました。 
 
毎年この時期に小山から戻ると庭に白いゆりが咲いています。 
ちーちゃんがいなくなって2年目の夏。 
早いなあー・・・ 
 
今年は庭にたくさんの白ゆりが育っていたのでずっと8月の開花を楽しみにしていたのですが、先月またイノシシに掘り返されて半分くらいダメになっていました。 
 
いつも小山から戻ると駐車場に出迎えてくれた
ちーちゃんの存在が嬉しかったように、今はこの白いゆりが咲いていてくれるのが嬉しいです。 
お盆の時期ですし、もしかしたらちーちゃんもここの庭に来てくれているのかもしれませんね。


Img_3288 白ゆり 
 
 昨夜は激しい雷雨のさなか
 修善寺では
花火が上がっていました
 
 豪雨と雷鳴、花火の打ち上げ音
 一瞬の稲光に浮き上がる光の
花、
 初めてみました
(うちの階段の窓から) 



Img_3321_2 そして一夜明けた朝
 
 静か
 
 
 
 
Img_3322 夕べ
 懸命に風雨を耐えていたのか
 小さなカニグモ
 
 
 
 
Img_3327 
 誇らしげだったり

 
 
 
 
 
 
 
 
 
Img_3338_2 
 
なにごとも 
 なかったかのようでもあり 
 
 
 
 
 
 ドラマチックな出来事も 
 ありきたりな出来事も 
 生全体の視点でみれば 
 なんの違いもないのかも・・

スパイラル的転換

2013年8月16日(金) 曇り by キヨタカ

 今日も、新しい一日が始まった。

いつもの通り太陽が東の空から昇り…というのはもちろん錯覚で、実際は地球は自転していることは幼稚園児でも知っている。

赤道付近で一日に時速1666キロ、緯度により変化するので日本付近では時速833キロで動いているのだ。

太陽ではなく自分の方が猛スピードで自転しているという事実は、それなりに体感的なイメージが出来る。

しかし実際には、もう少し複雑となる。

地球は毎日の自転に加えて、太陽の廻りを1年かけて公転している。

公転速度は時速10万キロと言う。

公転と自転を同時に体感的にイメージするのは、ちょっと難くなる。

少なくとも、私の頭では…(簡単に出来るという友人もいる)

 

Photo

しかし本当の実際は、太陽系も銀河系の廻りを公転しているという事実がイメージをさらに難しいものにさせる。

 

太陽系は銀河系を約2億5千万年かけて、時速781,200キロ(マッハ638!)で公転しているのだ。

つまり、地球の自転と公転に加えて太陽系の公転を3つ同時に体感的にイメージしないと、正確な状況を把握できない。

真実を求めて一生懸命イメージを体感しようとするのだが、どうも頭が混乱して麻痺してしまうshock

なんとか上手にイメージする事は出来ないのだろうか?

ずっと求め続けていたのだが、「求めよ、さらば与えられん!」という格言は本当だった。

先日、ついにとても素敵な動画を入手したのだ!

この映像を見ると、「地球は円運動ではなくスパイラル運動をしている」事実が一目瞭然だflair

 

さらにこのスパイラルの動きは、銀河的マクロスペースからDNAレベルのナノスペースまで一貫している事が、直感的に把握出来る。

実際の映像は下記の通り。

天動説から地動説への転換をコペルニクス的転換という。

しかし新しい地球と人類の意識で生きるには、さらにイメージをスパイラル的転換へと飛翔する必要があるだろう。

PS ようやく頭がスッキリしたところだから、「銀河も公転しているかもしれません」とか「宇宙の加速膨張を考慮すべき」とかいうツッコミは止めて下さいネ。

記憶力

2013年8月15日(木) 晴れ by キヨタカ

昨日は、朝から母を連れて車で親戚廻り。
 
午後はまた別の親戚が次々と来訪して、日誌を書く暇がなかった。
 
それにしても、私の母の記憶力の良さには驚かされる。
 
特に古い過去の記憶がしっかりしていて、あたかもきのうの出来事の様に子供時代の記憶を楽しく語る。
 
どうも最近、過去の記憶が増々蘇っているようだ。
 
高齢で未来を思わなくなった為に、エネルギーの全てが過去に向けられているせいなのか?
 
なにはともあれ、ボケないでいてくれるのがすごく有り難い。
 
Img_0468
←先日遊びに来てくれたK氏は姿勢矯正に造詣が深い。
 
K氏からのアドヴァイスで、抜群に姿勢が良くなり喜ぶ母。
 
 
 
翻って自分の記憶力はどうかというと、昔からあまり記憶力を大切にしなかったように思う。 
 
瞑想とは、「過去」ではなく「今・ここ」寛ぐ事であるが、過去を無視する事でもなく記憶を軽視する事でもない。
 
むしろ「今・ここ」に注意を払う事で、記憶力が良くなると最近特に思う。

お迎え

2013年8月13日(水) 晴れ by キヨタカ

お盆の「お迎え」のため、お墓参りに行く。
 
今年は、高齢の母を家において私とヨガビが代わりにお墓参りをする事になった。
 
Photo
同郷のサニヤシンのK氏が遊びに来てくれたので、3人でお寺までドライブ。
 
自慢じゃないが、「反逆のブッダ」と言われたOSHOのサニヤシンのせいか3人ともこうした世間の儀式には全く疎く、珍道中となった。

当時は、形骸化した葬式仏教が嫌いでお寺に行く事自体に嫌悪感を抱いていた。だからお墓参りなど殆ど行かなかった。
 
 
しかし、家の一切を仕切ってくれていた姉が亡くなってからは事情が一変し、毎年数回はお寺へ行く事となる。
 
大局的に見ると、亡くなった先祖に感謝をささげて供養をする事、その為に定期的に家族が集まる日が定まっている風習は大切だ。
 
特に家族関係が希薄になりつつある現代では、とても貴重な文化遺産なのかも知れない。 
Photo_2 
だから最近は、「お盆もそれなりに楽しい」という心境になりつつある。
 
お線香に火を付ける為に、専用ライターを使っていたら、初めてそのライターを見たK氏がやたらと感心していて可笑しかった。
 
 
 
 
 
私が子供の頃は、お寺で迎え火を貰った人々が提灯を手に三々五々徒歩でのんびり家路へ向かったものだ。 
 
日も暮れて薄暗い田園風景が広がる田舎の一本道に、提灯行列が出来てとても美しい光景だった。
 
最近では車で来る人が多く、火の着いた提灯を車で運ぶのは危険。
 
そこで、私の持った提灯も実は電気式ローソク。
 
なんとリモコンまでついている、優れものだ。
 
 
Img_0470

頭頂滅却

2013年8月12日(月) 晴れ by キヨタカ

お盆で、実家へ帰省。
 
6時間の長〜いドライブを終えて、ようやく到着。
 
実家(栃木県小山市)は、非常に暑い。
 
修善寺から直行したせいか、「インド並みの暑さ」に感じる。
 
Photo_2
 
実家のクーラーがなかなか効かないので、保冷剤を頭に載せてしばし寛ぐ。
 
実に気持ちが良い。
 
自然と瞑想状態に誘われる。
 
「頭頂滅却すれば、火もまた涼し」
 
史上最高の暑さも、こうすれば楽々乗り越えられそうだ。

電子書籍

2013年8月11日(日) 晴れ by キヨタカ

先日友人から、「シーラが本を出した。デヴァギートも…」という情報を入手した。
 
「アマゾンのKindleアプリをいれるとiPadで読める」との事で、さっそく実行。
 
あっと言う間に、2冊の書籍を安い価格(¥648-と¥500-)で入手出来た。
 
実に便利な世の中になったものである。
 
 
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シーラとはOSHOのオレゴン時代の秘書で、最高権力者としてサニヤシン界の頂点に君臨。
 
それがある日突然に犯罪者として糾弾され(OSHO自らが告発)、数年を刑務所で過ごすという波瀾万丈の人生を送った女性である。
 
 
 
シーラの一連の事件によって、おそらく今でも傷ついている人々が大勢いるだろう。
 
しかしあの事件が起らなかったら、今でもOSHOはカルト宗教の教祖として崇められていたかも知れない。
 
だから、今となってはとても貴重な出来事だったと思う。
 
そこでさっそく喜び勇んで読み始めたのだが、数頁読んで先が進まなくなった。
 
別に英文だからではない。
 
分らない単語をiPad上でタップすると、たちどころに英和辞書が表示されるので、中学生レベルの英文力があれば誰でも読める。
 
結局のところ、どうも著者の意識がかつてBhagwanと言われた時代で完璧に止まってしまっているのがなんとも物悲しい。
 
だから、どうしても先が読めないのである。
 
 
気を取り直して、デヴァギートの本にチャレンジ。

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デヴァギートは、OSHOの歯科医としてOSHOの晩年をよく知る人物である。
 
さっそく読み始めたのだが、やはり数頁で止まってしまった。
 
 
 
 
別にデヴァギートの意識がどうのこうのというのではない。
 
OSHOの下で個人的な指導を受ける事の出来たデヴァギートはとても良いカルマを持っていた人なんだろうと思う。
 
イギリス人特有の生真面目な性格と、独特のユーモラスな雰囲気も好きだ。
 
また、今でもOSHOの事はとても敬愛している。
 
しかし、当時のOSHOのプライベートな動向に今は全く関心が向かなくなっている。
 
だから、どうにも本を読み続ける事が出来ない。
 
いつの間にか変化してしまった自分に対して、とても驚いている。
 
かつて大好物だったビフテキが、今はもう食べられない事にショックしている感覚に近いかも…?
 
ところで一旦購入した電子書籍は、いつまでも手元に残ると言う。
 
いつの日か全く別な視点に立って、この2冊が読める日が来るのを楽しみにしている。

人生の選択

2013年8月10日(土) 晴れ by キヨタカ

元庭師のA氏と一緒に、集中的に草刈り作業をした。
 
昨日は夕方3時半くらいから、今朝は朝の5時くらいから作業を開始。
 
午前9時までには予定の作業を終了したが、見違える程奇麗な庭になった。
 
遅めの朝食を食べながら、自然と人生談義に花が咲いた。 
 
人生とは選択の連続だけれども、どの様に自分の人生の進路を決めて行くかは本当に人それぞれで面白い。
 
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私の場合は、最初に直感的に「ピ〜ン」と来る。
 
例えば、私は様々な瞑想の先生に出逢ったが、いつもこの「ピ〜ン」という感覚が頼りで、それを信頼するといつも素晴らしい展開となる。
 
 
ヨガビの場合は、私の様な直感とはかなり違うらしい。
 
嗅覚の様な感じで、「クンクン」と香りのする方向へ自然に引き寄せられると言う。
 
A氏の場合は、エネルギー的に「ズ〜ン」と身体に響いて来るそうだ。
 
3者3様だが、いずれも通常のマインドの思考回路とは別の箇所が機能するところが面白い。

いよいよお盆の季節

2013年8月9日(金)晴れ by キヨタカ

今日は朝から蒸し暑い。
 
アブラゼミの「ジーッ」という声が、けだるい暑さに拍車をかける。
 
よく耳を澄ませて聴いていると、遠くで「ツクツクボウシ」の声が聞こえた。
 
今年初めて耳にした。
 
この蝉の声を聴くと、「いよいよお盆の季節だな〜」と感じる。
 
実はお盆過ぎに、有志が草刈りに来てくれる事になっていた。
 
しかし荒れ放題の庭を心配してくれた有志の一人A氏が、プロ用の草刈り機を持参して急遽来てくれる事になった。
 
A氏は元庭師で、プロ級の腕前なので非常に頼もしい。
 
夕方から一緒に草刈りをする予定。
 
 Photo 今日は北隣の近所の家からも、南隣の別荘からも、草刈り機の音がする。
 
両隣ともプロの業者が入って、本格的な草刈り作業を行っている。
 
 
アブラゼミやツクツクボウシの声と、草刈りの機械音とが相まって、普段は静かなこの場所がとても賑やかに活気づいている。
 
蝉の声と草刈りの音とが妙にコラボレーションして、真夏の風物詩としてけだるい暑さをしばし忘れさせてくれる。

花か雑草か?

2013年8月8日(木) 晴れ by キヨタカ

 今朝も、朝一番で草刈り。
 
庭仕事は非常に大変だと思っていたが、実行してみると以外と楽しい。
 
しかし厄介なのは、雑草と観賞用植物の違いが良くわからない事。
 
「花か雑草か?」それが問題だ。
 
「園芸の趣味」なんぞ、隠居後の老人くさいな〜としか思わなかった若かりし頃の偏見を、猛省中である。
 
つい一週間ほど前に、「花になるかも…」と思い刈り残した茎から、見事な花が咲いた。
 
Photo「刈り取らずに大正解flair」だったと、ほっと胸をなでおろしている。
 
一口に植物と言っても、実に多用な姿や形があり、感動的だ。
 
 
特に雑草は、非常に逞しくて生命力に溢れている。
 
よくよく観察してみると、それなりに美しい。
 
雑草か観賞用植物かの違いは、人間側の勝手な都合だから、なんとなく雑草を刈るのもかわいそうな気もする。
 
しかし放置するととんでもない事態にもなりかねないので、心を鬼にして雑草刈りを実行中。
 
例えば、キンケイソウという花がある。
 
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土手や道路脇などでよく見かける、黄色い可憐な花をつける植物だ。
 
非常に繁殖力が強くて、廻りの生態系を破壊してしまうそうで、自治体はその駆除にやっきである。
 
 
実はリーラスペースの庭にも、キンケイソウらしき植物が沢山生い茂っている。 
 
Photo_4
 
そこでさっそく、外来生物法の精神にのっとり、駆除する事にした。
 
だが、しかし、よく見てみるとどうも違う植物らしい。
 
 
もう少し詳しく調査する必要があり、刈るのを止めた。
 
思いがけない災難を逃れる事が出来て、この植物はとても喜んでいるようだ。

朝焼け

2013年8月7日(水) 晴れ by キヨタカ

最近は、ヒグラシの声とともに目が覚めて、しばらくその声に聞き入るのが一番のお気に入りの瞑想となっている。
 
ヒグラシの声が止むと、やがて太陽が東の空から昇る。
 
今朝も、朝焼けがとても美しい。
 
特に、私の部屋がある二階からの眺望は、抜群だ。
 
何十億年もの長い間、毎朝一日も欠かさずに東の空から太陽が昇るのが実に不思議で感動すら覚える。
 
絵画の得意な人なら、迷わず筆を取るだろう。
 
残念ながら絵が得意でない私は、iPhoneで写真を撮った。
 
Photo_3
しかし今朝の感動が全く伝わらず、平凡な風景になってしまい残念。
 
ついでに、新機能の「パノラマ」モードもトライしたのだが、さらにヒドイものになってしまった。
 
一眼レフのデジカメを買いたい衝動が起るが、最近また「断・捨・離」ムードになりつつあるので、パス。
 
そのままアップして、感動の部分は見る人の想像力にお任せしよう。
 
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阿弥陀仏

2013年8月6日(火) 雨 by キヨタカ

 先日「函南ほとけの里美術館」に行ったのだが(8月1日のヨガビの記事参照)、その時に鑑賞した仏像がどうも頭からこびりついて離れない。
 
Photo_2いわゆる「阿弥陀三尊」の仏像で、中央に阿弥陀如来、その左右に観音菩薩と勢至菩薩を配した浄土信仰では定番の仏像である。
 
ずっと前に禅仏教にはかなり傾倒したけれども、浄土系の世界とはそれほど深い縁はない。
 
阿弥陀信仰では、臨終の際に阿弥陀仏がこの様な姿で現れて極楽浄土へ導くと言う。
 
初めて仏教の世界に関心を持った学生時代は、「来世で極楽往生を願う」という阿弥陀仏信仰がなんとも消極的かつ迷信的で滑稽ですらあった。
 
それに比べこの世で仏となる事を願う禅仏教の方が、遥かに高尚で科学的かつ格好いいと思った。
 
それ以来、阿弥陀仏信仰に対し特別の関心は持たなかった。
 
正直に言うと、瞑想に縁のない人々が救われるための方便、くらいに見なしていたと思う。
 
フーマンに接して恩寵に開いてからはそうした偏見もなくなったが、仏像にまつわるイメージはずっと昔のままだった。
 
しかし、先日あの仏像を見てから、どうも自分の中がすこし変だ。
(…まあ、いつも少し変なので、変なのが正常ではあるがcoldsweats01
 
あの日はよくわからなかったが、穏やかだがとても深いインパクトがあった感じがする。
 
あの時確かに、潜在意識の奥底をかき乱されるような、奇妙な感覚があった。
 
それは、必ずしも居心地の良いものではなかった。
 
それが何なのか、まだ良くわからない。
 
まだあの世へのお迎えがやって来るには、ちょっと早過ぎるとは思うのだが…(^-^;
 
おそらく、自分が今まで持っていた特定の思考パターンに気づいた時の、不愉快な感覚だと思う。
 
今は、阿弥陀仏に限らず仏像全般に対する偏見が剥がれて、仏像が本来持っていた意味が少しずつ明らかになる予感がする。
 
神であれ仏であれ、偶像化してしまうと、自分とはかけ離れた対象物となってしまい、ブッダのメッセージが遠のいてしまう。
 
だからこそ、ブッダは仏像を作る事を厳しく戒めたのだと思う。
 
しかしこうした仏像が、偶像崇拝ではなくて「自己の内面を映し出す鏡である」という事が明確ならば、まだ眠りこけている内面の特定の意識を目覚めさる為に、とても有益だろう。
 
そうした視点を明確にして、新たな気持ちで仏像に接すると、驚く程に深くパワフルなインパクトが仏像にある事に気づく。
 
特に、日本の仏像は格別だ。
 
今更ながら、日本人の精神文化の底知れない深さに畏怖の念を覚える。

さりげなさ

2013年8月5日(月) 晴れ時々曇り by ヨガビジャ 
 
2、3年ぶりになるのかしら、、
さっき「かんぽの宿」方面の別荘地へ散歩に行ってきました。 
 
新しくリフォームされた家や以前から変わらない家、きれいに庭が手入れされた家など様々でしたが、一番変化が目についたのは街路樹の背が高くなり茂っていたこと。時間の流れを感じました。。 
 
途中、小雨が降ってきたので道端の草花をささっと撮って帰宅しました。 
じつは運動不足気味だったので坂道と階段が「大変かな?」と思ったけど意外と平気でちょっと嬉しかったです♪

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こうして写真を並べてみると 
 道端の小さな花の 
 飾らない 
 
さりげなさが心地いい♪
 
 
 

ザ・シフト

2013年8月5日(月) 晴れ by キヨタカ

光回線になったお陰で、動画がスムーズに見られるようになって嬉しい。 
 
以前ならDVDを購入するかレンタルするしかなかったのだが、これからは殆どがダウンロードで済みそう。
 
長時間の無料動画も、驚くほどたくさんアップされている。
 
先日も、ダイアー博士の「ザ・シフト」という映画がYouTubeに全編アップされていた。
 
私はわざわざ数千円を出してDVDを購入してしまったが、その後ツタヤでレンタル出来るのを知りちょっぴり悔しかった。
 
ところが、光回線にすればレンタルも必要なかったshockというわけである。
 
版権問題がどうなっているのか気になる事もあるが、試聴者としてはとても有り難い。
 
この映画は、「自我の意図を手放して大いなる意志に明け渡して生きる」という新しい生き方を、抹香臭くなくサラリと描いている。
 
最初見た時は、数組のカップルや人物のストーリーが同時並行で描かれているため、深さが感じられずにそれほどの感動は覚えなかった。
 
でも改めて見直してみると、メッセージが素直に伝わって来て、とても良い映画だと思える様になった。
 
興味のある方、特に人生の岐路に立たされている方は是非見る事をおすすめする。
 
「大いなる意志に明け渡す」などと言うと、「悟り」や「神」の概念が登場してとたんに難しく面倒なものになりがちだ。 
 
しかしこの映画を見ると、自分の中に既にある秘められた衝動に触れて、ずっと以前から望んでいた新しい生き方を今すぐに実行出来る勇気が得られるだろう。
 
 

健康グッズ

2013年8月4日(日) 晴れ by キヨタカ

年齢を重ねても、未だに健康でいられるのが、最近ではとても有り難い。
 
しかし、姿勢が「猫背」であるのがずっと気になっている。
 
バランスボールやぶら下がり健康器具等々、「健康グッズ」をあれこれ買っても、続いた試しがない。
 
健康に対するニーズが少ないせいか、3日たっても効果がないと倉庫行きになってしまう。
 
「姿勢矯正ワークショップ」なんかも受けた事があるが、3日以内に元の木阿弥に…coldsweats02
 
両親のみならず親戚中が「猫背」の家系なので、DNAレベルで組み替えが起らない限り、前かがみの姿勢は治らないだろうと、諦めていた。
 
ところが、どうやら諦めるのはまだ早かったらしい。
 
最近私がとても気に入っている「健康グッズ」がコレだ。 
Photo 
ヘビかツチノコ(←古い)みたいな奇妙な形をしている。
 
非常に簡単な姿勢矯正グッズで、中味は空っぽでタネも仕掛けもない。
 
 
使い方はとてもシンプル↓
Photo_2
わずか、5分間こうするだけで良い。
 
たったそれだけで、直ちに背が数センチ伸びた!
3日坊主の私にピッタリのグッズだ。
 
 
肉体だけではなく、意識がとてもクリヤーになって、リトリート直後のように、存在とひとつにまとまってくる。
 
仏教に「心身一如」という言葉がある。
 
「心と身体は一つのもので、分ける事は出来ない。」という意味だが、僅か5分で、仏教の真髄に触れる事さえ可能かも…
 
ある治療家の言葉に、
 
「問題が心にあるときは体から、体にあるときは心から」
というものがある。
 
肉体に問題がある場合、つい肉体を治そうとするが、心のゆがみに気づく事で直ちに治癒が起る事がある。
 
逆に心に問題がある場合、身体のバランスを整える事で、その問題が消え去る事が起こる。
 
「瞑想が深まりません」と悩んでおられる方々も多いが、瞑想カウンセリング再開の折にはこのグッズを持参してみようかな〜。
 
わずか5分の姿勢矯正で、驚くべき瞑想の深みを体験するかも知れない。

ただの今

2013年8月3日(土) 晴れ by ヨガビジャ 
 
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 朝、目が覚めたときは
 
 きのうの続きの 今 にいる感覚
だけど  
 庭に出るとデジカメ越しに、 
 
 今のいまは ただの今 
 
 つづきじゃないよー 
( ̄。 ̄) 
 
 と教えられるのです。。

 

草刈り

2013年8月3日(土) by キヨタカ

 今日は、朝からリーラスペースの庭仕事に精を出す。
 
Photo子供の頃から屋外での仕事がどうも苦手だった。
 
大自然の中で育ち、屋外で遊ぶのは大好きだったのに…。
 
 
農作業や庭仕事の手伝いとなると、いつも逃げ回っていた。
 
あれから半世紀経った今でも、未だにその傾向を引きずっているようだ。
 
生い茂る雑草を尻目に、「どうせ刈るならうんと茂ってからまとめて刈る方が効率的だ」と、ついつい先延ばしをしている間にとんでもない自体が発生!
 
草が伸び過ぎて、草刈り機では対処出来なくなってしまった。
 
そこで、急遽パワフルな電動剪定機を持ち出して、小枝の如く太く生い茂った雑草を薙ぎ払う事にしたのである。
 
雑草の生い茂った場所は蚊やウンカの類いの絶好の栖となっているらしく、文字通り雲霞の如く波状攻撃をしかけてくる。 
 
慌てて防虫ネットを被ったのだが、ネットや衣服の上からでも攻撃してくる。
 
「さぼらずに、毎日少しずつ草刈りしておけば良かった」と、反省する事しきりである。
 
今、私は人生で最大の冒険に挑んでいる。
 
それは、「自分が心から好きな事だけをしたらどうなるか?」という実験だ。
 
庭仕事はあまり好きでないので、ずっと先送りにし続けていた。
 
その結果、庭が雑草だらけになって、「自然の美しい環境の中で生活したい」という最優先の「好きな事」の大前提が台無しになり始めてしまった。
 
だから、自分の好みに対して少しばかり軌道修正が必要なようだ。
 
そもそも「好きとか嫌い」という感覚も、その大部分は子供時代の条件付けに左右されている。
 
しっかり覚悟を決めて庭仕事をすると、苦手な筈の庭仕事も以外と充実して楽しい。
 
にっくき虫達の波状攻撃をかわしながら草刈りをしていると、なんだか剣豪の宮本武蔵になった気分になる。 
 
大勢の敵を相手に一人で挑んだ「一乗寺下り松の決闘」の名場面を思い起こして、大勢の敵(虫ども)を相手に剪定機をついつい振り回してしまったりして遊んでいる。
 

宮本武蔵(中村錦之助) 東映 一乗寺下がり松の決闘 

ヒグラシは朝に鳴く

2013年8月2日(金)  キヨタカ

ようやく空が白み始める頃、今朝もヒグラシの鳴く声で目が覚めた。
 
寝ていられない程の大音量だ。
 
アブラゼミなんかと違って、「カナ、カナ、カナ…」と物悲しく鳴くので、ウルさいという感じはない。
 
声に聞き入っていると、自然と一つに溶け合ってとても心地よく、自然に瞑想状態になる。
 
このまま、ず〜っとそうしていたい。
 
しかし日が昇る頃には、いつもピタリと鳴き止んでしまう。
 
Photo
ところで、実は最近まで「ヒグラシは朝も鳴く」という事実を知らなかった。
 
いや、正確に言うと、事実そのものは体験していた。
 
 
朝ヒグラシの声で目が覚めるという事は、今まで何度もあり、確かにヒグラシの声をずっと認識し続けていたに違いない。
 
だがずっとそうでありながら、「あの声はヒグラシだ」という認識が、意識の表面にやって来ることはなかった。
 
「日が暮れる頃に鳴くセミだからヒグラシ」、幼稚園の頃からずっとそう思い込んでいた。
 
だから、「それ」は、「日暮れではないからヒグラシではない」と脳内で勝手に解釈し続けて来て、認識のエラースポットにハマり込んでしまった。
 
思い込みというのは、実に厄介なものだ。
 
特に小さな子供時代に刷り込まれた思い込みは、抜け出す事が難しい。

私がずっと求め続けていた、「仏」とか「真我」とか「大いなる私」(…言葉はどうでも良いのだが)とかいうものも、ヒグラシの声のようなものだろう。
 
それは何度も何度も、既に体験している。
 
しかし、「仏とは〜だ」「〜だから真我である」「〜だったら大いなる私だ」という思い込みがあるものだから、今ここにある当たり前の事実を逃し続けてしまう。
 
しかし人それぞれの正しいタイミングが訪れると、ある日突然にその当たり前の事実を知って驚く。
 
そして、ちょうどヒグラシの声で目が覚めるように、目覚めが起るのだろう。 

仏さまの美術館

2013年8月1日(木) 晴れ時々曇り by ヨガビジャ 
 
きょうキヨタカと郵便局に行ったその足で、昨年函南町にオープンした「かんなみ仏の里美術館」に行ってきました。

思えば最近は神社に行くことはあっても、お寺に行くことはなくなっていたので久しぶりの仏像との対面が楽しみです。

ネットで調べたところそれほど大きな施設ではないようですし、入場料も300円とリーズナブルだったのであまり期待はしていなかったのですけどね。。

そして入ったのは、
さほど広くはない展示室。

そこには黒い壁を背景に阿弥陀三尊や十二神将らが浮かび上がり、それらの像と向き合っているとそれぞれに独特の静謐さ、穏やかさや力強さなどの感覚に包まれて、同時に自分の内からも同じ質がかもし出されるような不思議な空間。

明らかにさっきまでの自分とは違う。。 

時間をかけてゆっくりと堪能したあと、これらの仏像が安置されていた薬師堂が近くにあるとのことでしたので行ってきました。 

2 中央奥の2つの三角屋根が美術館。 

 路地から出てきた夏休みの小学生たちが 
 のどかな景色に溶け込んで 
いい感じです。 
(半世紀ほど前の小学生も入っちゃった…) 
 

1_2
 薬師堂は空っぽでしたが 
 その入口には 
 異国的で端正な顔立ちの 
 仏さまが一体。 
 
 周りの風景とまったく違和感なく
 
 ここに  あるべくして在る 
 
 そんな自然な当たり前さのせいか 
 くつろぎが 
 
 私のなかに広がるのを感じます。 
 
Photo_3 
 
 
 忘れかけていた 
 いい時間を 
 過ごすことができました。
 

光のスピード

2013年8月1日(木) by キヨタカ

 遂に、長年の念願だった光と繋がったthunder
 
…と言っても別に「光明を得たflair」とかのスピリチュアルな話ではない。
 
インターネット環境なのだが、リーラスペースにもようやく「光回線」が引かれたのだ。
 
この場所はADSLの回線が非常に遅いので、ず〜っと以前からNTTに「光回線」を申し込んでいた。
 
しかし「その辺りは光回線にしても採算性が合わないので無理です」と、冷たい返事が帰ってくるばかりで、殆ど諦めていた。
 
ところが、先日突然に「光ケーブルを引く事が可能になりました」と連絡があり、昨日めでたく光回線になったのである。
 
お陰でどんな重いHPや動画もサクサク見る事が出来て、非常に快適!
 
「カクカクからサクサク」へ、この変化は私にとって劇的変化をもたらしそうで嬉しい。
 
これを機会に、毎日日誌を手短かに書いてみよう。
 
ずっと日誌からご無沙汰しているので、「大丈夫ですか、心配してます」という問い合わせが度々あるので、近況報告を兼ねたものとなるだろう。
 
なんだか自分の脳内の回転速度も高速になったような感じで、「光のスピード」で書けそうな予感がする。
 
「Speed of Light(光のスピード)」って、もしかしてこんな感じかも?

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