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ヒグラシは朝に鳴く

2013年8月2日(金)  キヨタカ

ようやく空が白み始める頃、今朝もヒグラシの鳴く声で目が覚めた。
 
寝ていられない程の大音量だ。
 
アブラゼミなんかと違って、「カナ、カナ、カナ…」と物悲しく鳴くので、ウルさいという感じはない。
 
声に聞き入っていると、自然と一つに溶け合ってとても心地よく、自然に瞑想状態になる。
 
このまま、ず〜っとそうしていたい。
 
しかし日が昇る頃には、いつもピタリと鳴き止んでしまう。
 
Photo
ところで、実は最近まで「ヒグラシは朝も鳴く」という事実を知らなかった。
 
いや、正確に言うと、事実そのものは体験していた。
 
 
朝ヒグラシの声で目が覚めるという事は、今まで何度もあり、確かにヒグラシの声をずっと認識し続けていたに違いない。
 
だがずっとそうでありながら、「あの声はヒグラシだ」という認識が、意識の表面にやって来ることはなかった。
 
「日が暮れる頃に鳴くセミだからヒグラシ」、幼稚園の頃からずっとそう思い込んでいた。
 
だから、「それ」は、「日暮れではないからヒグラシではない」と脳内で勝手に解釈し続けて来て、認識のエラースポットにハマり込んでしまった。
 
思い込みというのは、実に厄介なものだ。
 
特に小さな子供時代に刷り込まれた思い込みは、抜け出す事が難しい。

私がずっと求め続けていた、「仏」とか「真我」とか「大いなる私」(…言葉はどうでも良いのだが)とかいうものも、ヒグラシの声のようなものだろう。
 
それは何度も何度も、既に体験している。
 
しかし、「仏とは〜だ」「〜だから真我である」「〜だったら大いなる私だ」という思い込みがあるものだから、今ここにある当たり前の事実を逃し続けてしまう。
 
しかし人それぞれの正しいタイミングが訪れると、ある日突然にその当たり前の事実を知って驚く。
 
そして、ちょうどヒグラシの声で目が覚めるように、目覚めが起るのだろう。 

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