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どうしよう(;д;)

2014年2月20日(木) by キヨタカ

 最近毎日母から電話がある。
 
母:「まだ雪に閉じ込められたままなんでしょ?食料はあるの??車は動くの???…」
 
キヨタカ:「あれは山梨県の話しで、ここは静岡県だよ!」
 
と何度言っても、埒があかない。
 
雪の影響でしばらくリーラスペースの電話が通じなかったことが、心配性の母に決定的なインパクトを与えてしまったようだ。
 
「余計な心配してたらまた血圧が上がるよ。」と言っても、「親が子供の心配するのは当たり前!」と叱られる。
 
だから「心配してくれてありがとう。」と電話を切るのだが、「親の因果が子に報い…」という口上は言い得て妙だな〜と感心する。
 
 
一般的に親のあり方、特に母親のあり方は子供に決定的な影響を及ぼす事が多い。
 
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最近の能天気な私(o^-^o)を知る人は信じられないだろうが…、子供の頃から「どうしよう(;д;)」というのが口癖だった。
 
「思い病気になったらどうしよう、受験に失敗したらどうしよう、就職できなかったらどうしよう、etc…」
 
 
学生時代から色々と自己改善に取り組んだが、社会人になっても「どうしよう(;д;)」と思い煩う性格はさっぱり治らない。
 
そこで28歳のある日意を決して会社を辞めてOSHOのいるアメリカへ半年間滞在、瞑想や心理療法を徹底的に行った。
 
おかげで自分への信頼を取り戻し、心配性だった自分を笑い飛ばせるようになった。
 
ところが意気揚々と日本へ帰国した途端に仕事も金もない現実に直面、心配性が倍返しで悪化してしまったのである。 
 
たまたま久しぶりに会った友人に、「この先どうしよう(;д;)」と相談したところ、彼は思いがけない反応をした。
 
「え!? 身体の方はとっても寛いでいるよ。心配してるのは頭だけなんじゃない?」と、笑うのである。
 
確かにそう言われてみると、マインドは大混乱していても、身体はいたって元気で食欲も旺盛だった。
 
心配性はマインドに属していて、身体の方は全然心配なんかせず寛いでいる事を知った最初の出来事だった。
 
 
それからは心配性でマインドが混乱する度に、身体感覚の方に意識を向けるようにした。
 
それでもなかなか「心配性」からは自由にはならず、かなり時間がかかった。
 
でも最近ようやく、「心配する事がなくなってしまってどうしよう(;д;)」と心配する程度になれた。
 
そして各方面に配れる優れた質であると肯定的に受け止めて、心配性に育ててくれた母親に感謝している。

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