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転ぶこと

2014年2月23日(日) by キヨタカ

 ソチ・オリンピックもいよいよ閉会式を迎える。
 
「オリンピックは比較と競争意識を煽るな〜」と醒めている部分もある。
 
それでも、「より速く、より高く、より完璧に…」挑み続けるアスリート達の姿は美しい。
 
肉体に潜む究極の可能性を追い求める彼らに、神々しさすら感じる。
 
 
若干15歳の平野や41歳の葛西の銀メダル等々、様々な驚きのドラマがあった。
 
しかし圧巻は、やはり浅田真央のスケートだ。
 
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「大事なときには必ず転ぶ」こともなく、とても感動的な滑りで世界中の涙を誘った。
 
しかし「転ぶ」ことは、次のステップアップに必要な大切なもの。
 
真央ちゃんも直前に大事な場面で転んだからこそ、余計な憑きものが落ちてあのパフォーマンスとなったに違いない。
 
 
 
 
 
私が「転ぶ」ことの大切さを痛感したのは、今から15年前でリーラスペースを始めた頃に遡る。
 
当時イベント会場の準備に奔走していた私は、軒先パネルの掃除のために屋根に登った。
 
そして見事に転落し、「左上腕複雑骨折」の重傷・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
 
救急車で病院に搬送され、長期入院を余儀なくされた。
 
世界中から優秀なセラピストを招致して、新しい人類の目覚めに奉仕すべく頑張っていた私もこれで万事休す。
 
リーラスペースもはかない夢に終わるのか…と、入院先のベッドの上で嘆き明かした。
 
ところが不思議なことに自分の頑張りや意図とは関係なく物事が起こり、イベントにも勝手に人が集まり始めた。
 
 そしてサイレンドラやアジズ、フーマンといった覚者が次々と訪れるようになり、思いがけない展開となった。
 
自分を超えた大いなる宇宙の意志が働いていたのである。
 
屋根から転んだことは、「恩寵による導き」に身を任せる非常に大きな転機となった。
 
 
私の趣味はウィンド・サーフィンだが、よく転ぶ。
 
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豪快なしぶきをあげて派手に転ぶのが楽しくて、乗っているようなものだ。
 
そして転ぶたびに、ほんの少しずつではあるが上達する。
 
 
それは赤ん坊が何度も転びながら、歩けるようになるのと同じこと。
 
転ぶことは、まだ成長し続けていることの証なのである。

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