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Divine Discontentment/聖なる不満足

2014年3月6日(木) by キヨタカ

 昨日「ソバ打ち」が趣味のいとこが、打ち立てのソバを持って来てくれた。   
Images彼女はソバの他にも、着付け、編み物、鞄作り、写真、山歩き等々…実に多彩な趣味を持っていて、それぞれがプロ級の腕前。
 
数年前まではトライアスロンに夢中で、現在も毎日の様に水泳をしているそうだ。
 
 
母方の親戚には彼女の様に、芸能やスポーツ等に興じる趣味人が多いが、どうやら祖父(母の父)のDNAに由来しているらしい。

Unknown

 
母によると、祖父は本業の菓子製造の他に、鮎釣り、浪花節、尺八から闘鶏用の軍鶏(シャモ)の飼育まで趣味が広く、闘鶏賭博容疑で官憲に追われることもあったとか… (^-^;
 
反対に父方の祖父は無趣味だったが、商売でお金を稼ぐのが大好き。
 
闇米取引容疑で、やはり官憲に追われたこともあるそうで… ( ̄Д ̄ ; ;
大金持ちになったり破産したりと、波瀾万丈ながら仕事一筋の人生だった。
 
 
趣味と仕事が両立できる人は素晴らしいと、世間ではよく言われる。
 
私の場合、両方のDNAを受け継いだはずなのだが…
 
実際には、趣味の世界でも仕事の世界でも満たされるものがなかった。
 
そして精神的な乾きが高じて会社を辞めて渡米、精神世界のメッカと信じていた場所で瞑想やセラピーの世界に埋没した。
 
いきなり会社を辞めてしまったので、 
「両方の家系を引き継いだ筈なのに、いったいお前の人生は
・゚゚・(≧д≦)・゚゚・ 」と、母や姉はよく嘆いたものだ。
 
本当は「瞑想のおかげでこんなに満たされた人生を歩めるようになった」と、反論したかった。 
 
しかし現実は何をどうやっても、満たされた気持ちからはほど遠い。
 
そこで当時お世話になっていたサントッシュというセラピストに、このどうしようもない満たされない感覚から抜け出すべく相談したところ…
 
それは、「Divine Discontentment」なのだ。
 
と、思いがけない事を言われた。
 
日本語ではあまりピンとこないが、「聖なる不満足」とでも訳せるだろう。
 
それまでこの「満たされない感覚」は、取り除くべきネガティブな感情でしかなかった。
 
ところがサントッシュによると、実はこの「Divine Discontentment」こそが、魂からのメッセージであり、それこそが私たちを真実へと向かわせる原動力なのだと言う。 
 
 
趣味や仕事に限らず、恋人や政治、宗教等々、何であれそれに情熱を傾けてそれで満足が得られる人々は素晴らしい。
 
 しかし、この世で満たされるものは本当には何もない事に気づいてしまった人々もいる。
 
そうした人々は、世間で言う幸福な人生を歩む事は出来ないかも知れない。
 
しかし、必ずしも不幸になるとは限らない。
 
 
いったん本物を知ると、そうでないもに満足するのは難しい。
 
本物の覚者に出逢うと、それまで感動していた教師の教えは物足りなくなってしまう。
 
そういう事は、日常生活の中ででもよく起こる。Images
 
例えばサービスエリアで飲む自動販売機のコーヒー…
 
最近では必ず「ミル挽き」を選ぶようになってしまった。
 
いったん本物を味わうと、もうインスタントには戻れない。
 
「違いがわかる男」の喜びであるが、「ミル挽き」コーヒーが何処にも見つからずに「悲哀」に陥る事もよくある。
 
 
だからこの「不満足」という一見ネガティブな感覚は、実は相対的なもだ。
 
最も贅沢で恵まれた魂の特権であり、「違いがわかる魂」が必然的にこの世で味わう「悲哀」なのだ。
 
そうした魂は、この世を超えた次元に存在する本物の喜びを既に味わい、その記憶を無意識に携えてこの世を訪れているに違いない。
 
彼らは、その喜びをただ単に思い起こせば良い。
 
そうすれば、いつでも、何処でも、何が起こっても、この世で満たされて生きる事が可能となる。
 
「Divine Discontentment」に祝福あれ!

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コメント

 こんにちは! すごく面白かったです。

 確かに、英単語の「discontentment」をじっくり見ると――
 「dis(在らず)content(中身)」とうことで、つまりは「空っぽ」の意味なんですね…。


 せっかく「聖なる空っぽ」なのだから、それを何か適当なもので埋めてしまおうとはせずに――、
 その「空っぽ」そのものが何なのかを探りなさい、ということでもあるのでしょうかね!

丸ちゃん

 「すごく面白かった」と言われ感激です(*´σー`)

なる程、「聖なる空っぽ」と捉える事も出来ますね。

空っぽなままただ在ることで、本当に欲しいものは既にあたえられている事を知るのでしょうね。

「空っぽ」であることの奥深さを教えてくれてありがとう。

FBで記事のリンクをシェアさせて頂きました
青のブログの方にもリンクをさせて下さい。

「悲哀」とても切なく
とてもよく分かります

ぴったりの表現、文章に出会いました
どうぞよろしくお願いいたします

私は 目覚めたいと思って 目覚めた人間じゃなく 時代の流れに乗るって どんな感じなんだろう?とエゴからの興味で知りたくて レナードのワークに参加して 覚醒してしまったので 実際「夢から醒めたくなかった。もう人生終わった。」って1年間泣いて過ごした人間でしたので 「ああこれが 聖なる不満足?」
って 思いました(ちょっと違うかな?)
「ちがいがわかる魂」ってかっこいいですね。

青さん

シェアして頂き、ありがとうございます。
ブログにもぜひリンクして下さい。

なおこさん

 仏陀は真実の味について、「始めは苦いが、やがて甘露の味がする」と語ったそうです。

最初は苦くてつらい涙も、やがて至福の涙となるでしょう。

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