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光と闇

2014年3月14日(金) by キヨタカ

 皆さん、「 元気ですかー!!
 
今日も大声で叫んでみました。
 
例のあの人もまた国会で叫んだが、今回は注意されなくて良かった( ̄ー ̄)ニヤリ
 
 
朝になれば、必ず夜が明ける。
 
それまでの暗闇が まるでなかったかの様に、美しく清々しい朝の風景が一面に広がっている。
 
 
意識の目覚めは、朝の目覚めと良く似ている。
 
どんなに長い間、深い闇に覆われて悪夢にうなされていようとも、目覚めればそれはただ終わる。
 
ただただ新鮮でさわやかなリアリティが、広がっている。
 
 
暗闇は、光を持ち込めば必ず消える。
 
それはちょうど、ピラミッドの中の暗室のようだ。
 
Images_2建設直後に封印されて以来、何千年も漆黒の暗闇だった。
 
 
しかしそこに明かりを持ち込むだけで、暗闇はたちどころに消え去る。
 
しかも、たった一本のローソクの光で充分だ。
 
 
「光と闇の対立」とは、古代から語られている永遠のテーマだ。
 
しかしそれは真っ赤なウソ!!
 
闇は幻想であり、実態がない。
 
闇は光に対して全くの無力だ。
 
対立のしようがない。
 
ウソだと思ったら、今夜真っ暗闇の部屋の中でローソクの光を灯すと良い。
 
ローソクの光を携えて何処を探しても、暗闇は見つからないだろう。
 
光と闇は歴史上、ただの一度たりとも両立した事はない。
 
例えどんなに画像を捏造しても、真実は変えられない。
 
 
ところが残念ながら、私たちは闇を信じて、光を疑う。
 
そして闇に実態があるものと信じて、恐れおののく。
 
そして実態のあるローソクの光の方を疑い、吹き消してしまう。
 
毒蛇は怖い。Images_3
 
噛まれたら、悲劇だ。
 
しかしロープをヘビと勘違いしていたら、それはたちまちに喜劇となる。
 
 
 
悲劇を喜劇に変えるのに、大げさな事は何も必要ない。

Unknown

 
たった一本のローソクの光を照らせば、それで十分だ。
 
それが「気づき」と言うこと。
 
ロープだと気がつけば、後はもう…
 
大笑いするしかない(ノ∀`)・゚・。 アヒャヒャヒャヒャ

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コメント

「 元気ですかー!!」
元気だよ~!!!!

たった一本のローソクの光を照らせば、それで十分だ。

心強くなれる言葉ですね

Beloved Kamran

そう思います。
たった一本のローソクの光で、all is well!

全てうまく行くでしょう。

ピラミッドに持ち込んだ一本のろうそくで、手近なところは明るくなりますが、

他の広大なスペースは闇のままですね。

そして、ろうそくの火が消えたなら、元の暗闇に戻ります。

それは、一瞥のようなものですね。


Beloved Ambho

>ピラミッドに持ち込んだ一本のろうそくで、手近なところは明るくなりますが、他の広大なスペースは闇のままですね。

確かにそうですね。
でもロウソクを携えた足下は、いつも明るいです。
そして広大なスペースを歩けます。
一隅を照らすって、そういう事かな?

>そして、ろうそくの火が消えたなら、元の暗闇に戻ります。
それは、一瞥のようなものですね。

闇に戻るか光に戻るか、ココが天下の分かれ道。
願わくば、<消えることのない永遠の光>の方へ戻りますように。

暗闇は光になる可能性を秘めた部分なのでしょう

暗闇をじっと見つめ、それらが何をしてくるか観察したら

それらは何もできないことに気づくでしょう。

見ること、すなわち目覚めの光の中に暗闇はできっこない、決して、

TUYOSHIさん

その通りですね。

暗闇から逃げたり耽溺しても、暗闇には実態がないので手のつけようがありません。

「暗闇をじっと見つめ」れば、見ることそのものが既に光なので、もはや真っ暗闇ではなくなりますね。

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