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延長戦のゲーム

2014年4月3日(木) by キヨタカ

皆さん、「 元気ですかー!!
 
もしも元気がなくて落ち込んでいたら、無理に元気になろうと頑張らない方が良い。
 
思い切り落ち込んでみよう\(;゚∇゚)/
 
そうすれば、後は自然に上がるのみ。
[…落ち込んだまま上がらない人もいるので、時と場合によりけりだけど(ρ_;)]
 
絶望の淵に立たされる事で、目覚めが起こる場合もある。
 
それが、長年「鬱」に悩まされたエックハルト・トールに起こったという。
 
エックハルトの著書から引用すると…
 
Photo_2 私は、もうそれ以上自分自身と生きることが出来なかった。
 
そして、答えのない疑問が生じた。
 
自分と生きることが出来ないこの「私」は、一体誰なんだ?
 
自分とは何だ?
 
私は虚空へと吸い込まれるように感じた。
 
その時は、一体何が起こったのか知らなかったが、満たされない過去と恐ろしい未来との間に生きている、
 
思考が作り出した自我が、その重苦しさ、その抱える問題と共に、崩壊したのだ。
 
翌朝、目が覚めてみると、すべてが実に穏やかだった。
 
この平安は、自我がそこに無かったために現れたのだ。
 
ただ存在の感覚のみ、あるいは「在ること」、ただ観察し見守っているだけだ。
 
その後の活躍は、ご存知の方も多いだろう。
 
 
似たような出来事が、ニール・ドナルド・ウォルシュにも起こった。
 
同じく、ニールの著書から引用すると…
 

Photo_3

私生活も仕事も行き詰まり、どちらを向いても自分の人生は失敗だと感じた。
 
…私は神に宛てて手紙を書こうと考えた。
 
悪意のある激しい、混乱と歪曲と罵倒に満ちた手紙になった。…
 
…ふいに、ペンが勝手に動き始めた。
 
 
そして書き留めたものをまとめて、あの有名なベストセラー「神との対話」 を出版、やはり自らの理解を人々に分かち合う人生を歩んでいる。
 
2人とも、精神世界に大きな影響を与えている事や長期の路上生活を体験している事など、似通っている部分もあり面白い。
 
ニールがエックハルトに個人セッションを受けるYou Tubeがあると知り、覗いてみた。
 
純粋に「霊的レベル」という観点からは、エックハルトには当然及ばないかも知れない。
 
精神世界の必殺技:Who am I ? を繰り出したかどうかの違いは歴然としている。
 
しかし、ニールが人間的な悩みを正直に打ち明けている部分は、多くの人々の共感を呼ぶだろう。
 
「奥さんとの関係性」で悩みがあると言う。
 
あまり楽しそうに語るので、最初はニール特有のジョークで演技かと思った。
 
でも、どうやら真剣に悩んでいるらしい。
[噂によると、彼女で7人目の奥さんとか…]
 
だが、質問席に座っているニールの方が、エックハルトより嬉しそうに見える。
 
なんだか、「質問魔」だった過去の自分みたいで、デジャヴ感覚に陥った。
 
 
「質問席に座る」のは、実はとても楽しい事だ♪
 
「覚者」から明晰でアッと驚くような解答を貰うと、
無上の喜びを感じる;:゙;`(゚∀゚)`;:゙
 
自分の中で眠っていた、知性や愛とか至福などの宝物が、玉手箱から飛び出す様にひょいひょいと引き出されるのだ…。
 
だから、「いつまでも質問席に居たい」という誘惑にかられるのである。
 
 
もしニールが、例の必殺技を繰り出していたらどうだろう?
 
「神と対話している私は誰か?」
 
質疑応答のゲームは終了してしまい、お楽しみも終わってしまう。
 
同じ質問でも、マスター席に向かって問う限り、ゲームは続く。
 
ニールは、敢えてゲームを延長戦に持ち込み続けているのかも知れない。
 

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