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♪ソ・ソ・ソクラテスか…

2014年4月6日(日) by キヨタカ

 ず〜っと昔、「♪ソ・ソ・ソクラテスかプラトンか〜 みんな悩んで、大きくなった!」 
というウィスキーのCMが大ヒットした事がある。
 
確かまだ学生時代で、悩み多き青年時代のド真ん中だった。
 
「偉い哲学者たちも、若い頃は俺みたいに悩んだのか」と、なんだか安心した。
 
「人は努力している限り、迷うに決まっている」というニーチェの言葉にも、かなり慰められた。
 
どうやら人生を真面目に生きようとする人ほど、悩み多き人生を歩む事になるらしい。
 
しかし、もし悩みから解放さる事が出来たら、どんなに素晴らしい人生となるだろう!
 
そこで、私は瞑想の道を志した。
 
「瞑想して悟りを開けば、人生はバラ色で全ては♪きっと、うまくいく
 
…はずだったのだが、実際には「覚者を求めて」長い探求者の人生を歩む事になってしまった。
 
数々の瞑想技法やセラピーやらを受けまくったが、最もダイレクトに悩みから抜け出す方法があった。
 
それが、「悩んでいる私は誰か?」と問う事だ。
 
この日誌で、精神世界の必殺技:Who am I ? 
 
として恥ずかしいくらいしつこく紹介している。
 
 
ところが、この技には重大な欠陥がある。
 
人が悩んでいる時は、「悩み=自分」と完璧に思い込んでいる。
 
だから実際には悩みに埋没してしまい、「悩んでいる私は誰か?」という問いを発する余裕がないのだ。
 
どうやって、この必殺技を必要な時に繰り出す事が出来るのだろうか?
 
当時OSHOコミューンに長期滞在していた私は、何度もOSHOに手紙を書いて、答えを求めたがとうとう返事を貰えなかった。
 
ずっと後になって、アジズから「Who am I ?」を問い続けるのは一度で良い。
 
ずっと問い続けるのはバカだ!」と衝撃的な答えを貰った。
 
アジズ曰く。
 
「探求と言うのは、どうやってボンベイに到達するかを尋ねるようなものだ。
いったんあなたがボンベイに到達したら、ボンベイにいるのにボンベイは何処かと探求するのは馬鹿げている。」
  (「アジズとの対話」P27)
 
OSHOの下で「Who am I?」の探求を始めてから、17年の歳月が経っていた。
 
そして、
新・必殺技:「〜にも関わらず、私は在る」
を繰り出して、 外側のマスターも、悟りも恩寵も手放せるようになったのは、わずか数年前の事だ。
 
少々時間がかかり過ぎだ。
 
しかしどんなに長い夢でも、醒めてみれば、一瞬の出来事だった様にも思う。
 
不思議なものだ。 
 

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