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源泉を掘る

2014年5月29日(木) by キヨタカ

 中国の海洋進出が止まらない。

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南シナ海の石油掘削活動を巡るベトナムとの対立が、連日メディアを賑わせている。
 
大海原に異形を晒すあの石油掘削リグをメディアで見る度に、30年前のあの日を思い出す。
 
ちょうど30年前の春、某大手石油会社に勤務していた私は○×石油開発(株)へ出向を命じられた。
 
2度のオイルショックを経て、当時の日本は「国産原油の確保」が大きな課題となった。
 
そこで、東シナ海の大陸棚海底油田を掘削する大事業が持ち上がったのである。
 
 
上司から、
 
「日の丸原油は、我が社の悲願だ。我が社の未来を君に託すんだよ!」
 
とうまく煽てられ、石油開発の最前線で「資材調達」の任に当たる事になった。
 
しかしまだ探査の段階で、仕事は殆どない。
 
そこで連日、あの石油掘削リグの詳細な構造を勉強させられる事になった。
 
ちょうどその頃、私はOSHOの瞑想にハマりつつあった。
 
「瞑想を通して、あなたの内側の尽きる事なき源泉に到達しなさい!」
 
というOSHOの言葉に、深い感動を味わっていた。
 
だから、会社で例のリグについて勉強する度に…
 
「これは、外側の源泉を掘るやつだよな〜」
 
という思いが、日に日に強くなっていた。
 
そしてある日
 
「一本の試掘だけで、費用は約30億円」という話しを聞いて、非常に驚いた。
 
そして、
 
「どんなに大油田を掘り当てても、外側のエネルギーはやがて枯渇する。唯一尽きることのないもの、それは内側にある。だから自己の源泉を掘り当てよう!」
 
とのひらめきが、天啓のようにやって来た。
 
30年前の、ちょうど今日あたりだ。
 
前日までは、日本を支えるエネルギーを供給する基幹産業で働く事に喜びすら感じていたのに…
 
そして、あれよあれよと思う間もなく会社を辞めて、終わりなき探求の旅が始まったのである。
 
当時は、何かに乗っ取られたかの様に自分の意志とは関係なく物事が進んでしまい、非常に当惑した。
 
しかし、それは既に恩寵による導きだった。
 
そしてあのひらめきも、源泉からのメッセージだったと、今にして思う。
 
しかしこの終わりなき探求の旅も、いつの間にか終わってしまった。
 
 
そして今は…
 
「掘り当てた源泉をどう使うか」という、
 
これまた終わりなき、新しい探求の旅が始まりつつある。

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