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山頂付近では…

2014年5月31日(土)

 ニール・ドナルド・ウォルシュの「神との対話」は名著だ。
 
絶望の淵に立たされた人に寄り添って語られているので、実際に光明への道筋を見いだせる。
 
アシュターヴァクラー・ギーターのような高尚な教典よりも、実践的ガイドとなり得るだろう。
 
世間一般の評価も、さぞかし高いだろう思っていたのだが…
 
先日この本をボロクソに批判するサイトに出くわして、思わず笑ってしまった。
 
何故なら、批判の主が信奉している本も同じくチャンネリング系で、端から見ると「五十歩百歩」に見えてしまうから…
 
 
しかし笑ってばかりもいられない。
 
自分がOSHOの下で瞑想修行に励んでいた時は、他のマスターの教えが低レベルに見えて仕方なかった。
 
OSHOも積極的に他のマスターをボロクソに批判する事も多かった。
 
そして、それには理由がある。
 
富士登山を例にすると分かりやすい。
 
光明(山頂)へのルートはたくさんある。Img_0024
 
御殿場ルートとか富士宮ルートとか…
 
しかしいったん御殿場ルートに決めたら、富士宮ルートは諦める必要がある。
 
別のルートに目移りしたら、いつになっても山頂には到達しない。
 
探求者の中には山頂よりも、ルートの方に興味のある人々もいる。
 
すると、御殿場→富士宮→須走→吉田→御殿場→富士宮…とループの輪に陥ってしまう。
 
だから、OSHOのガイドはとても有り難かった。
 
 
しかし時代はさらに進化して、今は人類全体の意識が山頂付近に近づきつつあるのではないか?
 
すると、非常に面白い事が起こる。
 
山頂付近では…
 
全く別の違ったルートが見渡せる様になり、実は同じ頂上に向かっているのが解る。
 
そうなれは、それぞれのルートを辿る者達がお互いに情報交換をする事で、さらに意識の進化が加速するだろう。
 
ところで山は頂上に近づくほど、転落の可能性も増える。
 
この期に及んで他のルートの批判ばかりに明け暮れると、転げ落ちる可能性も大いにある。
 
人類全体が、山頂から転げ落ちない事を祈るばかりだ。
 

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