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夢の中で…

2014年6月10日(火)  by キヨタカ

 今朝、目覚めたら…夢の中だった。
 
「あ、これは夢だな!」
 
”夢”と自覚しながら見る夢を、”明晰夢(めいせきむ)”という。
 
ちょうどインセプション(夢を題材にした「映画」)の主人公デカプリオにでもなった感じ。
 
そこで、夢の中をじっくり探索する事にした。
 
よく観察すると、自分は河川敷にいて少し土手の内側を歩いている。
 
何の変哲もないごく普通の風景だが、見覚えはない。
 
しかしその場の雰囲気が非常にリアル。
 
雑草の生え具合のディテールとか、ほのかな草いきれが鼻に通う感覚とか…
 
「現実と同じだな〜」
 
と妙に関心した。
 
付近に建物があったので、そ〜っと近づいて部屋の中へ侵入を試みる。
 
後でサングラスを忘れた事に気づいて、部屋に慌てて取りに戻ったり(^-^;
 
全てが、本当にリアルだ!
 
 
「せっかくの夢なんだから、空を飛んでみようヽ(´▽`)/」
 
そう思い立って、さっそく実行し始めると…
 
身体がどんどん軽くなり、喜びが溢れ出す。
 
すると寝室の周囲の物音も聞こえてきて、目が覚めそうになった。
 
「もう少し、夢の中で遊びたい!」
 
そこで飛ぶのを止めてみたら、再び夢の中へどっぷり入り込み、リアリティが増して来た。
 
これを何度か繰り返し、最後に思い切り高く空へ舞い上がった所で目が覚めた。
 
 
今はすっかり目が醒めて、パソコンに向かっている。
 
Photo
ここは現実世界である事に、間違いない。 
 
…と確かに思うのだが( ̄Д ̄;;
 
 古の賢者によれば、実はこの現象世界そのものが夢だとか。
 
インドの神話では、この私とは、ブラーフマンの夢の一瞬の瞬きに過ぎないという。
Photo_2
 
しかもそのブラーフマンは、蓮の花に座っているのだが…
その蓮は、眠っているヴィジュヌの臍から咲いている。
 
つまりこの私とは、ヴィシュヌの夢の中のまた夢という事で、まさにインセプションの世界だ。
 
もしも本当にこの世界がブラーフマンの夢ならば、たんなる悪夢で終わってはつまらない。
 
「至福に従えば、宇宙はあなたのために壁でしかなかったところに扉を開くだろう。」                     
 
神話学者ジョセフ・キャンベルの名言だが、今朝初めてその真意が解った気がする。
 
これは、悪夢から醒めるための最高の技法なのだ。
 
夢の中で、空を飛ぼうと決めたら、喜びが溢れ出した。
 
そして、思い切り舞い上がった所で、夢が覚めた。
 
空を飛ぼうとしなかったら、そのままの夢がまだ延々と続いていた。
 
至福に従えば、限界という壁の扉が開き、従来の悪夢から醒める。
 
そして、新しい可能性へと羽ばたける(*^-^)
 
それもまた別の夢かも知れないが、それはもっと創造的な夢となるのだ!
 
 
ところでどんな夢を見ようとも、見ている私(ME)は変化しない。
 
あらゆる階層の夢とは関係なく、私(ME)は実在している。
 
(この実在する私とは、『 I 』ではなく、『ME』と表記した方が、感覚的に正しい感じがあるのだが…)
私(ME)こそが、魔法の鍵だ。
 
私(ME)が、至福に従う時、悪夢が終わり創造的な夢が始まる(* ̄0 ̄)ノ
 

「瞑想トランスミッション」を追加しました!
 
 

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