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シャンパンシャワー/Yさんの感想

2014年7月27日(日) by キヨタカ

 『瞑想すると、今まで抑圧していたマインドのゴミがド〜ッと浮上して、よけいマンドがうるさくなる場合がある。

しかしそれは、ちょうどサイダーの栓を抜くと、泡が一気に吹き出るようなもの』

と昨日書いた。

だから瞑想を続けていれば、やがて激しい泡もおさまって「静かな安らぎ」を体験するようになるでしょう。

めでたし、めでたし…

というのが理想だが、なかなかそうは行かない。(ノ_-。)

 

サイダーだって、栓を抜いただけは泡は完全に消えない。

ちょっと瓶を揺さぶると、また泡が吹き出てくる。

潜在意識にあるゴミもまた然り。

長年山に籠って修行して「静かな安らぎ」を体験した偉大な聖者が、

大都会の雑踏に出て来たら、ちょっと足を踏まれただけで…

聖者の怒りが大爆発(*`ε´*)ノ

という話しは、良く耳にする。

「聖者でさえああなんだから、凡人の我々が本物の「静かな安らぎ」を体験するのは不可能だ(ノ_-。)」

と諦めるのはまだ早い。

秘策がある。

それが、リーラスペースで行われている事だ。

リーラスペースのリトリートでは、意識よりも無意識に溜まっているゴミを解放する事にエネルギーを注ぐ。

すると…Vettelsplashing

F1レースの表彰台でおなじみのシャンパンシャワーみないな現象が、内側で起こる。

戦勝記念で浮かれたナポレオンがシャンパンを降り注いで以来の由緒ただしき伝統だそうだが…ドンペリだったら勿体ない(^-^;

それはさてき…シャワーが吹き出している間はちょっと大変だ。

けれども、しばらくすれば…

「すでにあった静けさを、よりクリアに感じる」のです。

同じ静けさですが、深さが違います。

例え足を踏まれても、「イテテテ…・゚゚・(≧д≦)・゚゚・」とただそれだけ。

すぐに何事もなかったかの様に、また歩み続ける事が出来る静けさです。

 

それが、今回参加者のYさんに起こり始めたようです。

しかし、進化に終わりはありません。

やがて聖な次元とのつながりがより明確になり、本当の自分とは永遠の至福そのものである事が分かる日が来るでしょう!

Yさんの感想を、一部転載します。

 

* * Y さんの感想* *

リトリート、ありがとうございました。
 
今落ち着いて振り返るに、極短期間の内に様々なことが起こった、盛り沢山な時間でした。
 
苦悩を終わらせたいと思い、やがて「悟り」に出合い、思うまま色々な所に行き、出会い、マイペースでやって参りました。
 
時に(自称)覚醒者に対して??な思いもありながらも、時どきに必要なことを学び、時代の追い風もあり、一昔前には考えられない程、「楽」になりました。
 
プライド(自己イメージ)が打ち砕かれ、最終的には、未来への希望も捨て、全ての現れは無常であると腑に落ちた時、そこにあったのは、淡々とした静かな安らぎでした。
 
本当に意外でした。
 
まだ巻き込まれることも多くありますが…。
 
とにかく人から変わったと言われるのですが、自慢できるような爆発的見性体験があった訳でも無し。
 
今自分はどこに立っているんだろう、何かとんでも無い間違いを犯していなければいいが、そんな疑問がよぎったりもしていました。
 
リトリートに参加する数日前から、ふうっと静けさに吸い込まれるような感覚がたびたび訪れていました。
 
そして、フーマンのことが思われるのです。
 
でも以前に、キヨタカさんはフーマンをも卒業していくと言っていたし、フーマンにこだわるのも何だか違うのかなと考えたりもしていましたが…笑。
 
前日には嬉しくて、ハートがコトコト鳴りました!
 
しかしながら…
 
リトリートは、一言で言えば、嵐のようでした。
 
マインドがいつもより騒々しく、相当楽になったとはいえ、まだまだ色々溜まっているんだな~っと思いました。
 
そして、サイレンスに入った時から、ある参加者の方と時々目が合ってしまうことに気付きました。
 
ふっと振り返ると、目線がある。
 
目が合うということは、私も見ているということかしら?
 
私もサイレンスに入れてないんだな、と自分に入れるように努めました。
 
しかしある時、お手洗いから出てきたところ、ふと顔をあげると、その方がまっすぐ私の顔を真正面から見据えていました。 
 
その瞬間、私は1、2メートル後方にふっとばされました。 
 
いえ、実際にはふっとばされてはいないのですが、自分がふっとばされていく映像をを上から見ている感じでした。
 
何ともいえない不快感でした。 
 
それからというもの、瞑想中は忘れていることも多かったのですが、ふと気付くとその方を気にしてしまい、不快感をはっきりとは拭えませんでした。
 
サイレンスに入る時、人を気にしないと本当に楽ですよと、とキヨタカさんはおっしゃいましたが、こんなにも人の目線に威力があったことに、改めて気付かされました。
 
帰りの時まで、その「不快感」は消えることはありませんでした。
 
とはいえ、皆さんのシェアはどれも自分のことのようでしたし、色々な方がシェアして下さることで、私自身、気付かされた部分も多くありました。
 
しかしながら、早く帰りたい、一人になりたい、そんな気持ちのまま、そそくさとリーラスペースを後にした感じです。
 
激しい頭痛も襲ってきていました。
 
今振り返りますと、人間社会で何気ない相互監視の中で生きてきた苦痛の部分、そのことが露になったのかもしれません。
 
参加者の方々のシェアの時のお話にありましたが、開いていたハートをぎゅっと閉じていく。
 
そんな痛みが目に見える形となって出て行く時だったのかもしれません。
 
笹舟に乗せた重荷、に気付いたともいえます。
 
ふっとばされるなんて、過剰反応ですよね、(笑い)
帰りは、途中までスタッフのFさんとご一緒させて頂きました。
 
同乗したもう一人の方が、Fさんに、お仕事柄人のエネルギーを受けて大変じゃありませんかと質問されました。
 
Fさんによると、人のエネルギーを受けてしまうという考えを持っていると受ける現実を引き寄せるのではないか、ということでした。 
 
…(略)…
 
そんな気づきがありつつ、皆様と分かれるまでは、何とか正気を保とうとしていましたが、分かれた後は、とんでもない頭痛と吐き気で本当に帰れるかどうかも心配になるほど大変でした。
 
ところが、我が街の駅に着いた時、またコトコトとハートが鳴ったにには驚きました。 
この激しい頭痛と吐き気の中で!
 
そして気付いたのです。
 
さりげなくエレベーターで、お先にどうぞと譲って下さる方、
 
駐輪場で「お帰りなさい」と声をかけてくれる係員の方、
 
何ていうことのない我が街の、なんという温かさに満ちていることか!
こんなにこの街に帰ってきたことを嬉しく思ったことはありませんでした!
 
大事をとって、翌日も休みを取っていたのが、幸いしました。
 
翌日の午後には大分頭痛も吐き気も治まりましたので、自転車で出かけました。
 
本当に気持ちよかった。
 
自転車をこいでいる時、力を入れてこいでいるとペダルが重く感じられますが、ふっと力を抜くと、どうでしょう。
 
後ろから、まるで誰かに押されているように軽く感じます。
 
大いなる流れにまかせて生きるということは、こういうことなのだな、とまた改めて気付かされました。
 
本屋さんで本を眺めていると、体中をエネルギーがぐるぐる回るのを感じました。
 
そしてハートがじんわりと温かいのです。
 
それから、とても強く強く、フーマン(という、this)を感じました。
 
絆、のようでもあり、一体感というようなものでもある、温かく強い感覚です。
 
ソロリトリートの方が自分には合っているのかな、などと色々な考えが帰る道々巡ったりしましたが、深い所からのものが表面化し、嵐のように渦を巻いて解放されていったことに間違いは無いようです。
 
数日経った今も嵐の名残は微妙に続いていて、感じた恐怖と不快感をハートに吸い込んで愛を送って出すということを、時々しています。
 
一方では、すでにあった静けさを、よりクリアに感じるようになったように感じられ、理解も深まった感じもあります。
 
その中で、つかめそうでつかみきれない部分もあります。
 
それは、青空(気づき)と雲(思考)とよく例えられますが、青空と雲を分離しているものとして捉える感覚、のことです。
 
すべての表れに気付いている意識、というと、表れるもの、と、背後の意識、が分かれているのです。
 
この分離館は無くなるのでは、と思っているのですが、なかなか無くなりません。
 
でもあともう少しで溶けていく、という感覚はあるのですが。
 
また、これが、キヨタカさんのおっしゃる、神聖な次元、ということでしょうか。
 
もしかしたら、リトリート中にこれに関してお話や瞑想があったのかもしれませんが、嵐の中に居た為に聞いていなかったのかも知れません。
 
それでしたらすみません。
 
何だか長くなってしまいまいましたが、この感想を書く事も、改めて振り返る良い機会となりました。
 
また、リトリートの場を作って下さり、本当にありがとうございました。
 
スタッフの方々、参加された皆様お一人お一人のお陰で、貴重な気づきを得ることができました。                      
 
* *
 
つかめそうでつかみきれない部分
 
「煩悩(雲) 即 菩提(青空)」の境地ですね。
 
そもそも対象物でないものは、つかみようがありません。
つかもうとしているあなたの、背後の事ですから…
 
つかもうとする意図を手放して、あるがままにくつろいで下さいネ♡
 
「ワンネスの境地」が目覚めると、全ては源泉(ワンネス)の織りなすカレイドスコープ(万華鏡)である事がわかるでしょう。
 

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コメント

前略、、、。

 文面からでも、キヨタカサンの自信(確信)が強く伺える、今日この頃!

 皆様の感想、報告などを読ましてもらうと”なるほどな~”と思わされます^^

 Pさんのガイダンス、大当たりかな((^。^;))

           yasuより
                                                草々


 

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