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渦の中へ

2014年7月16日(水) by キヨタカ

 「洗濯機」に「独楽(コマ)」に「台風」。
 
最近の日誌で取り上げたネタだが、いずれも「渦巻」の形をしている。
 
この形は、古来より生と死の循環の象徴として使われている。
 
仏教の輪廻転生を意味する「車輪」もまた然り。
Img03307
 
グルグル廻る煩悩からいかに解脱するか、それが仏教の教えの要諦だ。
 
 
しかし仏教を通して、人類の意識は飛躍的進化を遂げた!
 
…とは残念ながらお世辞にも言えない。
 
解脱を目標とした仏教は、グルグル廻る現象世界の人間の営み自体を「煩悩」として断罪してしまったからだ。
 
他の宗教も似たり寄ったり。
 
キリスト教では「罪深き世界」として、現世を否定する。
 
だから真剣に解脱を望む人ほど、この現象世界を外から眺めるようとする。
 
 
ところが、「洗濯中の洗濯機を外から眺める」事は出来ても、生きている間は人間世界を外側から眺める訳にはいかない。
 
仮に外側から眺める事に成功したとしても、枯淡の境地に遊ぶそうした人々にあまり近づきたいとは思わない。
 
人間としての面白みに欠けるから…。
 
例えば、ガンジーは食事を味わう事を否定し敢えて不味いものを好んだ。
 
さらに性欲を否定し、晩年に若い裸の女性とベッドを共にする実験までしている。
 
そして実験の結果、まだ性欲がある事を恥じたとか(ρ_;)
こうした聖人として奉られた人々をよく観察すると、実は病的な部分があって驚く事が残念ながら多い。
 
 
伝統的な宗教教義に、人類の未来を託す事は出来ない。
 
もっと人間としてのダイナミズムを保ったまま、爽やかに解脱する別の方法はないのか?
 
実は、それがある。
 
輪廻の輪の「中心」にその秘密がある。
 
「中心」は「ゼロ次元」であり、そのままあちらの世界に通じている。
 
「中心」を通って、外側へ抜け出すのだ。
 
そのためには、渦の中に積極的に関わる勇気が必要だ。
 
いわば、洗濯中の洗濯機の「渦の中へ自ら飛び込む」のだ。
 
可笑しかったら「笑い」、悲しかったら「泣き」、腹が立ったら「怒る」!
 
喜怒哀楽の感情を押さえずに、むしろ積極的に表現する。
 
すると、どんな思考や感情にも影響されない「中心感覚」が自ずと明らかになる。
 
 
しかしそれでは、渦の中に溺れてしまう心配もある。
 
それを防ぐ為に絶対的に必要なものが、瞑想であり「気づき」と「寛ぎ」と言う事だ。
 
さらに「ハート」の感性が開かれれば完璧だ。
 
今週末のリトリートでは、その秘密が体験的に明らかにされるだろう。
 
人類意識の進化の最先端に立ち会えるのは、無上の喜びである。

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コメント

前略、、、、。

 おみごと(>~<)「”グルグル”シリ~ズ完結編(?!)独楽から宇宙へ!」回る話が続くな~と思いきや、着地成功~止まりましたねっ(落ちました^^)

 ちょっと(?!)違いますが、ジョディ・フォスターの「コンタクト」をふと、思い出しました!(話は違うが独楽って止まる間際、逆回転になって止まらなかったっけか~?!思い過ごしか^^;)

 12年前ほどに、シアトルのスペースニードルに行くまで、ちょっとした拍子で強い罪悪感にハマって激しい自己嫌悪と感情でどうしても抜けきらず疑心暗鬼と被害妄想

の深い穴に落ちた時、「よしっリベンジだ!自分を今コントロールして抜けてやるっ」と思ったは良いが、がっちりホールドされて最悪のバイブレーションを発しし続けた、、、

 展望台に青ざめてド緊張したまま登り、グロッキーなまま”ふと”遠くに光るライトに心を奪われた、その瞬間に呪縛から一気に抜け出し生還した(残念ながら偶発的な他力だったが)

 投影されたライト(光)が内なる光(中心)を照らし”気づかした”のか、、、、、?!                                                                                                                   
 どうしようもない程のパニックに襲われたら”独楽の絵”を思い出すとするかっ!(違うかっ^。^)

       yasuより
                                               草々

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