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気づきとくつろぎ(キヨタカさんの助言2/2)

2014年7月30日(水) by キヨタカ
 
 昨日の続きです。

 * * *

気づきとくつろぎ(キヨタカさんの助言2/2)

O:えーっと,アジズですか。なんだったかな。
   (咄嗟に思い出せなかったが、アジズは覚醒の道の地図を教えていた)
 
K:いえアジズのこと(知識)はどうでもいいんです。
こういう風に考えてください。
生まれる前は、私たちはもともと存在とひとつでした。
 
O:はい。
 
K:でも天から魂としてこの地上世界に降りて来て、この肉体をまといますよね。
こういう神話は抵抗ないですか。
 
O:まあ大体、分かります。
(妻の実家は神道だったが、詳しいことはあまりしらなかった。八百万の神くらいか)
 
K:神道では、自己の本性の事を「神の分霊(わけみたま)」といいます。
 
魂というのは神様と同じなのですが、神様の魂が分かれて霊(みたま)として、この肉体に入っているという考え方です。
 
だから魂としてこの世を生きれば何の問題もないのですが、天上界にいる神様の波動というのはとても繊細ですが、地上界の波動はとても荒いですよね。
 
この地上って残酷で、文字通りお互いにお互いが喰いあって生きている弱肉強食の世界でもありますからね。
 
O:はい。
 
K:だから精妙波動の魂が、この肉体という荒い波動に入るとショックで一時的に眠っちゃうんです。
 
O:ああ
 
K:魂はコーマ(昏睡)状態になります。
本当は、魂は精妙波動で存在全体に広がっているものなのですが…
 
O:はい。
 
K:そして、この小さな肉体が自分だと錯覚してしまうんです。
 
O:まあ、普通そう思いますよね。
 
K:はい。
そして「本当の自分」が誰か分からなくなってしまう。
忘れてしまう。
魂としての記憶を忘れた、「魂の記憶喪失者」になります。
 
完全な記憶喪失者は、「自分が誰か?」問うこともない。
でも少し記憶が蘇り始めると…
 
「ん…? あれっ…?、本当の私は誰だろう?」と問いかけが始まります。
この問いが、本質的にとても重要です。
 
この問いなしに、ニューエージのワークショプなんかを渡り歩いている人々が大勢います。
 
しかし残念ですが、この問いなしでは、魂の目覚めが起こる事は難しいでしょう。
 
O:ふーん
 
K:記憶喪失者が登場するドラマなんかで、よくやってます。
「私って誰?」って言うのを、見たことありますすよね?
 
O:ええ
 
K:それと同じです。
ラマナ・マハリシが言うのはそれです。
 
私たちは魂の記憶喪失者ですから、まず「私は誰か?」問いを発する事が必要です。
でも、「もう一つの問いかけ」があるのが分かります?
 
O:ええ
 
K:記憶喪失者が、「私は誰?」と良く言いますよね。
 
O:ええ
 
K:もう一つ言うんですよ。
 
O:もうひとつ?
 
K:夢遊病者の例えの方が、分かりやすいかな?
 
例えば、1kmくらい夢の中で歩いて行って、はっと気づいて…。
夢遊病者は、何を問うでしょう?
 
O:「私はどこにいるのか?」ですか。
 
K:(手を打って)そーうです!!
「 Where am I?」
 
「私はいったい何処にいるのか?」
 
魂としての私が、寄って立つ基盤のことです。
 
O:うーん…
 
K:今、Oさんの床に畳がありますね。
 
O:フローリングですが(また,余計な脱線をしていまった)
 
K:Oさんの肉体の拠り所は、そのフローリングという基盤にあります。
同じ様に、自我には必ず何か拠り所となる基盤というのがあります。
 
それは家族だったり、夫や妻だったり、お金だったり、社会的地位であったり、名誉だったりします。
 
ドラマなんかで、よく「家族の為に頑張る」とか「〜に命を賭ける」とかね。
でもそう言うものって、絶対に安住しないですよね。
 
全て外側のものは、来ては去ってゆきますから。
 
O:そうですね〜。
 
K:大企業でいくら社長さんに出世しても、世間で大成功して賞賛されても、それは去ってゆきます。
 
だから決して安住しません。
 
O:ええ、そうですね。
 
K:それでは、魂の拠り所はどこでしょう。
 
O:うーん、ここしかないですよね。
 
K:そうです!。「いま」、「いま・ここ」です。
 
O:「いま・ここ」ですか?
 
K:時間的には「いま」ですよ。
いま!。
「いま」にあると、くつろぐんですよ。
 
過去や未来は、緊張状態を創りだします。
 
くつろぎとは、「いま」にあることとも言える。
 
「いま」だけが、唯一来ては去って行きません。
ですから、永遠にそこに安住出来る拠り所となるのです。
 
それ以外は、お金も、家族も、地位も名誉も…、過去も未来も…決して安住出来る場所はあり得ません。
 
O:確かに。
頭は未来のことを考えたり、過去のことを考えたり…思考を見ていると過去と未来のことしかありませんね。
わかります。はい。
 
K:おっしゃる通り、思考の根っこはかならず過去か未来にあって、「いま・ここに」は有りようがないんです。
 
O:思考は「いま」にいれないことは最近、分かって来ました。
 
K:「いま」あるのは気づきだけなんです。
だから次のステップとして、「気づきにきづく」ことが出来たら…
 
「いまあることにくつろぐ」という、次のステップが必要になって来ます。
 
O:最初におっしゃったことですね。
 
K:それで本当に「気づきにきづく」、それから「いま」にくつろぐ、というのをくり返すと驚くほど早く意識が変容し始めます。
 
他のことは、今はあまり考えない方がいいと思います。
 
O:そうですか。
 
K:気づきとくつろぎが統合してゆくと、次のステップへ導かれます。
ハートという別の次元が開いて行くのです。
 
O:(胸をさして)このあたりがジーンとすることがあり、とても気持ちいいのです…
「くつろぎ」というのは、どのようにすればいいのでしょうか。
 
K:「くつろぐ」というのを頭で説明するのはとても難しいです。
しかし体験は、とても簡単です。
 
O:はい。
 
K:「くつろぎ」とは、どのようにすればいいのかと聞きましたよね?
一発でわかります。
やりますか?
 
O:はい。
 
K:あ、心臓が悪いそうだから、あんまり無理しないで。
 
O:大丈夫ですよ。
 
K:それでは、息を思い切り吸ってみましょう。
そして息を止めて、全身を緊張させてください。
 
それでは、いち、にっ、さん!
息を吸って、吸って、吸って〜、もっと吸って〜!。
(いっぱいに息を吸って,力を入れて)
 
はい、息を吸いきったら、そのまま、止めて!
同時に身体を緊張させて、顔も両手も、両足も…力(リキ)んで力んで!。
じゃ、リラックスしてください。
 
O:(息を吐いて)はーーっ。
 
するとどうです?
「ふわーっ」となりますよね?
 
「ふわーっとなった」行き先が「いま」です。
 
ですから、「いま」へと向かってくつろぐ訳です。
 
O:ふわーっとした感覚がありますね。
(胸から腹に掛けてエネルギーを感じる)
 
K:ふわーっと感がありますよね。
で、どこにくつろぐかと言えば、「いま」にくつろぐ訳です。
 
O:ふーん、(感じながら)そうですね。
 
K:で、これは女性エネルギーです。
手放すこと、明け渡すこと、何もしないこと、お任せすること…。
 
O:ふーん
 
K:気づきのエネルギーとは真逆ですよね。
 
O:はい。
 
K:気づきというのは、修行や努力とかより高みを目指すと言う、男性原理と関係していますから…
 
O:そうですね。
 
K:この気づきとくつろぎをごっちゃにしている人が多くて、実は私がそうだったんですけど…。
 
気づきの努力をする必要があるのに…
 
「OSHOがなにもするなといっているよな。遊んでいればいいんだ。」
 
「老子だって、無為自然、あるがまま…が最高の境地と言っている。」
と自分をごまかしてしまったり。
 
遊んだり、ゆったり過ごしていると…
 
「遊んでいる場合じゃない!もっと努力して修行しなければいけない!」
 
「グルジェフは、超努力が必要と言ってるじゃないか!」
「禅の修行でも、生死事大、無常迅速、時人を待たず! 喝〜
と自分を追い立てたり。
 
もう全然先に進まなかったんですよ。
 
真実は、両方とも最初は必要です。
 
O:大変な修行の上に、それを私たちに教えていただいてありがたいです。
 
K:私の体験を踏まえて、他の人は学ぶ事が出来ます。
 
様々なルートを辿って色々な失敗をしました。
だから私は、そのルートを回避する情報を伝えられます。
またその情報を具体的に知れば、他の人はそのルートを辿らずに済みますから…。
 
ですから、リトリートに参加するまでに、たった二つのことだけをやってください。
 
O:はい。
 
K:要するに「気づきに気づく」ということ、そして気づきに気づいたら直ちに「くつろぐ」。これをくり返しやってください。
 
O:はい。分かりました。
 
K:で、「気づき」と「くつろぎ」というのは矛盾しているように見えます。
でも、実は歩くのと同じですよ。
 
歩くためには、「右足」と「左足」を交互に動かす訳です。
右足を出している時は左足は後ろですよね。
左足を前にすると右足は後ろです。
 
お互いに矛盾しているけど、矛盾があるから先に進めるんです。
生命も文明も宇宙そのものも、矛盾を通して進化し続けているのです。
 
O:くつろぐと気づきが戻ってしまうことになるんでしょうか。
 
K:えーと、くつろぐと気づきが戻るのではではなく、広がってゆくのです。
 
O:広がるんですか?
 
K:全体に広がるんです。
気づきだけをやっていると、点のように収縮してしまいます。
 
瞑想の流派によってはこの気づきだけをやっている人たちがいますけど、すごく緊張して、ガチガチになっている人が大勢います。
 
ビリビリしていてそばによると、近づき難く感じられます。
ちょうど武者修行中の宮本武蔵のように、そばに寄れなくなってしまいます。
 
O:斬られそうな感じがするんですね。
 
K:吉川英治の本「宮本武蔵」を読んだことがありますか
 
O:あります。
 
K:武者修行に専念していた武蔵は、この状態でした。
 
そこに、島原の名妓 吉野大夫が登場します。
 
彼女は武蔵のあまりに張りつめた様子を見て、その心を柔らげ、さとすために自ら大切にしていた琵琶を打壊して武蔵に悟らせる場面がありましたよね。
 
弦を強く絞り過ぎると、弦が切れてしまいます。
 
弦を緩めるということは、ビーイング(在ること)にくつろぐということに通じます。
 
でも、緩め過ぎると今度は音が鳴らなくなってしまいますよね。
 
O:難しいですね。
 
K:最初は難しく感じられます。
「気づき」と「くつろぎ」。
 
たったこれだけでも、本当に一生を懸けて探求すべきアートになりますね。
ぜひ、これをやってください。
 
他の事を色々言うと、混乱してしまうでしょう。
ですから、これだけを言っておきます。
 
それでは、リーラスペースでお会いできるのを楽しみにしております。
 
O:あの、もう一つ質問していいでしょうか?
私不眠症なんですが、薬をやめようかと思って、昨日飲まなかったんですよ。
その中で意識はさめているんですが、身体だけが寝て行くんですよ。
 
K:素晴らしいですね。
瞑想の境地の一つに、「身体は寝ていても意識は醒めている状態」というのがあります。
 
大体歳を取ると、そんなに寝なくても大丈夫になりますから。
昔からの習慣で、「8時間寝なくちゃダメ!」とか、思い込んでいるだけです。
 
O:昨日、意識があるのに周りが円のように広がった感じになったんです。
 
K:えー。
 
O:時間は数秒なんですが、すごく広がって。それは意識の広がりなんですかね。
 
K:そうですね。本当に覚醒するとよく夜眠れないことがあります。
眠れなくても問題はありません。
 
私はリトリートの間は数時間しか眠りません。
でも、普段以上に凄く元気になります。
 
O:わかりました。
 
K:眠れないことを気にする必要はないです。
未だかつて眠れないで死んだ人は誰もいないでしょう。
眠れなくてちょうどいいや、覚醒するちょうど良い機会だと思ってください。
 
O:ときどき布団の上で座禅をしているんですけど。
 
K:60過ぎたら4時間くらい寝れば大丈夫です。
赤ちゃんはたくさん眠っても、人生にはまだまだ先があります。
 
でも還暦を過ぎた人にとっては、もう人生の終わりが見え始めていいます。
 
残り少ない人生なのに、眠ってばかりいたらもったいない。
 
私の母親なんか92歳でもう残り僅かの人生なのに、「夜眠れない!」と睡眠薬を飲んでいる。
けれども昼間は、テレビにかじりついてコックリコックり居眠りしている(ρ_;)
 
睡眠薬なんか飲まなくても、死んだ後で、永遠の眠りをじっくり堪能すればいいじゃないですか!
 
残り僅かの生きている間は、出来るだけ覚醒を保って目覚めていましょうよ!
 
O:わかりました。
(気づきとくつろぎ以外触れないようにしているキヨタカさん)
 
K:そういうことで…。
 
O:ありがとうございました。

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コメント

前略、、、、。

 お疲れ様でした!あ~面白かった((^。^))”神との対話”でいう、「自己の忘却」からの~【実】、そして【在】”right here! right now!”({存、在}の例え話も好きです)

 また、より、知識、論理的にもハッキリしたぞ~^^

 6月の瞑想会で言われていた、グリシャンカール的(osohディヤン・ス-トラに書かれていた様な)な呼吸法の後、「今、何もないところに根付きなさい!」byキヨタカさん

 、、、、あの感覚を忘れていません(貴重でした^^)

 そして”ハートの瞑想”(皆お気に入りですねっ)へ、、、、。『i amの3つの側面』への瞑想的アプローチも大分解ってきた(^~^)

 あぁぁぁぁ~スカイプ欲しい(笑)と思考する背後の【私】は、、、、、”黙っている”^^
                          
        yasuより
                                                   草々                                            

リトリートの一部でもある核心的なお教えを,さらっと公開してしまうのは,キヨタカさんらしいと思います。

改めて,的確なご指導ありがとうございました。
お教え通り,広角視野で気づきに気づいて,ファーッとくつろぐという練習を繰りかえしました。
これは2つの動作であり、別々にやっているようなものでした。
しかし,不思議ですね。リトリートを受けた後、気がつくとそれが統合されているのです。
いつかなくなると思っていたのですが、一度,それに気づくと変わらないのですね。今も気づきに気づいています。今では感じ方がまったく変わってしまいました。

キヨタカさんのおかげです。くつろぎの中でハートにつながり,味わっていきたいと思っています。感謝!

たつの・オトシゴさん

 素敵な「質疑応答」となりました。

これも、オトシゴさんがしっかり記録してくれたおかげです。

>おみごと、また本にして下さい^

というコメントも頂いてます。

嬉しい限りです。

愛と真実は、分かち合う事で、より広がっていくようです。

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