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2014年8月

瞑想会終了

2014年8月31日(日) by キヨタカ

 ワンデー瞑想会が無事終了。
 
『気楽の会』と銘打ったイベントで、『何が起こるか予想不可能』とあらかじめ告知はしていたけれども、まさかYouTubeを見る事になるとは思わなかった。
 
しかし最後は、ハートの瞑想で終わる事が出来て良かった。
 
 
「ハートの扉が開けば、そこはもう天国です。次回は『極楽の会』にしようかな…」と思わず語ってしまった。
 
しかしながら、『極楽の会』だと、なにやらあらぬ誤解を受けそうな予感が(^-^;
 
だから、当分は『気楽の会』のネーミングとなりそうだ。
 
 
「プログラムを立てずに起こるに任せる」というワークは、簡単な様で実は一番難しい。
 
起こる事を完全に信頼する必要がある。
 
 
しかし今回は、必要な状況に応じて必要なメッセージが最低限伝わったと思う。
 
「本当は何も起こっていない」スペースに寛ぐ事、それこそが『気楽』の極意である事を今回再認識させられた。
 
次回もまた、同じようなイベントを企画してみたい♡

何も起こっていない…

2014年8月30日(土) by キヨタカ

今回庭仕事を手伝いに来てくれたMさんは、15年間勤めた仕事をつい先日辞めたばかり。

…正確には、辞めた日の夜にリーラスペースにやって来た。

だから、辞めたての<ほやほや>である。

これからは、残りの人生を「本当にやりたい事に捧げる」との事。

15年も全身全霊で勤め上げた仕事を辞めるには、それ相応の迷いと覚悟があったはず。

「おめでとう! これからは、本当にやりたい事が起こってくるね(*^-^)」

と、今までの苦労をねぎらった。

 

すると…

Mさん:「ええ、友達に仕事を辞めた事を伝えたら、皆さんから同じ事を言われました。

でも、ある友人から別の醒めた反応が帰って来て、ハッとしました」

キヨタカ:「どんな反応?」
 
Mさん:「仕事を辞めた旨をメールしたら…
 
『ああ、そうなんだ、仕事を辞めるって事が起こったんだ。
 
でもね、実は何も起こっていないんじゃない?』
 
と、思いがけない返事が返って来たんです。
 
 
その時、自分は気づきました。
 
『起こる事』の方に焦点が当たっていた。
 
つまり『辞めるか辞めないか』の方にだけ、焦点が当たっていたんです。
 
本来は、『何も起こっていない』んですよね。
 
そこを忘れていました。」
 
Mさんとの会話を通して、私の方もしばしノーマインドのスペースに導かれた。
 

青春時代の真ん中は〜♪、道に迷っているばかり〜♫
 
という歌があるが、人が迷うのは青春時代だけではない。
 
『あれか、これか』人生は選択の連続であり、死ぬまで迷いの世界を右往左往しがちだ。
 
しかし、ふと立ち止まってその背後にある『何も起こっていない』に焦点を合わせる事さえ出 来れば、人生の在り方が一変する。
 
人生に何が起ころうと、そんな事はあまり気にならなくなるのだ。
 
 
仏教用語で、迷いの世界を有漏路(うろじ)、その反対を無漏路(むろじ)と言うが…
 
一休禅師は、素晴らしい歌を詠んでいる。

有漏路より無漏路へ帰る一休み
 
      雨降らば降れ 風吹かば吹け
 
『何も起こっていない』にしっかりと根付いていれば、何が起ころうともウェルカムとなる。
 
そうすれば、本当にやりたい事を恐れずに楽しんでやれる様になるのだろう。

庭仕事

2014年8月29日(金) by キヨタカ

日曜日のワンデー瞑想会に向けて、庭仕事に精を出す。
 
気楽に参加してもらいたいので、「気楽の会」と銘打った今回のイベント。
 
参加者のみならず、私も気楽な感じで瞑想会に臨みたい。
 
 
しかし気楽に…とは言っても、いい加減な準備はしたくない。
 
実は今回もMさんとAさんの2人が庭仕事に駆けつけてくれて、一緒にワークをした。
 
明日も庭仕事を手伝ってくれる予定で、そのまま瞑想会にも参加してもらう事になった。
 
 
2人とも長年真摯に瞑想を続けているだけあって、ただ在る事の理由のない喜びを自然に醸し出している。
 
この2人が加わる事で、ワンデー瞑想会はより充実したものとなるだろう。
 
あらかじめ決められたプログラムに沿うのではなく、参加者の状況に応じた臨機応変な瞑想会。
 
なにが起こるか予測不可能だが、素晴らしいものになる事だけは間違いない(*^-^)

ココ

2014年8月28日(木) BY キヨタカ

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アメリカの人気俳優 ロビン・ウィリアムズの死は、世界中の人々に衝撃と悲しみをもたらしたが…
 
彼のファンで親交のあったゴリラのココも、とても悲しんだという。
 
ココは手話で人間とコミュニケーションがとれるゴリラとして有名。
 
 
死を知らされたココは、手話で「悲しい」というサインを発し、うつむいて悲しそうな表情をしていたと言う。
 
ココは幼馴染のマイケルというゴリラが死んで以来、半年間ほとんど笑うことがなくなってしまったそうだが…
 
そんなココを訪れたロビン・ウィリアムズは、見事にココを笑わせたそうだ。
 
やはり、偉大な俳優だったんだな〜。 
 
しかし彼の死を悲しめるココは、負けず劣らずに偉大だ w(゚o゚)w
 

秋から秋へ

2014年8月27日(水) by キヨタカ

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今朝は、ビックリするくらい涼しい。
 
半袖では寒いので、長袖を着用。
 
秋の訪れを感じる。
 
 
実家から修善寺に戻るたびに、ずっと修善寺にいた感覚があって、実家にいた事が夢だったような気がする事は先日の日誌で書いた。
 
あれは空間に関する事だが、時間に関しても全く同じ感覚がある。
 
ずっと秋が続いていて、昨日までのあの暑い夏が、夢だったような気がするのだ。
 
 
道元禅師は、時間の概念について、非常に鋭い洞察を残した。
 
その中に、「経歴」についての記述がある。
 
春を引き合いに出して、春といえば春のほかに何もないのに…と語っている。
 
今は秋だから、春を秋に置き換えてみるとより解りやすいだろう。
 
 
経歴とは、たとえば秋が一事に万物を覆い尽くすようなことである。
 
秋といえば秋のほかに何ものもないのに、秋が移り変わることを学ぶべきである。
 
秋は必ず、秋から秋へ移り変わるのである。

経歴そのものは秋ではないが、それが秋の時に成立するのある。

このことを詳しく学ぶべきである。
        (正法眼蔵 有時の巻から、春を秋に置き換え)
 
 
小難しい議論はさて置き…
 
今日は、秋が一時に万物を覆い尽くしている。
 
夏も秋も…実家も修善寺も…、全てが大いなる自己の中で展開しているのだろう。

ユリの花

2014年8月26日(火) by キヨタカ

今年も、施設の庭にはユリの花が一面に咲いた。Img_0816

キリストをして、

ソロモンの栄華も ユリに如(し)かず

とまで言わしめ、キリスト教では純潔の象徴として特別な存在だ。

 

そんな気高く清楚で無垢な美しい花を、根こそぎ無慈悲に薙ぎ倒すヤツがいる。

8842322 イノシシだ!

実はイノシシは、ユリの球根が大好物。

毎年お盆過ぎになると、せっかく咲いた可憐なユリの花が無惨に荒らされる。

ユリだけではなく、土中の幼虫を探してそこいら中の土をほじくり返す。

Img_0821 斜面なども掘り起こすので、土砂災害が起こる可能性だってある。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

「捕まえて、イノシシ鍋にしてやるヽ( )`ε´( )ノ」

とすら思う。

 

気候変動のせいか、最近の伊豆半島はイノシシとシカの被害が多い。

農家の人にとっては死活問題だ。

伊豆市では、イズシカ問屋 なるものを実際に立ち上げて、捕獲した害獣を販売するシステムを作ったそうだ。

しかし、自称ベジタリアンの私(…例外も多いが(ρ_;))がイノシシを捕獲して食うわけにもいくまい。

 

そもそも生きとし生けるものには、すべからく「生存権」がある。

生存権を巡ってイノシシと争ったら、人間の方が分が悪い。

なにしろこの場所(修善寺ニュータウン)は、最近人間が住むようになった場所だ。

人間の方が、イノシシの生存権を勝手に脅かしているのだ。

だからお互いの生存権に対する妥協案として、イノシシとの棲み分けを画策中。

専門業者を呼び、イノシシ対策の防護柵を作ろうと思っている。

 

それにしても、見事に咲いているユリの花の無防備さには頭が下がる。

明日はイノシシの餌食になるかも知れないのに、明日の事など全く気にする様子はない。

今日一日を完全に信頼して、シンプルにひたすらに生きている。

ただ在る事の極みだ。

ただ在る事の喜びを満喫していれば、それを守ろうとする動きが起こり、防護柵が出来たりする。

わざわざ専門業者を呼ぼうと思い立ったのも、ユリの花の信頼が起こした奇跡なのかも知れない。

この瞬間に…

2014年8月25日(月) by キヨタカ

「ただ在る」と言う事。
 
その為に必要なものは何も無い。
 
瞑想も修行も、マスターも教師も、どんな教えも、最終的には障害となる。
 
 
全てを手放して、ただただあるがままの自分自身に寛ぐ。
 
「そんな簡単なはずがない\(*`∧´)/」
 
…とマインドは疑う。
 
 
しかし、たった今、この瞬間に…
 
心臓は鼓動し、呼吸は起こり、血液は循環している。
 
その為に、瞑想も修行も、マスターも教師も、どんな教えも必要ない。
 
 
それと全く同じ様に、この瞬間に…
 
「ただ在る」という厳然たる事実が、既に起こっている(*^-^)
 
これ以上当たり前で、これ以上不可思議な事は、他に何もないんじゃないかな?

奇跡の連続

2014年8月24日(日) by キヨタカ

 今日も富士山が美しい。Img_0811
 
私が小学生の頃、富士山は「休火山」と呼ばれていた。
 
しかし今では、一万年以内に噴火した火山は「活火山」と呼ぶそうだ。
 
46億年という地球の歴史から見たら、その方が自然だろう。
 
 
火山の寿命は100万年とも言われているから、まだ10万才である富士山は人間にたとえれば10才の小学生くらいで元気一杯。
 
「過去300年噴火していないのが不思議」とまで言われている富士山。
 
今日も平穏無事な富士山を拝めるのが、奇跡だ。
 
 
富士山のご神体は、木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)
 
木の花(桜の花とされる)が咲くように美しい女性の象徴だが、同時にはかない命の象徴でもある。
 
永遠不滅に思える富士山も、実は桜の花の様にはかないのかも知れない。
 
はかないからこそ、さらに美しさが際立つ。
 
 
広島の土砂災害では、たくさんの方々が亡くなった。
 
70代と思しき男性が妻を失い、必死に涙をこらえてインタビューに答えていた。
 
「けんかしたりもしましたが、50年も連れ添った女房でしたから…」
 
富士山だってはかないのだから、人間の命のはかなさは桜の花以上だ。
 
 
日あると 思う心の仇桜
   夜半に嵐の 吹かぬものかは
 
出家の願いが許された親鸞が、
 
「明日、得度式(僧侶になる儀式)を行う」
 
と慈円(じえん)和尚に言われて、詠んだ歌だと言う。
 
その歌に感嘆した和尚は、その夜のうちに得度式を行った。
 
今日が最期の日かもしれないと自覚して生きると、一瞬一瞬が奇跡の連続だ。
 
あたり前と思いがちな日常に潜んでいる有り難さに、感謝の念が湧き上がる。

究極の食道楽

2014年8月23日(土) by キヨタカ

 昨日は、食事をフルーツのみにした。
 
最近食べ過ぎる傾向があったので、プチ・フルーツ断食だ。
 
さすがに夜お腹が空いたが、お腹の空き具合がとても心地良い。
 
しかし朝起きると、それほどお腹も空いてないから不思議だ。
 
 
お昼近くになって、完全にお腹が空っぽになったところで、「カボチャスープ」を頂いた。
 
ヨガビによると、今回は失敗作らしく…
 
「美味しくない」との事だったが…
 
食べてみたら、抜群に美味かったヽ(´▽`)/
 
 
「お腹が完全に空いてから食べる」
 
たったこれだけの事で、健康になるし、口にするもの全てが美味い。
 
生かされている喜びが、溢れてくる。
 
お腹を完全に空かす事は 究極の食道楽 と見つけたり(*^-^)

アンカリング

2014年8月22日(金) by キヨタカ

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瞑想とは、「沈黙のスペース」に寛ぐ事。

だから、瞑想的スペースから話しをすると、話し方も自然と静かで落ち着いた雰囲気となる。

絶対にそうなる!

…そうなるハズ!!

〜にも関わらず、私の場合は饒舌になりがち(;ω;)

 

そこで、前回のリトリートのシェアリングの時は、頭にネコの人形を載せて、「沈黙のスペース」を思い起こしつつ話をした。

その時の写真を送って頂いたので、アップしよう。

御陰で、いつもより多少は寡黙になったかも…

 

ある特定の感覚的刺激(この場合、頭にネコの人形を載せる)と、望ましい精神状態(この場合、沈黙のスペースに寛ぐ事)をリンクさせて、その状態を思いのままに引き出すテクニックを、アンカリングと言う。

NLP(神経言語プログラミング)なんかで、よく使われている。

このアンカリングは、瞑想でも大いに役立つ。

私の場合、「ネコ人形」以外にもいくつかとっておきのものがあるのだが…

自分のアンカリングは自分で発見する必要がある。

各自工夫して、自分とって最高のアンカリングを見つけて下さいネ。

理由のない幸せ

2014年8月21日(木) by キヨタカ

 人は誰もが「幸せ」を求めている。
 
外側に本当の幸せはないと気づいた時、瞑想による内的探求が始まる。
 
しかし瞑想したからと言って、必ず幸せが訪れるとは言えない。
 
 
20代の終わりに会社を辞めて、全財産を持ってアメリカのオレゴンへ行った。
 
OSHOのコミューンで、ありとあらゆる瞑想とセラピーを受けまくったのだ。
 
その結果、一文無しで帰国。
 
「瞑想による潜在能力の開花」など、笑止千万。
 
再就職のあてもない。
 
幸せからは程遠く、将来の夢も希望も失った。
 
「新人類誕生」とか「革命的瞑想技法」とかの甘い言葉に惑わされ、会社を辞めた無謀さを後悔したが、全て後の祭りだった。
 
 
「これからどうしよう゚゚(´O`)°゚」
 
不安と焦燥感に駆られて、東京都内をあてもなく彷徨い歩いた。
 
ところが思いがけず突然に、瞑想的雰囲気は微塵もない大都会の片隅で…
 
胸の奥底から、「理由のない幸せ」が湧き上がってくる!
 
「こんな状況で、幸せの筈が無い\(*`∧´)/
 
マインドは、「自分が不幸な理由」をたくさん数え上げるのだが…
 
とても奇妙な、その場の状況には全くそぐわない「幸せ感」が確かにそこにあったのである。
 
 
幸せに理由が無い時、それは奪い去る事が出来ない。
 
いつでもどこでも、幸せで在れる。
 
それは始めから、そこにある。
 
辛抱強く、再発見される時を、じっと待っているのだ。

夢だった

2014年8月20日(水)   by キヨタカ

 9日振りに修善寺に戻る。
 
病気の姉をケアしていた頃も含めると、実家との2重暮らしは10年以上になる。
 
 
毎回奇妙なのだが…
 
こちらへ戻ると、実家での出来事が夢だったような気がする。
 
ところが実家に滞在中は、修善寺での生活が夢だったような気がするのだ。
 
パラレル・ワールドを生きているみたいで、実に不思議だ。
 
 
OSHOに惹かれてからは、毎年インドへ行った。
 
日本⇄インド 往復は、10年以上に及ぶ恒例行事となっていた。
 
この時も、インドに来るたびに、日本での出来事が夢の様な気がした。
 
そして日本に戻ると、インドでの出来事が夢だったような気がするのだ。
 
 
同じような事が、生と死についても当てはまるのだろう。
 
前世や死後の世界は、生きている我々にとっては、夢に過ぎない。
 
しかし、あの世に旅立つ時に、きっとこう思うのではあるまいか?
 
「アレ〜、今までが夢だったのか(@Д@;」

自転車

2014年8月19日(火) by キヨタカ

 実家の物置の奥に、長年放置されていた自転車。Img_0807
 
埃まみれで、タイヤもペシャンコのママチャリだ。
 
捨てる前に、ダメ元で空気を入れて見たらまだ乗れそう。
 
丁寧に汚れを拭いて、CRC潤滑油を吹きかけたらちゃんと動くヽ(´▽`)/
 
試しに近所を一巡りしたら、とても楽しい♡
 
自転車に乗ったのは、インド長期滞在中の時が最後。
 
25年振りだけれども、普段通りに乗れて良かった(o^-^o)
 
 
つい調子に乗り、昨日は朝、夕、夜と3回も市内を巡ってしまった。
 
歩きだと、行動範囲はとても狭い。
 
そうかと言って、自動車では途中の景色をじっくりとは味わえない。
 
自転車という乗り物が創りだす、時間と空間の広がり具合が、非常に心地良い。
 
 
小学校時代の親友だった2人の家を探したら、2軒ともちゃんとあった。
 
表札には、友人と奥さんの名前がしっかりと書かれていて…
 
家の中には明かりが灯り、家族団らんの様子が伺える。
 
2人ともまだ無事に生きている事を確認して、そっとその場を離れた。
 
半世紀を経て、まだなお無事に生かされている事実が、シンプルに有り難い。
 
自転車というツールの復活で、生きる楽しみがまた一つ増えたようだ。

人は死なない

 2014年8月17日(月) by キヨタカ

昨日、母を連れて本屋へ行く。Img_0793
 
施設で有意義な時間を過ごせるように、本や雑誌を数冊買うのが毎月恒例の行事となっている。
 
今回は家に帰るなり熱心に読んでいるので、どんな本か興味が沸いた。
 
「ちょっと貸してネ」
 
と、手に取って調べたら…
 
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タイトル:「おかげさまで生きる」
 
著者:矢作直樹
 
ざっと目次に目を通すと…
 
 「死を心配する必要はない」
 
「人は魂でつながっている」
 
「お天道さまに恥じない生き方」
 
等々、ごく平凡に思えるテーマがずらり。
 
 
 
ところが、著者の経歴を見て驚いた。
 
矢作氏は、現役の東大附属病院ER部長で現役バリバリのエリート医師。
 
数年前に、「人は死なない」を出版して大ベストセラーとなったと言う。
 
一昔前だったら、こうした見解を述べる医師は相当な変人として扱われていたに違いない。
 
「時代は大きく変わりつつあるんだな〜」
 
と、とても感慨深いものがある。
 
 
母:「人は死んだらおしまいだよ!」
 
私:「いや、人の本性は死なないから、肉体が死んでも大丈夫(*^-^)」
 
母と私が、長期に渡り平行線をたどってきた議論だ。
 
お盆やお仏壇にまつわる仏教儀式にはとても熱心な母。
 
ところが母は「死んだらおしまい」派で、無宗教の私が「人は死なない」派とは、ちょっと変で可笑しい。
 
 
今までOSHOや五井先生を始めとして、様々な宗教家や霊能者の本を母に見せて来た。
 
しかし、「人は死なない」派に転向させる事には、悉く失敗(ノ_-。)
 
ところが、世間で尊敬されているお医者様が語るとなると、その説得力は段違いである事は間違いナシ。
 
なにしろ、医者の言う事は頭ごなしに信じてしまう母だから。
 
 
とにもかくにも…そこへ至る経緯はどうあれ、
 
母の人生の最期は、「大安心の境地」で迎えられそうで何よりヽ(´▽`)/
 
めでたし、めでたし。
 
   

時間よ止まれ!

2014年8月17日(日) by キヨタカ

「アッ!…」と言う間もなくお盆が終わり、お飾りを片付けた。

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子供の頃、お盆には必ず父の生家がある田舎で過ごした。
 
確か、一週間程度の滞在だった筈。
 
しかしどう振り返っても、毎年2ヶ月くらいは滞在していた感じがする。
 
 
田舎での暮らしは、毎日が新鮮で、エイサイティングで、冒険に満ちあふれていた。
 
今日という一日だけがあり、時間は止まっていた。
 
 
年齢を重ねる毎に、時間の加速度が上がる。
 
ちょうど坂道から転げ落ちるように、時の勢いがぐんぐんと増す。
 
 
「時間よ止まれ!」
 
と叫んでも、どうにも止まらない。
 
だったら、時間も空間もない世界へと飛び立とう。
 
 
「ただ在る」と言うこと。
 
そこに、永遠の至福がある。
 
そうすれば、満たされて生きるようになる。
 
すると、時間も気にならない。
 
毎日が輝いていた頃の、童心を取り戻すのだヽ(´▽`)/

外の世界は…

2014年8月16日(土) by キヨタカ

 「外の世界は、自分の内面を映し出す鏡である」
 
誰が最初に語ったのか、知らない。
 
しかし、実に奥深い言葉だ。
 
 
例えば、「あいつは馬鹿だ!」と思う。
 
と言う事はつまり、馬鹿な自分があいつに映っていると言う事か…
 
だったら、馬鹿な自分を映し出してくれたあいつに感謝したくなる。
 
 
例えば、「あの人が羨ましい」と思う。
 
と言う事はつまり、自分の可能性を、あの人に映し出しているという事か…
 
だったら、自分の可能性を教えてくれたあの人に、感謝の気持ちが溢れ出す。
 
 
どんなに鏡を磨いても、そこに映し出される己の姿が醜かったら、世界は醜いままだ。
 
世界はそのまま、己を磨く事に徹すれば、世界は美しく輝き始めるのだろう。

究極の笑い

2014年8月15日(金) by キヨタカ

 世界的に有名なコメディアン、ロビン・ウィリアムズが自殺。Image
 
笹井氏が自殺したニュースはショックだったが、今回のニュースに関しては…
 
「さもありなん」
 
と、妙に納得している自分がいる。
 
 
人を笑わせるプロであるコメディアンやお笑い芸人の中には、鬱病や自殺に追い込まれてしまう人が結構いる。
 
妙にハイテンションで機関銃の如くお笑いを連射する人に接すると、その背後に抱えている闇を感じてしまい、時には胸が痛くなる。
 
 
同じく世界的に有名なコメディアン、ジム・キャリーにも、ロビン・ウィリアムズと同じ匂いを感じていた。
 
幸いジム・キャリーの場合、エックハルト・トールなどの影響を受けて、「意識の目覚め」の方向へ向かっていると言う。
 
「すること」が創りだす笑いは、どんなに面白くても疲れる。
 
同じ笑いでも、全く別な質の笑いがある。
 
その人の存在そのものが、自然に相手の笑いを誘い出すもの。
 
「在ること」から自然に醸し出される笑い、それこそが究極の笑いだろう。
 
全ての道はローマ…ではなて、「在ること」に通ず。
 
お笑いも、極めれば「在ること」に通ずるのだ。
 
 
私が子供時代に一世を風靡した初代林家三平は、50代半ばで早世した。
 
死の床に臥した三平は、やがて容体が急変、意識が混濁してきた。
 
臨終が近づいた事を察した医師が呼び掛けた。
 
医師:「しっかりして下さい。あなたのお名前は?」
 
三平:「加山雄三です」
 
これは創作ではく、本当の話しだという。
 
もう少し長生きしてくれれば、究極の笑いをものにしたかも知れない。
 
 
OSHOは、「自殺」に対して深い理解を示している。
 
人は追い込まれると、「死」か「覚醒」かの二者択一を迫られるのだと言う。
 
実際に「意識の覚醒」が起こった人の経緯を調べてみると、確かにラマナ・マハルシの様に「死」に直面した人が多い。
 
だから、死や自殺に直面した人に接すると、つい応援したくなる。
 
…もちろん自殺ではなく、覚醒の方だ。
 
 
しかし自殺したからと言って、ロビン・ウィリアムズの偉大さに傷がつく事はない。
 
たくさんの映画の中で、笑いとユーモアと生きる感動を与え続けてくれた彼に、心より感謝して哀悼の意を捧げたい。
 
今度転生した暁には、ぜひとももう一方の選択を選んで欲しい。 
 
 

炭水化物が人類を滅ぼす

2014年8月14日(木) by キヨタカ

夏井睦氏の「炭水化物が人類を滅ぼす」を読んだ。
Unknown
 
実は読んだのは10日くらい前。
 
今流行している糖質制限に関する本だが、単なるダイエット本に留まらない。
 
農耕以前の縄文時代の狩猟採取生活から説き起こし、食をめぐる人類史の根幹に迫る大変興味深い内容だった。
 
「穀物に依存しない食生活の可能性」について、大胆な仮説を提唱している。
 
筆者の仮説が正しいかどうか、実際に実行してみないと判断は出来ない。
 
そこで実際に試してみたのだが、その結果…
 
私には合わなかった。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
 
どうも、体調がイマイチ。
 
先日眠気が続いたのも、そのせいかもしれない。
 
 
そこで昨日から、長岡式酵素玄米をベースとした食生活に戻した。
 
すると、ビックリするくらい体調が良く気分も最高ヽ(´▽`)/
 
「栄養ではなく、エネルギーを摂取するのが大切」と、長岡式酵素玄米の提唱者が語っていたが、その意味が今回よく分かった。
 
酵素玄米を食べたら、エネルギーが身体の中に充満するのが面白いように体感出来る。
 
 
夏井氏が言う通り、「現代人は糖質中毒に陥っている」のは確かだ。
 
だからと言って、「糖質なしの食生活が人類本来のもの」であり、「縄文時代の食生活に戻れ」というのは、極論だと思う。
 
何よりも、肝心の「人類の進化」という視点が、抜け落ちている。
 
玄米菜食の方が、焼き鳥やステーキをバリバリ食べる糖質制限食よりも、意識の覚醒を志す人々にはふさわしい食生活だろう。
 
「食う為に動物を飼って殺す」という事は、エコロジーのみならず美的感覚としても、違和感がある。
 
しかし肥満や糖尿病などの生活習慣病で苦しんでいる方にとっては、一読に値する書物だ。
 
一般の人が疑いもしない日常の食生活について、あっと驚く視点から再考を促す筆者の洞察力に拍手を送りたい。

迎え盆

2014年8月13日(水) by キヨタカ

 8月13日は「迎え盆」という事で、お墓参りに行く。

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先祖の霊を迎えに行くから、迎え盆。
 
母が先頭に立ってお墓へ行くのが恒例なのだが、暑いし高齢なので「今年は家で留守番をする」とのこと。
 
仕方ないので、ヨガビと2人でお墓へ。 
 
 
実は私もヨガビも、あまりお墓が好きでない。
 
もっとも、「お墓が大好き♡」という人もあまりいないと思う。
 
私が知る限り、妖怪漫画家の「水木しげる」くらいか。
 
それはさておき…
 
「死んでもお墓に入りたくないから、自然葬にしてネ」
 
とヨガビが言うので…
 
「俺が死んだら、富士山が見える駿河湾に灰を撒いてクレ」
 
、と互いに約束。
 
こんな2人がお迎えに行くのだから、ご先祖様もさぞかしがっかりしているだろう。
 
 
「ご先祖様の御陰で今の私が存在している」
 
だから、先祖に対する感謝の気持ちは人並みにある。
 
しかしこうした葬式仏教の伝統は、根本的に見直す時期に来ていると思う。
 
 
そもそも仏教とは、生きて迷える人々を正しい覚醒へと導く教えだった。
 
葬式仏教は本来の仏教でない事くらい、少し仏教をかじった人なら誰でも知っている明白な事実だ。
 
しかし残念ながら、仏教ルネッサンスは仏教界の側からは当分起こりそうにない。
 
私やヨガビと言った個々人が自己の真実に従い正直に生き始める事で、それが結果的に仏教界の変革を促す事になると信じている。

眠かった

2014年8月12日(火) by キヨタカ

お盆のため、小山の実家に帰省中。
 
雨でとても涼しく、梅雨の時期に逆戻りした様な不思議な感じ。
 
 
最近は朝5時ごろ起床する、非常に健康的(老人的?)な生活をしていた。
 
ところが、3日前(9日)から一日中眠くて仕方ない日が続いた。
 
そういえば、昔は朝起きるのがとてもつらい時期もあった。
 
朝が苦手だった青春時代に逆戻りした様な気分。
 
眠くて日誌も書けなかったのだが…今朝は再びスッキリ目が覚めた。
 
別に体調が悪いわけでもないのだが、ひたすら眠かったのが不思議。
 
何か奥深い所で、浄化が起こったのかも知れない。

魂魄

2014年8月8日(金) by キヨタカ

 中国の道教では、精神活動を魂(こん)と魄(はく)の2つに分けている。
 
魂は陽に属して天に帰し、魄は陰に属して地に帰す。
 
通常の喜び、怒り、悲しみ、欲望等の感情は、魄の活動だと言う。
 
神道家の出口王仁三郎は、守護神と副守護神という区別をしている。
 
守護神は霊性へ引き上げる方向へ助けるが、副守護神は肉体へ押し止めようとする方 
向へ働くと言うが、魂魄に相通じるものを感じる。
 
私の名前は清貴。
 
子供の時から、「清く貴く」生きたいと強い願ってきたけれども…
 
実際には様々な欲望や嫉妬や劣等感等に翻弄されて、つくづく自分が嫌になる時期も長く続いた。
 
魂の願いが、魄の活動によって翻弄されていたのだと、今頃になって気づいた。
 
若い時に誰かが教えてくれれば、あんなに悩む必要はなかったのに…
 
死ぬ前に気づいただけでも、喜ぶべき事なのだろう。

感謝のメッセージ(H.Nさんからのお便り)

2014年8月7日(木) by キヨタカ

 リーラスペースを修善寺にオープンして、はや16年。
 
大勢の方々が、この場所を訪れてくれた。
 
何度も訪れて頂き、兄弟みたいになっている人もいる一方で…
 
すっかりご無沙汰、となってしまった方も多い。
 
時々、ふと昔の参加者の事を思い出し…
 
「今頃あの人は、どうしているのだろうか?」
 
と、感慨にふける事もある。
 
 
5年前にリトリートに参加された、Hさんから素敵なメールを頂いた。
 
とても嬉しかったので、転載させて頂きます。
 
 
* * * H.Nさんからのお便り* * *
 
キヨタカさん♪お久しぶりです(^^) H.Nです。
 
私はキヨタカさんの著書が2008年に発売されてすぐ手にし、プレゼンス、ビーイングを理解体感し翌年リトリートに参加、その後ハートの次元が開かれました。
 
1年もかからずあっという間の出来事でした。
 
ただハートに寛ぎ続け今があります。
 
本当に幸せでいれるようになりました。
 
ただ在る幸せです♡
 
キヨタカさんに教えて頂いたことを自分なりに体現して生きていることが
美しいです♡
 
勿論、色々ありましたが自然と豊かになり生活も変わりました。(笑)
 
そして、今また変化の予感がしています。
 
最近になりキヨタカさんの著書やフーマンの事をシェアする機会が増えて来ています。
 
プレゼンス、ビーイング、ハートの理解を今マインドでも理解しシェアする機会が与えられています。
 
そんなことが出来るなんて夢にも思っていませんでした。
 
私から何か感じると言われた時自然と光に寄ってくるとはこういうことなのかな?と思いました。
 
私がキヨタカの著書に惹かれリトリートに参加したように。
 
ハートをシェア出来ることが私の喜びになっています。
 
ありがとうございます(*^^*)
 
感謝のメッセージを届けます♪
 
* * ** * * * * * 
 
思いがけないお便り、ありがとうございます。

「今また変化の予感…」とは、素晴らしいですね。

ハートは分かち合う事で、どんどん豊かになっていきます。

 H.Nさんの、これからのご活躍を心よりお祈り致します。

精神的自由

2014年8月6日(水) by キヨタカ

STAP細胞をめぐる騒動で話題の笹井氏が自殺、というニュースはなんとも痛ましく残念だった。

「心身ともに疲労」との事だが、STAP細胞騒動を巡るマスコミをはじめとした世間のバッシングには目を覆いたくなるものがある。

想像を超えるストレスが、かかってしまったのだろう。

 

論文不正問題とは言っても、悪意のある犯罪を犯した訳ではない。

「あれは早とちりでした。ごめんなさい(ρ_;) 」

と言う事で、許してあげるような…

「そうですか、それではどうぞ研究を続けて、素晴らしい発見をして下さい(o^-^o)」

と、サポートしてあげられるような…

もっと気持ちのおおらかな、ゆとりのある社会はあり得ないのだろうか。

…とはいっても、例えどうしようもなく不幸な社会で暮らしていても、個人が幸せで在る事は充分に可能だ。

社会の動向に左右されない、精神的自由を獲得した個人の出現が望まれる。

幸せはあらゆる所に…

2014年8月5日(火) by キヨタカ

「幸せになろう」とするよりも、「幸せである」方がいい。
 
なろうとすると、緊張する。
 
ただあれば、くつろげる。
 
くつろいでいると、幸せはあらゆる所にある事を知る。

脱皮直後

2014年8月4日(月) by キヨタカ

 富士見荘(自宅)前の庭で、脱皮直後のセミを発見。
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まだ羽が濡れていて、じっと動かない。
 
全体がソフトで柔らかく繊細で…
 
まばゆいばかりに、神々しく光り輝いている。
 
 
しかしセミはまだ飛べないから、自分はまだ幼虫だと思い込んでいるようだ。
 
やがて、大空へ向かって飛び立つ時が来る。
 
そうすれば、過去の抜け殻なんかすっかり忘れてしまうだろう。

マストは折れても…

2014年8月3日(日) by キヨタカ

毎日が、インド並に暑い(@Д@;
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炎天下でセールをセットアップ中、マストが折れた。
 
居合わせたSさんが目撃、facebookに私のコメント付きでアップしてくれた。
 
『マストは折れても、心は 折れず\(;゚∇゚)/』
 
 
…でも本当は、思考も感情もズタズタに・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
 
本当に折れなかったのは、その背後にある不動の I AM.
 
意識のダイヤモンドだね。
 

ツイッター風

2014年8月2日(土) by キヨタカ

閑さや
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             蝉の声
 
沈黙は、言葉では語れない。
 
冗長になればなるほど、沈黙から遠ざかる。
 
だから、俳句なのだろう。
 
俳句は、元祖ツイッターだ。
 
そうだthunder
 
これからは、ツイッター風の日誌にしよう。

フィールド・オブ・ドリームズ

2014年8月1日(金) by キヨタカ(* ̄0 ̄)ノ 映画:「フィールド・オブ・ドリームズ」を遂に見た。

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私の友人一押しの映画だったのだが、ずっと先送りにしていて20年後遂に…。
 
不可能な夢に夢中になれる男性で、野球とファンタジーが好きな人には相当ウケる映画だと思う。
 
それとイケメン好きな女性も…
 (主演のケビン・コスナーが超イケメンで、とても貧乏農夫には思えない(ノ_-。))
 
私は不可能な夢にチャレンジする精神が大好きな男だが、残念ながら野球とファンタジーは苦手な方なので、映画のコメントは控えさせて頂きます。
 
その替わり…この映画で涙を流した人のブログを見つけたので、映画に興味のある方はこちらをどうぞ。
 
 
でも、この種の映画で涙する事が出来る人って、本当に素晴らしい。
 
私の友人は、この映画が大好き。
 
見るたびに涙、涙…゚゚(´O`)°゚
 
「田舎のトウモロコシ畑に野球場を創る」という、謎のメッセージに突き動かされていく内容なのだが…
 
採算性を度外視して行動を起こし続ける姿が、「男のロマン」を刺激するのだろう。
 
このような夢を追いかけるチャレンジャー精神により人類は進歩し、不可能が可能になった。
 
人間は空を飛べない。
 
常識だ。
 
しかし、「空を飛びたい!という不可能に思える夢が常識を破って、飛行機を生み、ロケット生み、月にまで人は飛んで行った。
 
今や火星にまで飛んで行こうとしている。
 
道の導く先を 目指してはならない
 
  未踏の地へと進み 道を残すのだ
 
アメリカ西部開拓時代の思想家、エマーソンの言葉だ。
 
物質文明の進歩に関しては、西洋人の果たした役割は実に偉大だ。
 
 
一方東洋思想では、無為自然、諸行無常、あるがままに…
 
夏暑ければ、扇風機やクーラーを発明するのは西洋流。
 
暑ければ暑さになりきれ!
 
心頭滅却すれば、火もまた涼し!!!
 
これが東洋流だ。
 
釈迦は、「無常」論の代表者だが、「常住」論を批判して…
 
それは『兎の角』という言葉があっても、実際に兎に角がないように、決してあるものではない。Tonikaku
 
と批判している。[楞伽(りょうが)経]
 
ところが西洋流の遺伝子工学で…
 
今や[兎に角]を生やせる時代に突入だ!
 
 
瞑想とは、もちろん東洋人のお家芸。
 
しかし、私の夢は東洋と西洋を統合させる事にある。
 
瞑想により意識の覚醒が起こった人々が集い、この世界に地上天国を創る。
 
意識の覚醒は東洋流でもなんとかやっていけるだろうが…
 
覚醒した人々が協力して新しい世界を創るには西洋流のチャレンジ精神が絶対に必要だ。
 
その為にはまず最初に、意識の覚醒を求める人々が集う場所が必要となる。
 
 
潜在的な仏陀が集う場所、それを仏陀フィールドと言う。
 
そうした仏陀フィールドは、過去にたくさんあった。
 
しかしそこは、「悟った人が悟らない人々を導く場」であって、覚者を頂点としたピラミッド構造に必然的になってしまう。
 
そうしたフィールドは、私にとってはもう過去の遺物に過ぎない。
 
過去に辿った道の導く先を、を目指してはならない!
 
今まで誰もやった事のない、未踏の地へ進みたいものだ。
 
願わくば、そうしたフィールドを創りたい。
 
『それを創れば、彼がやってくる』
 
この映画のキーワードだが…
 
新しい仏陀フィールドを創れば、新しい仏陀がたくさん集うだろう。 
 
来れ、集へ、新時代の仏陀たちよ!
 
だから、これが私のフィールド・オブ・ドリームズ(* ̄0 ̄)ノ

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