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ユリの花

2014年8月26日(火) by キヨタカ

今年も、施設の庭にはユリの花が一面に咲いた。Img_0816

キリストをして、

ソロモンの栄華も ユリに如(し)かず

とまで言わしめ、キリスト教では純潔の象徴として特別な存在だ。

 

そんな気高く清楚で無垢な美しい花を、根こそぎ無慈悲に薙ぎ倒すヤツがいる。

8842322 イノシシだ!

実はイノシシは、ユリの球根が大好物。

毎年お盆過ぎになると、せっかく咲いた可憐なユリの花が無惨に荒らされる。

ユリだけではなく、土中の幼虫を探してそこいら中の土をほじくり返す。

Img_0821 斜面なども掘り起こすので、土砂災害が起こる可能性だってある。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

「捕まえて、イノシシ鍋にしてやるヽ( )`ε´( )ノ」

とすら思う。

 

気候変動のせいか、最近の伊豆半島はイノシシとシカの被害が多い。

農家の人にとっては死活問題だ。

伊豆市では、イズシカ問屋 なるものを実際に立ち上げて、捕獲した害獣を販売するシステムを作ったそうだ。

しかし、自称ベジタリアンの私(…例外も多いが(ρ_;))がイノシシを捕獲して食うわけにもいくまい。

 

そもそも生きとし生けるものには、すべからく「生存権」がある。

生存権を巡ってイノシシと争ったら、人間の方が分が悪い。

なにしろこの場所(修善寺ニュータウン)は、最近人間が住むようになった場所だ。

人間の方が、イノシシの生存権を勝手に脅かしているのだ。

だからお互いの生存権に対する妥協案として、イノシシとの棲み分けを画策中。

専門業者を呼び、イノシシ対策の防護柵を作ろうと思っている。

 

それにしても、見事に咲いているユリの花の無防備さには頭が下がる。

明日はイノシシの餌食になるかも知れないのに、明日の事など全く気にする様子はない。

今日一日を完全に信頼して、シンプルにひたすらに生きている。

ただ在る事の極みだ。

ただ在る事の喜びを満喫していれば、それを守ろうとする動きが起こり、防護柵が出来たりする。

わざわざ専門業者を呼ぼうと思い立ったのも、ユリの花の信頼が起こした奇跡なのかも知れない。

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コメント

 前略、、、、。

 ち~ちゃんも知恵を貸してくれたであろう、、、、((^^))

 散歩中気づくと、ユリだらけ、、、、宗教的、スピリチャル的意味合い?!がある様な文章が頭に残っていたからか、最近気になりだしていた!

 、、、、見ているのに、みていない”アイズ ワイド シャット”しかし、だまし絵の様に一度認識すると過去には戻れない!(忘れる事は出来るか~う~ん+。+)

 ”自己の忘却、自我の終焉”う~~~~~~~~~~~~~~~~~ん(*~*)

 『ぼたん鍋食べたい』、、、、支離滅裂にもかかわらず【在るねっ!】

     yasuより
     
  p・s、、、”ヴァサナの許容”、再考して トライしてみます!  thank you sir^^

                                                  草々                                            

 

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