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一寸先は光

2014年10月3日(金) by キヨタカ

御岳山噴火に限らず、ニュースといえば大部分が悲劇的なものばかり。

暗い事件や事故は格好のニュースネタとなるが、明るい話題はなかなかニュースになりにくい。

だから『一寸先は闇』という諺だけが事実と思い込み、未来を恐れるようになる。

 

しかし、逆もまた真なり。

今までどんなに深い闇に閉ざれ続けていようとも…

『一寸先は光』だ。

 

そもそも、本当の私とは光そのものだ。

しかし始めから光一元の世界にいると、自分が光である事を忘れてしまう。

それはちょうど、始めから点灯している部屋の明かりのようなもの。

部屋に明かりがついていても、昼間は誰も気づかない。

夜になって始めて、明かりに気づく。

光を光として認識するには、暗闇というコントラストが必要なのだ。

 

元の姿は光なのだから、ほんのささいな事がきっかけで、それを思い起こす事が可能だ。

ロンドンのストリートミュージシャン、ジェームズさんの場合、そのきっかけは猫だったと言う。

ホームレスだった彼は、薬物中毒になってしまった。

暗闇のどん底で喘いでい時に、怪我をした猫(ボブ)を拾う。

ボブの治療で手持ちの金を使い果たしてしまい、猫を飼う余裕はない。

しかし怪我から回復したボブはジェームズさんのそばを離れず、路上で歌うそばにはいつもボブの姿が…

やがて街の人気者になり、路上での売り上げも増え、遂には本も出し…

今は光に向かって、新しい人生を歩み始めていると言う。

 

例え今は不幸のどん底で喘いでいても、諦めるのはまだ早い!

『一寸先は光』なのだから( ̄ー+ ̄)

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コメント

 拝啓、、、、、。

                    『猫の思い出』
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 「ニャンブ~が死んだ、交通事故だった」今から23~4年も前になる、、、、。

 、、、、、新潟の古くからの友人の実家に、夏よく、帰郷のお供をしたもんだ。

 友人と縁があった野良猫”ニャンブ~”(と呼んでいたが名前はない、文学的だ)は東京、桜上水育ちで、友人が生まれ故郷に戻る時に一緒に連れ添った。

  
 私が多分最後の友人の実家で過ごした夏(もちろん”ニャンブ~”はいない)、、、、、。

私が東京に戻る帰り際、家を出ようと縁側から庭の小道を通り抜けると表玄関の”ニャンブ~”専用出入口の小さなドアから光が通り抜けるのを見た、細く長く駆け抜けるように(友人も目撃したと思う)。


 もちろん幻想であろう、&真実は幻想を通して何を伝えようとしたのだろうか、、、、。

 私はよく”ニャンブ~~”を猫っ可愛がりしたが(犬の様に可愛がったのかも)、良く逃げられたモノだ^^;

            《どうだ、ここまで追ってこれるかニャ~》

            ≪調子に乗ってるとまた捕まえるぞ!≫と私。

                                                おしまい
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
       Yより
                                                  敬白

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