« 覚悟する | トップページ | 著書の方に教わって〜Sさんの感想 »

魚屋さんで・・・

45020110204212014114816 2014年12月16日(火) by キヨタカ

 魚屋さんで、野菜は売っていない。
 
「なんでキャベツは売ってないんだ・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。」
 
と、ガッカリする人は多分いない。
 
 
リーラスペースで扱っているのは、『瞑想』であり『本当の自分』へ目覚めることだ。
 
もし目覚めへの『障害』があれば、それに対して『責任』を持つ必要がある。
 
つまり、その事実から目をそらさずにしっかりと直面する事が、瞑想の土台を作る。
 
土台をないがしろにして高みに登ろうとしても、その人の瞑想の境地は幻想に終わってしまう。
 
 
ごく稀に、リーラスペースに野菜を買いにくる人がいる。
 
フーマンの言う言葉を誤解して、そうした土台を作らなくても、『恩寵やガイダンス』が自動的に真実へ導いてくれると勝手に思い込んでしまうのだ。
 
しかしそれをリーラスペースに求められても困る。
 
フーマンの恩寵による導きは、それまで私が心血を注いで土台を作った(「覚者を求めて」参照)からこそ、とも言える。
 
がっかりしても、それはあなたの責任。
 
恩寵を受け取る前提としての、しっかりとした土台を創る事に専念するか・・・
 
それが嫌なら、どうか他の八百屋さんを当たって欲しい。
 
 
確かに霊的力を使って、その人の問題を一方的に取り除くという事も可能だ。
 
一時期、そうした方面にお金と時間を費やして研究した事もある。
 
しかし例えそうした力を使ってその人の苦しみを取り除いても、問題が先送りになるだけで、決して本人は成長しない。
 
また同じ問題を作り出し、それを取り除いてもらうために、その霊能者に頼ってしまう。
 
そうした霊能者は評判となり、「門前列をなす」程に繁盛するだろう。
 
 
しかし霊的力をむやみに使うと、そのサイキックな反動も半端ではない。
 
病氣治しで有名な霊能者なのに、本人が病気になったり早死にしてしまうケースが驚く程多いのは、それなりの理由がある。
 
魚屋が八百屋の商売に口出しするつもりは毛頭ないが・・・
 
「カルマとは、魂がそれを乗り越えて磨かれ成長するために存在しているのだから、カルマに勝手に介入してはならない」
 
という大原則を、肝に銘じておく必要がある。

« 覚悟する | トップページ | 著書の方に教わって〜Sさんの感想 »

感想」カテゴリの記事

コメント

 拝啓、、、、^^。

       一歌

          ”変革は

               己を問うて

                      悟りを追わず

                               大疑団から

                                       大見性へ”

                Yょㇼ

                                                  敬白 

Yさん

いつも、投稿をありがとう。
最近、歌も冴えてきてますね!
素晴らしいです。

前略、、、②

 元ネタとガイダンスが良いからでしょう^。^(今回は「恩寵、、、①」と「アジズとの、、」
からパクってます^^;)

                Yょㇼ  ‐ thank you sir ! ‐

                                                  草々

                                                

いつも楽しく拝見しております。
私は魚屋でも八百屋でもありませんが、角屋です。
角屋では、「何も」売っておりませんfish

角屋さん

投稿ありがとうございます❤️

売るものも無く売る人も無い。

それが最高でしょうね。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 覚悟する | トップページ | 著書の方に教わって〜Sさんの感想 »

メインホームページ

リンク

無料ブログはココログ