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2014年12月

障子貼り

2014年12月31日(水) by キヨタカ

 数日前より実家、現在は大掃除で悪戦苦闘中。

風呂や窓の掃除の後で・・・

障子の破れが目立ち始めたので、破れた箇所のみ切り貼りをしていたが・・・

43a3b1d00dff5459ac4bf6fc3721bd4a 次貼りだらけで、美しくない。

そこで、全部を張り替える事にした。

 

最初は自分一人だけでやるつもりだけだったが、母やヨガビも巻き込んで、一大イベントになってしまった。

 

日本画なんかでは風流に描かれる日本伝統の障子貼り。

しかし、我が家の障子は旧式で桟(さん)の数も多くて実に面倒。

 でも、貼り終わった後はスッキリとして、実に爽快。

 

ちょうど瞑想で、まっさらな無の境地に遊んでいる感じ。

これで、気分良く新年を迎えられる。 

皆様、良いお年をお迎え下さい!

 

ルーシー

2014年12月26日(金) by キヨタカ

 いつも恩寵を感じながら生活していると、毎日がクリスマスの気分♪
 
だから誰もクリスマスのプレゼントをしてくれなくても、平気だけど・・・(;ω;)
 
昨日は自分へのプレゼントとして、自宅で映画を鑑賞。Poster2
 
 
タイトルはルーシー。
 
通常10パーセント程度しか機能しない脳が、100パーセントへ向かって覚醒していくヒロインのアクションストーリーだ。
 
ヒロインを見守る脳科学者の理論と上手く対比させ、スピーディーで分かりやすい。
 
10→20→30→・・・と脳機能が覚醒するに従って、ヒロインの能力が拡大。
 
50パーセントを超えた辺りから、電波や重力を操ったり等々”荒唐無稽”の超能力が目覚め始める。
 
 
『常識』に縛られていると、ちょっと引いてしまう人も多いはず(@Д@;
 
しかし、リュック・ベンソン監督らしい大胆さで、自由奔放に100パーセント覚醒へ向かってことごとく『常識』を破壊してくストーリーは、見ていて気持ちが良い。
 
映画を観終わったら、なんだか自分の脳も相当覚醒した感じになった。
 
 
一見すると単なるスーパーアクション映画に見えるが、実は”人類進化の方向性”を示唆する深いメッセージが汲み取れる。

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そもそもヒーローの名前ルーシーとは、1970年代にエチオピアで発見された化石人類(アウストラロピテクス・アファレンシス)のニックネームに由来している。
 
当時2本足で歩く猿に過ぎなかった人類は、46億年の地球の歴史からしたらほんの僅か(400万年)の間に、奇跡的な進化を遂げた。
 
その進化の速度は指数関数的で、今や人類は『進化の革命』の真っ只中にいる。
 
私たち現代人は、次のステップへと早急に進化を遂げなければならない。
 
 
次のステップとは何だろう?
 
それは、マインドを超えるという事であり、ノーマインドへの進化である事は言うまでもない。
 
自分の思考や感情に振り回される事で悩み苦しんでいる人は幸いだ。
 
人類の次のステップへの進化が促されるからだ。
 
思考や感情から自由になり、存在の意思と叡智と一体化し調和を保って生きる。
 
それこそが、私たち一人一人に課された最大のミッションなのだ。
 

メリークリスマス〜 Aさんの感想

2014年12月25日(木) by キヨタカ

 メーリー・クリスマス!Honthorst
 
一昨日から、信じられないくらい高波動のエネルギーをハートに感じている。
 
「いったい、何なんだろう?」
 
もしかしてクリスマスのせい・・・?
 
 
世界中の人々がお祝いしてるんだから、集合的レベルでエネルギーが高波動に引き上げられるのかも・・・
 
と不思議に思ったが、Aさんからメールを頂き納得。
 
実は昨日の朝、Aさんとスカイプセッションを行ったのだが、お互いにとて素晴らしい瞑想の共鳴が起こった。
 
 
その時の感動は、言葉での表現を超えている。
 
そこでAさんは、詩として表現してくれた。
 
一般の人が読んでも、おそらく意味不明かもしれない。
 
しかし 、当事者の 私にはよく伝わる。
 
せっかくなので、記念に転載させて頂きます。
 

* * 宇宙の中心が内側にあった * *
 
この眼の前に、お顔が在るはずなのに、お顔と頭と空中に輪郭はなくなんという透明

今までこんな透明に出逢ったこたとがあったでしょうか

それは湧き出でる泉?

黄泉のひかり?

名詞では表せない何も無い

kuu?

その微笑みの笑みの光のしずくが気泡のように拡がった  するとハーモニー

その慈しみ深い光がいつしか内側に染み入り 奥深い奥底で沈む陽の日暮れの闇に寛がって

なんという寛ぎ やわらかいハーモニー

愛  そう愛


  キヨタカさま

今朝は本当にありがとうございました

なんといっていいかわからないので出てきた詩にしました
 
ありがとうございました
 
by A

御前崎デビュー

2014年12月23日(火) by キヨタカ

「悔いのない人生を送りたい!」
 
還暦を迎えて、いつお迎えが来てもそれほど不思議ではない年齢になると、なおさらそう思う。
 
だから、人生で本当にやりたい事は後回しにせず、即チャレンジする事にしている。
 
 
もっとも、実際にはそれほど「本当にやりたい事」があるわけではない。
 
「この日本に、地上天国の雛形を作りたい」というのが、唯一のやりたい事だ。
 
だがそれは壮大な夢過ぎるので、とりあえず脇に置くことにして・・・
 
「御前崎でウィンドサーフィンをしたい!」というのが、ここ数年来のささやかな夢の一つ。
 
 
御前崎は、抜群の波と風に恵まれて、ウィンドサーファーにとっては有名な『聖地』だ。

しかし、初心者には非常にハードルが高い。

実は、今年の3月に一度チャレンジしたのだが、見学するだけになってしまった。

今日は、ウィンドの先輩に誘われて9ヶ月ぶりに再チャレンジ!

めでたく、念願の御前崎デビュー(セールサイズ4.1、ボード71L)を果たした。

 

強烈な潮の流れと強風と大波で、最初は出廷すら出来ない・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

「真冬の海で寒さに震えてバカみたい」

「 時間の浪費だ! もう二度と来るもんか\(*`∧´)/」と正直思った。

 

何度も諦めようと思ったが、諦めの悪さが功を奏したようで・・・

最後の方でなんとなくコツがわかり、何度か沖に出る事が出来た。

波のブレイクしない沖に出ると、後はスイスイ走れる。

親の仇のように憎らしい風と波とが、いつの間にか頼もしい味方となり自分と一つとなった。

 

それは非常にダイナミックで壮大な瞑想体験そのものだ。

大海原を疾走しながら、プレゼンスの修行に専念していた頃を懐かしく思い起こした。

 

プレゼンスとかけて ウィンドサーフィンと解く。

そのココロは・・・857202i

最初はコケまくるが、やがて・・・

マインドの大海原をスイスイと乗りこなすようになるでしょう(*゚▽゚)ノ

朔旦冬至

2014年12月22日(月) by キヨタカ

今日は、 『朔旦冬至』。
 
「さくたんとうじ」と読み、19年に一度だけ冬至と新月が重なる珍しい日だ。
 
太陽と月が同時に復活する日として、古来よりたいへん目出度い日とされている。
 
 
コップに半分お酒が入っているのを見て・・・
 
『まだ半分ある(*^-^)」と喜ぶ人と、
 
『あと半分しかない(ノ_-。)」、と落ち込む人とでは、
 
人生に大きな違いが生じる。
 
 
人生が行き詰まっている人は、無理にそこから抜け出そうと頑張らず、真っ暗闇のドン底まで落ち込んで見ると良い。
 
思い切って、コップの残りを全部ぶちまけてしまうのだ!
 
本当にどん底にまで落ちると、あとは浮上するしかない。
 
 

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今日があなたの人生にとって、『朔旦冬至』なのかも知れない。
 
人生どん底の日とはすなわち、復活の日でもあるのだ。

トランセンデンス

2014年12月21日(日) by キヨタカ

 映画:『トランセンデンス』を、DVDで鑑賞。Poster2
 
巷の映画批評等では、かなりボロクソに評価されていたので、全く期待しなかったけど、とても面白かった。
 
『AI(人工知能)vs人間』という、今やSFの古典的定番となっているストーリー。
 
コンピューターにインストールされ人工知能と化した科学者を、ジョニー・ディップがスマートに演じている。
 
 
もちろん突っ込める所も、多々あるが・・・
 
しかし例えば歌舞伎を鑑賞して、「あの立回りはリアリティに欠ける」などと批判する人はいない。
 
「映画とはファンタジーである」という基本に立ち返ると、何倍にも映画を楽しめる。
 
そうすれば映画のメッセージをストレートに受け止められる事に、遅ればせながら最近気づいた。
 
 
非常に面白いのは、この映画のコンセプトが、『シンギュラリティ』をベースにしている点だ。
 
『シンギュラリティ(技術的特異点)』とは、未来学者のレイ・カーツワイル博士等により主張されている概念。
 
遅くとも2045年までには、コンピューターは人類の英知を凌駕するポイントが来る。
 
だから 人類の未来予想は、その先は不可能になると言う。
 
しかも博士は、現在Googleに採用されている。
 
『シンギュラリティ』は、GoogleをはじめとするITの最先端企業においては、常識となりつつあるリアリティなのだ。
 
 
当然、そうした科学技術の進化に恐怖を感じる人々もいる。
 
この映画では、人工知能の進化暴走(?)を食い止めようと、人類側が戦いを挑み人口知能を破壊してしまう。
 
・・・で、その結果はどうかというと、以前よりも不便な停滞社会が描かれている。
 
 
進化に対して、その反動はつきもの。
 
19世紀初めイギリスで、産業革命に反対する機会破壊運動(ライダット運動)が起こった。
 
しかし、どんなに機械を破壊しようとしても、進歩は止まらなかった事は歴史が証明している。
 
 
拡大再生産の資本主義社会への反省から、循環型社会だった江戸時代が理想だという学者もいる。
 
中にはもっと遡って縄文時代こそが理想的平等社会だと主張する人々もいる。
 
しかし宇宙は全て進化生成発展していくのが真実であり、江戸時代や縄文時代へ戻ろうとするのは不自然だ。
 
 
だから、我々はこうした技術的進化を全面的に肯定せざるを得ない。
 
そのためには、こうした技術的進歩を大胆に受け止められるように、我々人類の方も進化して行く必要がある。
 
 
動物と人間の最大の違いは、マインドの進化にある。
 
マインドの進化が、動物を人間へと導いた。
 
今度は、人間から新しい人間へ進化する必要がある。
 
 
このブログを読まれている方は、もう既に知っているだろう。
 
マインドからノーマインドへの進化こそが、新しい人間の誕生なのだ。
 
肉体や思考・感情から自由になること、それこそが本当の・・・
 
トランセンデンス(超越)!(* ̄0 ̄)ノ
 
右下のlanguagesでJapaneseを選択すると日本語が出ます。

暴風の効用

2014年12月19日(金) by キヨタカ

諸行無常・・・

この現象世界は、全て来ては去っていく、夢のように儚い世界だ。

思考も感情も、肉体だって・・・やがて消えていく。

 

しかしこの世でたったひとつだけ、来ては去っていかないものがある。

それが「私がある/I AM」という意識だ。

 

その『中心軸』が目覚めると、それはちょうど台風の目のようになる。

周辺の世界がどんなに激しく動こうとも、ブレずに静止している事が可能だ。

 

この『中心軸』の感覚は、実は武道家や一流スポーツ選手の間では、以前から知られている。

「弾丸を避ける事が出来た」合気道の植芝翁とか、「ボールが止まって見えた」野球の川上選手等々、そのエピソードは枚挙に暇ががない。

 

この『中心軸』が定まれば、世間の波風を楽々と乗りこなす事が出来るだけではない。

ウィンドサーフィンにも応用可能で、どんな波風でも、楽々と乗りこなせる!

・・・筈だ。Images1

 

なかなかそうしたコンディションは来ないが、一昨日は待ちに待った最高の風!

最大瞬間風速40メートルの暴風の中、長年の修行の成果を存分に発揮!!

『中心軸』をキープしつつ華麗な技を展開・・・する筈だった。

 

が、しかし現実は厳しい。

暴風に飛ばされないように、道具を海岸までなんとか運ぶまでが一苦労。

強風と大波に煽られて、巨大な洗濯機の中に放り込まれた感じで体力を消耗。

結局一度も乗れないまま、早々に退散した(ρ_;)

 

しかし、世の中は広い。

Red Bull Storm Chaseというウィンドサーフィン大会がある。

風速36メートル/秒を超える暴風を条件に開催されるのだが、めったにそうした風は吹かないので、世界中がその開催候補地となっている。
 
 (実際にはアイルランド→タスマニア→イギリスの暴風時に開催)
 
この映像を見ると、先日の風なんか、そよ風みたいだ。

今回の暴風ではなす術もなく早々に退散したが、今回トライしたおかげで、普通の強風なら楽々と乗りこなせる自信がついた。

 

「若いうちは、苦労は買ってでもせよ!」

という、非常にジジくさい格言があるけれども・・・

世間のしんどい波風や暴風に敢えてチャレンジすることで、普通の波風なら楽々と乗りこなせるようになる。

「暴風の効用」を説いているのだと思うと、こうした格言も貴重なアドヴァイスだ。

著書の方に教わって〜Sさんの感想

2014年12月17日(水) by キヨタカ

 『悟りとか真我』とか言われると、何か深遠彼方のように感じて、とても今の自分には手が届かないように思いがち。
 
しかし、実は日常生活で当たり前に使っている『気づき』そのものが「コレ」への入り口となる。
 
 
ところが、それはあまりにも近すぎる。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
 
いくら本を読み思案を巡らせても、なかなかそれと認識しずらい。
 
それは ちょうどメガネをかけている人が、それに気づかずに、家中を探し回っているようなもの。98aace3400ba21b80da59da79037e6c4_1
 
メガネだったら、同居人が、「ほらココにあるよ!」と指摘してあげれば済む話だ。
 
しかし本の場合、その著者がダイレクトに指摘してくれるわけにもいくまい。
 
 
・・・という悩みも、今は昔。
 
今では、「スカイプ」という便利なツールが登場して、著者だってメガネ並みに簡単に指摘する事が可能な時代となったヽ(´▽`)/
 
ただしメガネと違い、あの手この手を使って「コレ」を指摘しても、本人の準備ができていないと徒労に終わってしまう。
 
 
昨日スカイプセッションを受けたSさんは、準備が充分に整っていた方だった。
 
わずか45分間だったが、真綿が水を吸収する様に、私の話を理解して頂けた。
 
世の中に喜びはたくさんあるけれども、真実を発見する喜びはその最たるものだろう。
 
そして、そうした喜びのお手伝いをする事が、私にとって無上の喜びとなっている。
 

* * Sさんの感想 * *
 
Sです、本日はセッションありがとうございました。

今まで悟りの本を読んで「コレ」とか「ソレ」とか言われていた「気づき」が
実感としてよくわかりました!

本で読むだけだと「気づきって、これかなぁ」と想像するだけで
確信が持てませんでしたが
実際に著者の方に教わって「なるほど」と腑に落ちました。

「気づき」とは、厳しい修行が必要な訳ではなく
とても当たり前に在るものなんですね。

恐怖がある事も、そのお蔭で、こうして「悟り」の道に入る事が出来たし、
感じたくないものが出て来るという事は、
相当な「お掃除」になっているという事だとわかったので
これからも毎日瞑想して「お掃除」してブッダに近づいて行きたいと思います。

セッションを受けて本当に良かったです。
 
色んな事が「そういう事か」と腑に落ちましたし
「恐怖は、あっても大丈夫」と思えたので、凄く「軽く」なりました。

ちなみに私はフーマンさんの本は
「恩寵の扉が開くまで2」しか読んでなかったので
「1」も買って、通して読む事にしました(^^)

暫く瞑想を続けて、そのうちまたセッションが受けたくなったら
お願いするかもしれません(^^;
 
その時には宜しくお願い致します。

本日はありがとうございました(^^)

魚屋さんで・・・

45020110204212014114816 2014年12月16日(火) by キヨタカ

 魚屋さんで、野菜は売っていない。
 
「なんでキャベツは売ってないんだ・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。」
 
と、ガッカリする人は多分いない。
 
 
リーラスペースで扱っているのは、『瞑想』であり『本当の自分』へ目覚めることだ。
 
もし目覚めへの『障害』があれば、それに対して『責任』を持つ必要がある。
 
つまり、その事実から目をそらさずにしっかりと直面する事が、瞑想の土台を作る。
 
土台をないがしろにして高みに登ろうとしても、その人の瞑想の境地は幻想に終わってしまう。
 
 
ごく稀に、リーラスペースに野菜を買いにくる人がいる。
 
フーマンの言う言葉を誤解して、そうした土台を作らなくても、『恩寵やガイダンス』が自動的に真実へ導いてくれると勝手に思い込んでしまうのだ。
 
しかしそれをリーラスペースに求められても困る。
 
フーマンの恩寵による導きは、それまで私が心血を注いで土台を作った(「覚者を求めて」参照)からこそ、とも言える。
 
がっかりしても、それはあなたの責任。
 
恩寵を受け取る前提としての、しっかりとした土台を創る事に専念するか・・・
 
それが嫌なら、どうか他の八百屋さんを当たって欲しい。
 
 
確かに霊的力を使って、その人の問題を一方的に取り除くという事も可能だ。
 
一時期、そうした方面にお金と時間を費やして研究した事もある。
 
しかし例えそうした力を使ってその人の苦しみを取り除いても、問題が先送りになるだけで、決して本人は成長しない。
 
また同じ問題を作り出し、それを取り除いてもらうために、その霊能者に頼ってしまう。
 
そうした霊能者は評判となり、「門前列をなす」程に繁盛するだろう。
 
 
しかし霊的力をむやみに使うと、そのサイキックな反動も半端ではない。
 
病氣治しで有名な霊能者なのに、本人が病気になったり早死にしてしまうケースが驚く程多いのは、それなりの理由がある。
 
魚屋が八百屋の商売に口出しするつもりは毛頭ないが・・・
 
「カルマとは、魂がそれを乗り越えて磨かれ成長するために存在しているのだから、カルマに勝手に介入してはならない」
 
という大原則を、肝に銘じておく必要がある。

覚悟する

2014年12月14日(日) by キヨタカ

 価値観の多様化した複雑な現代社会で、幸せな人生を送るのは難しい!
 
・・・と、普通は思う。
 
でも実際は非常にシンプル。
 
「他人の人生を生きるか」それとも「自分の人生を生きるか」、たったそれだけの違いだ。
 
 
魂の声に従い自分の人生を歩み始めると、思いがけない方面から様々なサポートがやってくる。
 
「魂の声に従って生きようとするのですが、様々な妨害があって存在からのサポートが得られません」
と嘆く人々が世の中には大勢いる。
 
 
かくいう私も・・・
 
「存在からのサポートがない・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。」
 
と言うのが口癖だった。
 
しかし、一旦覚悟を決めると、「あれよあれよ」と言う間もなく、物事がどんどんと魂の望む方向へ進み始める。
 
 
人生最大の大きな覚悟は、28歳で会社を辞めた時だった。
 
その後、失敗や挫折や困難に何度も会ったけれども、新たに覚悟を決める度に、それに呼応して状況が魂の望む方向へ展開するのだ。
 
非常に興味深い事は、一見すると不幸に思える状況が起こったまさにその時に、恩寵が燦々と降り注ぎ、正しい方向へ導かれると言う事だ。
 
これはもう、「恩寵の法則」と言っても良い。
 
眠りこけた魂を目覚めさせるには、有無を言わせぬ一撃が必要だ。
 
優しく囁いても、深く眠っていると気づけない。
 
布団を引っぺがしたり冷水を浴びせる方が効果的なのと同じ理屈だ。
 
 
先日Rさんからチャンネリングセッションを受けたが、その時のさりげない会話がとても印象深かった。
 
岩手県に住んでいた彼女は、それまでは普通の女の子だった。
 
ところが例の大震災を体験し、「自分の人生を生きる覚悟」が決まったと言う。
 
まだ20代と若いし、チャンネリングも始めたばかりだ。
 
しかし、覚悟を決めた人が持つ「ブレのない魂」独特のオーラを放っていた。
 
やがて本物のチャンネラーとして、沢山の人々の魂に光を灯す役割を果たすだろう。
 
RさんのSNSに、「山登り」という記事があったので、転載します。
 
* * 山登り * *
 
女の子は山を登っています。

周りを見渡すとそれはそれは
たくさんの人が山を登っています。

どの人も苦しそうに。

どの人も辛そうに。


どの人も先に登った人から
山登りは苦しいものだと
伝えられ信じこんでいます。


女の子は休憩するたびに疑問でした。


どうして苦しいのだろう?


身体は骨の歪みを治せばいいのに
心は根本から解決できないのか?


周りの人に聞いても
何を言っているんだ。

苦しむことが当たり前なんだ。

言われて何の疑問も無くまた山を登ります。



すると大きな大きな地震が起きました。

女の子は ハッとしました。

何をしているんだ!

私は苦しむために生まれてきたんじゃない!

周りを見ても誰一人として
今に疑問を抱く人がいません。


私はみんながするからをやめる!

私は自分を信じないことをやめる!

私はあきらめることをやめる!

たくさん決めました。

勇気を出して。


すると今まで見なかった道しるべが現れました。

「わたし行き」

わたし行き?

今までみんなでどこに向かっていたのだろう?


女の子は勇気を出してみんなの列から離れました。



列から離れて歩き出すと

たくさんの攻撃を受けました。




くじけそうになると
同じように疑問を抱いた仲間が先に列から離れていました。

待っていたように
力を貸してくれました。

 
たくさんの仲間がいるのです。
 
心配はいりません。

安心して来てください。

仲間はそう言ってくれました。

ありがとうございます。


私はその道に進みたかったのです。

女の子は無事わたし行きの道へ進みます。

もう前の道には戻りません。


戻らないと決めると
過去、未来、問題、時間、様々なものが消え
今という空間に気付きました。


何だって!すべて幻想だったのか!

目の前がまばゆく光り

山の神が現れました。


困難も成功もあなたが作り出しています。
成功に目を向けそのプロセスを楽しんでください。

あなたはもう進むことができます。

女の子はわけがわからなくなりましたが、

自分の内なる声に耳を傾けました。


あぁずっと自分を無視してきた。

もう自分を偽らなくていいのだね。


わたしとして生きていいのだね。

なんてすばらしいんだ。


女の子の山登りは苦しさから

ワクワクする自分探しになりました。

どんなことが起きても

全てが学びであり、

私が経験したかったこと。

楽しくて幸せです。


たくさんの気付きを得ます。

もう楽しい山登りなのです。

ーおしまいー

※身体を治すには~、は私の個人的な意見です。

鳳 凰

2014年12月12日(金) by キヨタカ

ずっと若い時から、占星術や手相なんかで将来を占ってもらうと・・・
 
「とても運勢が良いので、人生で大成功間違いなし!」と言われ続けてきた。
 
その割にはお金には縁のない人生を歩んできたので、半信半疑だったのだが・・・
 
フーマンから過去生を見てもらったら:
 
「過去生の良いカルマで、やがて沢山のお金と力が戻ってくる」と言われ、俄然その気になった・・・のも、今は昔。
 
今年、とうとう『還暦』の大台を迎えてしまった。
 
〜にも関わらず、 予言が当たる気配は一向にない。
 
色男でもないのに、「金と力はなけにけり」という事か(ノ_-。)
 
 

Photo

ところで先日、某チャンネラーのセッションを受ける機会があった。
 
すると、チャンネリングが降りてきて:
 
『黄金の鳳凰があなたにはついています。
 
金銀財宝を掴み取る力を持つ、とても位の高い素晴らしい鳳凰です。
 
非常に高い意図とそれを動かす器がある人にしかつかない存在で、日本で5人くらいでしょう』
 
と、これまた俄かには信じられないお告げがあった。
 
しかし例えジョークでも、こう言われて悪い気はしない。
(←伊藤若冲「日出鳳凰図」ボストン美術館蔵)
 
 
 
『 鳳凰』といえば、10円玉に刻印された宇治平等院の鳳凰がすぐに頭に浮んで、
 
「十円玉に囲まれている」自分の姿が浮かんだ。Photo_2
 
嬉しくなって、
 
「十円玉に描かれている鳳凰がついてるんだって!
 
小金持ちになるかもよヽ(´▽`)/」
 
とヨガビに自慢した。
 
 
すると・・・
 
「鳳凰は一万円札にもあるから、よく見てネ ┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~」
 
との事。

Unknown

さっそく調べたら、確かに鳳凰を発見!
 
今まで、見過ごしていた\(;゚∇゚)/
 
同じ『鳳凰』でも・・・
 
「10円玉」と評価するのか、それとも「1万円札」と評価するか
とでは、雲泥の差がある。
 
やがて 「財布に小銭がジャラジャ」か、「万札が燦々と降り注ぐ」かの違いが生じるのだ!
 
 
瞑想会では、必ずプレゼンスをしつこい位に説明するけど・・・
 
プレゼンスをどう評価するかは、人によって大きく異なる。
 
相変わらず見過ごし続ける人や、見つけてもその価値を10円玉程度にしか評価しない人もいる。
 
しかし中には 、1万円どころか1億円位に高く評価する人もいる。
 
それを高く評価すればする程、熱心に瞑想に取り組むので・・・
 
やがて その人のプレゼンスは自ずと輝き出し、プレゼンス本来の能力を発揮し始める事は言うまでもない。
 
 
私なんかは、例え鳳凰がリーラスペースに飛んできて:
 
「100億円を贈呈しましょう!」
 
とか言われても・・・
 
「いえ、私にはプレゼンスがありますから、これでもう十分です( ̄ー ̄)ニヤリ」
 
と辞退しようと思っている。
 
だって例え100億円出しても天国には住めないけど、プレゼンスがあれば天国が手に入るのだから!
 
しかもまだそれは入り口に過ぎない、w(゚o゚)w
 
というのだから、瞑想は奥が深い。
 
鳳凰も 知らぬが仏の プレゼンス by キヨ

アジズとの対話を再読

2014年12月10日(水) by キヨタカ

 久しぶりに「アジズとの対話」を読み返した。Unknown

自分で言うのもなんだが、真摯に魂の覚醒を渇望している方に、とても役立つ本だと今さらながら思う。

 

時々、ブログや書評なんかで「アジズはクリシュナムルティの域には達してない」とか「究極に程遠い」等とこき下ろす人がいる。

私自身、フーマンのワークを受けるようになってからは、「フーマンの方が覚醒レベルが上」と吹聴していた時期もあり、大いに反省している。

 

アジズに会うまでは、「史上最高の覚者が私に本物の覚醒をもたらす」事を信じて疑わなかった。

だから、「マスターの覚醒のレベル」が非常に気になっていた。

「OSHOのレベルは? プンジャジは? ガンガジは?等々・・・」

この本の中で、恥ずかしいくらいしつこく、アジズに聞いている。

 

それに対すするアジズの回答は、ズバリ:

「このマスターは悟っている。あの人は悟っていない等々、これらは助けにならない。 あなたにとって助けになるのは、あなたが目覚めることだ。」

「今のあなたにとってもっとも重要なのは、その人がどのようにあなたの目覚めの助けになるか?という事だ。 つまり、彼らのステージがどの程度なのかはどうでも良いことなのだ。」

「世界最高の光明を得た!とあなたが信じるマスターの所へ行ってもダメだ。あなたがプレゼンスを目覚めさせない限り、何もあなたの助けにならない。」

 
 
今にして思うのだが、「あまりレベルの高い」マスターの教えというものは、逆に「足枷」となる場合が多々ある。
 
その典型がクリシュナムルティの教えだろう。
 
本当にレベルの高い人だけれど、残念ながらクリシュナムルティを通して覚醒した人には出会った事がない。
(知的議論に優れた人々は大勢いるけど・・・)
 
 
「あなたの目覚め」に一番役立つ人は、むしろ自分と意識レベルがそれほど離れていない人なのかもしれない。
 
かつてあなたと同じ問題で悩んでいて、そこから目覚める事が出来た人がいれば、その人が一番の助けになるだろう。
 
さらに一歩踏み込んで言うと:
 
もしあなたが目覚めれば、クリシュナムルティで救われない人も救われる可能性が大いに広がる。
 
だから、今あなたが問題を抱え込んでいるとしたら、それはとても貴重な体験となる。
 
「なんで私ばかりに、こんなに沢山の問題が降りかかるのshock
と嘆いている方もいるけれども・・・
 
それが後々、貴重な体験となり得るのだ。

無の世界

2014年12月9日(火) by キヨタカ
 
宇宙は始まりにおいて『真空』であり「無」である事は、科学的に真実である事が証明されつつある。(「日誌:真空エネルギー」参照)
 
宇宙の終わりはどうかというと、最新の研究によればビッグリップ(Big Rip)が起こるらしい。Img_0
 
宇宙は無限に膨張を始め、物質はどんどん希薄になり最後は原子も崩壊する。
(詳細は、下記の動画参照)
 
宇宙は、「無」へと帰するのだ。
 
つまりこの「大宇宙」は、何も無いところから始まり、何も無いところへと還って行く。
 
 
「そんな事、私と何の関係もない!」と思う人もいるだろうけど・・・
 
実は、大有り!
 
「小宇宙」である我々人間も全く同じ運命をたどる。
 
生まれる以前、あなたはいなかった。(無)
 
死ぬと、あなたはいなくなる。(無)
 
 
じゃ、「無」ってそもそも何?
 
「有るもの」は一応理屈で説明できるけど、「無いもの」は説明の仕様が無い。
 
宇宙の始まりから終わりまで、一切合切を含んでいるこの不可思議なもの。
 
人類の最後に残された、未知のフロンティア!
 
それが瞑想で開示されるとしたら・・・
 
( ^ω^)おっおっおっ
 

自分自身か乞食か

2014年12月8日(月) by キヨタカ

 「自分自身である人」は、知恵と勇気と信頼を持っている。
 
それ以外の人は、全員が乞食だ。
 
「あのマスターは凄い!それに比べて私はまだまだだ悟っていない・・・」
 
というあなたは、乞食だよ!
 
悟りとか神とか恩寵を外側に求める人は、「お金を恵んで下さい」という乞食と一緒!
 
 
ずいぶん辛辣な言い方だが、昔アジズからズバリと指摘された。
 
OSHOを心から信奉していた私は、ずいぶん傷ついたけど・・・目が覚めるに必要な出来事だった。
 
自分自身を信頼し、自分は神の表現であり聖なる存在である事を認めるのは勇気がいる。
 
「大金持ちの家に生まれたのに、その事を知らずに貧裡に迷う」話は、ブッダやイエスが説いた有名な寓話だが・・・
 
説法に感動してブッダやイエスの言葉に心酔しても、自分の中の宝に気づこうとは決してしない。
 
相変わらずブッダやイエスの信奉者として・・・
 
「私なんぞは、まだまだブッダやイエスの足元にも及ばない」
 
と思い続ける。
 
 

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こうしたゲームは、すでに終了する時代となった。
 
同時に:
「我こそ、偉大な悟りを開いたマスターだ!」
 
というゲームも、終了したと思うのだが・・・?

究極のただ飯

2014年12月6日(土) by キヨタカ

 3日前の日誌で「真空エネルギー」について書いたが、その中で述べたインフレーション理論が翌日のNHKの番組で取り上げられていて驚いた。

コズミックフロント〜ついに見た、宇宙の始まり〜

これは単なる「偶然の一致」ではなく、ユングの言うシンクロニシティ(意味ある偶然の一致)が起きているのかも知れない。

 

日誌では、インフレーション理論の創始者は佐藤勝彦教授と書いたが、実は同じ時期にアメリカでも アラン・グース博士が同じ理論を構築している。

番組の中で博士が言うには:

宇宙の始まりにおいて、インフレーションを起こすには、材料はひとかけらの真空で足りた。

何もないところから巨大な宇宙が生まれたのだから、これは『究極のタダ飯』のようなものだ。

 

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『人間は小宇宙である。』とは、よく言われる事だけれども・・・

マインドは決して満たされる事がない。

絶えず飢餓状態で、外側から何かを得ようとやっきになっている。

 

しかし外側に向かっている意識のベクトルを逆転する事が出来れば、『究極のタダ飯』状態となる。

なぜなら、内在する無限エネルギーにアクセスし始めるからだ。

そうすれば『満たされて生きる』事が可能となり、生きる事は遊びとなる。

 

真空エネルギーを物理的に取り出す可能性は、まだ未知の分野で謎が多い。

しかし精神的に取り出す事は、既に何千年にも渡って実証され続けている。

『究極のタダ飯』を遠慮なく頂いて・・・

『究極の遊び人』としてこの地上を闊歩しようではないかヽ(´▽`)/

どうしよう?

2014年12月5日(金) by キヨタカ

 実家滞在中に、親戚の叔母さんが我が家を訪問。
 
母より1歳年上だから93歳だが、とても元気。Img_1287
 
久しぶりの再開で、2人とも話に夢中になっていた。
 
毎回実家で母に会うたびに、私の性格や思考パターンが、いかに母親の影響を受けて来たかを見せつけれれて、今更ながら唖然とする。
 
 
「どうしよう?」という口癖も、その一つ。
 
実家に帰るたびに・・・
 
「あんたにはろくな稼ぎがないんだから・・・お金がなくなったらどうしよう?」
 
「私が死んだら、この家に住む人がいなくなって・・・どうしよう?」
 
「富士山が爆発したら・・・どうしよう?」
 
「海で遭難したら・・・どうしよう?」
 
等々、実家滞在中はこの「どうしよう」の波状口撃に晒される。
 
しかし「どうしよう?」と言いつつも、実際に「どうにかしよう」などとは全く思っていないし、実際に端から見ると 全然問題ではない。
 
しかし本人は真剣に悩んでいるつもりなので、側で見ているととても可笑しい。
 
 
実は私にも、母のおかげ(?)で、この「どうしよう?」という口癖があった。
 
「あなたの『どうしよう?』には具体的根拠がない。それは『根拠のない恐れ』から来ている」
 
と某セラピストに指摘されたのは、30年近くも前の事。
 
実際にそのパターンから解放されるのに、20年近くの歳月が必要だった。
 
 
今では、こう断言できる。
 
「心配事の9割は起こらない!」
 
「残りの1割は、実際に起こった結果より良い方向へ向かう!」
 
「 だから、心配事は全くナンセンス!」
 
 
もっとも最近は、『どうしよう?』という振り子が真逆に振れてしまい・・・
 
何の根拠もないのに、「だいじょうぶ(*゚▽゚)ノ」
 
というのが口癖になってしまった。
 
「何事にも中庸が肝心」、という事か・・・

無限エネルギーにアクセスするには・・・

2014年12月4日(木) by キヨタカ

「飛んでいる矢は動いているか、止まっているか?」

とは、有名なゼノンの逆説(第3のパラドックス)だが・・・

「宇宙には果てがあるのか、ないのか?」

とか・・・

「時間に始まりと終わりがあるのか、ないのか?」

とか、とか、etc.

普通の人にはどうでも良い事が、それを考えると夜も眠れなくなる『 変人』が、広い世の中にはけっこう居る。

 

かくいう私もその一人。

中学生時代に、『回転しているコマの中心は静止しているのか、それとも動いているのか?」

昼夜を問わず考え続けた・・・

 

全てが解ったのは、禅寺で瞑想中の23歳の時。

眩いばかりの光が降りてきて、内側で大爆発。

全てが解った!

『全ては相対的であり、「点と丸」の図形であらゆる現象世界が説明できる!』

世界中の物理学者を悩ませ続けた統一場理論も、その時私の中で完成したのである。

 

「これで世界を救済出来る。記者会見を開いて全世界に真実を伝えよう!」

そう思った私は、意気込んで大学へ戻った。

STAP細胞の小保方さんをはるかに凌ぐ勢いで、 教授達を熱心に説得した結果・・・

大学の精神科に連れて行かれて・・・

「全ては妄想」と診断された。

医者からは、「根を詰めて考えるのが良くない」と言われ、実家でしばらく静養する事を余儀なくされたのである。(参考:「覚者を求めて」 P31-35)

 

それ以来、こうした妄想の世界には近づかないよう気をつけているのだが・・・

今でも時々、正しい時節が到来したら「あの洞察を科学的に説明したい」という衝動に駆られる。Unknown_2

しかし、昨日の日誌に登場した、ナシム・ハラメイン氏(Nassim Haramein)のDVD:

Crossing the Event Horizon(事象の地平線を越えて)を見てからは、その衝動がすっかり落ちてしまった。

(全部で6時間の長編なので、時間のない方は The Black Wholeがお勧め)

人はそれぞれ、その人にしか出来ない役割というものがある。

『餅は餅屋』という事か。

真実に関する科学的啓蒙活動は、このような人に任せて、私は個々人の内側に潜在する真実を目覚めさせる事に徹しよう。

 

ところでこのハラメイン氏は、純粋な科学者というよりも、オカルトサイエンスのカリスマリーダーという立ち位置にあるように見える。

既存の物理学会からは、全く相手にされないとは思うが・・・

この世は全て、ブラックホールのフラクタル構造が織りなす出来事で、原子から大宇宙までブラックホールがその中心にあるので、相対性理論を応用して全ての説明が可能。

陽子もブラックホールで、量子力学の基本概念なんか(例えば「強い力」)も使わずに説明可能。

宇宙の全ては真空から創造され真空へ戻る相互作用であり、情報を吸収あるいは放出しながら生成発展している。

真空には情報がパターン化され組み込まれていて、それを基本的な図形のパターン(ベクトル平行体)で表せる。

古代において真空エネルギーは既に使われていて、世界各地の古代遺跡や古代宗教に、その図形が暗号として記されている。

それを読み解く事は創造原理の解明であり、真空エネルギーとして実用化する事が出来る。

重力場の解明が、人類進化の鍵となっている。

私はその暗号の解読に成功し、統一場理論も完成しつつある!

まもなく(20年以内に)、人類はエネルギー問題から完全に解放されるだろう。
 
・・・ ・・・etc.
との事。

 

思わず、マユに唾をつけたくなる話ではあるが・・・

情熱的な身振りとユーモアたっぷりの話術で非常に面白く、数学の苦手な私ですら思わず納得してしまった。

イタリア系スイス人だが、ハワイ在住でお爺さんがイラン人でフランス語も堪能との事。

なんとなくフーマンとも繋がって、興味が湧く。

個人的には、「サーファー」というのがとても気に入っている。

もしも私が、若い時から「ウィンドサーフィン」にのめり込む自然児だったら・・・

医者から「根を詰めすぎるのは良くない」などと言われる事もなく、「点と丸」を使って「真空エネルギー」を応用する研究に邁進していたかも知れない。

あるいは、スピリチュアル・サイエンスのエンターテナーとして、活躍したかも・・・

 

ところで、ナシム氏の究極と思われるメッセージは:

あなたが、自分の中に無限の潜在的可能性がある事を理解したら、毎日時間を取りなさい。
 
1日10分か15分だっていい。
 
毎日のスタートを、内側の空(特異点、静止点、ゼロポイント)に向けることから始めなさい。
 
そうすれば、あなたの存在は中心が定まるようになる。
 
あなたは、自分の内側のエッセンスとつながることで、(そのエッセンスは全ての宇宙のエッセンスでもあるから)宇宙の他の全てとつながる。
 
 
あなたには、それだけの可能性がある。
 
あなたには、それだけの力がある。
 
使いなさい。
 
そして、この地球を癒し繋がる人々に加わりなさい。
 
光の一つとなりなさい。
この地上のあらゆる分野に、もっともっと癒しの光を降ろすのだ。
 
バタフライの一つとなり、羽ばたこうでなないか!
 
大勢の光が一斉に羽ばたけば、地球全体に変化の嵐を引き起こすことが出来る。
 
だから、そのための時間を取りなさい。
 
なぜなら、今という時は、正念場を迎えているからだ。
 
それはあなた個人にとっても、地球全体としても、そうなのだ。
 
(2010  Barcelona講演より)

との事。

 

残念ながら・・・

「じゃ、どうやって無限エネルギーにアクセスできるのか、もっと具体的に教えましょう!」

とまでは、語っていない。

今のところ・・・(ρ_;)

 

具体的に無限のエネルギーにアクセスしたい人は、地道に日々の瞑想を通して”自分自身”である事に徹するのが、早道だろう(*^-^)

エッセンスと私は、別のものではない。

『自分自身であれ!/Just be as I AM !』

その時あなたは、既に無限エネルギーと繋がっている事を知るだろう。

The Black Whole full movie by Nassim Haramein from shoop3D on Vimeo.

真空エネルギー

2014年12月3日(水)

『無一物中無尽蔵』
 
有名な禅の教えで、『空』の世界が述べられている。
 
『人間は無一物が本来の姿なのだから、それに徹したとき、逆に一切が無限に出現する自在の境地が開ける』と一般には精神的に解釈されているが・・・。
 
 
実は物質世界においても、どうやら真実のようだ。
 
元々 『真空に無尽蔵のエネルギーがある』事は、量子力学世界のトリビアとして色々と語られていた。
 
ところが東大の佐藤 勝彦教授は、「真空のエネルギー」を大前提に「インフレーション理論」を提唱し宇宙創生の謎に迫り、物理学の世界で高い評価を受けている。
 
今では、「宇宙は無から生まれた」という説は、宇宙物理学の世界では大真面目に議論されているとか・・・。
 
 
もっとも実際に真空からエネルギーを取り出す試みとなると、途端にオカルト・サイエンスの世界となってしまう。
 
いわゆる「フリーエネルギー」を研究される科学者達は、『奇人・変人』扱いされていて、正当な科学者(?)の間では見向きもされないでいるのが実情のようだ。
 
 
しかし、世の中を根本から変革させるような発明・発見は、『奇人・変人』が担っている事が多い。
 
人類初の動力飛行機を飛ばしたライト兄弟なんかも、実際に成功するまでは『奇人・変人』として廻りから冷笑され続けていた。
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江戸時代に日本で最初に空を飛んだ浮田幸吉は、『奇行をもって人を騒がせた』という理由で留置されてしまったという。
 
日本でもこうした『奇人・変人』がもう少し認められる風土があったなら・・・と思うと残念でならない。
 
 
ところで最近、とても興味深い科学者を当ブログのコメント欄でyさんから紹介された。
 
説明部分で明らか誤り(アインシュタインは大学を出ていない等々・・・)があるので、紹介するのを躊躇う部分もある。
 
また、2012年のアセンション問題で一世を風靡(?)した、エハン・デラヴィ氏の紹介なので、
 
「新しいネタか( ̄Д ̄;;」と引いてしまう人もいるだろうけど・・・
 
〜にもかかわらず、大変面白い。
 
興味のある方は、ぜひご覧アレ。
 

主体を外からI(私)に戻す

2014年12月2日(火) by キヨタカ

Wさんから、リトリートの感想を頂いた。

前回参加されたお母さんからリーラスペースの事を聞いて、参加する事にしたと言う。

瞑想に関する余分な知識は一切なしに、未知の世界に飛び込んだ勇気に敬意を表したい。

 

さすがに最初は緊張してたようだが、驚くほどスムーズにリトリートに溶け込んでいた。

帰る頃には本来の自分を取り戻して、眩しいくらいに美しく輝いている姿が印象的だった。

 

我々は日常生活の中で、ネガティブな感情の原因をついつい他人のせいにしてしまう。

その方が、安易だ。

しかし、自分の思考や感情に責任を持ち、それに向き合う事が瞑想の土台だ。

>主体を外からI(私)に戻す

そうする事で、確実な成長が始まり、人生に大きな変化が訪れる。

次回、Wさんの成長した姿に会えるのがとても楽しみだ!


* * Wさんの感想 * *

こんにちは。

リトリートではお世話になりました。

リトリートに参加して、今まで主体と思っていた自分(感情・思考)を見ている視点というものを体感したことで、日常で感情に乗っ取られそうになったときにふんばれるようになりました。

もちろん感情に乗っ取られてしまうときもたくさんありますが、怒っている途中で「私が○○の発言を聞いたことで苛立ち、怒っている」と意識し、発言のせいで怒らされたのではなく、発言を聞いて私が怒っているのだと 自分の受け止め方に意識を置くようになりました。

そうすると意識が外から自分に向くので、主体を外からI(私)に戻すことができるようになりました。

リトリートでは様々なワークがありましたが、今回はジベリッシュとダンスとアティーシャの瞑想が衝撃的でした。

今までは座って瞑想していても ただ座っているだけで思考が湧いてきては振り切り、湧いてきては振り切りの繰り返しでした。
たまに運よく思考が湧かずに安らかに座れることもありますが、日常生活に何か変化が訪れることはありませんでした。

人の顔色をうかがい、人の価値観を生きる私には恥も外聞も忘れて自由にふるまうジベリッシュとダンスがとても必要だったようです。
 
皆 目を閉じていたのでまさにやりたい放題で、こんなに気持ち良い世界があるのかと本当に病み付きになりました。
 
リトリート中、正直なところ座って瞑想するよりもっとジベリッシュやりたい!と思っていました(笑)
 
いまだに寝る前にユーロビートを聴いて2~3曲踊っています。
 
また、会社帰りにほぼ毎日一人カラオケに行くようになり、感情を込めて大声で歌っています。
 
堪能するまで歌って踊ろうと思っています。
周りから雰囲気が明るくなったと言われました。

 
笑と泣きの瞑想では、30分間笑い続け、泣き続けることも気持ちよく、周りの笑い声や泣き声が心に染み入り、自分が心の中に固めて封印していた感情がスムーズに出て泣き笑うことができました。

自分はいくら人が見ていなくても踊ったり叫んだりすることはできないのではと思っていましたが、案外すんなりワークすることができました。

アティーシャのハート瞑想はネガティブを吸い込むイメージをすればするほど自分が愛に満たされるのを感じ、座っている部屋が神聖な聖堂で座っている人一人一人が天使のように感じました。

リトリート前はハートががっちり閉じて握りしめられている感覚がありましたが、リトリートでハートを覆っている壁に一撃を加えることができた感覚がありました。
 
壁にひびが入り、ハートに少しだけ光が差し込んだ感覚があるので、日常生活の中でひびを大きくしてハートに差し込む光の量を増やしていこうと思います。
 
自力で切り開くことは重要ですが、どうしてもどうしようもない行き詰りはあるので、ときにはリトリートのようなワークと場で強力な一撃を入れてもらうことが必要だと思います。

今回の初めてのリトリートでは
自分の人生を生きる、自分を表現する、自分がいる、ある
ということを知りました。

今まで怖気づいて言えなかった場面、表現できなかったこと場面に遭遇したとき、勇気を出して表現するようになりました。
 
お店で気軽に店員さんにおすすめを聞くことができるようになり、道を塞いでいる人に「すみませんがどいてください」と言えるようになりました。
 
自分が外に働きかけることができるという自信が出てきました。
 
表現するたびにハートが喜んでいることを感じます。
これからも表現し続けます。

会社の食事会は無事断ることができました。
 
いつもは不満げな社長が「来ないの?さみしいよ。新年会は来てほしいな」と言われました。
 
びっくりです。

リトリートに参加し、在りかたやものの見え方が少し変化しました。
 
素晴らしい体験となりました。ありがとうございます。

・・・(略)・・・
 
長文になってしまいすみません。
 
今回の気づきを日常で実践すれば、次回のリトリートではまた違う境地が見えるような気がします。
 
次回を楽しみにしています。

W

魂は成長し続ける

2014年12月1日(月)   by キヨタカ

 現在、実家(栃木県)に滞在中。

Nさんからリトリートの感想が届いていいるので、掲載します。

 

Nさんが瞑想会や個人セッションを受け始めてからもう数年経つけれども、会うたびに内的な光が広がっているのが見える。

肉体はある時期が来ると成長が止まるけれども・・・魂は違う。

魂はいつまでも成長し続ける。

通常は、魂に肉体が宿る事で生命が誕生し、魂が肉体を離れる事で死を迎えると考えられているが・・・

魂はいつでも、今ここにある。

来ては去っていくのは、肉体の方だ。

来ては去っていく3次元の世界で様々な体験をする事で、魂は磨かれ成長し続けるのだろう。

 

* * Nさんからの感想* *

キヨタカさま

リトリート後、さらにセンタリングしていくのを感じています。

なんだか全体がとっても楽しかった。

皆さんも言われていましたが、キヨタカさんの<I AM>を的に据えた瞑想プログラム、リードは確かで身に染みるものでした。

また、瞑想スペースから見上げる富士山はまた格別なフィーリングがありました。

本当にあの場に身を置ける事自体を至福と感じました。

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