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自分自身か乞食か

2014年12月8日(月) by キヨタカ

 「自分自身である人」は、知恵と勇気と信頼を持っている。
 
それ以外の人は、全員が乞食だ。
 
「あのマスターは凄い!それに比べて私はまだまだだ悟っていない・・・」
 
というあなたは、乞食だよ!
 
悟りとか神とか恩寵を外側に求める人は、「お金を恵んで下さい」という乞食と一緒!
 
 
ずいぶん辛辣な言い方だが、昔アジズからズバリと指摘された。
 
OSHOを心から信奉していた私は、ずいぶん傷ついたけど・・・目が覚めるに必要な出来事だった。
 
自分自身を信頼し、自分は神の表現であり聖なる存在である事を認めるのは勇気がいる。
 
「大金持ちの家に生まれたのに、その事を知らずに貧裡に迷う」話は、ブッダやイエスが説いた有名な寓話だが・・・
 
説法に感動してブッダやイエスの言葉に心酔しても、自分の中の宝に気づこうとは決してしない。
 
相変わらずブッダやイエスの信奉者として・・・
 
「私なんぞは、まだまだブッダやイエスの足元にも及ばない」
 
と思い続ける。
 
 

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こうしたゲームは、すでに終了する時代となった。
 
同時に:
「我こそ、偉大な悟りを開いたマスターだ!」
 
というゲームも、終了したと思うのだが・・・?

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コメント

 拝啓、、、、。

     一歌

        ”在り来たり

                 黄金を秘め

                          蓑被る

                                 一寸の虫

                                         五分の魂”

                Yょㇼ

                                                  敬白

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