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愛でる

2015年2月26日(木) by キヨタカ

 朝起きて、最初に『抹茶』を点てる。
 
清々粛々と、お茶を楽しんでから一日が始まる。Img_1534_2
 
最近の新生活習慣として、定着しつつある。
 
『お茶』は、私にとって『覚醒/プレゼンス』のシンボルだ。
 
最近は抹茶チョコレートにまでハマり、反省中( ̄Д ̄;;
 
 
夜は、『温泉』を入れて、ゆったりと寛ぐ。
 
今日一日で起こった事のすべてに感謝して、床に着く。
 
『温泉』は、私にとって『寛ぎ/ビーイング』のシンボルだ。
 
『お茶』も『温泉』も、日本の代表的な伝統文化。
 
それが実は、ごく自然に瞑想と深く結びついていた事を今更ながら気づき驚いている。
 
 
『プレゼンス』に『ビーイング』とくれば、トリは『ハート』で締めたい。
 
日本文化と『ハート』はどう関わっているのだろうか?
 
最初にピンと来たのが、『祭り』
 
ハートをとても重視していたOSHOは、3L(Live/Love/Laugh) を標榜していた。
 
『生/愛/笑』は、祭りの本質でもある。
 
 
『祭り』の語源は『祀る』こと。
 
本来は神を『祀る』ことであり、祈りに満ちた神道的な儀式と直結している。
 
「神道的な影響で、日本人のハートはもともと開いていた」とフーマンも語っている。
 
しかし『祭り』は、非日常的な空間であり、どうもしっくりとこない。
 
日常生活に密着した、ハートにまつわる文化はないのだろうか?
 
 
今朝お茶を飲みながら、ヨガビと話しをして導かれた結論が・・・
 
『愛でる』という事。
 
四季折々の自然をあるがままに受け入れて、花鳥風月を『愛でる』
 
さらには、恋人は親子や隣人も『愛でる』
 
あるものをあるがままに受け入れて賞賛する行為は、まさにハートそのもの。
 
中東の砂漠地帯のような過酷な自然環境では、こうした感性は育ちにくい。
 
また、自然を人間の都合に合わせて造成する行為を『創造的/クリエティブ』と評価する西洋文明にも馴染まない。
 
まさに、『愛でる』ことこそが、日本文化の真骨頂なかも知れない。
 
ハートが開いて『愛でる』ことができれば、生きとし生きるもの全てが愛おしい。
 
もちろん、イノシシだって例外ではない。
 
・・・はず(^-^;

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コメント

 拝啓、、、。

      一句(歌)

         ”yogabijaの

                 愛でる心の

                        写真かな”


                              (キヨさん茶を飲み

                                          混浴想ふ)

                      Yょㇼ

                                                軽薄^^; 

              

                    

                            

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