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2015年3月

川根温泉

日誌2015年3月31日(火) by キヨタカ

かくかくしかじか(←詳細は『修善寺*裏*日誌』参照) で、現在川根温泉に滞在中。
 
 
途中、桜の名所:家山桜トンネルに立ち寄る。
 
運良く、大井川鉄道のSLに遭遇。
 
 
ヨガビのお父さんがスマホで撮った写真がなかなか良く撮れていてビックリ!
 
実はこのスマホ、『ボケ封じ』に買ったのだが・・・
 
どうやら効果抜群\(;゚∇゚)/
 
旅行中ず〜っとスマホをいじりまくり、とても嬉しそう。
 
『ボケ封じ』に最良のツールである事を確信しつつある。
 
 
回線が繋がりにくいので、今日は手短に・・・
 
写真は明日、アップしよう。

鳥と同じ程の自由〜リトリートの感想〜

2015年3月30日(月) by キヨタカ
 
大空を羽ばたく鳥を見て、「自分も空を飛んでみたい」と思いを馳せた事が誰にもあるだろう。
 
鳥は、 『自由』の象徴だ。F0084337_18563757
 
羽がないから、鳥の様に人間は空を飛べない。
 
そのかわり、人間は『自己の存在そのものに気づく』知恵を手にした。
 
つまり、『自覚』の能力だ。
 
そうすれば内面の空を、天上界の彼方まで飛翔する事が可能だ。
 
 
『自由』とは、元々仏教用語だと言われている。
 
由とは<よる>とか<もとづく>という意味。
 
他に頼らずに、自らの光にもとづいて自存する事こそが、『自由』ということ。
 
 
 
自己の本性つまり『 I AM/私が在る』は、『自由』だ。
 
  残念な事に、地上に降りた魂の殆どはコーマ(昏睡)状態にあり、自由をすっかり忘れてしまう。
 
そして 思考や感情にすっかり支配されてしまい、奴隷状態に陥っている。
 
 
リーラ瞑想リトリートでは、『奴隷状態からの解放』を目指している。
 
そして 「思考や感情のゴミを放り出す」瞑想技法を、いくつか採用している。
 
ジベリッシュはその代表的な瞑想技法だ。
 
 
この瞑想技法を考案したOSHOは:
 
『ジベリッシュ瞑想をすれば、初めてあらゆる鳥達と同じ程の自由を持てるだろう!』
 
と語っている。
 
それが真実かどうか、議論するよりも、体験するのが一番!
 
 
Kさんから送られてきた感想を読むと、それが彼女にとっては真実である事が伝わって来るようです。
 
参加されるたびに、より自由となり内面の美しさがどんどんか輝き出しています。
 
ぜひまた、参加して下さいネ❤️
 
 
* * * Kさんの感想 * * *
 
いつも温かく迎えて下さる、キヨタカさんとスタッフの皆さん
 
そして何より今回御一人で、キッチンのお仕事を切り盛りされたヨガビシャさん
 
本当に、御苦労様でした。
 
美しい富士山に見守られ、四季の花々に彩られた、自然豊かな環境。
 
心が込められたオーガニックで美味しい御料理。
 
体を優しく包み込んで、心までが癒される、温かな湯の溢れる温泉。
 
キヨタカさんの的確なリードと、スタッフの方達に拠って導かれる、深い瞑想。
 
リーラスペースは、リトリートに最適で最高の場所ですね。
 
沈黙の中で、庭を歩くと、春の草花や木々が、無言で語りかけて来る様に感じました。
 
紫色の小さな帽子をたくさん付けた、可愛らしいムスカリの花。
 
春の妖精を思わせる水仙や純白のレースをまとった雪柳。
 
小さな青い星の瞬きの様なイヌフグリ。
 
一本の幹に、白とピンクの2色の花を咲かせている梅の木には、ちょっとびっくりしましたよ〜。
 
なんだか、イチゴミルクみたいで可愛いですね。
 
そっと近付いた、イチゴミルク梅の木の根元には、私の大好きなクロッカスが、小さく可憐な花を咲かせていました。
 
リーラスペースの庭は、本当に素敵!
 
って何だか、リーラスペースの庭の感想?
 
 
瞑想に関して言わせて頂きますと、私は、ジベリッシュ瞑想が好きです。
 
ジベリシュの瞑想の時に流れる
 
『初めて、鳥と同じ程の自由を持ちなさい』
 
と語るオショウの言葉が大好きです。
 
この瞑想では、表現されずに心の中に閉じ込められていた感情が、自由になって解放されていく感じです。
 
 
踊りを取り入れた瞑想では、なんだか自然に体が動く感じで、本当に気持ちが良いです。
 
たとえ何処に居ても、あなたが世界の中心です。
 
そう言っていた、キヨタカさんの言葉が、とても心に残っています。
 
日常の生活の中に在って、色々と物事は起こっては来ますが、その中で動かない私に、少しだけ気付けた感じです。
 
本当に、あっと言う間の2日間でしたが、小さな進歩、大切な気付きを頂いた感じがしています。
 
ありがとうございました、又よろしくお願いいたしますね。

「これがそれだ」と確信する〜Oさんの感想〜

2015年3月29日(日) by キヨタカ

Nさん:「キヨタカ君。え〜と、あれはこれだから、これがそれだ!」
 
キヨタカ:「それって何ですか?」
 
Nさん:「それって、これのことに決まってるだろ\(*`∧´)/」
 
・・・数年前まで施設の庭の手入れをしていた、Nさんとの懐かしい会話だ。
 
 
高齢になると、なかなか思った言葉が出てこなくなる。
 
お互いにもどかしい思いをした会話が、今では懐かしい。
 
 
もどかしい思いをしているのは、何も高齢者だけではない。
 
真実を伝えようとしているマスターもまた同じ。
 
あの手この手を使って、言葉では伝えられない真実を伝えようとする。
 
『不立文字 教外別伝』を標榜する禅の世界ですら、万巻の書物が生み出され続けている。
 
 
一方『非二元論』のアドヴァイタ系のマスターは・・・515yy6evl_sy300_
 
「これがそれだ!」(THI IS IT)
 
と言い切ってしまう。
 
「高齢者と同じだな〜┐(´д`)┌ヤレヤレ」
 
とツッコミを入れたくなったりもするが・・・
 
OSHOもフーマンも、『これ』という言い方をするから、高齢者とは別次元の問題だ。
 
 
リーラスペースでは、『気づき、くつろぎ、ハート』と3つの次元からアプローチする。
 
アドヴァイタ系の教えよりも、ずっと実践的で体験に導かれやすいと自負している。
 
しかしそうは言っても、『3つの真実』がある訳ではない。
 
結局は、言葉や理論を超えた体験の世界であり、
 
「これがそれだ!」
 
としか言えないのである。
 
 
Oさんは、『今回のリトリートに参加して思い出した』という。
 
Oさんは、バリバリの純粋な探求者。
 
リーラスペースの瞑想会を毎回手伝ってくれている。
 
参加される度に、いつも新たな発見や体験をしつつ、進化し続けている姿が素敵だ。
 
私がリトリートを継続し続けられる、大きな励みとなっている。
 
 
Oさんのブログから抜粋します。
 
「シンギングボール」や「21世紀の新たな覚醒の構図」等、今回抜粋できなかったリトリート体験記も載っていますので、ぜひ下記をクリック!
 
 
 
* * * Oさんのブログから * * *
 
アドヴァイダで「これがそれだ」という言い方をするが、それは理屈でわかるものではない。 
 
近頃それを忘れていたが、リトリートに参加して思い出した。


瞑想に逃げ込んではバランスを欠いてしまう。 
 
だが日常に埋没しすぎると、本来の自分を見失う。 
 
私達にはバランスが必要である。


透明な私が目覚め、意識が鮮明になり、気づきの対象物でなく、気づきそのもののスペースにくつろいていく。
 
それからハートが目覚めてくる。
 
ハートが神聖なる領域と、この世とをつなぐ橋渡しとなる。


気づきだけでも、くつろぎだけでも、ハートだけでもなく、これらがトータルに備わって、 
 
「これがそれだ」と確信する。

永遠の若さ

2015年3月28日(土) by キヨタカ

今回リトリートに 参加したMさんが、私と一緒に撮った写真をFacebookにアップした旨の自動お知らせがメールに届いた。
 
Facebookには詳しくないので、どういう仕組みかはわからないが、Mさんのを覗いてみた。
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「オ〜、 なかなか良く撮れてるな〜」
 
と満足(*^-^)
 
ところが、写真の隣のコメント欄には・・・
 
「キヨタカ、老けた・・・」
 
というコメントが、立て続けに3本入っていて!(◎_◎;)
 
驚いた。
 
 
そりゃそうだ。
 
3人とも、10年前くらいに会ったきりだから・・・
 
「120歳まで生きる!」と豪語している私ですら、10年も経てば「紅顔の美少年」の面影は跡形もなく消えてしまう。
 
『凡そはかなきものは、この世の始終、幻の如くなる一期なり・・・』と、蓮如上人も語っている。
 
まだ白骨とはなっていないだけマシ、というものだ。
 
 
辛辣なコメントが続く中で・・・
 
「キヨちゃん、いい感じになったね〜 穏やかさが見えますね〜」
 
という、ハートフルな書き込みもあった。
 
色々なコメントを読むと、人はそこに何を見るのか、みんな違ってとても面白い!
 
他人について書き込みながらも、結局は自分の事を語っているのだろう。
 
 
肉体も思考も感情も、全て来ては去っていく。
 
しかも・・・光陰矢の如し!
 
アッと言う間に・・・
 
 
全て移ろいゆくこの世界で、たった一つだけ、来ては去って行かないものがある。
 
それが、OSHOやフーマンの言う、『これ』だ。
 
『これ』は、初めからあるものだから、去っていく事もない。
 
だから永遠であり、いつまでも新鮮で若い。
 
『永遠の若さ』だ!
 
私の写真を見て、『若い!』と呟やける人は、おそらく私の中に『これ』を見ているにちがいない。
・・・
 
PS. 無理に『若い』と言わせようとして、反省(ρ_;)
 
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扉の向こうに〜リトリートの感想〜

2015年3月27日(金) by キヨタカ

 プレゼンス、ビーイング、ハート

『本当の私』へ至る、3つの実存の扉だ。

40年に渡る探求の結果、これが『真実へ至る一番シンプルで確実な方法』だと確信している。

だから、何度でも言及する。

そういう訳で、日誌をご覧の方は、すでに「目にタコ」ができるくらい読んでいるはず。

 

しかし、それを知識として理解しても、あまり役に立たない。

リトリートでも、私が語った事やリトリートで行った詳細テクニックを、テープレコーダーの様に正確に記憶して帰る方が時々おられる。

でも、私が本当に伝えたい事は、実際に扉を開ける事だ。

言葉やテクニックはあくまでも補助。

「そこに扉がありますよ!」と言っているに過ぎない。

実際に扉を開けてこそ、リトリートに参加した意味がある。

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そうは言っても、啐啄同時(そったくどうじ)

啐啄同時」という禅語があります。啐啄同時とは、鶏の雛が卵から産まれ出ようとするとき、殻の中から卵の殻をつついて音をたてます。これを「啐」と言います。そのとき、すかさず親鳥が外から殻をついばんで破る、これを「啄」と言います。そしてこの「啐」と「啄」が同時であってはじめて、殻が破れて雛が産まれるわけです。これを「啐啄同時」と言います。(←某サイトからコピペ)

何事にも、絶妙なタイミングというものがある。  

今回扉が開かなくとも、がっかりする必要はない。

少なくとも、そこに扉がある事は理解した。

だから、次回はただシンプルに開けるだけ。

 

Nさんは今回で3回目のリトリートだが、3度目の正直!

『それぞれの扉がパタンと開き深い瞑想状態にシフトした』

そうです。

おめでとうございます!!

 

* * * N さんの感想 * * *

  キヨタカ、ヨガビジャ、スタッフの皆様お世話になりました。
 
 私は、OSHOサニヤシンになってから22年たちます。
 
しかし、探求者とはほど遠い日常生活に埋没した日々を送ってきました。
 
そんな生活の中で疲弊しリーラスペースにたどり着いた訳ですが〜。
 
 リトリート参加3回目の今回、それは起ったのです。
 
<私が在る>事を<気ずき、ビーイング、ハート>にはっきりわけてリードするキヨタカの指導方法により、それぞれの扉がパタンと開き深い瞑想状態にシフトした感じが〜。
 
 
これが<いまここ!>ということ?
 
魂が飛翔し、自由に舞い踊る歓喜がおこりました。
 
そして最後にかかった曲が決定的に私をあるスペースに誘いました。
 
何の曲だったのかしら?
 
その後の日々、なにもかもリアルに新鮮に感じるのです。
 
なにか心身が地上から浮いており、あとは一瞬一瞬のバランスを気を抜く事無くとること〜。
 
 
今日は昨日購入したキュウイ、サクランボ、梅、ブルーベリー、イチジクなどの苗木を庭に植えました。
 
ところが、違うのです。
 
私が植えるのではなく、それぞれの苗達自身がここに植わりたい〜!と私に発信するのです。
 
私は、苗木達のそれぞれの要望にそって庭に植え込みました。
 
ああああ〜これだ〜と気ずきがおこりました。
 
バランスはすべての存在に有り、それを邪魔していたのは、エゴの私だった。
 
私がやるのでなく、あるがまま存在の声を聞く〜。
 
これなんだ!
 
するとなにもかもいとおしく感じるのです。
 
 
リトリート参加者の皆様、有り難うございました。
 
それぞれの方の波動がなにか私の背中を押してくれたような気がしております。 
 
特にお隣に座られたYさん。素直でまっすぐな魂になにかが私の琴線に触れたような気がします。
 
いいな〜前を向いて懸命に生きてる人って!
 
皆様これからもよろしく!
 
すべての存在これからもよろしく!
 
 
一番大切な事!                            
 
キヨタカ、ヨガビジャさま、お二人への感謝は言葉に尽くせません。
 
それにしても今回のキヨタカのポイントへの集中したリードはすごかった。
 
 うむをいわさず、扉の向こうに導かれた〜!
 
気がついたら、ここにいた〜感です。
 
     有り難うございました。
                      by N     
 

自分が変われば〜リトリートの感想〜

2015年3月26日(木) by キヨタカ

 『自分が変われば、世界が変わる』

精神世界の大原則だ。

 

自分が惨めなのは、相手のせいだと思う。

相手が変わりさえすれば、自分は幸せになるのに・・・

家庭内の争いから国家間の争いに至るまで、全く同じ原則が貫いている。

 

瞑想に志す者は、そうした常識に『反逆』する。

そして、『内面の自己』という未知の領域を探求するのだ。

リトリートは、そうした反逆者をサポートする場だとも言える。

 

今回リトリートに参加されたMさんは、そうした反逆者の一人。

『自分が変容することの大切さを痛感』したそうです。

精神世界の大原則を体現され始めた方が、また一人現れた。

地上に天国が訪れる日もそう遠くはない、と確信し始めている。

 
* * * Mさんの感想 * * *
 
こんにちは。Mです。
 
 リトリート本当にお疲れ様でした。そしてありがとうございました。
 
 
  OSHOのエンライトデーと新月が重なる特別な日に
 
 リーラスペースという素敵な場所に、
 
 しかもリトリートという最高の形のシュティエイションに、導いていただけた「至高の力」と
 
 このタイミングに、リトリートを、開いてくださったキヨタカさんとヨガビジャさん、そしてスタッフの皆様に
 
心から、感謝いたします。
 
 
  リトリート、今回も素晴らしかったです。
 
 
   実は、リトリート前、仕事上でトラブルがあったですが、
 
 リトリート後自然な形で、今回の件については収束していきました。
 
 トラブルがあるとよく他人のせいにして相手を変えようとするものですが、
 
 自分が、変わると本当に、相手の対応が全く変わっていました。
 
 世界を変えようと、躍起になるより
 
 自分が変容することの大切さを、痛感いたします。
 
 
  26歳のころなんとなくいつも通っていた図書館で、何気なく見つけたOSHOの本
 
 それは、「反逆のスピリッツ」でした。Unknown
 
 
   「 光明を得た反逆者が、必要だ」というOSHOのビジョンに、感銘を受けてから、
 
それなりの時間が過ぎましたが、
 
今 リーラでのワークは、魂として生きていく新しい人類のための貴重なワークの場ですね。
 
 本当に、心から感謝いたします。
 
 
 今度は、夏に必ずお伺いさせていただけたらと願っています。
 
 きよたかさん。
 
よがびじゃさん。
 
 いつも、たくさんの光をシェアしてくださりありがとうございます。
 
 どうぞお元気でお過ごしください。
 
  恩寵のお導きがありますように!
 
      Love  M
 

ヴァージョンアップ〜リトリートの感想〜

2015年3月25日(水) by キヨタカ

自動車教習所でいくら運転が上手くなっても、実際に公道で走れるようにならなければ、あまり意味がない。

リトリートもまた同じ。

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リトリートの参加者が、日々の生活の中で『目覚めた魂』として生き始める事が出来るようになる事を切に願っている。

 

今回参加されたYさんのお仕事は、今の時期が一番多忙な時だ。

にも関わらず、敢えて時間を割いて、リトリートに参加してくれた。

どうやらその結果が、早くも仕事上で現れ始めたようで大変嬉しい。

仕事中に 、『 ヴァージョンアップしていたことに気がついた』そうです。

 

* * Yさんの感想 * *

キヨタカさま

こんばんわ

先日は濃密なリトリートをありがとうございました

私もKさんが言われたように、あっと言う間にシェアリングの時間になっていました。

・・・ ・・・

私キヨタカさんのおっしゃる通りパワーアップしてました。

右膝のあたりの痛みが無くなってはいないのです。

連日たくさん(一万数千歩)歩くので午後になると結構痛む、

でも以前のように、その痛みで悲しくというか情けなくなるというか、そんな悲劇の主人公にはなってない私がいます。

 

それより、昨日私がヴァージョンアップしていたことに気がついたのです。

それは、点検の仕事で時々組むことになるTさん(74歳、これまでの経緯は省いて、要するに私に片思いのセクハラジジイ)とのことでです。

昨日からまた彼とペアでの仕事が進行中。

それが、顔を会わせる昨日までは思い出してはまた仕事が一緒で嫌だなあ、、、

またお菓子のプレゼント持って来られるかも?鬱陶しいなあ、、、

だったのです。

 

昨日、やっぱお菓子プレゼントあり、あっさり断りました(断り続けて1年以上経つ)。

またある時は、しば〜しの視線を感じましたが、始めは嫌悪感up,up、、、そして避けたい感、、、このままでいてみよう、、、嫌悪感down,down

これまで、このセクハラジジイが気持ち悪くて嫌で、避けるか抵抗する方法しか考えていなかった。

そう、どこか腰は引けていたのでした。

それが、今回はあっさり”ノー”と言ってそれっきり、私の中でそのことはこだましなかった。

彼が以前と違って小さく見えたり、仕事上では博識だと思っていた彼の深くなかった底が見えたり、、、私の投影が崩れたのね。

今朝は、さらっとした気持ちで仕事する現場へ向かいました。昨日までと大違いです。

 

そう、私、バージョンアップしていたのです。

私の中に、以前のような男性にたいする恐怖心が小さくなったor, 無くなっていたことにも気がつきました←これは、凄い事です。

幼い頃から、父親膝に入っていても、心の片隅に緊張感がいつもあった私ですから。

私は朝ない頃から

男って、、、レイプ、男に憧れ、女に生まれた事を嫌悪、男を恐れたり、痴漢には度々、男を嫌悪,女を嫌悪,人間を嫌悪、まあまあ色々でした。

これらが感情を伴わないただの過去となってくれたようです。多分。

 

では、また〜〜〜

ありがとうございました。

人生面白いです

まだまだ

変化したい私です

これからもよろしくお願いします。

          by Y


* * *

キヨタカさま

追伸です

昨日も今日も

屋外を歩く時には、大工場の敷地内なので、大きな空が広がっています。

それがめっちゃ素晴らしいのです、一緒に私の胸も拡がる〜

ハートを意識しながら呼吸をしました。

嫌悪感を抱いていたTさん〔工場内は周りに特に気を配らなければ危険、だけどこの人鈍い、年齢的にも無理あり)の背中をそっと触って、リードしている私がいたのです、、、


している自分に後から気がついた私は少々戸惑いました。

私『あんまりするんでないよ!このジジイまた、好きだよなんて言って、手を触ってくるぞ!』

自分『でも、もう多少の事があっても私シカッとしてそう』

『この人にも慈悲のお裾分けしてもいいんじゃない?私とも繋がってるらしいし、嬉しいとか嫌とかは別としてね』

 

逃げるのを止めて

ハートと繋がりオープンになることが、

優しいバリアを創るというか自分を護れるようになった。

それは、双方が幸せでもある、ということ

こうなってしまいました(^∇^)

          by Y

リトリート終了/〜Yさんの感想〜

2015年3月24日(火) by キヨタカ

 リトリートが無事終了した。
 
噂通りの(・・・自分で発信していたせいもあるけど(ρ_;)
 
とても特別な、内容の濃いものだった。
 
 
Yさんから、リトリートの感想を頂いた。
 
修善寺日誌に、毎回素敵なコメントを投稿してくれている方だ。
 
いつもありがとう❤️
 
今回は満を持して参加しただけあって、とても素晴らしい体験をされたようだ。
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Yさんの感想を読んで・・・
 
クリシュナムルティの本:
 
『You are the World(あなたが世界だ)』を思い起こした。
 
覚者も一般の方々も、『あなたという世界』に住んでいる事は全く同じ。
 
ただその真実を知ることで、『地獄』が『天国』へと変容し始める。
 
Yさん、またぜひ参加して下さいネ。
 
 
* * * Yさんの感想 * * *
 
 清貴様、yogabija様&スタッフの皆様、誠に有難う御座いました!
 
瞑想と食事でお腹一杯、胸一杯で三昧です(♪eat too much^^;)

運動不足とブロックが解けたか体が痛いです;。;


 今回、三度目の瞑想会で初リトリートでした、、、 
 
心のゴーサインがでるまでタイミングが起きませんでしたが、今回を逃すと“暫く行けないのでは?!“と言う感じもあり、魂の様子を伺っていましたが、
 
幸運にも衝動が起きましたので参加させてもらいました
(しかもスぺシャル・デーでラッキ~お祭り男復活です)



 噂に聞くリトリートはやはり濃密でした、、、
 
アクティブ・メディテ―ション&静かに座る(ガイド)瞑想etcなど二日間みっちり漬け込まれ(笑)
 
合間合間にサイレンスの休憩時間を入れると沁み込み加減がパワ―アップする様で隙間、ゆとりを持つ事の意義深さ、大切さが解り、重要である事を思い知らされました。



 特に私の場合は“ダイナミック瞑想”後(今思えば絶好のタイミングで)

キヨタカさんから「ちょっと、ちょっと、、、、」と呼び掛けられ、

プチ個人面談で二言三言の会話の中で

【プレゼンスに留まって他の人たちを気にせずに“自分の世界の中の“登場人物(自分の一部分)だと思うと良いよ^^】

的な事を言われた、、、

 
いつもはこの様な事を聞いたり、読んだりしても『フゥ~ン?!-。-』位でピンと来た事は無かったし、知的に理解しても感覚的に感じたりした事はなかったが
 
今回「やってみます!」と意識していたら
 
『あれっ!!いつもと違う!』 
 
プレゼンスに定まっても外の世界と分離してたように感じていた垣根が取り払われ、まるでTVで舞台を観ていたのが、劇場で舞台を観ている、
 
しかもっ!

観ている私も演技に参加している様で監督も兼ねている、融合された様な感覚を味わった。



 つまり何が言いたいのかというと“大きな自分と小さいと思っていた自分がフィットした

“言い方を変えれば”

”この世界と自分の世界がマッチした“

これにより、個人的な“私”と言う理解、感覚から全体的な“私”へと移行するのでは?! 

と思えてきた、、、

 
 なにぶん、昨日今日の事なのでもう少し観察しないと確信は持てないが、

【何かが変わってきた】と言うのは、、、、、

「悟ろう」と言う気持ちが、良い意味「もういっかな^^」感に成ってきている。 
 
「~にもかかわらず“私は在る”」のだし、みたいな(笑)


勿論、何が起こったのか論理的に考えてみたいし、瞑想など修養はするでしょうけどね^^



 さてさて、そうそう一段落がついたら、私の場合は社会復帰をそろそろ考えないとねっ! 
 
天命、天職って感じですかねっ

 
【北風と太陽】の如くキヨタカさんからハッパかけられちゃうんで(笑)
 
but「~にもかかわらず 
 
“私は在る”から心の声に従って」動く事でしょう((^。^))



 色々、有難う御座いました!これからも宜しくお願い致します!


                          Yョㇼ







 

リトリート

2015年3月21日(土) by キヨタカ

今日は、春分の日。
 
「地球のエネルギーが大きくシフトする日」と言われている。
 
空海の入滅の日であり、OSHOが悟りを開いた日でもある。
 
 
私個人にとっては、「毎日が特別な日」である事をモットーとしているのだが・・・
 
そうであるが故に、今日という日はさらに 「非常に特別な日」と感じている。
 
 
特に今年は、スーパームーンと日食が重なる。

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さらに先週末は2回連続で太陽フレア(爆発現象)が起こり、 強烈な磁気嵐が発生。 
 
北海道を含む世界中で、オーロラが観測されたという。
   (右写真は、ニュージーランド南島で17〜18夜に撮影)
 
何やら非常に強力なエネルギーが宇宙から降り注がれつつある事は間違いない。
 
占星術ファンにとっては、『7回続く天王星と冥王星の最終スクエア』というおまけもつく。
 
説明を省くために、一応某サイトからコピペをしておこう・・・
 
天王星と冥王星のスクエアとは?スクエアとは、2つの惑星がつくる90度のアスペクトです。そしてこのアスペクトは衝突を…あるいは、もっと耳障り良く言えば、非常に求められていた変化が起こるチャンスをもたらします。革新的な天王星が変容を象徴する冥王星と、それぞれ牡羊座と山羊座に入ってスクエアになる時、まず現れる影響としては、古い考え方ややり方が一掃されて改革への環境が整います。そして最終的に、生まれ変わり新しい生き方を始めるのです。
 
 
さらに個人的に最大の重要な事は・・・
 
リーラスペースでは、今日からリトリートが始まる。
 
何が起こるのか、非常に楽しみ♪
 
 
瞑想とは、まさに生まれ変わり新しい生き方を始める最高のメソッド!
 
マインドが自分だと思い込んでいると、マインドの奴隷となってしまう。
 
マインドの主人公である魂が目覚めると、マインドは魂の忠実な召使いとなる。
 
そうすれば、愛と平和と勇気と叡智に満ち満ちた、喜びに溢れた人生が展開し始める。
 
 
マインドの奴隷となってはいけない。
 
誰も奴隷状態を押し付けている人はいない。
 
自分が勝手に、奴隷状態を許しているに過ぎない。
 
 
我々には、選択の自由がある。
 
マインドの奴隷として生き続けるか、
 
それともマインドから解放されて、
 
魂の自由を生きるか!
 
今日、長年求められていた最大のチャンスが到来した。

明晰夢

2015年3月20日(金) by キヨタカ

宝くじ売り場で・・・
 
私:「すみません。年末に買ったジャンボ宝くじをチェックして下さい。」
 
お姉さん:「ひぇ〜!」
 
私:「どうでしたか?」
 
お姉さん:「ディスプレイを見て下さい。7億円で〜す!!!」Photo
 
私:「え〜w(゚o゚)w  夢じゃないの〜?」
 
頬っぺたを抓ってみる。
 
私:「あれ? 痛くない。な〜んだ夢か(ρ_;)」
 
 
昔から漫画なんかでよくある定番のシーン。
 
夢の中では、頬っぺたを抓っても痛くないというが・・・
 
それはどうも真実ではないようだ。
 
 
最近、『明晰夢』というのをよく見る。
 
自分で夢であると自覚しながら見る夢のことだ。
 
今朝は、美しい草原の中に寝転ぶ夢を見ていた。
 
ところが、腰を下ろしたとたん、チクリとトゲが刺さって・・・
 
『痛い。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。』
 
と叫んだ。
 
「しかしこれは夢の筈」と思い、腰のあたりに手を当てたのだが、やっぱり痛い。
 
夢の中なのに、本当に痛い!
 
 
その後、 はっきりと夢から覚めて、寝床から起きてもう一度腰に手を当ててみた。
 
すると 今度は全然痛くない。
 
やはりあのリアルな痛みは、夢の中での出来事だったのだ。
 
 
今私は、現実の世界で日誌を書いている。
 
これは当然夢ではない。
 
なぜなら、頬っぺたを抓ると痛いから。
 
・・・とは昨日までの話。
 
 
しかし今日からは、例え頬っぺたがリアルに痛くても・・・
 
「 これは夢ではない」とはもう言えない。
 
『明晰夢』と同じ現象が、今まさにこの現実の世界で起こっているのかも?
 
 
この現実世界は、多くの痛みや苦しみで満ちている。
 
人生もまた、痛みや苦しみの連続だ。
 
それがリアルな痛みと苦しみである事は疑いようがない。
 
だって実際に痛いし苦しいから・・・それが動かぬ証拠!
 
 
そしてその苦しみを解決すべく、政治・経済・科学・宗教等々あらゆる角度から人類は取り組み・・・
 
解決方法の違いから様々な論争や対立が起こり、遂には殺し合いにまで及んでいるのが悲しい現実だ。
 
しかしそうした痛みや現実とは、今朝私が見た明晰夢の中の出来事と同じであり、本当は夢なのかも知れない。
 
 
最下層の水呑百姓から立身出世して、この世の栄華を極めた秀吉は、とても意味深い辞世の句を残した。
 

Toyotomi_hideyoshi

露とおち 露と消えにし わが身かな

                   難波のことも 夢のまた夢
 
 
人は死ぬ間際に、夢から覚めると言うが・・・
 
まだ肉体が元気な内に、夢から覚めて、幻想から自由な本当の命を全うしたいものだ。

ペットボトルを放り出す

2015年3月19日(木) by キヨタカ

 まもなく、リーラ瞑想リトリートが始まる。

最近のリトリートでは、瞑想の説明で、ほとんど毎回『ペットボトル』の例えを出す。

毎回参加されている方は、『耳にタコ』が出来るかも知れないが・・・

話す方だって、『ノドにタコ』が出来る(;д;)

そう言えば、日誌でも時々書いているから、読む方だって『目にタコ』が出来るかも?

〜にも関わらず、とても大切な事なので念のためもう一度書こう。

 

瞑想とは、『本当の私』に目覚める方法だ。

『本当の私』に目覚めた人は、ちょうど『泉』の様だ。

『無限の領域』とつながるので・・・

『こんこんと湧き出る泉』の様に、 エネルギーが溢れ出す。

与えても与えても、枯渇する事はない。

 

存在から切り離された『小さな私』が自分だと思っている人は、ちょうど『ペットボトル』の様だ。

エネルギーが供給されないから、人に与えたくても与えられない。

なるべく他人のボトルからかき集めて、自分のボトルを大きくしようとする。

 

才能に恵まれた人や、そうでない人々も必死に頑張れば、『ドラム缶』くらいに大きくなれる。

『ドラム缶』くらいに大きくなると、貧しい人に寄付をしても、あまり減らない。

だから、『ドラム缶』になった人々は世間から『成功者』と言われている。

『ペットボトル』は、なるべく『大きなドラム缶』に繋がって、エネルギーを得ようと躍起になる。

自分のボトルを大きくする欲望のない人も、自分のボトルがこれ以上小さくならないように、必死で守ろうとする。

 

しかし、『ペットボトル』であろうが、『ドラム缶』であろうが、ゲシュタルト(存在の形態)は全く同じ。

源泉からエネルギーが供給されていない。

だから、外側からエネルギーを供給せざるを得ないのだ。

 

この世は、『ペットボトル』や『ドラム缶』で満ちている。

会社も家族も政党も・・・皆んなそう。

既成宗教や国家なんかは、超巨大ドラム缶だ!

極端な言い方をすれば、社会全体が『ペットボトル』や『ドラム缶』の集合体だと言える。

『無い物同士』が奪い合うのだから、どうりで搾取や争いは止まず、真の平和が来るはずもない。

男女の美しい恋愛も、『ペットボトル』である限り、『無い物同士』の悲しいゲームになってしまう(;д;)

 

こうした人類の在り方とゲームは、もうそろそろ終わりにした方がいい。

しかし他人に向かって『止めにしましょう!』と言っても、『ペットボトル』である限り絶対に無理な話だ。

瞑想を通して、自分が源泉と繋がっている事を体験して初めて、喜んで『ペットボトル』を放り出す事が出来る。

おそらく今週末リトリートに参加される方は、ほぼ全員がペットボトルを放り出し、新しい人類社会の礎を築く人々となるに違いない。

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「何を大袈裟な┐(´д`)┌ヤレヤレ」

と思われるかも知れないが・・・

あなたこそが、『100匹目のサル』なのかも知れない!

 

PS こんなサル↓に退化してはならない!

 

一寸先は闇?

2015年3月18日(水) by キヨタカ
 
 古い奴だとお思いでしょうが・・・
 
昔、鶴田浩二の『傷だらけの人生』という歌がヒットした。
 
何から何まで 真っ暗闇よ〜
 
すじの通らぬ ことばかり〜♪
 
 
人は誰もが、多かれ少なかれ心に傷を負っている。
 
出産の衝撃に伴う傷で、『バース・トラウマ』と言われている。
 
完全に無力な赤ん坊が、全くの無防備のままでいきなりこの世に放り出されるのだから、傷つかない方が不思議だ。
 
もう少しまともな出産方法をアレンジすべきだったと思うのだが、神様に文句をいっても仕方あるまい。
 
 
心に傷があると・・・
 
右を向いても左を見ても
 
この世は全て、真っ暗闇に見えてしまう(。>0<。)
 
 
真っ暗闇で苦しんでいる人々にとって、宗教は救いとなり得る。
 
一寸先は闇ではなく
 
光であることを知らねばならぬ
 
などと説法されると、勇気百倍!
 
明日は光が訪れると心から信じて、真っ暗闇を耐え忍ぶ事も可能だ。
 
 
しかし、瞑想は宗教ではない。
 
前後左右、一寸先はおろか一万光年先も「真っ暗闇」であろうとも、
 
「真っ暗闇」に気づいている私がいる。
 
「真っ暗闇」も、気づきの対象物だ。
 
気づきのベクトルを180度ひっくり返す。
 
それが、瞑想の極意だ。
 
 
『気づきが気づきそのものに気づく』
 
すると、 そこに光が既にある事を知る。
 
光があれば、真っ暗闇でも平気になる。
 
漆黒の暗闇でも、懐中電灯一本の明かりがあれば十分だ。
 
闇が一寸先で終わるのか、一万光年続くのか、そんなの関係無い。
 
あなたが、光なのだ!
 
 
仏陀は言う。
 
自らを灯とし 法を灯とせよ(自灯明 法灯明)
 
キリストも言う。
 
あなた方は 世の光である(マタイ伝5−14)
 
真実は、いつの時代も変わらない。
 
 
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遅咲き

2015年3月17日(火) by キヨタカ

実家から、 修善寺に戻った。Img_1577
 
一気に春の陽気となり、遅咲きの庭の梅が満開に!
 
修善寺梅林が満開になっても、一向に咲く気配がなかった。
 
枯れてしまったか゚゚(´O`)°゚と心配していたのだが・・・
 
春の陽気に促され、いつも通りに咲いている。
 
 
「鳥は飛ばねばならぬ

人は生きねばならぬ

・・・」
 
仏教詩人、坂村 真民の詩だ。
 
若い頃は、この詩に抵抗感があった。
 
「飛ばない鳥があってもいい
 
死にたいやつは 勝手に死ねばいい
 
・・・」
 
 
しかし、最近は心境の変化が著しい。
 
庭の梅の花を見る度にしみじみ思う。
 
「たとえどんなに遅咲きの梅でも、時節が来れば花は咲く。
 
飛べるなら、天高く天国までも飛んで行こう !
 
満開の花が咲くまで、死んでたまるか!!」
 

鳥は飛ばねばならぬ
 
人は生きねばならぬ
 
怒涛の海を
 
飛びゆく鳥のように
 
混沌の世を
 
生きねばならぬ
 
 
鳥は本能的に
 
暗黒を突破すれば
 
光明の島に着くことを知っている
 
 
そのように人も 
 
一寸先は闇ではなく
 
光であることを知らねばならぬ
 
 
新しい年を迎えた日の朝
 
わたしに与えられた命題
 
 
鳥は飛ばねばならぬ
 
人は生きねばならぬ
 
( by 坂村 真民)

111歳

2015年3月12日(木) by キヨタカ

 現在、実家(栃木県小山市)に滞在中。
 
実家滞在中は、母を連れて必ず駅前の商業施設へ行く。
 
資生堂で化粧品を買うのが恒例となっているのだ。
 
何歳になっても、若さを保とうとする心意気は素晴らしい。

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その帰りには、必ず本屋へ立ち寄る。
 
そこで、 たまたま111歳の「はつの」さんという方が出した本が目に止まったので、プレゼントした。
 
 
本をパラパラめくりながら・・・
 
母:「111歳なんて、自分にはとても無理」
 
とか言いながら、興味津々な様子。
 
 
以前はギックリ腰の影響で、歩き方がおぼつかなかった。
 
最近は杖もつかずに、さっさと歩いている。
 
この調子だと、元気なまま100歳を超えるかもしれない。

貧乏な人とは・・・

2015年3月7日(土) by キヨタカ

「貧乏な人とは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」

     〜ウルガイ・ムヒカ大統領のリオ会議でのスピーチより〜

自分が自分である事に満足出来る人は、『願望実現』の類は不要だろう。

彼のメッセージは、魂に響く。

我が国のリーダーにも聞いて欲しいが、果たして聞く耳を持っているだろうか?

再会!

2015年3月6日(金) by キヨタカ

『 過ぎたるは、猶(なお)及ばざるが如し』
 
「何事も度を越してはならない」という孔子の教えだ。
 
例のトランサーフィンでは、量子力学者だけに「過剰ポテンシャル」という概念で説明している。
 
いかなるエネルギーも、「過剰ポテンシャル」が生じると、不均衡を解消しようと平衡力が働く。
 
成功には失敗が、飲み過ぎには2日酔い、働き過ぎには疲労や病気が付いて回る事は、誰もが体験しているだろう。
 
 
昨日は、ニューボードで御前崎まで遠征、 調子に乗りすぎて大波にチャレンジ、右手の甲を痛めてしまった。
 
「過剰ポテンシャル」が生じたに違いない。
 
海ではあまり痛みを感じなかったが、翌日になりかなり腫れてきた。
 
万一甲の骨でも折れていたら厄介だと思い、念のため病院で診てもらう事に。
 
 
実は15年前に屋根から転落して、左上腕を複雑骨折。
 
救急車で伊豆日赤病院へ搬送され入院、大手術を受けた事がある。
 
今回はたいした怪我ではないので、近所の外科クリニックで済ませようと思い、最近オープンしたてのAクリニックへ出かけた。
 
 
病院は病人独特のどよ〜んとしたエネルギーフィールドが漂っているので、可能なら遠慮したい場所だが、このクリニックはとても明るく清潔で気分がいい。
 
最初にレントゲンを撮ってもらったが、レントゲン室なのにとても良い雰囲気。
 
機械も最新式で、線量も今までの半分で済むそうだ。
 
 
程なく名前が呼ばれて、診察室に入って驚いた。
 
手術をしてくれたA先生にそっくり。
 
念のため、「実は15年前に骨折して、日赤病院でA先生の手術を受けたのですが・・・」
 
と尋ねると、
 
「私です(*^-^)」
 
という嬉しい答え。
 
偶然の再会だった。
 
あの時のお礼を丁寧に述べたのは言うまでもない。
 
 
レントゲンを見ながら、「とても丈夫な骨ですね。よほどの事がない限り折れる心配はありません!」
 
と太鼓判を押してくれた。
 
15年前のあの時も、
 
「手術後の経過が非常に早い。中学生並みの回復力です(@Д@;」
 
と驚かれた。
 
今回は、単なる打撲で一安心。
 
しかし「固定した方が治癒が早い」という事で、非常に大袈裟にギブス入りの包帯を巻かれてしまった(ρ_;)Img_1555
 
おかげで、パソコンを打つ指がうまく動かせずぎこちない。
 
日頃当たり前に動いてくれる指に感謝。
 
 
15年前の大手術の後は、しばらく左腕が水平以上に上がらくなってしまった。
 
先生からは、
 
「 あの複雑骨折ですから、一生上がらないと覚悟して下さい。」
 
ときっぱり宣言された。
 
だから半ば諦めていた。
 
しかしある時、偶然が重なって、滝行をしてみた所・・・
 
滝に打たれているほんの数分の間に、腕が見る見る上がるようになった体験がある。
 
それはあたかも、死者をも蘇らせたと言うイエスキリストの奇跡を目の当たりにしたようだった。
 
 
今思えば滝行により、トランサーフィン流に言うと、「バリアントの空間」にアクセス。
 
「腕が上がらないキヨタカ」ラインから、「腕が上がるキヨタカ」ラインへ書き換えが起こったのだと確信している。
 
 
今回は奇跡が起こる仕組みの一端が、一応理解出来るようになったので・・・
 
滝行するまでもなく、ほどなく手の腫れを取り除く事が出来るだろう。
 
15年ぶりのA先生との再会は、奇跡的回復の感動と自己の無限の可能性への信頼をもう一度呼び覚ましてくれた。
 
「この世に偶然はない」というが、今日のA先生との再会も、非常に不思議な体験だった。
 
私を絶えず導いてくれている、大いなる存在に感謝しています。

人生とサーフィン(完)

2015年3月4日(水) by キヨタカ

「人生とサーフィンは同じだ!」という、私にとって劇的な閃きを綴る日誌も、今日で最終回。
 
「源泉に入り、人生のラインを乗り換える」という意味が、多少は解っていただけただろうか?
 
さっぱり解らなくても、大丈夫。
 
今日の日誌を読んだら、きっと納得するにちがいない。
 
 
話を、大会に戻そう。
 
日曜日は最終日なのだが、残念ながら風に恵まれなかった。
 
天候回復のために、雨の中でず〜っと ウェイティング。
 
自然相手のスポーツだから、これも仕方あるまい。
 
そこで、車の中で待機中に、ある本を読み始めた。
 
 
本のタイトルは『トランサーフィン』。Unknown
 
リーラのイベントを毎回手伝ってくれるFさんから紹介された本だ。
 
Fさんは『願望実現』に関する造詣が深く、実際の生活において次々と素晴らしい結果を出し続けている。
 
実は10日ほど前に、こんな意味深なメールを受け取っていた。
 
Beloved キヨタカ
 
今、トランサーフィン中です。
 
ウインドサーフィンより、面白い!「
 
「振り子」を理解できると、きっとスカイプセッションも、もっと面白くなりますよ。
 
ウインドサーフィンも、きっと上達することでしょう!
 
たくさんの愛をこめて。
 
by F
 
 
あのFさんが言うのだから、間違いはあるまい。
 
そこでさっそくアマゾンから注文。
 
いずれ読んでみようと、 カバンの中に忍ばせていたのである。
 
 
読み始めてしばらくして・・・
 
衝撃が走った!
 
なんと、私の閃きが、既に完璧な形で記述されているヾ(*゚A`)ノ
 
もと量子力学者が書いた本だけに、非常に緻密で理屈っぽい事は否めない。
 
例の「源泉」を情報構造の意味を付与する「バリアントの空間」と表現したり、集合的無意識のエネルギーを「振り子」と呼んだり、かなり小難しい。
 
おまけに全シリーズで6巻と、かなり冗長だ。
 
しかし、解り易く掻い摘んで言うと・・・
 
「源泉にアクセスして、人生のラインを乗り換える」
 
私の閃きと、全く同じだ。
 
 
畢竟、究極の真理は一つだから、同じであって不思議はない。
 
しかし、『サーフィン』という名前までが同じだ。
 
ロシアは寒くて、サーフィンには全く不向き。
 
著者のゼランド氏がサーフィンにハマっている筈はない。
 
『トランスキー』とでも言うのなら、一応理解できるけど・・・(^-^;
 
いったい、どうしてこのタイトルにしたのだろう?
 
答えは、巻末の用語解説の中にあった。
 
「トランサーフィン」という言葉は私が考え出したのではなく・・・
 
本の全内容が発生したところから、私に不意に送られてきたものだ。
 
 
摩訶不思議な説明に ますます興味を覚えた私は、本の内容に没頭。
 
幸か不幸か雨の中でウェイティングが続き、時間だけがたっぷりあった。
 
ちょうど第1巻を読み終わった頃に、レース不成立が決定。
 
そのまま閉会式の流れとなった。
 
 
こうしたイベントでは、閉会式 を盛り上げるために恒例の抽選会が行われる。
 
スポンサーから、様々なグッズが提供されるのだ。
 
Tシャッツやらワッペン等の小物から始まり、だんだんとグレードアップ・・・
 
いよいよ最後は、豪華景品の登場!
 
誰もが欲しがる新品のウェイブ・ボード(定価:25万円くらい)が本日の目玉だった。
 
 
実は、かなり運の良い人生を歩んでいる私だが、博打や競馬類とは縁がない。
 
パチンコ を始めとして、射幸心を煽るイベントで、まともな景品に当たった試しがない。
 
だから最初から諦めていたのだが・・・
 
今回は突然何処からともなく、天啓のような閃きがやって来た!
 
『今こそトランサーフィンを試す絶好の機会だ!』
 
 
そこでさっそく源泉にアクセスして、人生のラインを乗り換える事にした。
 
つまり、「景品は当たらないキヨタカ」ラインから、「景品に当たりまくるキヨタカ」ラインへと意識的に乗り換えたのである。
 
すると、ボードが当選して喜んでいる姿がありありと浮かんだではないか!
 
世界チャンピオンのフィリップがクジを引くのを、みんなが固唾を飲んで見守っている。
 
『どうか当たりますように!』
 
と、密かにお祈りしている声があちこちで聞こえて来る気配さえする。
 
 
しかし、私の感覚はこうだった。
 
主催者:『このボードは、誰のですか〜?』
 
私:『ハ〜イ、もちろん私のですよ!』
 
あたかも、落し物の所有権を主張するような、「そんなの当たり前」の感覚だ。
 
名前が呼ばれる事を確信していたので、後ろの方から 前列にいつの間にか進み出ていた。
 
 
で、結果は・・・Img_4988_2
 
当然ながら、私が当選して新品のボードをゲット!
 
幸運を手にした事はいろいろとあるが、今までは気まぐれな幸運の女神がたまたま私に微笑んだ感覚だった。
 
しかし今回は、明確な意図と具体的な手法を使い、結果がもたらされたのである。
 
 
いったん存在に働きかける方法がわかれば、後は無限の応用が可能だ。
 
25万円のボードをゲットするのも、25億円の豪邸を手にいれるのも、それほどの違いはない。
 
私にとっては、今の生活に満足しているから、それほど欲しいものはない。
 
強いて言えば、来年のイベントでセールをゲットしたいと思うくらいか・・・
 
 
しかし、私にはまだやり残している大きなテーマがある。 
 
今まで長年瞑想関係の仕事に従事しているので、様々な探求者に出会った。
 
その中で一番心が痛むのは、 現実社会で思うような人生が送れず四苦八苦している探求者がとても多い事だ。
 
魂に目覚める事こそが、人類社会を次のステップへと進化させる唯一の鍵だ。
 
だから魂の探求者達こそ、現実社会の中でもっと豊かで楽しく輝かしい人生を送って欲しいと心から願っている。
 
 
残念ながら今までは、その願いを実現する手段がなかった。
 
しかし、これからは違う。
 
「人生というサーフィンを楽々と乗りこす」具体的な方法が判ったのだ。
 
今後の私のワークにおいて、重要なものとなるだろう。
 
 
以上で、4日連続の「人生とサーフィン」に関する日誌は終了です。
 
真剣に読んでくださり、有難うheart01
 
それでは今から、トランサーフィン・・・ではなくて、ウィンドサーフィンで鋭気を養ってきます。
 
今後の活躍を、ご期待下さい (* ̄0 ̄)ノ
 
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人生とサーフィン(3)

(昨日の日誌の続き)
 
選択の自由が生まれる、アクセスポイントとは・・・?
 
それこそが、『無』とか『源泉』あるいは『神の領域』とか言われているものだ。
 
「秘密、秘密と引っ張りながら・・・な〜んだそんな話!
 
耳にタコが出来るくらい聞いてるよ ┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~」
 
と簡単に見切ってはいけない。
 
 
見たり聞いたりする事と、実際に体験する事とでは、月とスッポン程の差がある。
 
だからそれを、オープンシークレット(Open Secret)と言う。
 
極上のワインと同じだ。
 
実際に味わって始めて、そのすばらしさが分かる。
 
尽きぬ事なき源泉を、美酒に例える神秘家がいるのも頷ける。
 
 
最近・・・

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私はその「美酒」を意識的に味わい始めた。
 
お陰様で人生が徐々に変化して、頑張らないのに物事が上手く流れるようになりつつある。
 
そして、奇跡に近い事柄も時々起こる。
 
(相変わらず、撃沈する事も多いけど・・・(ノ_-。))
 
 
例えば・・・
 
話を戻して、ウィンドの大会へ戻ろう。
 
世界チャンピオンのフィリップのパフォーマンスの翌日(土曜日)は、大会の初日。
 
あいにく風が吹かず、ビーチで急遽SUP(サップ/パドル付きサーフィン)大会となった。Supgirlinclearwater
 
初心者でも簡単に波に乗れるので、今や世界中で大人気!
 
私も買おうか思案中だが・・・そんな事はどうでも良い。
 
 
その晩、パーティーがあった。
 
実は、以前からパーティーなるものが大の苦手だ。
 
酒もろくに飲めないし、特に知らない人ばかりが集まるパーティだと、自分の居場所が感じられない。
 
『自分はこの場にいるべきではない』
 
という脅迫観念が起こって、早々に立ち去りたくなる。
 
 
以前は、こうした自分を変えようと頑張った事があったのだが、虚しい努力に終わってしまった。
 
それはなぜか?
 
今ならよく分かる。
 
「パーティーは苦手」な私が、「パーティが好き』な私に変わろうとしていたからだ。
 
「パーティが苦手」と意識した時点で、既に人生に「苦手ライン」を引いてしまっている。
 
 
人生の同じライン上に立って、そのラインを変更する事は困難だ。
 
なぜなら、ラインとは、「原因→結果」ラインであり「因果の法則」に沿っているからだ。
 
性格が悪い(原因)→嫌われる(結果)
 
犯罪(原因)→処罰(結果)
 
勉強不足(原因)→不合格(結果)
 
・・・等々
 
枚挙に暇がない。
 
 
それでは、結果を変えるにはどうするか?
 
「原因→結果」のラインそのもを選び直すのだ。

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修善寺へ行くのに、『東海道線』に乗り続けてはいけない。
 
『伊豆箱根鉄道』へ乗り換える必要があるのと同じ理屈だ。
 
ラインを乗り換える必要があり、その秘密の場所が『源泉』に隠されている。
 
 
巷で評判の成功本には、この『無限の領域』へアクセスする事について書いてあるものも多い。
 
しかし、マインドが『無限の領域』にアクセスしても上手く行かない。
 
アクセスする当の本人が眠りこけているのだから・・・
 
 どんなにパワフルな金棒も、マインドにはそれを使いこなす力がない。
 
金棒(ツール)は、鬼(プレゼンス)が目覚めて始めて効力を発揮するのだ。
 
 
ここで、リーラスペースで行っている瞑想が大いなる威力を発揮する。
 
まず気づきの主体を明確にする。
 
次に主体からビーイングへと明け渡す。
 
すると、『源泉』へとアクセス出来る。
 
鬼が金棒を手にしたのだ。
 
ハートを通して、神の領域と繋がればさらなる効果を発揮する。
 
金棒を手にした鬼に、追い風が吹く!
 
 
そこには、無限の可能性があり、様々なラインが引かれている。
 
そして、選択の自由がある。
 
当然、「パーティが好き」というラインもある。
 
だから、「パーティが嫌い」から「パーティが好き」というラインにシンプルに乗り換えれば良い。
 
 
私の場合、実際に「パーティが好き」ラインに乗り換えてみて驚いた。
 
「いったいどんな新しい出逢いや、驚きや発見があるのだろう?」
 
パーティが始まる前から、胸がワクワク・ドキドキし始めたのである。
 
実際に、色々な面白い人や素晴らし人々に会えた。
 
プロのサーファーから奥深い話も聞けて、とても楽しかった(*゚▽゚)ノ
 
 
さてここで とても大切なのは、ラインに乗り換えた時点で、「パーティは苦手」のキヨタカは消え去り、「パーティが好き」のキヨタカが既に顕現していることだ。
 
だから、パーティが始まる前から、ワクワク感がある。
 
 
この「源泉にアクセスする」という方法は、驚くべき可能性を秘めている。
 
単にパーティが楽しくなるだけではない。
 
外側の現象世界に、望む結果をもたらす可能性がある。
 
実は驚くべき出来事が、大会の2日目に起こった!
 
(続く)

人生とサーフィン(2)

2015年3月2日(月) by キヨタカ

 (昨日の続き)
さて、その秘密とは・・・。
 
世界チャンピオンのフィリップが沖に出るとき、大波は彼のために道を譲るから、非常に楽々と沖に出られる。
 
しかし私が沖に出ようとすると、必ず大波が邪魔をして、転覆してしまう。
 
 
沖へ出るには、様々なルートがある。
 
大波がブレイクしないルートにラインを引ければ、とうぜん大波は邪魔しないので、楽々と沖へ出られる。
 
端から見ると、あたかも大波が彼のために道を譲っている様にさえ見える。
 
私の場合、そのラインが上手く引けないので、必ず大波が激突、転覆する。
 
あかたも、大波が意思を持ち、私の邪魔をしている錯覚にさえ陥る。
 
 
しかし、単に『適切なライン』を引く事の問題だ。
 
だから、「楽々ライン」さえあらかじめ引ければ、自動的に沖に出られる。
 
「楽々ライン」を選んだ時点で、既に「転覆しない私」が顕現している。
 
一方「転覆ライン」を選ぶと、いつまでたっても「転覆する私」のまま。
 
 
これは、沖に出るときだけの問題ではない。
 
先日、『ジャイブ開眼』の記事を書いたが、ジャイブでも同じ事が起こった。
 
いつもは、「ジャイブできないライン」しか引けなかったので、とうぜん撃沈。
 
「ジャイブできない私」のままだった。
 
ところが、「ジャイブできるライン」が引けた時点で、「ジャイブできる私」が既に顕現していた。
 
その結果、「自転車に乗れるのは当然」と同じ感覚で、「ジャイブ成功」が起こったのである。
 
 
察しの良い読者は、既にお判りだろう。
 
人生は、サーフィンと同じなのだ。T02200166_0240018112916443269
 
「幸せな人生」を歩む人は、「幸せな人生」というライン上にいる。
 
だから例え大波が来ても、それを楽々とやり過ごす事ができる。
 
「不幸な人生」を歩む人は、「不幸な人生」というライン上にいる。
 
だから大波が来ると、必ず激突して転覆人生を歩む事になる。
 
 
中には転覆する事で学んで行くのが人生の醍醐味と信じて疑わない人がいる。
 
実は私がそうだった。
 
すると、当然ながら転覆人生を歩み、「七転び八起き」に生きがいを見出す様になる。
 
それは チャレンジ人生だから、決して不幸ではない。
 
しかし「チャレンジライン」を引いた人は、「本当の幸せは未来にやってくる」と信じている。
 
実は昭和の時代は、そうした生き方が絶賛されていた。
 
東洋の魔女の「回転レシーブ」や、巨人の星の「大リーグ養成ギブス」等の、スポ根人生が盛んに持てはやされたものだ。
 
年齢がバレてしまうけど(ノ_-。) 
 
厳しい修行に打ち込んだり、自分を追い込んで必要以上に自己のネガティビティを掘り下げたり、自己解体に命をかけたり等々・・・古き懐かしき昭和時代に影響を受けて、
そうした時代に引きづられた スピリチュアルな人生も悪くはない。
 
 
しかし、時代は絶えず変化する。
 
「頑張る人生から楽々人生へ」、「する事から在る事へ」、人生の生き方も進化する必要がある。
 
サーフィン人生とは、進化した新しい人生の生き方の範疇に属する。
 
 
どれでは、どうやって人生のラインを引きなおして、「不幸ライン」から「幸せライン」へと乗り換えられるのだろうか・・・?
 
そのためには、なによりもまず、ラインが引かれてあるポイントにアクセスする事が必要だ。
 
もしアクセスできれば、自分が望むラインを自由に引く事ができる。
 
そうすると、人生において、「選択の自由」が生まれるのである。
 
選択の自由が生まれる、アクセスポイントとは・・・?
 
そこに、本当の『秘密』が隠されている!
(明日の日誌に続く・・・)

人生とサーフィン(1)

2015年3月1日(日)

現在、御前崎に滞在中。
 
御前崎の海は強風に恵まれているが、外洋に面しているので危険が伴う。
 
そこで色々と思案した結果、安全面を最優先させ野口プロのウィンドスクールに参加することにした。
 
Jetnoguchi_2 野口さんはレスキューのプロでもあり、レスキュー艇も完備しているので、とりあえず安心だ。
 
ところが入門早々、事情も良く知らない間に、大会にエントリーすることを強く勧められて・・・
 
昨日と今日、御前崎のウェイブ・イベントに参加する事になってしまった。
 
 
しかし私にとって大会は敷居が高過ぎるし、あいにく天候も芳しくない。
 
そこでキャンセルしようとしたら、日頃ウィンドのお世話になっているYさんから・・・
 
「大会のために、最年少(17歳)でワールドカップ・チャンピオンとなったフィリップ・コスターが来日する。Sbj_cup_5
 
「トッププロのパフォーマンスを見ると意識ががらりと変わり、上手くなるから絶対に見るべき!」
 
と強く勧められて、前日の金曜日から御前崎入り。
 
その流れで、大会にも参加する事態になったのである。
 
 
大会前日の金曜日は、風速20メートルを超える爆風。
 
トップ・プロ達が技を競い合うロングビーチで 、フィリップ・コスターのパフォーマンスを存分に楽しめた。
 
ちょっと次元が違い過ぎるので、自分にとって参考になったかどうかは疑問。
 
しかし、電信柱より高く(15〜20M)飛ぶ姿は圧巻!
 
ダブルループ(2回転ジャンプ)を始めとする、恐ろしくも華麗な技を軽々とこなす。
 
現在はトリプルループ(3回転)に挑んでいるそうだ。
 
双眼鏡を持って行ったので、迫力満点!!
 
 
このパフォーマンスを見ると、私が四苦八苦しているジャイブなんか、技の内に入らない。
 
だから、「普通にウィンドするのは自転車に乗るくらい簡単な筈」
 
と思えるようになった。
 
その意味では、意識ががらりと変わった。 
 
 
『幸せな人生』の定義は様々だが、自分の好きな事を仕事としている人は幸せだと思う。
 
そしてその仕事が遊びでもあり、他の人に感動と喜びを与え、同時に健康になり、しかも世界中のリゾートへ行けるとしたら・・・
 
今年20歳のフィリップ・コスター君はそうした夢を、すでに叶えつつある。
 
もちろん若くして世界の頂点を極めたのだから、それなりの苦労やプレッシャーも相当にあるだろう。
 
しかし とても素直でフレンドリーな好青年で、タフな精神も持ち合わせているようだ。
 
伝説のウィンドサーファー・ロビーナッシュも太鼓判を押す才能の持ち主だそうで、今後の活躍が非常に楽しみ。
 
 
ところで今は昔、ギリと言う悟った人の追っかけをしていた事がある。
 
ある時、 「悟った人といても悟れない」と悟り、ギリから離れる体験をした。
 
この日は、
 
「チャンピオン の技を見ても、見ただけでは乗れない」と悟り・・・
 
午後は初心者も練習できるゲレンデ(菊川)に移動して、超爆風(23m/s)の中でトライ。
 
 
Yさんからは・・・
 
「爆風の時は止めておくのも、勇気ですよ!」
 
と脅されつつも・・・
 
かろうじてゲティングアウト。
 
通常は、ブレイクする大波をなんとか乗り越えて沖に出さえすれば、一応は楽に乗りこなせるのだが・・・
 
この日の沖は、超爆風に特大のうねり。
 
「一度道具を離したら、遭難間違いなし・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。」の、非常に危険な状態に。
 
生命の危機を全身全霊で感じつつ、早々に引き上げた。
 
 
そんな中、フィリップ・コスターがこのゲレンデにやって来てパフォーマンスを開始。
 
浜でグロッキーになっている私のすぐ側から、まるで「そよ風」が吹いているかの様に、ス〜っと沖へ出て行った。
 
私が出ようとすると、必ず巨大な大波が邪魔をするのだが・・・
 
フィリップが沖に出る時は、不思議な事に大波が彼を避けて道が開けるのである。
 
この瞬間、私の中で劇的な閃きが起こったthunder
 
「人生とサーフィンは同じだ!」
 
 
ちょうどフィリップの様に、人生というサーフィンを楽々と乗りこなせる人がいる。
 
ところが、私のウィンドの様に大波に邪魔をされて、いつも転覆ばかりしている人もいる。
 
波が穏やかで適切な風が吹いているのに、初めから諦めている残念な人も結構いる。
 
いったいその違いは何か?
 
どうやったら、人生というサーフィンを楽々と乗りこなせるのか?
 
その秘密が、非常にハッキリと解ったのである。
 
その秘密とは・・・
(明日の日誌に続く) 
 

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