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一寸先は闇?

2015年3月18日(水) by キヨタカ
 
 古い奴だとお思いでしょうが・・・
 
昔、鶴田浩二の『傷だらけの人生』という歌がヒットした。
 
何から何まで 真っ暗闇よ〜
 
すじの通らぬ ことばかり〜♪
 
 
人は誰もが、多かれ少なかれ心に傷を負っている。
 
出産の衝撃に伴う傷で、『バース・トラウマ』と言われている。
 
完全に無力な赤ん坊が、全くの無防備のままでいきなりこの世に放り出されるのだから、傷つかない方が不思議だ。
 
もう少しまともな出産方法をアレンジすべきだったと思うのだが、神様に文句をいっても仕方あるまい。
 
 
心に傷があると・・・
 
右を向いても左を見ても
 
この世は全て、真っ暗闇に見えてしまう(。>0<。)
 
 
真っ暗闇で苦しんでいる人々にとって、宗教は救いとなり得る。
 
一寸先は闇ではなく
 
光であることを知らねばならぬ
 
などと説法されると、勇気百倍!
 
明日は光が訪れると心から信じて、真っ暗闇を耐え忍ぶ事も可能だ。
 
 
しかし、瞑想は宗教ではない。
 
前後左右、一寸先はおろか一万光年先も「真っ暗闇」であろうとも、
 
「真っ暗闇」に気づいている私がいる。
 
「真っ暗闇」も、気づきの対象物だ。
 
気づきのベクトルを180度ひっくり返す。
 
それが、瞑想の極意だ。
 
 
『気づきが気づきそのものに気づく』
 
すると、 そこに光が既にある事を知る。
 
光があれば、真っ暗闇でも平気になる。
 
漆黒の暗闇でも、懐中電灯一本の明かりがあれば十分だ。
 
闇が一寸先で終わるのか、一万光年続くのか、そんなの関係無い。
 
あなたが、光なのだ!
 
 
仏陀は言う。
 
自らを灯とし 法を灯とせよ(自灯明 法灯明)
 
キリストも言う。
 
あなた方は 世の光である(マタイ伝5−14)
 
真実は、いつの時代も変わらない。
 
 
20150318_84625_2
 

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コメント

 拝啓、、、。

      一歌

          ”苦しみよ

                傷も目覚めを

                         促すか

                              内側の光り

                                      見つけるまでは”

                           Yょㇼ

                                                  敬白

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