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ベートーヴェン復活

復活2015年4月21日(火)

小学生の頃、ベートーヴェンが大好きだった。
 
「子供じみた大人」と定評のあるキヨタカだが、あの頃は「大人じみた子供」だった。
 
小学生の頃、死ぬのが怖くてノイローゼになったりもしたから・・・
 
生きていたら死ぬしかない運命から、何とか救われる方法を無意識に模索していたのだろう。
 
 
ジャ、ジャ、ジャ、ジャ〜ン♪
 
と叩かれて開かれる運命の扉は、人それぞれに過酷だ。
 
「キヨタカほど幸せな子供時代を送った人は珍しい」
 
と、いつもヨガビに揶揄されるが、そんな事は断じてない。
 
『にんじん3本→にんじん2本→貧困→死じゃうshock
 
と負のスパイラルにすぐに陥る、繊細で気弱な子供の部分もあったのだ。
 
 
呑んだくれの厳しい父親、難聴、貧乏、失恋、自殺未遂、後継者問題等々・・・
 
ベートーヴェンの運命は、私以上に過酷だった。
 
しかし数々の試練を乗り越えて、 「苦悩を突き抜け歓喜へ至る」 素晴らしい音楽を次々に作曲。
 
「諸君、喝采を。喜劇の終わりだ」と呟いて亡くなったそうだが、葬儀には2万人の参列者があったという。
 
変人と言われながら・・・いかに人々から敬愛されていたかの証拠だ。
 
 
瞑想に親しむようになってからは、長い間ベートーヴェンの曲が聞けなくなってしまった。
 
壮大であまりにも人間味溢れた曲調が、大袈裟でやかましく、瞑想に邪魔だと感じたのである。
 
 
ところが数年前から、ベートーヴェンが私の中で復活した。
 
同じ曲でも、今は全くうるさく感じないのが不思議だ。
 
ダイレクトに魂を揺さぶる。
 
天才モーツアルトの曲も、魂に心地よい音楽で大好きだ。
 
しかし、それは天上界を彷彿とさせる響きであり、地上を生きる人間の魂の救いにはなりにくい。
 
 
純真無垢な子供の魂そのもの響きが、モーツアルト。
 
ところがベートーベンの音楽は、わざわざ地上に降臨して傷ついた人々の魂を癒し、天上界へと救い上げる。
 
地上界へ落とされて復活した魂が持つ、力強さと優しさが溢れているのだ。
 
仏教的には、天部(天道に住む神)と菩薩(地上で衆生救済に励む)の違いか?
 
 
ベートーヴェンというと、大編成のオーケストラのイメージが強いが、小規模の傑作も
多数ある。
 
今朝聞いた弦楽四重奏曲第15番(第3楽章)なんかも、素晴らしい!
 
病気で作曲中断というアクシデントを乗り越えた曲だそうで、「病が癒えた者の神への感謝」とのコメントが書かれているそうだ。 
 

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感想」カテゴリの記事

コメント

 拝啓、、、、。

         一句

               ”年越しの

                           第九が今に

                                       聴こえたか”

                              Yょㇼ

                                                  敬白

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