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ザ・マスター

2015年6月1日(月) by キヨタカ

 以前から気になっていた、映画:「ザ・マスター」を観た。A19f8eb1_2
 
実在の宗教団体でカルトであると批判される事も多いサイエントロジーを題材に、ある弟子とマスターの関係性とその内面を深く追求していく。
 
真迫の演技を見せる俳優陣に、美しい映像と音楽!
 
にも関わらず、『最高傑作』と絶賛するには、ためらいがある。
 
見る側、特に当時のアメリカ文化に詳しくない一般人への配慮がほとんどないからだ。
 
説明描写なしに不意に場面が切り替わったり(ρ_;)、
 
果たして夢か現実か、どちらとも言いかねる場面が色々とあったりetc・・・
 
「訳がわからない」箇所がいくつもあり、見終わった時は釈然としなかった。
 
監督(ポール・トーマス・アンダーソン)は 意図的に「訳がわからない」風にして、観客に自由な解釈を委ねているのかも知れない。
 
だが 「俺は、観客に妥協はしないぜ!」と監督が高飛車になっている感じすらして、 不愉快にすらなった。
 
 
もっとも「駄作!」と決めつけるには、あまりにも意味深い余韻がたくさん残る。
 
そこで、インターネットでこの映画の解説にザッと目を通してから、もう一度見てみたら・・・
 
何と、非常に面白かったヽ(´▽`)/
 
解説がないと面白くない映画というのは、好きではない。
 
だから、一般にはお勧めはしかねるが・・・
 
私自身「覚者を求めて」何十年も人生を費やしたので、とても他人事には思えない。
 
「弟子 vsマスター」という関係性に興味のある方は、ぜひ見て欲しい。
 
 
映画では、戦場でトラウマ(PTSD)を抱えたフレディがふとしたきっかけでマスターと出会い、弟子となり、やがてマスターから自立していく物語が描かれる。
 
逆にマスターの側からすると、フレディの抱えた苦悩(酒・SEX・暴力)を救済する事を通して、自分の教義を深めて行く物語としても観られる。
 
教義を深めたマスターは、教団を形成しイギリスに立派な支部も出来る。
 
しかし教団運営を仕切る妻やマスターとしての役割に縛られて、自由を失っていくマスターの苦悩もしっかりと描いている。
 
 
世界中には、様々なカルトっぽい新興宗教団体が溢れている。
 
側から見ると、ある特定のマスターにはまっている人間は純粋なアホにしか見えないかも知れない。
 
あるいは、某映画解説者の様に「ホモセクシャル」な関係として理解しようとする人もいる。
 
しかし、カリスマに富んだマスターの魅力は、体験した人にしかわからないものがある。
 
 
例えば 私がアメリカに滞在中、リー・ロゾウィックというマスターにハマった事がある。
 
ほんの冷やかしのつもりで彼の集会に参加したところ、彼のコバルトブルーの瞳が私のハートをダイレクトに射抜いた。Unknown
 
そのエネルギーはとても強烈で、その晩は一睡もできないほどだった。
 
 
OSHOの場合、最初は本を通してだった。
 
紀伊国屋の<精神世界コーナー>で立ち読みを読み始めたら、自分が本の中に吸い込まれてしまう非常に不可思議な体験をした。
 
アジズの場合は、彼の明晰さを通してだった。
 
ダメ元で質問をしてみたら、驚くほど明快な答えが返ってきて、長年抱えていた解決不能の問題が氷解!
 
壁なき壁が崩壊して新たな地平が開かれ、私のハートは打ち震えた。
 
フーマンの場合は、国際電話を通してだったが、圧倒的な臨在感と魂の奥深くに響くその落ち着いた甘い声にすっかり魅了されてしまった!
 
他にも様々なマスターとの出会いがあり、ハマり方は様々だったが、いずれの場合も強烈なエネルギー体験が伴っている事に今さらながら気づいた。
 
 
私の場合フレディと違って、酒にもSEXにも暴力にも中毒にならなかった。
 
しかしマスターに関しては、直ぐにハマってしまい、立派な<マスター中毒患者>だったように思う。
 
今にして思うと、いずれの場合も私の魂が打ち震える体験があり、それは外側のマスター呼びかけに内側のマスターが呼応するものだった。
 
 
外側のマスターの存在は、内側のマスターを目覚めさせる最大のチャンスだ。
 
だから、マスターにハマるというのは、素晴らしい体験であり存在からのギフトであり得る。
 
しかし、やがて自立しなければならない時が来る。
 
そうでないと、<マスター中毒患者>として、真実はいつの間にか遠ざかる。
 
本物のマスターであれば、弟子の自立を積極的に手伝おうとするだろう。
 
残念ながら弟子と共依存関係に陥り、弟子の自立を阻害するマスターもたくさんいるようだ。
 
 
マスターと出会い、学び、自立して行くプロセスは、それ自体がとても微妙なアートであり、決まった答えはない。
 
誰が本物で、誰が偽物か、一概には言えない。
 
一人一人状況は違うから、答えも違う。
 
ある人にとっては本物でも、別の人にとっては偽物のマスターという事もある。
 
しかし絶対に本物のマスターが、たった一人いる。
 
それこそが、あなたの実在であり・・・
 
「あなたの中に、本当のマスターがいる」ということだ。
 
この映画の中にも、その事をさりげなく語っている場面がある。
 
それが押し付けにはなっていない所が、この映画の魅力の一つになっている。

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コメント

拝啓、、、。

         一句

               ”マスターに

                            内なる旅へ

                                         誘われて”


 P・s、、、、あらまっ!残~念^^;次はドハマリの映画をお勧めしたいものだ^^v

                         Yょㇼ

                                                  敬白 

Yさん

見ていてシンプルで、魂が喜ぶ映画があったら是非教えて下さい。
例えば:「ブラザーサン・シスタームーン』とか・・・

前略、、、。

  シンプルで【魂の喜ぶ映画!】了解です^^vキヨタカさんの好みの傾向を探ろうとして            いますが、、、、?!
  如何せん、量的にまだ、解りえる本数に達して無い様なので、インスピ、、、も頼り
 に”気づき”&ハート”を捻ってみます((^。^))

                               Yょㇼ

                                                  早々

「ザ・マスター」見たのですね。キヨタカさんが見る前に、あの映画は難しくて、わけがわからないところがあるから、事前に予備知識があった方がいいですよ、と連絡しておこうと思っていたのですが、時すでに遅し(^-^;

「ザ・マスター」の監督はポール・トーマス・アンダーソンという人ですが、彼の映画は思いつくがままに撮影していくそうで、監督自身もどうなっていくかわからない、という手法を取っているそうです。だから私たちにわからなくて当たり前(笑)

それでも強烈な映像や音楽で、とても強い印象を残しますね。私はわかりにくい映画が好きなので、「ザ・マスター」もお気に入りです(o^-^o)

キヨタカさんも、映画を見る前や見終わった後に、色々と調べて解釈を深める楽しさを知っていただきたいです( ̄ー ̄)ニヤリ

シンプルな映画として、ちかごろ一部のスピリチュアルの人たちの間でとても評判になっている「美しき緑の星」というものがあります。見るだけで覚醒するとまで言っている人がいますが、私はそこまでとは思いませんが、まあそこそこ面白いです。動画サイトで今は残っているものがあります。

無境さん

>私たちにわからなくて当たり前(笑)
もしかして私の理解力の欠如かとも感じていたので、安心しました。
ありがとう💓

「美しき緑の星」、一ヶ月前に見ました。
まあ、面白かったですが、<youtubeにアップすると、国家権力に削除される>ほどのものではなかったですね。
ゆる〜い、シニカルコメディです。

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